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お料理


『ポテチに使うジャガイモは、もっと薄切りだよ』


「今でも十分に薄いじゃない。これ以上は、ペラペラの紙のようになってしまうわ」


 私は魔法で切り分けたジャガイモを、まな板の上に並べた。


 一枚ごとの厚さは綺麗に揃っている。

 火の通りを考え、形が崩れない程度の薄さにも調整した。


 料理人たちが見れば、間違いなく絶賛する切り方だろう。


 だというのに、リカはまったく納得していないらしい。


『いや、ポテチはその薄さが肝なんだよ』

『もっと薄く。向こう側がちょっと透けるくらい』


「それじゃあ、ほとんど表面についた油を食べていることにならないかしら?」


『……まあ、そうなるね』

『でも、それでいいんだよ。ポテチは』


 リカは妙に重々しい口調で続けた。


『カロリー爆弾と言われようと、ニキビ生産機と言われようと、悪魔的に美味しい』

『それがポテチってもんよ』


 その説明には、妙な迫力があった。


 彼女の中では、ポテチという菓子に並々ならぬ熱意があるようだ。


「あなたの世界では、そんなものが一般的な菓子だったの?」


『うん。子供のおやつにも、大人のおつまみにも、夜食にもなる万能選手だよ』

『映画を見ながら食べるポテチは最高なんだから』


「映画というのは、以前聞いたことがあるわね」

「暗い部屋で、動く絵を眺めながら菓子を食べる習慣でしょう?」


『その説明だと、ものすごく退廃的な娯楽に聞こえるなあ』


 私は小さく息を吐き、先ほどよりさらに薄くジャガイモを切った。


 一枚をつまみ上げる。


 向こう側が、うっすら透けていた。


「……これを油で揚げるのね」


『そうそう。その薄さが大事なんだよ』


 ただ、それだけの料理である。


 ジャガイモを薄く切る。

 水にさらす。

 油で揚げる。

 塩を振る。


 香辛料や保存技術を組み合わせた新商品ならともかく、素材を薄く切って油に落とすだけの菓子を、なぜ私がわざわざ試作しているのか。


 理由は単純だ。


 屋敷の料理人たちにポテチの概要を伝えて作らせた結果――。


『全然違う。こんなのポテチなんかじゃない。やり直し』


 リカの容赦ない駄目出しが飛んだからである。


『もっと薄切り。でも断面は大きく。そして、崩れちゃだめ』

『揚げる時はくっつかないように、さっと。カリカリに』


 注文が多い。


 しかも、料理人たちはその“正解”を知らないため、試作が一向に進まなかった。


 ならば仕方がないと

 リカのイメージを一番実現できそうな私が、直接手を出すことにしたのだ。


 私は切ったジャガイモを冷水にさらし、表面の余分なでんぷんという栄養素を落とす。


 この工程もリカの指示によるものだった。


『でんぷんを落とさないと、くっつきやすいし、仕上がりが重くなるんだよ』

『カリッとさせるには大事な工程なの』


「栄養素をわざわざ落とすのは、料理としてどうなの?」


『ポテチに栄養を求めちゃだめ』


「清々しいほどに不健康ね」


『美味しさの前では些細な問題だよ』


 私は水気をしっかり拭き取ったジャガイモを、熱した油へ一枚ずつ落としていく。


 ぱちぱちと油が跳ね、香ばしい匂いが立ち上った。


 薄い切片はすぐに縁から色づき、やがて全体が淡い金色へと変わっていく。


『今! そのタイミング!』


 声に急かされ、私は数枚を取り出した。


 油を切り、用意していた皿へ移す。

 そこへ塩と数種類の香辛料を軽く振りかけた。


『完成!』


「完成と言われても……」


 私は皿の上に積まれた、揚がったばかりの薄いジャガイモを見る。


 水分が抜け、熱で変色し、油でコーティングされたもの。


 皿から漂う香りは、想像していたよりずっと強い。

 だが、それだけだ。


 私はちらりと、調理器具に残った油へ目をやる。


 揚げる前と後で、明らかに油の量が違っている。


 かなり減っていた。


「……やはりこの菓子は、予想通り、ほとんど油で構成されているのではないかしら」


『そこを気にしたら負けだよ』


「こんなもの、美味しいはずが――」


 私はそこで言葉を止めた。

 

(食べもせずに、評価するのは違うわね)


