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商材


「つまり、“いっぱい作りたいから、いっぱい買った”ということですわね」


 可愛い乱入者のアルテナが「私も商談に参加したい」とワガママを言ったため、

 今構想している計画――

 防具や武具の大量生産と、それに必要な材料を手に入れる交渉をしているのだと、

 幼子にも分かるように噛み砕いて説明したところ、アルテナは得意げな顔でこうまとめた。


 これぞドヤ顔という顔をしている。


「アルテナ様は頭が良いですわね。これは将来有望ですわ」

「ね、レオ」


 レオの方を見ると、彼はすっと視線を逸らした。


「ごほめに預かり、こうえいですわ」

「さいきんは、苦手なべんきょうもレオ様のためにがんばって、“かんぺきなしゅくじょ”になるためにしょうじんしているのですの!」


「あら、レオのためにそこまでしてくださるとは、こちらこそ光栄なことでございますわ」


 ――もはや完全に、商談ではなくなっていた。


 レオとエリオは、半ば蚊帳の外で、

 私とアルテナの会話だけが、妙に熱を帯びていく。


 そんな時間がしばらく続いたころ、

 軽食として、例の“じゃがバター”が運ばれてきた。


「マティルダおねえさま、こちらは?」


 首を傾げるアルテナに、


「これは我が領内で流行らせようと計画している新作の料理ですわ。蒸したジャガイモにバターを乗せ、塩を振るだけという簡単なものですが――」


 と、じゃがバターの説明を簡潔にしてみせる。


 説明を聞いている間、アルテナの口から、じゅるりとよだれが垂れかけたのを見て、

 私は軽く咳払いをしつつ、実演に移る。


「このように食するのですよ」


 そう言い、スプーンでジャガイモを軽く崩し、バターと塩を馴染ませてから一口食べて見せる。


「ぜひともアルテナ様にも食べていただき、感想を頂きたいですわ」


 促すと、アルテナは慣れない手つきでスプーンとフォークを使い、

 なんとか一口分を口へ運んだ。


 次の瞬間――


「めちゃうまですわ!!!」


 勢いよく椅子から立ち上がり、全身で美味しさを表現した。


「喜んでいただけたようで、何よりですわ」


 その様子を見ていたレオとエリオも、


「では、私たちも頂くとしましょうか」


 と、そろってじゃがバターに手を伸ばした。


「これは、中々に美味しいですね」


 レオが感心したように言う。


「素材はジャガイモ――庶民料理によく用いられる食材ですが、こんなに美味しく食する方法があるとは驚きました」


 それに続き、エリオは一気に“分析モード”へ入り説明を始めた


「これは素晴らしい発明ですね。料理の組み合わせもさることながら、このジャガイモの茹で方――火の通し方に、強いこだわりを感じます」

「それにこのバター。完全に素材と合うものを選ばれています。“超高級品”ではなく、“それなりの品”のバターに、高級な香草を合わせることで、料理として高い次元に到達させている」

「塩も岩塩と……」


 と、早口で解説を始めたところで、

 説明に飽きていたアルテナが、私の袖をくいくいと引っ張ってきた。


「ジャガイモというのは、“庶民向け”の食材なのですか?」

「であれば、私たち“高貴な身分”の者は、あまり食さない方がよろしいのでしょうか?」


 きょとんとした目で尋ねてくる。


「ジャガイモは、非常に安価で手に入りやすいので、庶民がよく食しますわ」


 私は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「しかし、“安価だから庶民だけしか食べない”という考え方は、あまり良いものではありませんわね」

「ジャガイモに含まれる栄養――私たちの“力の源”となるものが、非常にたくさん含まれております」


 その流れでジャガイモの長所を、具体的にいくつか挙げたうえで、こう締めくくる。


「“金額”という表面的な価値ではなく、そのものが持つ“本当の価値”を評価し、価値あるものを身の周りにおく」

「これが、私たち“高貴な身分”の者が持つべき姿勢ですわ」


「はえーー。そうなのでございますね」


 アルテナは、目を輝かせながら頷く。


「非常に、べんきょうになりましたわ」


 そして、少し間を置いたあと――


「であれば、わたくしは“じゃがバターのおかわり”を所望しますわ!」


 満面の笑みでじゃがバターを頬張るアルテナ様を横目で見つつ思う。


(その小さい体のどこに、その量が入っているのかしら)


