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22 凍てつく冬


 王の私室から退室すると、やや離れた通りの角に集まっていた一行に手招きされた。


 王の意志―――サラフィナを王位に就かせたいが現状では難しいと考えている―――を簡潔に伝えると、アークが顎に手を当て考え込んだ。彼が何かを思案する様子を初めて見た。時間にして20秒ほどだろうか、この間にアークの脳内ではいくつの策が浮かんでは消え、を繰り返したのか想像も出来ない。やがてせわしなく口を開く。

「時間がないから要点だけ話す。殿下は今まで通り城へお残りください。魔の巣窟ですが、マナミがいれば中傷も減るでしょう。マナミは出来る限り殿下と共に行動してほしい。だがベルナルド様を説得に回るならクローバー様と共に」

「分かった」

 名の上がった3人はそれぞれ顔を見合わせ頷く。アークは本当に早口でまくしたてた。何を急いでいるのか。

「俺はここに残れない。残る理由がない。城下町に宿をとってあるから、後で場所を伝える。だが口外はするな。何せ領主様は自分の領土にいるのが仕事だからな」

 つまり、城下町に身をひそめる、ということだ。近くにいるとはいえ、アークとコンタクトを取るのは事実不可能だろう。下手に動いて宰相に勘付かれるのはやばい。

「殿下、マナミの寝所は?」

「えと、北の塔です」

「……遠いな。遠ざけられたと取るべきか」

「ごめんなさい。レギアスが、やんごとなきお方が下々の者と近くお休みになるのは失礼だろう、と……」

「ほお、下々の者如きが大したお心遣いだ」

 間髪を入れずに悪態を吐き出す。絶対この人は口から先に産まれた。

「ガルもそこに」

「承知」

「こうやって会話することも本来危険だ。いつどこに目と耳があるか分からない。込み入った話はするな。くれぐれも奴らの悪口は避けるように」

 数秒前に言った本人が破っている気もしたがスルーして頷いた。

「では解散!」


 アークの一声からややあって数名の侍女があちらからしずしずと歩いてきた。なるほど、いつどこに目と耳があるか分からない、か。通路で会話すること自体危険だったわけだ。

 当のアークは解散後颯爽と城から立ち去った。宿の場所を教えると言っていたが、どうやって伝えるんだろうか。

「わたしはクローバーをお部屋に案内します。マナミ様、そのあとはベルナルドにお会いになりますか?」

 どうしようか、と一瞬迷ったら、先にガルヴェインが答えた。

「いえ、少し時間を置きましょう。恐れ入りますが殿下はベルナルド様を呼び出し、数日のうちに黒の竜の従者が会いたがっている、とお伝えください。出来れば人目のあるところで」

「次は近衛騎士団長だ、やはりサラフィナ側についた方が良いのか?と貴族たちに知らしめるのですね?」

「左様でございます。危険な賭けですが、手段を選んでいられません」

「分かりました。ではマナミ様は今日は北の塔へお入りください。お疲れでしょうし、あそこならそうそう人も近付きません」

「じゃあ、明日またサラフィナに会いに来るね」

 サラフィナと出来る限り一緒にいた方がいい。正直不安もあるし、ある程度は融通が利くサラフィナと行動したかった。


 子供二人と別れ、私とガルヴェインは北の塔とやらに向かった。

「あの子たちだけで大丈夫、だよね?」

「影が潜んでいるから大丈夫だ」

 影、とは恐らくジュスのことだろう。城に入る際にジュスが姿を隠した、ということは、彼の存在は秘密にしたいのかもしれない。うっかり名前を言わないようにしなければ。

「北の塔って?」

「元は後宮だった。だが、12代国王陛下の時分より使用されていないはずだ」

「うーん、後宮か……」

 愛憎渦巻いていたであろうその場所に“やんごとなきお方”を泊めるとは、何か含むところがあるんだろうな。アークが悪態をつくのも頷ける。

「後宮という立場上、攻めるに難く守るに易い地ではあるが……」

「そういえばガルヴェインはどこでッ―――」

 寝泊まりするの?と続けようとして急に腕を掴まれ一歩下げられる。ガルヴェインは背後に私を隠すように前に出た。曲がり角の向こうから人の話し声が聞こえてくる。声の種類からして2人だろうか。

「……公に渡しておけ、それから……」

 他者に命じ慣れている冷然とした声。ガルヴェインから発せられる深い憎悪と緊張。

 悟った。


 曲がり角から男がふたり現れた。

 そのうちのひとりは、私の黒髪を見るなりにやりと口角を上げた。次いで深々と一礼する。

「思わぬところでお初に御意を得、光栄にございます、黒の竜の従者様。シルダーク王国が宰相、レギアス・フィラルドと申します」


 ラスボスとのご対面と相成った。





 凍てつく冬―――それが第一印象だ。

 白磁とまがう白い肌、スッと通った鼻筋、明らかな作り笑いを浮かべたままの薄い唇、女性ならば甘い言葉が囁かれるのを期待する美形だろうが、見下ろしてくる冬の海のような深い群青の瞳には暖かさが微塵もなかった。肩にかかるかどうかの灰色の髪をオールバックにまとめ、青系のスーツのようなシャツをかっちりと着こなしている。背も高い。ガルヴェインも長身だが、彼と大差ないのではないだろうか。年は私よりも上に見える。目尻や口元に皺が見えるが、却ってそれが落ち着いた印象を与えている。

