ポテチとエナドリ
衣類事業についての説明をひと通り終えたところで、私は小休止を挟むことにした。
使用人に目で合図し、コーヒーを淹れさせる。
すると、すぐにリカが釘を刺してきた。
『この時間にコーヒーって、あんまり良くないよ。寝つきが悪くなっちゃうんだ』
『カフェインが悪さをしてね』
「私には、そのデメリットはないわね。コーヒーのメリットだけを享受できる体質だから、問題はないわ」
『なにそのチート肉体……羨ましい』
『私なんて、夜にエナドリを一本空けちゃったら、一睡もできなくなるというのにさあ』
「そういえば、そのエナドリって何なの?」
『エナドリはね、文字どおりエネルギーを与えてくれる飲み物で、飲むと元気と活力が湧いてくるんだ』
『大半は砂糖とカフェインによるものなんだけどね。一応、少しは滋養強壮に効く薬草成分も入っていてね』
「……要するに、“甘くて飲みやすい興奮剤”ということかしら」
『まあ、身も蓋もない言い方をすると、そうなんだけどさ』
『でも、“ここぞ”ってときに一本キメると、眠気も吹き飛ぶし、テンションも上がるし、作業がはかどるんだよ』
『社畜とかゲーマーは、みんな愛飲していたんだから』
『代わりに、効果が切れたときには急激な疲労感や強い眠気、だるさに襲われるし、飲みすぎると健康にもめちゃくちゃ悪影響があるんだけどね』
「それって、禁術とされている“呪術”と大して変わらないわね」
私はカップを傾け、コーヒーの香りを楽しみながら言う。
「一時的に“能力を底上げ”して、その後に強い反動が来るなんて、まんま呪術じゃない」
「その飲み物を常用していたあなたの世界の人たちって、もしかして全員“呪詛中毒”だったのかしら」
『社畜は、そのエナドリブーストがないと仕事をさばけないくらいの量を押しつけられているから、仕方がないんだよ』
『まあ、私たちの元いた世界のポーション的な存在かな』
「ポーションは“体を回復させる”ものよ。元気を“借金して前借り”する呪物とは違うわ」
『ポーションも、人体にまったく悪影響がないとは言えないんじゃないかな』
『ゲームだと、乱用すると回復効果が落ちるペナルティもあったくらいだし』
「まあ、ポーションの“飲みすぎ”は、内臓に負担がかかると言われているわね」
「だから、基本的に回復には魔法が一番とされているわ」
私はふと、使用人のポーチに入っている回復ポーションの瓶へ視線を向ける。
あれ一本で銀貨十枚。
庶民からすれば、なかなかの高級品だ。
呪物に近いものとはいえ、庶民用の疑似ポーションのようなものがあってもいいかもしれない。
そう思い、私は口を開いた。
「でも、まあ。“エナドリ”というのは、なかなか面白い概念ね」
『お? この世界でもエナドリを作っちゃう感じ?』
『カフェインと砂糖、それに少し健康効果のあるエキスを炭酸水に混ぜるだけで――』
「いざというときの能力向上薬という位置づけでね。作ってみるだけよ」
「あくまでも試作品。一部でしか販売はしないわ」
『うー、一般販売しないんだ。残念』
『この世界にもいるであろう社畜たちにとっては、特効薬になると思うんだけどなー』
「“元気”や“やる気”なんてものは、本来、“適切な睡眠と食事と休息”で補うべきものよ」
「そこを誤魔化して無理やり働く、社畜のような働き方は、あまり賢い方法とは言えないわね」
『社畜たちは、ノルマと責任という鎖でガチガチに縛られているからね』
『そんな冷静で合理的な判断なんてできないんだよ』
「社畜って、なんとも可哀想な下僕なのね」
『下僕扱いは可哀想だよ。社畜にだって、ちゃんと人権はあるんだからね。一応』
リカが抗議の声を上げる。
しかし、私はその声を聞き流しながら、念のため、リカから聞いたエナドリの概要を紙に書き留めた。
そして、使用人に必要になりそうなものの手配を依頼する。
それは――
ポーション生成時に出る、薬草から薬効成分を抽出したあとの廃液である。
◇ ◇ ◇
その廃液が届いた直後、私はある人物のいる研究所を訪れた。
