料理
そんなこんなしている内に、
アルテナ様に、レオが屋敷へ戻ったという知らせが届いた。
「レオ様~! 今、会いに行きます~!」
大声でそう宣言するなり、アルテナ様は突風のように部屋を飛び出していった。
「殿下! お待ちください!」
使用人たちが慌てて後を追う。
そして、アルテナ様と入れ違いになるようにして、中隊長が王女付きの使用人たちを引き連れて部屋へ入ってきた。
彼らからひとしきり謝罪を受けた後、私は王女付きの使用人たちに、すぐアルテナ様の元へ向かうよう指示を出した。
さて。
アルテナ様がなぜ屋敷の中をうろついていたのか、聞き出す必要がある。
私は皿に残っていた《黄金芋》――リカの言うところのポテチを一枚だけ取り上げる。
それを指先で弄びながら、中隊長へ尋ねた。
「それで、アルテナ様が屋敷にいらっしゃった理由は?」
「レオルド様にお会いになるため、事前の連絡なく訪問されたとのことです」
中隊長は姿勢を正し、淡々と報告を続けた。
「しかし本日は、折悪しくレオルド様が領内の視察へ出ておられました。ところが、アルテナ様は道中で偶然、視察中のレオルド様とお会いになったそうであります」
「そこで、一緒に行きたいと駄々をこねたのね」
「はい。しかし、視察に同行させるわけにもいかず、かといって途中で切り上げるわけにもいかなかったため、レオルド様は『今日は難しい』とお断りになったそうですが……」
「アルテナ様が、納得しなかったってところかしらね」
「それはもう、たいへんな騒ぎだったようであります」
中隊長は、わずかに遠い目をした。
「最終的にはレオルド様が根負けし、『屋敷で待っているように』とお伝えになったそうです」
「なるほど」
レオらしいと言えば、実にレオらしい対応だった。
王女の願いを拒めば角が立つ。
かといって、次期領主としての視察を放り出すわけにもいかない。
その結果、最も無難に見えて、実際には面倒な選択肢を取ったわけだ。
私は小さく息を吐き、次の疑問を口にした。
「それで、なぜアルテナ様が一人で屋敷を歩き回ることになったのかしら?」
「屋敷の門で来訪手続きを行っている最中、王女殿下が護衛の制止を振り切り、先に中へ入られたためです」
「護衛は止めなかったの?」
「止めようとはしたようですが……」
中隊長は言葉を選ぶように、一瞬だけ視線を逸らした。
「相手は王女殿下です。強引にお止めして不興を買うことを恐れたのでしょう。結果として、監視役を一名お付けしたうえで、屋敷内への入場を許してしまったようです」
「監視役を付けたのに、見失ったのね」
「いえ。見失ってはいません。しっかりと後を付けていたようです」
「では、なぜこんなことになっているのかしら?」
「それは……」
中隊長が口ごもると、代わりにハンネスが口を開いた。
「アルテナ様が、マティルダ様よりもずいぶん大人しかったからでしょうな」
「……どういう意味かしら」
私は少しだけ目を吊り上げ、ハンネスを睨んだ。
「お嬢様があの年頃でいらした頃は、よく屋敷から脱走なさっておりました」
「見張りの者からすれば、地面を歩いて移動しているというだけでは、問題行動には見えなかったのでしょう」
「…………」
確かに、昔の私は母の淑女教育から逃げるため、何度も屋敷を抜け出していた。
そのたびに、監視役の者たちは私を追いかけ――そして、ことごとく取り逃がしていた。
「その監視役は、よく私を見失っていたわよね」
「監視役は元S級冒険者です。腕は確かでございます」
ハンネスは涼しい顔で答えた。
「ただ、お嬢様の脱走能力が桁外れだっただけでございます」
「……褒めているのかしら?」
「あの頃の監視役は、よくこう嘆いておりました」
ハンネスは当時を思い出すように、わずかに笑った。
「『神狼よりも俊敏で、ドラゴンよりも頭がよく、そのうえ伝説の魔物にも匹敵する力を持つ存在を捕らえるなど無茶です。私どもにできるのは、せいぜい位置の補足だけです』と」
「大げさね」
「事実でございます」
「……」
反論しづらいのが腹立たしい。
「つまり、私と比べればアルテナ様はずいぶん大人しかったから、監視役はただ後を付いていただけなのね」
「おそらくは」
中隊長が慎重に頷いた。
「一応、ヴァルデン伯爵には連絡を入れていたようですが、『そのまま好きにさせておけ』とのご指示だったそうです」
「父上まで……」
私は額に手を当てた。
「以上が、本件のあらましであります」
中隊長とハンネスが、そろって深々と頭を下げる。
私はしばらく黙ったまま、二人の顔を眺めた。
確認すべきことは、まだいくつもある。
けれども、今はそれより先に済ませるべきことがあった。
私は手元の《黄金芋》をもう一枚取り上げ、中隊長へ差し出した。
「今回の働きに対する褒美よ」
中隊長は、差し出された一枚をじっと見つめた。
口には出さなかったが、その顔には、はっきりとこう書かれている。
――え? たった一枚ですか?
私はにっこりと微笑んだ。
「一枚だけでよいと言ったのは、あなたよね」
「……は?」
「先ほど、アルテナ様に対して『一枚だけでいいので』と宣言していたでしょう?」
中隊長の表情が固まった。
「いえ、その……あれは王女殿下に向けた言葉でありまして……」
「何か不満でも?」
「……ございません」
中隊長は観念したように、一枚の《黄金芋》を受け取った。
それを見ていたハンネスが、堪えきれないように小さく笑い、
「こういったところは昔から変わっておられませんな」
と、小さく呟いた。
「何かしら?」
「いえ、何も」
ハンネスはそう言いながらも、明らかに楽しそうだった。
中隊長は受け取った《黄金芋》をしばらく見つめた後、名残惜しそうに口へ運ぶ。
ぱりっ、と軽い音がした。
「……やはり、美味であります」
「そう」
「できれば、もう一枚ほど……」
「駄目よ」
「……承知しました」
中隊長は肩を落とした。
私はその様子を眺めながら、ため息をつく。
《黄金芋》の試作は成功した。
だが、同時に問題も増えた。
油の確保。
包装の改良。
価格設定。
味の種類。
そして、食べ過ぎへの対策。
そんなことを考えていると、ハンネスがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、お嬢様。研究所長のバートンから、大量の例の液体と、瓶、それに薬草や調味料などが欲しいという要望が上がっております。いかがなさいましょうか」
「バートンが必要と言っているのであれば、それは本当に必要なものよ。早急に準備なさい」
「かしこまりました。あと、要望品の中に気になるものが含まれております」
「それは何かしら?」
「ジャガイモを大量に欲しいとのことです」
用途は不明だが、大量に余らせてしまっているので、それは願ったりかなったりだった。
「それも準備なさい。ただし、二番倉庫に入っているものを充ててちょうだい。全部使ってしまっていいわ」
そこまで言って、ふと思う。
なぜ、そんな量が必要なのだろうか。
疑似ポーションの開発がうまくいっていないのだろうか。
ただ、バートンという人物は横領や着服を絶対にしないと断言できる。
(まあ、嫌な予感はするけれど、必要なのでしょうね)
そう楽観的に考え、私はハンネスから手渡された要望書に承認印を押した。
この時にちゃんと確認しておけば、あんなことにはならなかったのだけれどもね




