ポテチとエナドリ
自室で、久しぶりに夜遅くまで事務作業をしていると、リカが話しかけてきた。
『夜遅くまで、ご苦労様』
『長時間、一切の休憩なしでテキパキと仕事するとか、マティルダもだいぶ“シャチク”属性あるね』
ため息をつきつつも、ペンは止めずに言葉を返す。
「そんなに頑張っている私の作業を、あまり邪魔してほしくはないのだけれどもね」
「それに、“シャチク”って何なの?」
『シャチクはね、現代日本を支える中流階級の身分なんだけど』
『奴隷階級のように、組織に労働力を搾取される悲しい存在なんだよ』
「であれば、そのシャチクっていうのは、私には当てはまらないわね。シャチクっていうのは肉体労働者なんでしょ?」
『いや、どちらかというと“デスクワーク”、机の上で作業しているシャチクが多いんだよね』
「あなたの元いた世界では、庶民階級が事務作業をするの?」
『この世界での肉体労働の過半数は、機械とか“重機”で代用してるからさ。事務作業が多いんだよ』
(庶民が事務? 中流階級にも教育が行き届いているのかしら)
と疑問が浮かんだが、それ以上に気になったのは別の単語だ。
「“重機”って何かしら?」
『うーん、そうだな。仕組み的には、今マティルダが武器とかを量産しようとしてる“工業機械”に近いかな』
『油圧とかを使って、ものすごい力を発揮する仕組み』
『違いは“エンジン”っていう“動力を生み出す仕組み”がすごくてね――』
と、リカは“重機”と“エンジン”について、一通り説明してくれた。
魔力でも蒸気でもない、“燃料を燃やして力を取り出す”という概念は、この世界ではまだ一般的ではない。
「ふーん。その“エンジン”っていうのが肝になりそうね」
私はリカの説明を聞き流しながら、次の紙束へと手を伸ばしつつ呟く。
「ただ、それを実現してしまうと、この世界の“産業構造”がひっくり返ってしまうわ」
「技術開発をするにしても――慎重に、コントロールしながらやらないといけないわね」
『たしかに。馬車とか魔法での移動、私も好きだしね』
『それが“車”になっちゃうのは、ちょっと解釈違いだね』
『というより、異世界に車やトラックが走ってる姿は、なんか嫌かも』
『ただ、この世界は石油が無いっぽいからね。そこまで重機とかは発展しないとは思うけど……魔法とかいう、とんでもエネルギーがあるからなあ』
と、ぶつぶつ言い続けるリカに、
「話は終わったかしら」
と尋ねると、
『いや、本題はこれからだよ』
と、妙に真面目な声で返してきた。
こほん、と咳払いまで入れてから、
『マティルダに“協力”しようかなってさ』
『治世とか政治の話は分からないけど、“醤油とかジャガイモとかを買う”って話だったら、私が内容聞いて、“買いすぎ防止”することもできるわけだし』
「この世界の物価が、あなたに分かるの?」
『ゲームで売ってるアイテムの値段は、全部頭に入ってるからね』
『多分、“食材とか武器の値段”だったら、マティルダより詳しいよ』
「ふうん。なら――今は“戦力外”ね」
私はさらりと言い捨て、次の書類にサインを入れる。
「今やっているのは、“冒険者ギルドへの依頼”と、“視察団を送る”という連絡の書類作成だもの」
『ギルドへの依頼?』
「ええ。“ヴァルデン領内の魔獣の生態調査”と、“ノクティル領への治世調査”」
「それと、“シードラゴンの捜索”を依頼しようと思っているわ」
『なんか色々頼むんだね。でも、なんでまたそんな依頼をするの?』
「魔獣調査は、“有刺鉄線をどこに、どう設置するか”を検討するため」
「ノクティル領は、あの少女との“約束”を果たすために」
「シードラゴンは――“番”を見つけてあげないといけないからよ」
『あー、なんかそんな話もあったね』
と、どこか懐かしむように言ったあと、
『でもさ、そもそも発端の“金稼ぎの話”は大丈夫なの?』
「……今のところ、達成できる見込みはないわね」
『その約束とかは後回しにしてさ、“お金稼ぎ”に今は集中した方がいいんじゃないのかな』
「その“庶民向けビジネスで大金を稼ぐ”というものに対して、今のところ“具体案”がない状態で、集中も何もないわ」
そう言って、私は背もたれに深く体を預けた。
それを見た使用人が、即座に紅茶とクッキーを用意し、テーブルへとそっと差し出してくる。
そのクッキーをひとかじりしながら、
「色々と調査して思ったけれど、“庶民向け”となると――衣か食のどちらかね」
『うーん、となると“食”で攻めた方がいいのかな?』
「食の部分は“料理ギルド”があるから難しいわ。やるとしたら、“衣”よ」
『いやー、“料理屋さんに並ばないタイプ”の食べ物とか飲み物で稼ぐのは、全然アリだよ』
