第25話 神童先生、基準がおかしい
学園地下ダンジョンが正式運営を始めてから三か月。
王立魔法学園は以前にも増して賑やかになっていた。
朝から冒険者が出入りし、生徒たちは授業の合間にダンジョンへ潜る。
学園の門前には屋台まで並び始め、初めて訪れた人間ならここが学園なのか冒険者ギルドなのか本気で迷うだろう。
そして、学園長は今日も胃薬を飲んでいた。
最近では昼食後の習慣になっている。
本人は認めたくなかった。
原因が誰なのかも。
そんな昼休み。
校舎の掲示板前が妙に騒がしかった。
「おい、更新されたぞ!」
「マジかよ!」
「一位変わってる!」
嫌な予感がした。
ルーは見なかったことにしようか悩んだ。
だが結局、気になって足を向けてしまう。
人混みをかき分けて掲示板を見る。そこには見慣れた紙が貼られていた。
【王立魔法学園・非公式最強ランキング】
一位 ミラ
二位 ガイアス
三位 エルナ
四位 ロイド
五位 カレン
そして下の方。
【特殊枠】
学園内最弱 ルー先生
学園外最強 ルー先生
門付近最強 ルー先生
ルーは少しだけ安心した。
「増えてないな」
安心する場所がおかしかった。
周囲の生徒たちは別の意味で盛り上がっている。
「ミラ先輩、一位だぞ!」
「三年の首席に勝ったらしい!」
「騎士科も魔法科も負けたって!」
少し離れた場所でミラが困ったように笑っていた。
「そんな大したことじゃありませんよ」
その瞬間、周囲がざわつく。
「いやいやいや!」
「十分大したことだろ!」
「何をどうしたらそうなるんだ!」
ミラは本気で不思議そうだった。
「そうですか?」
その顔を見て、生徒たちは逆に怖くなった。
三か月前のミラは確かに優秀だった。だが今ほどではなかった。変わったきっかけは誰の目にも明らかだった。
「先生、次は何をすればいいですか?」
「第五階層を一周してこい」
「分かりました」
数十分後。
「終わりました」
「じゃあ第七階層」
「行ってきます」
さらに数時間後。
「終わりました」
「オークキング倒してこい」
「はい」
翌日。
「倒しました」
「よし」
そんなやり取りを繰り返した結果が今である。
途中から生徒たちは考えるのをやめた。理解できなかったからだ。
その日の実習、ダンジョン第五階層。
生徒たちは警戒しながら通路を進んでいた。
「この辺、オークが出るぞ」
「気を付けろ」
その直後だった。
曲がり角の向こうからオークの群れが現れる。
「十体!?」
「多すぎる!」
慌てて武器を構える。だがその前にミラが歩き出した。
「あ……」
誰かが声を漏らす。次の瞬間、ミラの姿が消えた。
「え?」
鈍い衝撃音が連続して響く。
ドゴッ。バキッ。ズドン。
それだけだった。気付けばオークたちが全員床に転がっている。
誰も動けなかった。何が起きたのか分からなかったからだ。しばらくしてミラが戻ってくる。
「終わりました」
いつもの調子だった。
「今の見えたか?」
「いや」
「俺も」
「何したんだ……」
誰一人説明できなかった。
さらに奥へ進む。今度はミノタウロスだった。巨大な斧を担いだ危険な魔物。普通なら実習中止を考える相手である。
「下がれ!」
「距離を取れ!」
緊張が走る。だがミラはため息をついただけだった。
「遅いですね」
一歩踏み込む。次の瞬間にはミノタウロスが倒れていた。
巨大な体が地面に沈む。誰も声を出せない。
「今度は何したんですか……」
ようやく誰かが聞いた。
「急所を狙いました」
「どこの?」
「急所です」
答えになっていなかった。
少し離れた場所でルーが腕を組む。
「成長したな」
満足そうだった。
ミラも頭を下げる。「先生のおかげです」
「いや、お前が頑張ったからだろ」
「先生の訓練のおかげです」
「そうか?」本気で分かっていない顔だった。
周囲の生徒たちは思った。絶対に違う。
第五階層を散歩扱いし、オークキングを訓練相手にする教師がおかしいのだ。
「なあ」
誰かが小声で言う。
「ミラもヤバいけど」
「ああ」
「先生の方がヤバくないか?」
全員が頷いた。
ミラが強いことは誰もが認める。
だがそのミラ自身が、先生のおかげだと言っている。
ならば本当に恐ろしいのは誰なのか。
答えは簡単だった。
視線が一斉にルーへ向く。
「なんだ?」
ルーは首を傾げる。
「普通だろ?」
静まり返る。
ミラも当然のように頷いた。
「普通です」
さらに静まり返る。
遠くで様子を見ていた学園長がそっと額を押さえた。
「その普通が普通じゃないんですよ……」
誰にも聞こかなった。
そして、数日後。ランキングは再び更新された。
【特殊枠】
学園内最弱 ルー先生
学園外最強 ルー先生
門付近最強 ルー先生
最強を育てる最弱教師 ルー先生
それを見たルーは深いため息を吐いた。
「増えてるじゃないか……」
誰も否定しなかった。むしろ今さらだと思っていた。




