第26話 神童先生、他国に誤解される
学園地下ダンジョンが完成して半年。
王立魔法学園の生徒たちは、目に見えて成長していた。
毎週行われるダンジョン実習。参加は半ば強制。サボれば補習。逃げれば連行。
生徒たちは最初こそ不満を口にしていたが、今ではそれが当たり前になっていた。
オークを見ても悲鳴を上げない。ゴブリンの群れにも慌てない。下級魔物程度なら連携して普通に討伐する。
他校の生徒が見れば驚くような光景だった。
そんなある日の昼。
学園長室に呼び出されたルーは、嫌な予感しかしない顔で椅子に座っていた。
「ルーファス先生」
「その呼び方をされた時点で嫌な予感しかしません」
学園長が一枚の書類を差し出す。
「学園対抗戦の時期です」
ルーは書類を見た。そして、机に戻した。
「失礼します」
「帰らないでください」
「無理です」
「無理ではありません」
学園長は容赦なく続ける。「今年はオルデン王国開催です」
「へぇ」
「本校からも代表を派遣します」
「頑張って下さい」
「引率はルー先生です」
「えぇ!嫌ですが!」
だが学園長は微笑むだけだった。決定事項だった。ルーは敗北した。
数週間後。
王都には各国の名門学園が集まっていた。騎士を育成する学園。魔法を専門とする学園。貴族子弟ばかりが通う学園。武闘派で有名な学園。
どこも自信満々だった。開会式でも火花が散っている。
「今年こそ優勝は我々だ」
「いや、去年の雪辱を果たすのは我が校だ」
「ふん、結果で証明してやろう」
そんな中、他国の教師たちはオルデン王国の生徒たちを見て首を傾げていた。
「なんだろうな」
「妙な雰囲気がある」
「学生というより……」
「ベテラン冒険者みたいだな」
誰かがそう呟いた。言われてみればその通りだった。
緊張していない。浮かれてもいない。ただ自然体で周囲を観察している。どこか場慣れしていた。
そして、競技が始まる。
第一試合、剣術部門。
開始の合図と同時に両者が踏み込んだ。
だが次の瞬間、オルデン代表の木剣が相手の喉元で止まっていた。
審判が慌てて手を上げる。「勝者、オルデン王国!」
観客席がざわつく。「早くないか?」
「今何が起きた?」
続く魔法部門も勝利。団体戦も圧勝。
試合が進むほど、会場の空気は変わっていった。
「強すぎるだろ……」
「去年と別の学園じゃないのか?」
「何を教えたんだ?」
ついに他国の教師たちがオルデンの生徒へ直接聞いた。
「失礼だが、どんな訓練を受けているんだ?」
生徒たちは顔を見合わせる。そして、代表格の一人が答えた。
「ルー先生です」
「……はい?」意味が分からなかった。
「毎週ダンジョンへ潜ります」
「それは分かる」
「ボス部屋も行きます」
「え?」
「オークキングとも戦いました」
「待ってくれ」
「死なないから大丈夫と言われます」
教師たちの表情が固まる。
「それ本当に教育か?」
「教育です」
「軍隊訓練では?」
「多分違います」
「多分!?」
周囲が騒然となった。
一方その頃。
離れた場所で聞いていたルーは頭を抱えていた。
「言い方ってものがあるだろ……」
そこへミラがやってくる。
「先生」
「なんだ」
「事実ですし」
「ミラまでそんなこと言うのか」
ルーは軽くショックを受けた。
しかし、ミラは首を傾げる。
「でも感謝していますよ」
「本当か?」
「はい」
少しだけホッとしてなんだか救われた気がした。
その後の個人戦。
オルデン代表として出場したミラは順調に勝ち上がった。
決勝戦の相手は他国最強と呼ばれる生徒だった。
観客席も大いに盛り上がる。だが。開始から数秒後。勝負は終わっていた。
相手の剣を弾き飛ばし、ミラの剣先が首元に止まっている。
会場が静まり返った。そして、次の瞬間、大歓声が沸き起こる。
「すげぇ!」
「なんだあの子!」
「本当に学生か!?」
ミラは少し困ったように笑った。
「先生の方が強いですよ」
その一言で視線が一斉にルーへ向く。
「やめろ」
ルーは本気で思った。嫌な予感しかしない。
結果。
オルデン王国は全競技で優勝した。史上初の完全制覇だった。
閉会式後。各国の学園長や教師たちがルーを囲む。
「ルーファス先生」
「はい」
「ぜひ指導法を教えてください」
ルーは少し悩んだ。だが隠すほどのものでもない。
「ダンジョンですね」
全員が真顔になる。
「毎週潜ります」
「毎週ですか?」
「毎週です」
「休みは?」
「ありません」
「なるほど……」
なるほどではなかった。
「魔物とも戦います」
「当然ですね」
「泣いても潜ります」
「当然ではありませんね?」
学園長たちは頭を抱えた。真似できない。誰もがそう思った。
こうして王立魔法学園は完全優勝を達成し、ルーファス・グレイの名も各国へ広まった。
もっとも、その評価は本人の望むものではなかった。
後日。
学園の掲示板に新しい紙が貼られる。
【怖い先生ランキング】
一位 ルー先生
ルーはしばらく無言でそれを見つめた。
周囲の生徒たちは気まずそうに目を逸らす。
「……なんでだ」
誰も答えない。
そして、数秒後。
「なんでなんだぁぁぁぁ!!」
ルーの悲鳴が学園中へ響き渡ったのだった。