 という考えと――このペースで食べても、あの量のジャガイモは減らないということを、同時に思う。


 このジャガイモは、平時であっても物凄く安い。

 そして今年は豊作であったので、さらに安かった。


 そのため、値段をよく知らずに「まあこんなもんでしょ」と買った私は、またしても“買いすぎ”をやってしまった。


 だが前回、醤油で痛い目を見て一応反省した私は、今回は屋敷ではなく領内に“食料貯蔵庫”を複数建て、そこに大量購入してしまったジャガイモを押し込んだ。


 それに、前回と違い、市場にある全量ではなく“一部だけ”を買い占めただけであったため、

 まだ父や母にはバレておらず、お咎めは受けてはいないのだが……。


(まさか銀貨一枚で“麻袋満杯のジャガイモ”が何袋も手に入るとは思わなかったわね)


 倉庫に山積みになっているジャガイモの光景を思い浮かべながら、

 私は、緑茶の入った“湯飲み”と呼ばれる独特な形状の茶器に視線を落とした。


 芋は比較的保存がきくうえ、保存用の魔法もかけてあるから、当面は腐る心配はないだろう。


 ――だが、問題はそこではない、保管庫側の問題がある。


 保管庫を建てる名目として“料理ギルドを支援するためにヴァルデン家が提供する”名目で建てた倉庫だ。

 当然、本来の使用者である料理ギルドも使用する。

 今は利用に関しての制度や規定を策定中ということで、使用は出来ない状態であるが


 春に収穫する作物、秋に収穫する作物――

 それらを保管するための“スペース予約”は既に入っている。


 しかし、その“予約済みの場所”は、今現在ジャガイモの大群たちが占拠しているのだ。


 本来なら、ジャガイモとして市場に流してしまうのが手っ取り早い。


 だが、今年はただでさえ“豊作”で、相場は下がっている。


 そんな中で、私が倉庫の在庫を一気に放出してしまえば、

 さらに値崩れを起こし、とんでもない暴落を招くだろう。


 そうなれば、ジャガイモは“薄利どころか赤字”となり、

 結果として、商人や農夫が不利益を被る。


 ――ゆえに、その手法も取れないのだ。


 そんなことを考えていると――


「おかわり五皿目を所望しますわ!」


 元気いっぱいのアルテナの声が、室内に響いた。


 ジャガイモ消費に多大なる貢献をしてくれていることには、心から感謝しつつも、


「アルテナ様。差し出がましいようですが、それ以上召し上がってしまうと、夕食が食べられなくなってしまいますよ」


 と、一応だけ制止しておく。


 アルテナは一瞬だけ逡巡した後に、


「いーえ、問題なく夕食も食べられますわ」


 と、きっぱりと言い切った。


「そうでございますか」


 私は笑顔を浮かべつつ、


(アルテナ様には、本格的に“淑女教育”を受けてもらう必要があるわね)


