お料理
「……うまい」
感嘆が、そのまま声になったような一言だった。
「これは……本当にうまいです、マティルダ様」
「…………そう」
私は努めて平静を装いながら、中隊長の反応を観察していた。
「軽いのに、味が濃い。塩気があるのに、しつこくない。噛めばすぐに消えるのに……また手を伸ばしたくなる」
中隊長はそう評しながらも、視線を皿の上へ釘づけにしている。
その目が、まるで獲物を狙う猛獣のようだった。
「もうあげません。これは、私のです!」
アルテナ王女は皿を抱え込み、誰にも渡さないという意思を全身で示した。
先ほどまであれほど夢中になっていたのだから、当然の反応ではある。
「もう一枚だけ、もう一枚だけでいいのです!」
中隊長は両手を合わせ、必死に懇願していた。
「何でも言うことを聞きますから!もう一枚だけ」
「ダメっただめです」
「そこを何とか!」
「………………中隊長下がりなさい」
私は指先を鳴らし魔法を発動させると
次の瞬間、中隊長の身体がふわりと浮かび上がる。
「うおおっ!?」
驚きの声を上げながら、中隊長はアルテナ王女から引き離され、私のいる側まで運ばれてきた。
私はその彼の耳元へ顔を寄せ、小声で告げる。
「いい加減になさい。あのお方は王女様よ」
「ええっ!?」
中隊長の顔から、さっと血の気が引いた。
「てっきり、どこかの貴族のお子様が迷子になってしまったのかと……!」
「…………」
私は無言で彼を見つめた。
「仮に貴族の子供だったとしても、問題はあるでしょう」
「そ、それは……はい。おっしゃる通りですが」
中隊長はしおらしく肩を落としたのだが
まずはこの、状況を整理が必要であろう。
「それで、どうしてあなたが王女殿下を抱き上げることになったのかしら?」
「それはですね……」
中隊長は困ったように頬を掻いた。
「屋敷の中を、お一人で歩いていらしたのでございます。さすがに危険だと思い、声をおかけしたところ――」
そこまで言って、ちらりとアルテナ王女を見る。
王女はこちらに見向きもせずに、ポテチを食べている。
「なつかれてしまいまして」
「なつかれた?」
「はい。それで『高い所から探し物をしたいから持ち上げてほしい』とせがまれまして……その、拒むわけにもいかず」
と持ち上げた結果が、先ほどの光景というわけだ。
「……使用人たちは何をしていたのかしら」
私は思わずそう呟いた。
しかし、すぐに自分で答えに気づく。
(アルテナ王女がこの屋敷を歩き回っていること自体は、もう珍しくなくなっているのよね)
王女がこの屋敷を訪れる目的は、ほぼ決まっている。
レオだ。
レオに会うため、アルテナ王女は頻繁に屋敷へ通っている。
レオに用事があるときは、いつも客間へ案内しているのだが――王女はそこから抜け出し、勝手にレオを探しに行ってしまうことがある。
使用人たちも、すっかりその状況に慣れてしまっていたのだろう。
(だから今回も、“いつものこと”だと思って誰も止めなかった……というわけね)
なんとも悲しい慣れである。
その結果、普段は屋敷の中にいない中隊長が王女を発見し、事情も知らぬまま保護することになった。
加えて、自国の王女とはいえ、彼女はまだ幼い。それに、つい最近まで幽閉に近い状態であったため、人前に姿を見せる機会もほとんどなかった。
中隊長がアルテナ王女の顔を知らなかったこと自体は、仕方のないことなのかもしれない。
だが――。
(幼い子供に、お菓子を食べさせてもらうために“何でもする”と懇願する大人というのは、どうなのかしらね)
事情を知らなかったとはいえ、護衛を務める立場の者としては、少々情けない。
そこで私は、彼にちょっとした罰を与えることにした。
「中隊長」
「は、はい!」
私が呼びかけると、中隊長は背筋を伸ばして返事をした。
「あのお菓子を食べるために、“何でもする”と言ったわよね?」
「……言いました」
先ほどの勢いはどこへやら。
中隊長は、気まずそうに視線を泳がせている。
「では、王女様の使用人をここへ連れてきなさい。今すぐによ」
少しだけ声を低くし、逃げ道を与えないように告げる。
「はいいっ! ただちに行ってまいります!」
中隊長は敬礼もそこそこに、部屋から飛び出していった。
さて、こちらの問題はひとまず片付いた。
そう思ってアルテナ王女へ視線を戻すと――。
「……あら?」
そこには、空になった皿と、どこか物足りなさそうな表情を浮かべた王女がいた。
「お菓子、なくなってしまいましたね」
「はい。私はまだ食べ足りないのです」
アルテナ王女は皿を見つめながら、残念そうに呟く。
これ以上ポテチを食べさせるのは、あまり良くない。
油分も多いし、何より、この菓子には中毒性があると聞く。
王女の健康を考えれば、ここで止めるべきだろう。
そう考えたはずなのだが――。
「お姉さま…………」
と懇願されるように見られてしまっては
「……今から作りますので、少しだけ待っていてくださいね」
結局、私は王女の期待に満ちた瞳に負けてしまった。
『王女様もポテチの魅力には抗えなかったのか。だとしてもマティルダさあ、小さい子のワガママを全部許しちゃうのは教育的に良くないよ。』
リカが、呆れたような声を上げたが。
私は少しだけ背伸びをし、近くに置かれていたジャガイモへ手を伸ばした。
指先を軽く動かす。
すると、籠の中に入っていたジャガイモがふわりと浮かび上がり、魔力の流れに導かれて私の手元へ集まってきた。
アルテナ王女の目が、ぱっと輝く。
「まあ……!」
「すぐにできますから、もう少しだけ待っていてください」