 レギアスは傍に控えていた男に何事か耳打ちし、男を下がらせた。すぐに私の方へ向き直り、にこりと微笑む。

「お着きと知っておれば何を差し置いてもご挨拶に伺ったのですが、何らかの手違いで私の耳に届いておりませんでした。申し訳ございません」

「いいえ、挨拶は不要です」

 ピシャリと言い放ったが、眉ひとつ動かさず、これは失礼しました、と余裕げにかわしてくる。

 レギアスは一歩斜め前に進み出た。彼と私の間に立ちはだかるガルヴェインを殊更に無視し、私に向かって上体を倒した。

「黒の竜の従者様、忠誠の証に御手に口づけを落とすことをお許しくださいますか?」

「無礼だ」

 ガルヴェインが私とレギアスを遮る。途端、レギアスの眼光が鋭さを増した。

「控えよ、クラスト。黒の竜の従者様の御前ゆえ大目に見ていたが、本来ならば跪くのはお前の方だ」

 屈んでいた身体を起こしガルヴェインを睨め付ける。押し負けたわけではないのだろうが、ガルヴェインが憎々しげに視線をそらした。身分と肩書きで言えば、あちらの方が遥かに上なのだろう。

 またも『寛大さ』の箱はカチンと音を立てた。最近頻繁に刺激されるこの箱は、以前よりだいぶ脆くなってしまったらしい。考えるより先に膝を折ろうとしたガルヴェインの前に飛び出していた。

「あなたこそ控えなさい、レギアス。ガルヴェインは私の騎士です。彼への侮辱は、私への侮辱と同じことです」

 精一杯睨み返してやった。背後から息を飲む声が聞こえる。レギアスは群青の瞳に僅かな驚愕を浮かばせたが、やがてくつくつと喉を鳴らした。

「そうでしたか……従者様の騎士とは……知らぬこととはいえ、ご無礼仕りました」

 未だ嘲るような笑みを漏らすレギアスを睨み付けながら、少々の不安が浮かんだ。もしかして何か間違ったことを口走っただろうか。しかしああでも言わないと、ガルヴェインは屈辱にまみれてコイツに膝を折らなければならなかったのだ。それだけは避けたかった。

「レギアス様、お呼びでしょうか?」

 脇から、この場にそぐわない涼やかな声が響く。女性だろうか。視界の隅で、ガルヴェインの目が見開かれた気がした。

「ああ、ちょうど良い所に。従者様、御紹介致します。私の……妻です」

 レギアスに促され、曲がり角の死角からやはり女性が現れた。はっとする美人だった。どこか儚げに伏せられた目元に男性は保護欲を刺激されるだろう。スレンダーな体は品の良い水色のドレスを事もなげに着こなしている。私に近寄り、ドレスを摘まんで身を屈める淑女の礼は、可憐すぎて思わず見とれるほどだ。

「お初にお目にかかり、恐悦至極に存じます。レギアスの妻にございます」

「……ミレイユ……」

 夫人の名は、本人からではなく私の後ろから苦しそうに絞り出された。


 「おや、ミレイユとクラストとは既知かな?」

 冷笑を浮かべるレギアスと、苦悶に満ちた様子のガルヴェインと、きょとんと首をかしげたミレイユとを交互に見やった。

「いえ、存じませんが……」

「どなたかと見間違えではないかな、クラスト?」

 ガルヴェインは何も答えない。答えられなかった。

「立ち止まらせてしまい申し訳ございません、黒の竜の従者様。私は仕事がありますゆえ、失礼致します。どうぞ城内にてお寛ぎくださいませ」

 レギアスは恭しく一礼すると、現れたばかりのミレイユを引き連れ立ち去った。すれ違いざまに見せた口角の歪みは、明らかに勝ち誇ったもののそれだった。




 北の塔への道は無言だった。

 あのミレイユという人が、明らかにガルヴェインと既知で、しかも相当の仲だということは容易に想像できた。彼女が知らぬふりをしたのか本当に別人なのか記憶でも失っているのか、は定かではないが、あいつは―――レギアスはわざとあの場に彼女を呼び寄せたのだ。「お呼びですか?」と彼女は言った。あんな道端で、しかも会話中に割って入るほどの用件があったとも思えない。そういえば会ってすぐに男に耳打ちしていた。きっとミレイユを呼ぶように命じたのだ。手へのキスでも申し出れば、私が拒否するかガルヴェインが割って出るか、なんて想定内だっただろう。そうやって時間を稼いでいたのだ。あの場でミレイユと鉢合わせ、ガルヴェインを動揺させる為に。去り際の歪んだ笑みがすべてを物語っていた。

 嵌められた。いきなり先制攻撃を食らった。

 私の前を行くガルヴェインの背はどこか上の空だし、私だって彼女への不信感……いや、嫉妬心でいっぱいだ。宰相は最も効果的な攻撃を用意していやがったのだ。大成功で笑いが止まらないことだろうとも。


 螺旋階段をふたりとも口を開かず登る。長く使用されていなかったせいか、北の塔は静寂に包まれ人が放つ温もりが一切なかった。塔の中ほどまで登っただろうか、やや広い円状の踊り場に出た。踊り場の壁に4つの扉がある。ここで寝泊まりするらしい。4つの扉のうち、適当にひとつを開けてみる。鍵はかかっておらず、軋む音を立てながらもすんなりと開いた。

 部屋は広く立派で、手入れも施されていて埃が被っているなんてことはなかったが、家具も部屋の中もひんやりとして物寂しい。

 そのまま去ろうとするガルヴェインの裾を掴んだ。

「話して。聞いておかないと、レギアスにどう攻められるか分かったもんじゃない」

 プライベートがどうとか言っていられなくなってしまった。塔への階段を登るうちに、傷つく覚悟は出来ている。

「……話すことなどろくにないが……」

 言いながら私と向き合う。

「彼女……ミレイユは、私の元婚約者だ」





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