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21 謁見


 ライナルト王との謁見は、想像していた玉座ではなく王の私室で行われる。病気だとは聞いていたが、起き上がれない程に進行しているらしい。


 宮殿の奥、一際大きな扉の前に立たされた。知らず、隣にいるサラフィナの肩に手を添えてしまっていた。気づいたサラフィナが私を安心させるためにその手を握り返した。自分の3分の一ほどの歳の少女が堂々としているのに、いい大人が情けない。大きく息を吐き、扉を見据える。

「ごめんなさい、ここからはわたしとマナミ様だけで」

「ええどうぞ。お待ちしております」

 アークがあっけないほどに軽く見送った。同席してくれない不安感より、そのあっけなさへのムカつきの方が強い。どうやら彼の中では、私は未だ思うがまま行動していい、ということになってるようだ。くそ、どうなっても知らないからな!

 私の葛藤はさておき、サラフィナがノックすると、内側から扉が開かれた。


 部屋の中は、華美な城内に比べて質素で、どこかひんやりとしていた。キングサイズのベッドが窓際に置かれ、そこに初老の域に入った穏やかそうな男性が上体を起こして横たわっていた。

「黒の竜の従者様ですね?」

 決して大きな声ではないのに、胸に響く低音だった。病臥している人間にしては憔悴した様子はなく、優しげな表情の中にも精悍さがうかがえる。所々白いものが混じってはいるが金の髪は丁寧に梳られており、豊かに蓄えられた髭は決して無駄に伸びた物ではなく彼の威厳を見事に醸し出す。健康体で座っていれば、誰しもが膝を折ってしまう、強い存在感を持ち合わせていた。

「お初にお目にかかります。マナミと申します」

「シルダーク王国第14代国王ライナルトと申します。このような無礼な拝謁、何卒ご容赦ください」

「私こそ、お加減がよろしくない時に無理なお目通りを願い出てしまって、申し訳ございません」

 ライナルトは首を振る。お互い様ですね、と優しく微笑んだ。

「サラフィナ、戻ったか?」

「はい、陛下」

 私の後ろに控えていたサラフィナが一歩出た。

「バシュフミナとピュオルはいかがだったかな?」

「とても良い所でした。バシュフミナは自然が豊かで落ち着きましたし、ピュオルは人々が皆活気に溢れて楽しく過ごせました」

「そうかそうか」

 サラフィナの報告を目を細めて聞き入れている。国の美しさを褒め称え、対して素直に喜ぶ和やかな場面のはずだが、双方どこか余所余所しい。まるで決められた台詞を読んでいるだけのような、形式ばった雰囲気だった。

「サラフィナよ、すまぬが、従者様とふたりにしてくれないか?」

「……はい」

 サラフィナは渋々、といった様子で従った。続いて数名の侍女も退室する。

 部屋にはふたりだけが残された。


 「……あれには未だに父と呼ばれたことがないのです」

 独り言なのか、私に意見を求めているのか分かりかねた。私からの返事といっても、「10年以上放置しておいていきなり親ですと言われてもすぐに仲良く出来ませんよ」という冷たいものしか用意できないが。

「従者様におかれましては、私にお怒りのことでしょうね」

 続いての台詞で、先ほどは独り言だったのだと判断した。お怒り? 何に?

「私が後継者を定めぬばかりに、国は2つに引き裂かれんとしております」

「分かっておられて、何故そのまま放置しているのですか?」

 つい口調が強くなってしまった。そこが元凶だということはもちろんライナルトも自覚しているのだろう、自嘲気味に寂しげに笑った。

「たとえサラフィナが王位に就いたところで、何が出来るでしょうか。政治も知らぬ、年端もいかぬ子供では外交もままならぬ、そして頼れる重臣もない。宰相か他の家臣に実権を握られ、瞬く間に傀儡の出来上がりです」

 今の私のように、と王は呟いた。

「傀儡にならないように、サラフィナは今必死に国のあり方を学んでいます。数年はかかるかもしれませんが、実績を示せば、家臣も文句は言わないのではないでしょうか?」

「その数年、誰がこの国を支えるのでしょうか? 結局宰相に頼らざるを得ない。それならば最初からレギアスが次期国王で何の問題もないのです」

 ライナルトの言い分はご尤もだった。だが、私がどう返しても堂々巡りにしかならない会話に意味がないような気がしてきた。結局この人も宰相が王位を継げばいいと思っているのだろう。やや投げやりに言い放つ。

「では、何故今になってサラフィナの素性を明かしたんですか? レギアスが王になっても構わないなら、そのままサラフィナを放っておけば良かったのでは? わざわざ国を乱すような真似しなくてもいいのに!」

 眉を吊り上げて声を荒げたが、ライナルトは穏やかな微笑を浮かべたまま質問してきた。

「……失礼ですが、従者様に、御子は?」

「……いません」

 ムスッとしたままの私の答えに腹を立てた様子もなく、静かに口角を緩めた。

「ではきっと御子を持った時に分かりますよ。我が子の成長を見守ることは、至上の喜びなのです。まして、死が近づいている老体にとっては」

「じゃあ、自分が娘に会いたかったから、呼び寄せたとおっしゃるのですか?」

「結論から申せばその通りです」

 すがすがしいほどに言い切った。呆気にとられ二の句が継げずにいる私を見て、ライナルトは髭を触りながら軽く笑った。

「私がもう少し長く生きていれば、そのまま平民として過ごさせ、成人した時に信頼のおける貴族に嫁がせるつもりでした。恋仲の者がいるならば、彼の者と結ばれた後ひそかに生活の援助をするつもりでした。ところが私の身は病に冒され、最期に一目、と呼び寄せれば宰相を王にしたくない、と申し出てくる」

