四日目-1 ホットケーキと営業開始
3日目
乗客という意味では相変わらず0だ。
しかし収入はあった。商人組合にじゃがいもを大量に売り払ったからだ。
共通記念金貨で1枚、それを共通金貨10枚で受け取った。記念金貨5枚でだいたい一年暮らせるらしいので、一枚ざっくり20万円相当くらいだろうか。
すると魔将軍討伐の報酬が2400万、今回の食料は20万。重さでだいたい2t分なので、1kgあたり百円と考えると食料は妥当な値段だったと思う。
なんていうか感覚が狂う。なんだ2400万って。
この世界の価値観に慣れるには時間が掛かりそうだ。
それと、今日はめでたく念願のタクシー利用客の予約が入った。
利用客はヒミナ。
うん、なんていうか、うん。
まあこれをきっかけに、徐々に展開していこうと思う。
朝、スマホのアラームが鳴って俺は目を覚ます。
いつもの習慣でソシャゲを起動。二軍はログインだけして、一軍のデイリー処理を……うん?
リズムゲーをタップしてクリアしたところで、気づく。
電波が通じている。ネットに接続出来ている。
思えば昨日も給水車について検索することが出来た。
カーナビでステータスを確認する。
MPは減っていない。
ヴァーハナのなんらかのオプション機能が働いているわけではないようだ。
そのままカーナビをいじっていると所持品の欄が増えていた。
スマホにカーソルを合わせて、説明の文字をタッチする。
<通信機器の一つ。運転LV5によって性能が向上し、既知のネットワークへ時空間の障害を無視して接続可能。ただしこの機器を利用した異世界への干渉は不可能>
そんなことが書かれていた。
確認してみると通話やメールは軒並み不可。掲示板などへの書き込みも出来ない。が、ゲームアプリ内でメッセージやスタンプを送ることは出来た。
まあ、出来たからと言ってなにか出来るわけでもない。異世界への干渉、というのはそういう意味なのだろう。
驚いたのはアプリ内課金することも可能だったことだ。どうも冒険者証に記録されている報酬から変換、引き落としされているみたいだ。
これはありがたい!
と一瞬喜んだのだが、すぐにこの世界ではなんの役にも立たないことに気づく。
でも2400万なんて大金使い道ないし、娯楽限定とはいえやっぱりありがたい……のかも知れない。
っていうか運転スキルで性能が向上、ってどういうことだろう。
スマホを運転、とは言わないよな。
拡大解釈?
性能向上というあたり、LV5による特殊な処理かも知れない。
「ふむ」
俺は深く考えることを止めた。
どうせ考えて分かることじゃないしね!
それよりも今は朝食だ。
冷蔵庫の中には牛乳とタマゴ、そして戸棚にはホットケーキミックスがある。
アギとマリもいるし、と思って昨日キャンピングカーに変える時にイメージして用意しておいたものだ。
混ぜて焼くだけで簡単、しかも美味しい。
俺自身甘党なので、大きな声では言えないが大好物だ。
「……フライパンの粗熱ってどのタイミングで取るんだっけか」
うーむ、作るのが久々過ぎて忘れてしまった。
思えば自分の大好物すら滅多に作らない人生だった。
反省しよう。
ある意味二度目の人生、この世界では色々やっていこうと心に決めて、スマホをタップタップ。
あ、タネを入れる直前か。
よしよし、あとは表面がプツプツしてきたらひっくり返して、ざっくり二分。
最後にケーキの中央に竹串を刺して、引き抜いて、先にタネがついてなければ火は通ってる。
後はバターにメープルシロップ、お好みでチョコシロップにホイップクリームってところか。
アギとマリには二段重ね、俺は三段重ねにしてみる。
一番時間が掛かるので先に二人には食べるように言ったのだが、律儀に待っていた。
「いただきます」
「今日の糧に感謝を」
「感謝をー」
俺に合わせて二人も習慣らしい祈りを捧げ、ホットケーキを頬張る。
うん、バターだけでも美味いんだよなぁ。それもたっぷりのバターでしっかり塩味がするやつ。油が凄いことになりそうで滅多にやらないけど、久々に食べたくて一番上の右半分はバターオンリーゾーンにした。
続いてメープル&バターゾーン。まあ安定ですわ。ほのかな塩味とメープルのさらっとした甘みがホットケーキの生地に良く合う。
そしていよいよ脇に添えたホイップクリームを乗せる。
ケーキです。ホットケーキはケーキなんです。
こんなのケーキじゃないって母さんに駄々こねた幼き日の自分を叱りつけてやりたい。
最後にチョコシロップをかけて全部掛けだ。
さっぱりとしたメープル、まったりとしたホイップ、コクのあるチョコシロップが合わさり最強に見える。っていうか最強だ。