 と、内心でだけ溜息をついた。


 ◇ ◇ ◇


 ――その後、さらに十皿を平らげ、

 完全に満足しきった顔で椅子にもたれかかるアルテナが、ふと思い出したように、腰のポーチに手を伸ばした。


 そこから取り出されたのは、小さな、しかし明らかに高価そうな箱。


「レオ様、こちら、受け取っていただけますか」


「こちらは?」


 レオが両手で受け取り、慎重に蓋を開けると――

 中には、一つの指輪が収められていた。


「すごい、のうりょくのある指輪ですの」


 アルテナは胸を張る。


「わたくしも、母上からゆずり受けたものなので、どういうものか詳しくは知らないのですが」


「母上というと、“王妃様”ですか!?」


「そうです。母さまから、ですわ」


「そのようなもの、畏れ多くて受け取れませんよ!」


 レオは、慌てて箱を閉じかける。


 だが、アルテナは一歩も引かなかった。


「母さまは、わたくしに――『“私の次に大事な人”に渡しなさい』と仰ったのです」

「これは、“母さまからのご指示”なのですわ」


「いえ、ですが、しかし……」


 レオが、何とか言い訳を探そうとして口を開きかけたところで、


「あら、“お熱い関係”だこと」


 私は軽く茶々を入れる。


 そのうえで、箱の中の指輪に視線を向けた。


「でも、その指輪には“強い力”があるように見えますわね」


 指輪の内側を、目に見えない“魔力の流れ”が循環している。

 力の強い《アーティファクト》特有の反応だ。


 それを聞いたエリオが、思わず椅子から身を乗り出した。


「その指輪、少し鑑定してみてもよろしいでしょうか」


 レオはアルテナを見る。

 彼女がこくりと頷くのを確認したあと、箱ごと指輪をエリオへと手渡した。


 エリオは、いつの間にかはめていた手袋で指輪を慎重につまみ上げ、

 魔力を通しながら、表面と内側を丹念に探る。


「……これは、“探知系”の効果を持つ指輪ですね」


 しばしの沈黙の後、彼は顔を上げた。


「アルテナ王女様、お伺いしたいのですが――これには“対になる指輪”があるのではないでしょうか」


「よくごぞんじで。これが対の指輪ですわ」


 アルテナはそう言って、ペンダント代わりに首から下げていた指輪を指さした。


「ありがとうございます」


 エリオは軽く会釈し、二つの指輪の魔力の流れを確かめる。


「この指輪同士は、“お互いの位置が分かる”ように作られています」

「具体的に言うと――魔力を流すと、“対の指輪の方向”を指し示す仕組みになっております」


『でた、エリオ君の“鑑定能力”』


 リカが、どこか誇らしげに言う。


『ゲームでも大活躍の部分だったんだからね』

『……でも、効果は“位置を感知する”って、ストーカーとか束縛系彼女が好みそうな能力って、ちょっとモヤるね』


 そこから先は、アルテナとレオとのあいだで、


「レオ様に、ぜひ受け取っていただきたいのですわ」


「いえ、これはあまりにも畏れ多く――」


 という、「受け取ってほしい」「受け取れない」の問答が延々と続いた。


 最終的には、レオが根負けした。


「……ありがたく、お預かりいたします」


 そう小さく息を吐いて指輪を受け取ったところで、

 私の中で“商談を続ける気力”がすっかりどこかへ飛んでいったので、その場はお開きとし、エリオには一旦帰ってもらうことにした。


 その後は恒例となりつつある、“アルテナの帰りたくないダダ”を処理する番だ。


 「まだ、もう少しここにいたいですわ!」


 と粘るアルテナに対して、


「レオにふさわしい女性になるには、“我慢”も必要ですわ」


 と諭して聞かせると、アルテナは「うぅ……」と唸りつつも、なんとか納得して王城へと帰っていった。


 残されたのは、目に見えて“疲れ切っている”レオと私。


 せっかくなので、気になっていたことを聞いておくことにした。


「アルテナ様、前より髪が短くなっているけど――あれは、何かあったのかしら?」


 以前のアルテナは、腰のあたりまで届きそうな、ふわふわとした長い髪をなびかせていた。

 だが、今は肩あたりまでの長さしかない。


「それはですね」


 レオは軽くこめかみを押さえながら、観念したように答えた。


「“私に愛の証として送りつけてきている”からのようです」


 この国では、恋する女性が意中の相手に“髪の毛を送る”という、古くからの文化がある。


 アルテナ様の髪が短くなったのは――

 つまり、“レオに送るべく切り落としている”結果、というわけだ。


「それだけ愛されているって、素敵なことね」

「でも、早めにその行為はやめさせるべきね。半年後には“ベリーショートヘア”になっていそうだわ」


「アルテナ様も、さすがにそこまではなさらないでしょう。それに私からも、やんわりと“やめるよう”お伝えしています」


「ならいいわ。今のままだと、レオにもアルテナ様にも、あまり良くない状態だもの」


「それは、どういう意味でしょうか?」


「だって、レオの好みじゃないでしょう? あの髪型は」


 私は、あえてさらりと言う。


「あなたの好みは、私くらいの髪の毛の長さで、“私みたいな髪型”でしょう」


 それを聞いたレオは、ほんの一瞬だけ、ものすごく複雑な顔をした。


 何かレオの心の“変なところ”を撫でてしまった気がしたので、話題を変えるべく、


「でも、切られてしまったアルテナ様の髪の毛に、私は“興味”があるわね」


「それは、どういったところにですか」


「“王族の髪の毛”を使って、実験してみたいな……とね」


「絶対にやめてください!」


 即座に返ってきたレオの抗議の声が、部屋にほどよく響いた。


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