 従者様、とライナルトは続ける。私が口を挟む隙を与えない。

「人の親ならば、皆我が子に跡を継いでもらいたいのです。それが茨の道であれば、その棘から身を挺して守ってやることもやぶさかではありません。しかし私には時間がないのです。私の遺志を継ぎ、あれを守る者が現れてくれれば……! そこに賭けたのです」

 一息で言いきって、王は2,3咳込んだ。慌てて駆け寄り背をさすると、見た目よりずっと痩せ細った背中が手から伝わってきた。大事ないことを知らせる為か、私を手で制しにっこりと微笑んできた。元気そうに見えても、やはり病状は芳しくないらしい。

「私の賭けは功を奏し、アークレイムが動きました。レギアスに恨みを持つ者も、実は少なくはないのです。彼はそういった一派の象徴です。陰に潜み、虎視眈々とレギアスに対抗し得る決定打を探していた彼らにとって、『国王の私生児』はさぞ魅力的な武器に映ったはずでしょう」

「アークレイムをけしかけたんですか」

「ほほ、彼に良いように使われているのはむしろ私でしょうな」

 いや、あなたも大概ですよ、とは言えなかった。


 混乱してきたのでまとめてみる。

「……ええと、つまり、娘のサラフィナに王位を継がせたいけど、今このまま譲位してしまっては実権は宰相に奪われたままだから、何か手を打たないと……ということですか?」

「そうです、従者様。レギアスを黙らせる程の“駒”が必要なのです」

 駒。アークが以前口にした単語だ。その時は手足となって働くクグツの意味での『駒』と思ったが、どうにも違う気がする。

「サラフィナに最も必要なものは、何だと思いますか?」

「えっ……」

 あれこれ思考を巡らしたがこれぞ!というものが思い浮かばない。降参の意味を込めて首を横に振った。

「それそこアークレイムの申す駒です、従者様。サラフィナに忠誠を誓い、未熟な少女を正しく導く知識と心根を持った臣が必要なのです。レギアスほどの者の力を借りずとも国を治められるほどに、サラフィナを成長させる、指導者が」


 漠然と、この人は王宮の人事を大きく動かす気なのだと悟った。宰相側に付く者と宰相を退け、サラフィナ側の人間で宮廷を埋め尽くす気なのだと。

 確かにサラフィナにとっては理想的だ。自分の味方に囲まれていれば、未熟といえどフォローがすぐに入る。難しい事案は優秀な家臣に任せればいい。やがて成長し、国を治めるだけの手腕を身に付けたら、少しずつ自分で出来る仕事を増やしていけばいいわけだ。

 もちろん理想論で、そこに至るまでに困難は山ほどある。サラフィナが良き王になる確証はないし、優秀な人材ならば野心も持ち合わせているもので、王に変わって我こそが、と企む者も現れるだろう。民だって幼い王に不満を持つかもしれない。

 壮大な茨の道だ。

 それでも、針の(むしろ)に立たされている今よりは、ずっと気楽かもしれない。


 「オリエルが動いたのも、ひとえに従者様のおかげでございます。情にほだされず、合理的に行動することで有名ですからね。日和見を決めていた貴族たちは騒然としました。あのピュオル公が動いたのだ、殿下を擁護すれば得るものは大きいはずだ、と勝手に噂が広まっておりますよ」

 そういえば、何故オリエルは私と会ってくれたのだろうか。私と会うイコールサラフィナ側に付く、ということは分かっていたはずだ。依然弱い立場であるサラフィナ側に付くことで、彼女にとって得になるようなことがあるとは思えない。尋ねた時もうまくごまかされてしまった。それとなくライナルトに聞いてみる。

「黒の竜の従者に恩を売っておけば、後々多大な影響がありますよ。ピュオルは商業都市ですからね、例えば“黒の竜の従者様が訪れた店”と看板を掲げれば、それだけで絶大な広告でしょう。ご嫡男と面識の機会を設けておけば、噂に尾ひれがついて“黒の竜の従者様が認めた偉大な領主”とでも謳われますよ」

 国王にそこまで言われ、ようやく『黒の竜の従者』がただ有名なだけではないのだと認識出来てきた。正直、せいぜいカリスマ芸能人レベルかと思っていたがとんでもない。大袈裟に言わなくても神様に近しい存在なのだ。

 実はフリなのですよ、とは口が裂けても言えない。墓場まで持っていかなくては。


 さて。身を引き締め直したところで私には何が出来るだろうか。

「ライナルト様、多大な影響力を持つ黒の竜の従者としては、次は誰をサラフィナの味方に引き込めばよろしいでしょうか?」

 さしあたっては『駒』探ししかないだろう。宰相と張り合えるだけの軍団を作り上げなくてはならない。読みは間違ってなさそうなのだが、ライナルトはきょとんとしている。

「……オリエルが動いたとなれば、次はベルナルド……オリエルの夫でしょうが……しかし従者様は何故、サラフィナの為にそこまでしてくださるのですか?」

 何だ、そんなことか。もし私が黒の竜の従者(を演じる者)ではなく、こちらの世界の民であったとしても答えは同じだ。

「サラフィナを一目で好きになってしまったからです」

 私の正直な答えに、穏やかな王は嬉しそうに破顔した。






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