『例えば、いまマティルダが食べてるクッキーとかさ。そういう“保存のきくもの”で稼ぐ方法は、普通にあるね』
「保存食と菓子で稼ぐ、ということかしら?」
『そう。“チョコレート”とか“焼き菓子”とか』
「チョコは“高級品”よ。それに焼き菓子も庶民向けとは言えないわね」
「どちらも“菓子職人”が作るものだし、その菓子職人も料理ギルドに多く加盟しているわ」
『うーん……元いた世界のお菓子で、この世界でも通用しそうなのってなると――』
『“飴”“ラムネ”とかはなあ……材料の砂糖がこの世界だと結構高いからね』
『“ドーナツ”も違うし……うーん……』
リカはしばらく、うんうん唸りながら考え込んでいたが――
『あ!』
突然、弾けるような声を上げた。
『そうだよ、“ポテチ”、ポテチがあるじゃん!』
急にテンション高く騒ぎ立て始める。
「その“ポテチ”って何かしら?」
『ポテチはね、“ポテトチップス”の略で――』
リカは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。
『ジャガイモを薄くスライスして、油でカリッと揚げて、塩とか香辛料を振ったお菓子だよ』
『多分、安く作れるし、軽くて保存もきくし、中毒性があってバカ売れ間違いなし!』
『袋詰めして屋台や雑貨屋で売れば、ジャガイモ山全部さばけるし、これは“勝ち筋”だよ!』
「“油で揚げたジャガイモのお菓子”ということね」
私は紅茶を一口飲み、薄くスライスされたジャガイモが油で揚げられている様子を頭の中でイメージする。
たしかに、油とジャガイモの相性が良いことは、この前食した“じゃがバター”で確認できている。
しかし――
(ジャガイモの、あの“ほくほくとした食感”と“旨み”は、薄切りにしてしまうと感じづらくなるのではないかしら)
(それに油で揚げてしまうと、さらに表面を油でコーティングすることになる。もはや“旨み”云々の話ではなくなるのではないかしら)
そう思ったため、
「ジャガイモ処分策としては良いかもしれないけれど」
「“庶民向けお菓子”として大成する未来は、今のところ見えないわね」
『え、どうしてさ。私の元いた世界だと、“お菓子と言えば”真っ先に名前が挙がるレベルだったんだよ』
『それに、大人気商品でもあったんだからね』
「まず、“油で揚げたもの”というのは、時間が経つにつれて、食材からの水分と空気中の湿気を吸ってしまって“保存食にはなり得ない”点」
「それに、“中毒性がある”というものを大規模に流行らせるのは、それ自体がリスクである点」
「そして、それを調理するのは結局のところ“料理人”が行うのでしょう? であれば、それは“新作料理”として世に出すべきものであって、“工業製品としての柱”に据えるのは違うわ」
『ぐぬぬ……結構な正論パンチ……』
『でも、ポテチとエナドリは私のゲーム攻略のお供だったからね、ここで諦めるわけにはいかない』
何か、リカの闘志に火がついたようだ。
『まず、ジャガイモを“極薄”に切ったものを揚げることで、ポテチの水分をほとんど飛ばせるから、保存が効くんだよ』
『で、それを“密閉容器”に入れれば、かなりの期間保管できるの』
『それに、スライスする機械と、自動で揚げる機械を導入すれば、“工場で生産”できるんだよ』
「食べ物を工場で生産するの? 衛生面が不安だわ」
『そこは“仕組み”でカバーするの』
『決まった人しか入れない清潔な作業場で、決まった手順で火を通して、決まった容器に入れて密閉する』
『むしろ、行き当たりばったりの屋台より、“管理された工場”の方が安全なんだよ』
「理屈としては、理解はできるわ」
私は紅茶を飲み干し、空になったカップをソーサーに戻す。
「ただ、やはり“本命”として育てる気にはなれないわね」
『まだダメかあ……』
「ええ。さっきも言ったけれど、“中毒性が高いもの”を、大規模な庶民ビジネスの柱にするのは好みじゃないの」
『……でも、“ジャガイモ山”の処分案としては、結構優秀だと思うんだけどなあ』
「それは否定しないわ。だから、今度“ポテチ”というものを試作してみて、“本当に美味しい”と判断できたら――」
「“自動スライス機”と“揚げる機械”を作ってみましょうか」
『やったー! ポテチがこの世界でもできる!』
『味は何にしようかな。やっぱ定番の“ノリ塩”、コンソメも捨てがたいしなー』
「だけど、今回の“柱”は“服”よ。服」
「庶民にとって、衣服は“毎日必ず必要”で、“ある程度の数”が求められるものだから」
そう言って、今の庶民向けの服の問題点――
質の低さ、動きにくさ、価格の不安定さ――をいくつか挙げていくのだが、
彼女の頭の中がすでに“ポテチ”でいっぱいになっているらしく、
私の説明を、ほとんど“上の空”で聞いていたのだった。