研究所の扉を開けた瞬間、目的の人物がすぐさまこちらへ駆け寄ってくる。
「あら~、お久しぶりでございます。我が最大の恩人であるマティルダ様」
「ささ、おもてなしをいたしますから、おかけになってくださいませ」
「さあ、マティルダ様がおいでになったわ。皆、その場でいいから、敬意を込めてご挨拶なさい!」
その言葉を受け、他の研究員たちが一斉に深々と頭を下げた。
その後、近くにいた研究員へ、本人は小声のつもりらしい声量
――十分にうるさい声量で、彼は話しかける。
「キャッ、マティルダ様よ。お会いできるなんて、今日はなんて幸せなのかしら」
「ちょっと。今の私の見た目に問題がないか、チェックしてちょうだい。不完全な状態でマティルダ様の前に立つ自信はないわ~! しっかりチェックしてちょうだい。それから――」
忠犬のように礼儀作法を守りながらも、どこか間の抜けた犬のように興奮し、尻尾をぶんぶん振り回すような勢いで研究室内を騒ぎ回っている彼の名前は、バートン。
いや、今は彼女と呼ぶべきか。
元は男だったが、私に「女にしてほしい」と懇願してきた人物である。
私はその願いを叶えるため、禁術と呪術を組み合わせ、強引に性別を女性へ変化させようとした。
その結果は――
完全な女性にはならず、しかし男性でもなくなってしまった。
現在のバートンは、中性――あるいは無性とでも呼ぶべき状態になっている。
(いや、失敗というより、禁忌に触れたというべきかしら)
(あのときは、これ以上の改変を拒む“絶対的な壁”のようなものを感じたわね)
しかし、そんな魔術の失敗にショックを受ける間もなく
父と母が私が人体改変に手を出したことに大変は激怒し、
私は封印結界内で一週間の謹慎という、なかなかに重い罰を食らわせされた。
その受けたうえ、バートンを元の男性に戻すよう厳命されたのだが
だが、元の男性に戻ることを、肝心のバートン本人が拒否した。
彼女は女性に近づいた今の姿を大変気に入っており、完全な男性に戻ることを断固として拒んだのである。
そのため、現在のバートンはこの姿のまま、研究所に所属している。
『なんか、すごく中性的な人だね。顔はめっちゃ綺麗だし、高身長でスタイルもいいね』
『うーん、イケメン風美女というか、宝塚系というか。カッコイイんだけど、私のイケメンレーダーには不思議と引っかからないんだよなあ』
バートンを男ではないと判定する、リカの謎のレーダーの性能に関心しつつも、私はリカの声を聞き流す。
バートンは研究者としての能力が極めて優秀であり、私への忠誠心も非常に高い。
だからこそ、こういった、あまり外部に出したくない研究にはうってつけの人材なのだが――
「いきなり押しかけて悪いわね。今の作業が終わってからでいいから、こちらに来て……」
私が言い終える前に、バートンは近くの助手へ今行っている実験を押しつけた。
そして、一瞬のうちに私の前に跪き、恭しく首を垂れる。
「何なりと、ご命令くださいませ~」
(彼女……なんだか苦手なのよね……)
『これはなかなかに癖の強い人だね』
『ちょっとオネエ系なのかな。カッコいいのに、もったいない』
引いているような、残念がっているような声を上げるリカ。
私は内心で同意しつつも、それを表には出さない。
「あなたに頼みたいことがあるのよ。ここでは説明しにくいから、あちらで話しましょうか」
そう言って、私は机を指差した。
「承知いたしました~。マティルダ様からの久しぶりのご直命、とても楽しみでございますわ~」
使用人が素早く机を整え、私たちは席に着いた。
正直、彼女と長話はしたくない。
なので、できる限り要点だけを伝えることにする。
「あなたに、疑似ポーションの作成を依頼するわ」
そう告げた瞬間、バートンの雰囲気が変わった。
甘ったるい空気が薄れ、瞳の奥に研究者としての鋭さが宿る。
「疑似ポーション? それはいったい、どのようなものなのでしょうか?」
「興奮剤に、若干の疲労回復と体力回復の効果を付与した飲料よ」
