四日目-3 ケバブ、はじめました
「……まだまだ全然足りてないのか」
スマホを見て俺は唸る。
移動中にマリに聞いた話だと、この街にはだいたい2万5千人ほど住んでいるらしい。
そしてネットで調べてみると、一人の食料の年間消費がだいたい300kgほどのようだ。
一日に換算すると0.8kgほど。
2tのじゃがいもと米が平均的に住民に渡ったとして、一人あたりたった160g。
急場しのぎにはなるだろうが、長期的な改善とは言えない。
明日の米はダンプカーで限界まで出そう。
さらに明後日には缶詰を大量に用意しよう。
日持ちもするし、種類もあるし、美味いし、なにより手軽だ。
そして計算が雑にできて良い。
2万5千個を売ったら、全員に一つ回る計算になるわけだ。
缶詰という技術に関しては、この際目を瞑る。
だいたい今日すでにダンボール箱を大量に放出しているしね!
細かいことは気にしない方向でいこう。
「トウヤさん、準備できました」
「お、ありがとう」
マリに言われて俺は腰を上げる。
今いる場所はサンテラの北門だ。
俺がこの街に初めてやってきた時の門である。
そしてヴァーハナはセグウェイから馬車、そして今はキッチンカーとなっている。
さらにぶっちゃけると、ケバブを売ってるような店舗型の車だ。
鉄板にはすでに熱を入れてある。すぐ横のケバブグリルにはでっかい肉の塊がゆっくりと回転していた。
その他にも肉は保温器の中にもみっちりと入っていて、脇のボックスの中にはピタパンがこれまたぎっしりと入っている。
鉄板とは逆側には冷蔵庫が配置されており、そこに玉ねぎや千切りレタスがミックスされた野菜が入った大きめのタッパーがある。
もうおわかりだろう。
そう、ドネル・ケバブだ。
用意した肉は牛。
ソースは辛めのチリソースと、辛いのが苦手な人用のヨーグルトソースの二種類。
それを衛兵のみなさんに味わってもらうのだ。
「これは……出店、ですか?」
見覚えがある、俺にヴァーハナから下りるように言った衛兵隊長が第一号だった。
「ええ、みなさんにはこのヴァーハナを預かってもらいましたから、その御礼と思ってごちそうに来ました」
「そんな大層なことはしていませんよ。しかし、これは一つおいくらなんです?」
「感謝の気持ちですから、みなさんが今日昼食に使おうと思っていた金額で良いですよ」
「よろしいのですか? では、お言葉に甘えて一ついただきましょう」
「はい、少々お待ちを」
俺は大きなナイフを取り出すと、ケバブグリルの焼けている部分の肉を削ぎ落とすように切る。
もちろん経験はないのだが、運転LV5のおかげでヴァーハナのオプションは十全に使いこなせるようだ。ケバブグリルというオプションを使いこなす、という中に「調理するための技術」も含まれるらしい。
ピタパンを取り出し、トングで野菜を入れて、チリソースをさっと掛ける。
その上に肉を乗せて、半月状に切ったトマトを差し込み、野菜を少し追加して、チリソースをまたかける。
おお、我ながらなかなか美味しそうに出来た。
「はい、どうぞ」
「ああ。料金は──」
「マリに……そこの女の子に渡してください」
衛兵隊長からお金を受け取り、ありがとうございますと微笑むマリ。
うん、かわいい。
衛兵隊長もデレデレなえびす顔を見せている。
「そのままがぶりとかぶりついてください。食べにくかったらフォークもありますので」
「ふむ」
しげしげと見ていた衛兵隊長は、思い切り良くかぶりついた。
「ふむ……ふむ……これは……! ピリ辛なソースと肉の塩味がたまらないですな! かなり味が濃いですが、そこはみずみずしいレタスと玉ねぎがさっぱりさせてくれて……うむ……うむ……!」
凄い勢いでガツガツと食べる衛兵隊長。
「むぅ……もう食べ終わってしまった……」
ぺろりと一つ平らげて、満足そうな、しかしどこか残念そうな表情で呻く。
安心してください、隊長さん。
「今日はサービスですから、良かったらもう一ついかがです?」
「良いのですか!?」
「今度はこちらの飲み物と一緒に、落ち着いてどうぞ」
ケバブと一緒に紙コップに入れた飲むヨーグルトも渡す。
「これは……! まったりと甘いのに爽やかな酸味が肉と油の味をさっぱりと流してくれますな! いやあ、これは美味い!」
上機嫌で二つ目のケバブを食べる隊長。
それを少し離れた場所で見ていた衛兵や、アギが呼び込みにいった周囲の衛兵がやってくる。
最初は遠慮しがちに覗いているだけだったが、一人が意を決して並ぶとそこからは我先にと長蛇の列が出来た。
「ソースが二種類あるのか、二つとも貰っても?」
「恥を偲んで言うと、三つ欲しいのだが……良いのか!?」
「あ、お前ずるいぞ! じゃあ俺も三つ……いや四つだ!」
「飲み物も三種類あるのか!」
「おいお前らさっさと食えよ! 次は俺らなんだからな!」
食べている衛兵に勤務中の衛兵が恨めしそうな声を上げる。
ひょっとしたらこうなるかも知れないと思っていたので、途中からは削ぎ落とすのではなく保温器の肉を鉄板で焼いて仕上げていく時短調理に切り替える。
それでも列は中々なくならない。
運転LV5の補正で俺の動作はすばやく正確になっているのだが、いかんせんそもそものステータスが凡人なのだ。
待たせてしまっていることを申し訳なく思いながら、とにかく肉を焼いて野菜詰めてソース掛けて肉詰めて野菜詰めて、を繰り返す。
途中で紙コップに入れておいた飲み物が切れて、アギに新たに紙コップに入れてもらい補充する。
気づけば衛兵以外の人も並んでいた。
まあ問題はない。
目的は北門の衛兵の皆さんへのお礼だが、この街の人はみんなお腹を空かせているみたいだし拒否する理由はない。
なにせこれだけやって俺はMPが15減っただけだからな!
