第29話 神童先生、Sランク冒険者に絡まれる
王立魔法学園。
かつては王国屈指の名門校として知られていた場所だ。
だったはずなのだが。
今では巨大ダンジョンが存在し、観光客が押し寄せ、さらには黒竜まで住み着いている。
もはや学園なのか観光名所なのか、それとも魔物の保護区なのか誰にも分からない。
学園長は最近、そのことについて考えるのをやめていた。
考えたところで答えは出ないからだ。
そんなある日のこと。
正門の方から大きなどよめきが聞こえてきた。
「また何か来たのか……」
嫌な予感を覚えながら外を見る。
そして、学園長は思わず額を押さえた。
「今度はSランク冒険者か……」
正門前に並んでいたのは王国最強と名高い冒険者たちだった。
剣聖ガルド。
魔導王セレス。
拳鬼バルグ。
聖弓のリリアナ。
その名を知らぬ者はいない。
災害級魔物を討伐した英雄たちであり、王国の切り札とも呼ばれる存在だ。
生徒たちが興奮した声を上げる。
「うわ、本物だ!」
「剣聖ガルドじゃん!」
「俺、初めて見た!」
普段は授業中に居眠りしている生徒たちまで目を輝かせていた。
一方、その騒ぎを聞いて現れたルーファスは露骨に嫌そうな顔をしていた。
嫌な予感しかしない。
そして、大抵の場合、その予感は当たる。
「お前がルーファス・グレイか?」
先頭のガルドが豪快に笑う。
「ああ、そうだけど」
「ダンジョン管理者らしいな」
「まあ、一応」
「よし。戦おう」
ルーファスは反射的に答えた。
「帰れ」
「戦おう」
「帰れって言ってる」
「一戦だけだ」
「嫌だよ」
「なぜだ」
「面倒だから」
あまりにも率直な理由だった。だがガルドは気にしない。むしろ楽しそうだった。
「噂は聞いているぞ」
今度はセレスが口を開く。
「学園内では最弱」
「その言い方やめろ」
「学園の外では最強」
「もっとやめろ」
「本当かどうか確かめたくてな」
「確かめなくていい」
しかし、誰も引く気配がない。
ルーは深いため息を吐いた。
面倒事から逃げる方法を考えたが、周囲の期待に満ちた目を見て諦める。
どうせ逃げられない。
それから一時間後。
学園の正門前には即席の闘技場が完成していた。
観客席まで作られている。
なぜか王様まで来ていた。
「余も興味があってな」
「帰ってください陛下」
「嫌だ」即答だった。
王様まで観戦モードである。
ルーは頭痛を覚えた。
「一応言っておくけど」
彼は冒険者たちを見回した。
「俺、結構強いぞ?」
その言葉にガルドたちは笑った。
「面白い」
「言うじゃないか」
「ますます楽しみだ」
誰も本気にはしていない。ルーは肩をすくめた。
そして、学園の門を越えて外へ出る。
その瞬間だった。空気が変わった。大気が震える。押し寄せるような圧倒的魔力。
それを感じた冒険者たちの表情が一変した。
「……おい」
バルグの額に汗が浮かぶ。
「なんだ、この魔力量」
セレスも目を見開いた。さっきまでの余裕が消えている。
今さらになって理解したのだ。噂は誇張ではなかった。むしろ足りていなかった。
ルーは軽く首を鳴らした。
「じゃあ始めようか」
最初に飛び出したのはバルグだった。
「おおおおおおおっ!!」
地面が砕ける。爆発的な脚力。放たれた拳は音を置き去りにする速度だった。
普通の人間なら認識すらできない。山を砕くほどの威力を持つ一撃。
しかし、ルーは片手で受け止めた。あまりにも自然にまるで子供の拳を止めるように。
「なっ……!?」バルグの顔が凍りつく。
ルーは軽く腕を押した。それだけだった。
ドゴォォォォォン!!
轟音とともにバルグの身体が空へ消えた。
観客席が静まり返る。誰も声を出せない。
数秒後。
遥か彼方で爆発音が響いた。ルーは空を見上げる。
「ちゃんと着地できるだろ」
誰も安心できなかった。
続いてセレスが前に出る。
「面白い……!」
彼の周囲に無数の魔法陣が展開される。
超級魔法の同時展開。
観客席から悲鳴が上がった。
「危ない!」
「街が吹き飛ぶぞ!」
だがルーは慌てない。指を軽く鳴らした。
パチン。
その瞬間、百を超える魔法陣が一斉に消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「は?」
セレスの思考が停止する。
ルーはその隙に風魔法を放った。
ドォォォォォン!!
猛烈な突風がセレスを飲み込む。
「ぎゃああああああっ!?」
綺麗な放物線を描きながら空の彼方へ飛んでいった。
観客席から歓声が上がる。
「先生だ!」
「いつもの先生だ!」
「安心感がすごい!」
生徒たちは完全に慣れていた。
最後に前へ出たのはガルドだった。
王国最強の剣士。数々の伝説を持つ英雄。彼は剣を構える。
ルーファスはその辺に落ちていた木の枝を拾った。
ガルドの眉が動く。「それを武器にするのか?」
「十分だろ」
「舐められたものだな」そう言いながらもガルドは笑っていた。
そして、激突。凄まじい剣撃が周囲を切り裂く。
だが結果はあっけなかった。
十秒後、ガルドは地面に仰向けになっていた。
愛剣は遠くへ飛ばされている。木の枝は無傷だった。
「参った……」ガルドが苦笑する。「完敗だ」
観客席が爆発したような歓声に包まれた。生徒たちは大喜びで拍手している。
黒ちゃんまで前足をぱたぱた動かしていた。「グルルル!」なぜか誇らしげだった。
しばらくして吹き飛ばされた二人も戻ってきた。
服はボロボロ。顔は疲れ切っている。三人は揃ってルーを見た。
「なんなんだお前」
「本当に人間か?」
「教師って何だ?」
全員の率直な感想だった。
ルーは大きくため息を吐く。「だから教師だって」
その時、ミラが真顔で頷いた。「先生はいつもこんな感じです」
冒険者たち。観客たち。王様。そして、学園長。
全員が同じことを思った。絶対に違う。
こうしてルーファス・グレイは王国最強のSランク冒険者たちを打ち倒し、新たな異名を手に入れた。
『冒険者泣かせの教師』
なお本人は、その異名を聞いた瞬間に全力で拒否したが、結局定着してしまったのだった。