「本質的には興奮剤だけれど、その興奮によって、疲労や体力が回復したように疑似的な錯覚を起こさせるの」
「ただし、ポーションと呼べる代物ではないわ。だから、名称はエナドリと呼びましょうか」
『エナドリに対して、ひどい言い方だなあ……。間違ってはないけどさあ』
リカが不満そうに呟く。
バートンは顎に手を当て、少しだけ目を細めた。
「興奮剤ですか。しかし、そのエナドリの用途をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「庶民や低級冒険者向けの、簡易的な疲労軽減飲料といったところかしらね」
「ポーションを飲むほどの怪我や疲労ではないけれど、かなりつらい状態。その状態から回復するための格安飲料よ」
「しかし、興奮成分だけでは、一時的には良くても、あとで疲労が悪化してしまうと思いますわ~」
「今さえ良ければいい薬、というようにも聞こえますわね」
「だから、興奮効果以外にも、少しは回復効果を付与するわ」
「回復効果ですか~。薬効を加えるとなると、それなりの値段になってしまいますわね」
「そういった効果のある薬草は、それ自体も高価です。さらに薬効成分を抽出するにも、かなりの手間がかかります」
「それらを加えるとなると、ポーションと大差ない価格になってしまうと思いますわ~」
「その部分は考えてあるわ。あれを出してちょうだい」
私は指を一つ鳴らす。
使用人が前に出て、瓶に入った液体を机の上に置いた。
「材料にこれを使うのよ」
「これは……いったい?」
「中身を観察してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
バートンは瓶の栓を外し、液体をほんの少し手に垂らした。
匂いを嗅ぎ、その液体を舌で舐める。
「あー、これは薬草から薬効成分を抽出する際に出る廃液ですわね~」
「この薬草の渋み……上級ポーションの廃液で間違いありませんわ~」
正解である。
……正解ではあるのだが、彼女からすれば得体の知れない液体を、なんの躊躇もなく舐めたことに、私は若干引いた。
だが――
「…………さすがね」
と一応、褒めておく。
「お褒めにあずかり、誠に喜悦の極みでございますわ~」
「人一倍、味覚には敏感なものでして」
『疑似ポーションじゃなくて、廃液ポーションじゃん』
『庶民向けの商品だからって、ゴミを売りつけるのは、さすがに倫理観どうなってんのさ!?』
リカが少し怒ったように言うが、私はそれを聞き流して話を進めた。
「その味覚を頼りたくて来たのよ」
「この廃液に砂糖、カフェイン、疲労回復効果のある薬品を調合して、庶民でも飲めるような飲料――エナドリを開発しなさい」
「承知いたしました~」
「すぐさま取りかかりたいのですが、マティルダ様がそのエナドリにお求めになるのは、効能でしょうか? 味でしょうか?」
「両方ね。さらに言えば、その両方を満たしたうえで、製作コストも下げる」
「それが依頼内容よ」
「これはこれは、なんともやりがいのある仕事ですこと」
バートンは立ち上がり、助手である研究員たちへ向き直った。
「マティルダ様から、大変名誉ある仕事を依頼していただいたわ」
「これは、私たちの能力を買ってのこと。その信頼を裏切るなんて、できませんわ」
そして、両手を広げるようにして宣言する。
「各自、全身全霊を傾け、死ぬ気で――いえ、死後も頑張るつもりでやりなさい」
「は~い!」
覚悟と決意に満ちた緊張感のある号令に、なんとも締まりのない返事が響いた。
「マティルダ様のご期待に応えるべく、このバートン、命を燃やして魂を削り、誠心誠意、一切休まずに研究を――」
そんな何とも言えない宣言をするバートンに対し、
『死後も頑張るつもりでって、ブラック研究所じゃん』
『社畜って、こういう人たちのことも指すんだよ。もっと労働環境をだね――』
私は、二人の騒音を聞き流しながら、
(リカにしてもバートンにしても、本当に騒がしいわね)
軽く眉間を押さえた。