ヴァーハナマジチート。
結局列が途切れることはなく、最後は材料切れで食べられなかった人には余った飲み物を渡して終わった。
「トーヤ殿」
シャールが声を掛けてきたのはそんな折、後片付けを始めている最中だった。
「ああ、シャールさん。どうしました? あ、こんなところで騒ぎを起こしてまずかったですかね」
「いや、そんなことはない。むしろ感謝すらしている。無償に近い価格で食料を配布していただいたとか」
「ええ、まあ、お気持ちでお金は頂いてますので」
マリを見ると、大きめの革袋を掲げてみせる。
じゃらりと景気の良い音がした。
「あっ、すみません、もし食べに来たのなら材料がなくなってしまって」
「いや、私は……その、しっかり食べさせてもらっているからな」
「それは良かった」
俺が笑顔でうんうんと頷くと、シャールはハッとした顔を見せてから微笑みつつ頷いた。
このタイプはどうせ「私ばっかり十分に食べることが出来て」とか無駄に自分を責めている。
だからしっかりとそのことを肯定して上げないと、あとで拗れる。
……まあ、人生経験じゃなくてラノベのパターンなんだけどね。
「しかしそれじゃあ、なんの御用です?」
「うむ。少し耳を」
内緒話らしいので、言われるがまま耳を傾ける。
「三日後にヒミナ様が総本山にお戻りになられる。その際にトーヤ殿の神器で送って欲しいのだ」
「俺でいいんですか?」
「トーヤ殿しかいないと思っている。本来なら私が護衛するべきなのだが、少し思うところがあってな」
「分かりました。他ならぬシャールさんの頼みですし、喜んでお引き受けしますよ」
「助かる」
ホッとしたように笑うシャール。
その瞬間、なぜか周囲の空気は凍りついたような気がした。
なぜだろうと思うと、原因はすぐに分かった。
さっきまでケバブを食べた人たちの感想やらなんやらで騒がしかったのが、一瞬で静かになったからだ。
不思議に思って周囲を見回すと、誰とも視線が合わなかった。
なんだろう、視線を逸らされた?
聖騎士シャールだと気づいてみんな緊張でもしているんだろうか。
「あ、そうだ、せっかくなんで飲み物だけでも、どうぞ」
「いや──うん。無碍に断るのも失礼か。いただこう」
差し出した飲むヨーグルトをクイッと一口に飲んで、シャールの目が見開かれる。
漫画だったら背景にベタフラが入ってそうだ。黒塗りの反転フラッシュのアレ。
「お口にあいませんでしたか?」
「いや……美味しい。こんなに美味しいものを飲んだのは初めてだ」
気に入って貰えたようだ。
それなら。
「これ、よければ持っていきますか?」
手付かずで残っていた一リットルの紙パックを冷蔵庫から取り出す。
「……良いのか?」
「ええ、余らせるだけですし。温度が六度以下くらいなら二、三日保つんですが、常温だと一日くらいしか保たないんですよ」
「そうか……一日で駄目になってしまうのか……うむ、ありがたくいただこう」
シャールは紙パックを受け取り、大事そうに抱える。
「では……例の件、頼んだぞ」
「ええ、承りました」
踵を返し去っていく聖騎士。
その足取りが軽く、ちょっと早足のように見える。
ひょっとしたら結構乙女で可愛いのかも知れない。
そんなことを思いつつ、俺はアギとマリと協力して後片付けを進めていった。