私は手元に浮かんだジャガイモを一つ取り、表面の土を魔法で払い落とす。
薄く、均一に切り分けるため、刃を使う必要もない。
魔力で形成した薄い刃を走らせれば、ジャガイモはたちまち薄いの円板へと変わっていく。
その様子を、アルテナ王女は身を乗り出して見つめていた。
「魔法でお料理をするのですね、流石お姉さまですわ!!!」
「まあ、」
私は切り分けたジャガイモを水で洗い、火魔法で乾燥させ
油の入った鍋へ移す。
油の温度を一定に保ちながら、ジャガイモを最適な加減で揚げていく。
ぱちぱちと小気味よい音が響き、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。先ほど試食した使用人たちは、作業の邪魔にならないよう気をつけながらも、ちらちらと鍋の様子を窺っている。
(これは本当に、販売前から管理方法を考えておく必要がありそうね)
この《黄金芋》が大ヒットすることは、もはや疑いようがない。
だが、人気商品には必ず問題もついて回る。食べ過ぎ、浪費、依存――。
美味しさに夢中になるあまり、生活のバランスを崩す者が出ないとも限らない。
売れる商品を作るだけでは不十分だ。
どう売り、どのように食べてもらうかまで考えておく必要がある。
私は油から揚げたジャガイモを取り出し、魔法で表面に残った余分な油を落とした。最後に塩と香辛料を振り、黄金色の薄片を皿へ盛りつける。
「できましたよ、アルテナ様」
「ありがとうございます!」
アルテナ王女は待ちきれない様子で、皿へ手を伸ばそうとしたので、
一応、彼女に進言をしておく
「ただし、今度は全部を一人で食べてはいけません」
「どうしてでしょうか……?」
「彼らの顔をご覧になって」
私は、部屋の隅でこちらを見つめている使用人たちへ視線を向けた。
「皆、この黄金芋を食べたいと思っているようですよ」
使用人たちは慌てて姿勢を正したが、視線までは誤魔化せていない。
「高貴な身分にある者には、独り占めするのではなく、周囲へ分け与えるという務めもあります」
私は王女へ向き直り、できるだけ穏やかな声で続けた。
「美味しいものを一人で食べ過ぎれば、身体にもよくありません。それに、下々の者から支持を失えば、いずれ自分の足元さえ危うくなります」
やや現実的すぎる話ではあるが、王女には覚えておいてもらう必要がある。
「ですから、これはアルテナ様と、ここにいる使用人みんなで食べてくださいね」
そう告げると、アルテナ王女は皿と私の顔を交互に見つめた。
しばらく迷った末、少しだけ不満そうにしながらも、こくりと頷く。
「はい。約束します」
「アルテナ様は素直で良いですわね」
私は王女の前へ皿を置いた。
アルテナ王女は黄金色に揚がった一枚をつまみ、ぱり、と小気味よい音を立てて口へ運ぶ。
その瞬間、頬がふわりと緩んだ。
「……おいしいです~~」
王女は一枚を咀嚼しながら、しみじみと皿を見つめる。
「ですが、この美味しい気持ちは、みんなで分け合わなくてはならないのですね」
「ええ。その通りです」
私が頷くと、王女は何かを思いついたように、傍らにあった小皿へ手を伸ばした。
「それでしたら、まずはお姉さま。こちらをどうぞ」
そう言って、彼女は小皿にこんもりと黄金芋を盛り、私へ差し出してきた。
ただ、その手はわずかに躊躇している。
恐らく、この量を私へ渡すことに、葛藤があったのだろう。それでも、自分だけで食べてはいけないという私の言葉を受け入れ、分け与えようとしている。
これは受け取るべきだ。
受け取るべきなのだが――。
(…………正直、これを食べたくないのよね)
油と塩にまみれたこの物体を胃へ入れることには、どうしても抵抗がある。
だが、ここで受け取らなければ、王女の教育としてもよろしくない。善意に対して、喜ばれたという経験が彼女に必要なのだ。
「どうでしょうか?」
アルテナ王女が、きらきらとした目で私を見上げている。
その期待に満ちた表情を前にしては、さすがの私も断れなかった。
「ありがとうございます」
私は小皿を受け取り、その中から一枚だけを口へ運んだ。
ぱり、と音がする。
口の中に広がる油の重さと塩気に、思わず表情を引き締めた。
やはりこれは、私の好みに合う食べ物ではない。
それでも、王女の手前、変な顔をするわけにはいかない。
必死で笑顔を作り
「とても美味しいです。改めてありがとうございます」
「ですが、アルテナ様」
「はい?」
「施しも、分け与えることも、自分の身を削りすぎてはいけません」
私は小皿を別の使用人へ差し出した。
「ですから、こちらは他の皆さんにも分けてあげましょう」
「はい!」
王女は素直に頷いた。
使用人たちは恐縮しながら小皿を受け取り、互いに顔を見合わせる。そして、やがて一枚ずつ黄金芋を口へ運び始めた。
「おいしい……!」
「これは、いくらでも食べられそうですね」
「素晴らしいお味ですね」
口々に上がる感想を聞きながら、なおも黄金芋を分け与えながらも、結構な量を口に入れている王女を見つめながら考えを巡らせる。
(これは間違いなく流行るわね)
問題は、どれだけ売るかではない。
売る際には、領民の生活を壊さないように細かく調整をする必要がある。
私は、皿の上で光る黄金色の薄片を見下ろした。
しかし
(黄金芋ねえ)
私が考えたこの名前だが、安い芋を安く調理した菓子に黄金芋などと付けるとは、名前負けも甚だしい。
なぜか天啓のように思いついたからそう名付けたのだが……………………
まさか、あんなことになるとはね