そして牛乳。
誰がなんと言おうと、俺はホットケーキには牛乳だ。コーヒーも悪くはないが、牛乳には敵わない。
久しぶりのホットケーキを堪能し、そして俺は気づく。
三枚は多かった。
久々だしいける気がしたのだが、まったくもって錯覚だった。
しかし残すのはアギとマリの教育上よろしくないだろう……と気づくと二人が俺を見ていた。
正確には俺のホットケーキを。
いつの間にか食べ終わっていたらしいが、しかしまだ余裕があるみたいだ。アギにおいてはチョコシロップを手に持っている。新手の意思表示だろうか。
「食べる?」
上二枚を食べ終え、最後の一枚になったところで聞いてみる。
二人とも最速同時で頷いた。
ナイフで半分に切り分け、アギとマリの皿の上に移動させる。
子供の食欲って凄い。ホットケーキは凄い勢いで二人の胃袋に吸い込まれていった。
朝食後。
俺はヴァーハナをセグウェイに変えて商人組合の建物にやってきた。
ひょっとしたら組合長は重役出勤なあれでまだ組合に顔を出していないかも知れないと思ったのだが、コルネドはしっかりといてくれた。
「これはこれはトウヤ様。ひょっとして昨日相談させて頂いた件ですかな」
昨日の今日ということで察したのだろう、コルネドの言葉に俺は頷く。
「それでどこでお渡しすれば良いのかな、と思いまして」
「なるほど。ちなみに量はいかほどで?」
ええと、大きな4tトラックで出すとして、積載限界ぱんぱんに積むってことはないだろうから余裕見て半分の重さくらい、でいいかな?
「重さにして2tくらいになるかと」
「……」
コルネドが眉間に皺を寄せる。
なんだか不満そうな表情に見える。
「少なかったですか?」
「……はぁ、いいですかトウヤ様」
恐る恐る聞いてみると、コルネドはやれやれと頭を振ってからため息を吐いて。
ガシィ!
俺の手を両手で握る。
「逆です……!」
わなわなと体を震わせながら、コルネドは大きくなってしまいそうな声をなんとか自制している様子で絞り出すように言う。
「なんと……なんとお礼を申し上げれば良いのか……出来る限り買い取らせて頂きます」
「あ、はい」
「神器をお持ちとは聞いていましたが、まさか昨日の今日で……きっと名のある商家の縁の方なのでしょう。しかもそれだけの量を都合してくださるとは」
ああ、そうか。
ヴァーハナから出せるなんて知らないから、俺が話を聞いて急遽連絡して都合を付けたと思っているんだ。
そっかそっか、そりゃそうだよなぁ。
2tなんて量の食料、一日で用意するなんてまっとうな手段だったら身を粉にするような働きが必要だろう。
スイッチ一つでポン、な気楽なもので考えていたので、ちょっと申し訳ない思いだ。
「それで、いつ頃到着するのでしょう」
ウキウキとした様子で聞いてくるコルネドに、俺はなんと答えるべきか悩む。
素直に言えば、今すぐだ。
しかしヴァーハナで食料を生み出せることをできるだけ秘密にしたい俺としては、相手の勘違いに乗っかるべきなのかも知れない。
うん、そうするべきだ。
俺としての最善手はすぐには渡さず、どこかから運んできた体裁を繕うこと。
なーんーでーすーがー!
「いますぐにでも」
「──」
満面の笑みだったコルネドの顔が凍りつく。
なにかしらの異常を嗅ぎ取ったのだろう。
それでも、これでヴァーハナの性能のヒントを与えることになったとしても。
今日、それもなるべく早く食料を渡さなければいけない。
昨夜のマリの覚悟を見せられた直後なんだ、こっちは。
アギの話だとすでに餓死者も出ている。
そんなのは俺にとっては他人事だ。
他人事だけども、あんな「覚悟」を見せられた上、食料が手に入ると分かった途端に儲け度外視で感激する商人組合の組合長を見て、引き渡しをいたずらに引き延ばせる訳がない。
駄目押しとばかりに、隣に立っているマリが俺の服の裾をクイって引っ張るしね。
「……なにか、こちらが用意することはありますか?」
「その神器を使うことになるので、人目を遮れる広い場所と、可能なら信用出来る人手が欲しいです」
「なるほど。南の農業区画に収穫物を保管する倉庫があります。農業組合から作物を受け取る場所でもあるのですが、そこなら広いですし、今の時期だと人も少ないです」
「今から案内してもらっても?」
「分かりました。信用出来る人手に関して手配させますので、それから参りましょう」
コルネドはすばやく立ち上がると、奥にいる人間に小さな声で何事かを伝える。
それだけで手配は完了するらしい。
「では行きましょうか」
戻ってきたコルネドは完璧な営業スマイルで言った。