 もっとも、これを自分舌で食べて評価する気にはなれないが。


 そこで私は、近くに控えていた使用人たちへ視線を向けた。


「あなたたちに、この料理の試食を任せるわ」


 私がそう言うと、試食のために呼んでいた使用人たちの前へ、ポテチなる料理が運ばれる。


「遠慮はいらないわ」

「私が作ったからといって、お世辞を言う必要もない」

「この料理に対して、正確な評価をしてちょうだい」


 最初に手を伸ばしたのは、執事長のハンネスだった。


 彼は薄い一枚を慎重につまみ上げ、しばらく観察した後、口へ運ぶ。


 ぱりん、と小さな音が響いた。


 ハンネスの眉が、わずかに上がる。


「……たいへん、美味でございます」


「本当に?」


「はい」


 ハンネスはもう一枚を手に取った。


「さらに付け加えますと、現在市中に流通している塩味の菓子類には、高級品であっても味気ないものが多くございます」


「味気ない?」


「保存性や材料費を優先するあまり、香りや食感に乏しいものが多い、という意味でございます」


 ハンネスはもう一枚を口に入れる。


 ぱり、と軽い音がした。


「ですが、このポテチなる菓子は違います」

「材料こそ単純。しかし、油によって濃厚な風味が加わり、塩と香辛料が味を引き締めている」

「それでいて、噛んだ瞬間に崩れる軽い食感がある」


 周囲の使用人たちも、次々に皿へ手を伸ばしていく。


 最初は皆、遠慮がちだった。


 だが、二枚目、三枚目となるにつれて、明らかに動きが早くなっている。


 皿の上のポテチが、見る見るうちに減っていった。


「最高と言っても過言ではないでしょう」


 ハンネスはそう断言した。


 あまりに褒めるものだから、私は怪訝な目を向ける。


「私の機嫌を取るための誇張やおべっかは不要よ。しっかりと評価して頂戴」


「滅相もございません、私は思ったことを素直に言ったまででございます」

「”とても美味である”と」


 ハンネスは真剣な顔でそう告げた。

 さらに、まだ怪訝な目をしている私に対し


「マティルダ様のお気持ちも分かります」

「こんな単純な料理に、美味しさなど生まれないであろうとお考えなのでしょう」


「ええ。その通りよ」


「ですが、料理とは組み合わせの足し算であり、余分なものを引く引き算でもございます」

「素材、火加減、油、塩、香辛料。そして食感」

「それらを適切に組み合わせ、最高の状態へ持っていく」

「この料理は、まさにその次元に達しているということです」


 またしても、べた褒めである。


 しかも今度は、料理人のような理屈まで付け加えてきた。


『ほら! だから言ったでしょ! ポテチは美味しいんだって!』


 リカの声が、頭の中で勝ち誇る。


 しかし、だ。


「そう。あなたたちの感想や意見は、よく分かったわ」


 私はハンネスと使用人たちを見回した。


「けれど、これが本当に庶民の間で流行るのかしら?」


 いくら味が良くても、それだけでは足りない。


 庶民が日常的に食べたいと思えること。

 既存の菓子や軽食よりも選ばれること。

 価格に見合う満足感があること。


 それらの条件を満たしていなければ、庶民向けの商品として販売するのは難しい。


 しかし、ハンネスはそれを見越していたようだった。


「実は、マティルダ様がそうおっしゃることも考慮し、味の評価者として適任と思われる者を、部屋の外に待機させております」


「評価者?」


「以前、料理革命で活躍した中隊長でございます」


 中隊長。


 彼の舌は、料理人たちから高く評価されている。

 本人も食べることが大好きらしく、非番の日には必ずどこかの料理屋へ出向いているという。


 たしかに、評価者としては妥当なのかもしれない。


「入れてちょうだい」


 私が命じると、使用人が扉を開けた。


 しかし、そこに立っていた中隊長は、私が想像していた姿とは大きく異なっていた。


「……何をしているの?」


 私は思わずそう呟く


 なぜなら彼は直立していなかった。


 それどころではない、控えている者として適切な姿勢を取っていなかったどころか、両腕で小さな子供を抱き上げていたのである。


 しかも、その子供は彼の胸元で楽しそうに笑いながら、片手で立派な髭を引っ張っていた。


 職務放棄も甚だしい。


 そして、その腕の中にいる人物は――。


「マティルダお姉さま。ご機嫌ようですわ」


 先ほどまで楽しそうに騒いでいた少女が、私の姿を認めた途端、貴族らしい挨拶をしてみせる。


「……アルテナ王女様。ご機嫌よう」


 私は引きつった笑みを浮かべた。


(どうして王女様がここにいらっしゃるのかしら?)

(いらっしゃるという連絡は受けていないはずよ)


 恐らく、レオに会いにきたのだろうが、彼はこの時間は外出中のはずだ。


 いや、王女が勝手に訪ねてきた可能性もある。

 だが、その場合でも、なぜ来客の知らせがなかったのか。


 疑問はいくつも浮かんだが、まずは目の前の問題を解決する必要がある。


 平民の身分でありながら、王女を抱き上げている中隊長。


 この状況は、どう考えてもまずい。


 せめて王女を彼の腕から下ろさせなければならないのだが


『王女様、完全に中隊長になついちゃってるね』


 リカが、呆れたような声を漏らす。


『でも、人間扱いしてないというか……なんかペットみたいな扱いだよ』

『あんなふうに髪とか髭を引っ張ったら痛いはずなのに、中隊長も笑って許してるし』


 まったく同感だった。


 しかし、ここまで懐いていると、無理に引き離すのも難しい。


 本来ならそういったことは王女付きの使用人に任せるべきなのだが、周囲にそれらしい人物の姿はない。


 仕方なく、私は中隊長へ目を向けた。


 ――その子を下ろしなさい。


 視線だけで、そう伝えたつもりだった。


 だが、中隊長は目を瞬かせるだけだった。


「えっ?」


 まるで、何を言われているのか分からないという顔である。


 この子は特別な身分の方なのですか、とでも言いたげな表情だった。


 ……まさか、アルテナ王女の顔を知らないのか。


 この男は、どうしてこうも変な問題ばかり起こすのだろう。


 私は額を押さえた。


 そんな風にしばらくの間、奇妙な膠着状態が続た。


 そのとき、アルテナ王女の視線が、テーブルの上へと移った。


 皿に盛られた、ポテチの山に。


「まあ……それは何ですの?」


「これは、試作しているお菓子でしてね……」


 しまった。私としたことが正直に答えてしまった。


「お菓子ですか!?」


 王女の瞳が、瞬く間に輝きを増した。


 次の瞬間、彼女は中隊長の腕から飛び降りるように離れ、菓子のもとへと駆け寄る。


「お姉さま、これは食べてもよろしいやつでしょうか?」


 目の前の菓子に釘付けになりながら、アルテナ王女が尋ねてくる。


 その表情を見れば、答えを待つまでもなく、彼女が何を望んでいるのかは明らかだった。


 だが、これは油と塩分の多い菓子である。

 健康への影響を調べたわけではないが油の塩の塊だ

 体に良いわけがない。


 だから、いくら王女が所望しているといえど、食べさせるわけにはいかない。


 のだが


 あまりにもキラキラをした目をしているアルテナ女王に

「食べてはいけない」とは口にできずに


「……ええ。構いません」

「ただし、少しだけにしてくださいね」


 と渋々許可をだした


「はい、お姉さま!」


 アルテナ王女は嬉しそうに返事をすると、細い指で一枚つまみ上げた。


「これは、何というお菓子ですの?」


「ポテチ……いえ」


 私は一瞬だけ考える。


 ポテチという響きは、この世界では少し不自然だ。


 それに、庶民向けの商品として流通させるなら、と思考した際に天啓のように思いついた名前をそのまま口にする。


「《黄金芋》とでも呼びましょうか」


「黄金芋……!」


 アルテナ王女の目が、さらに輝いた。


「素敵なお名前ですわ!」


 そして、ためらいなく口へ運ぶ。


 ぱりっ。


 小気味よい音が響いた。


 王女の瞳が、大きく見開かれる。


「ん~~~~~~~!」


 両手を頬に添え、全身で衝撃を表現している。


「これは、たまりませんわ! めちゃウマですわ~~~~~!」


 普段頑張って繕っている上品な口調が、完全に崩れていた。


 ばり、ぼり、と音を立てながら、アルテナ王女は次々にポテチを口へ運んでいく。


「……少しだけと申し上げたはずですが」


「少しですわ!」

「一枚が薄いので、たくさん食べても少しですわ!」


『子供の理屈だ、でもわかるなー。軽いし、止まらないんだよね。そして一袋食べきったあとに猛烈な後悔がやってくるんだよね』


 彼女があまりにも美味しそうに食べるものだから、周囲にいた者たちは誰一人として強く止められなかった。


 そして、その熱気に引き寄せられるように、中隊長が自然な足取りで王女の隣へ近づいてくる。


 王女はすぐに彼の存在へ気づいた。


「これ、めちゃウマですわよ」


 彼女は一枚の《黄金芋》をつまみ上げると、中隊長を見上げた。


「とくべつに食べさせてあげますから、しゃがんでくださいます?」


「は、はい!」


 中隊長は反射的にその場へしゃがみ込む。


 すると、アルテナ王女は満足そうに頷いた。


「はい、あーんですわ」


 中隊長が口を開ける。


 王女はためらいなく、その口の中へ《黄金芋》を突っ込んだ。


 ぱりっ。


 中隊長が噛んだ瞬間、その目が見開かれた。


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