商材
エリオは、短剣への指摘をきちんと受け止めてしばし黙っていたが、
やがて小さく息を整え、表情を切り替えた。
「……ご指摘、痛み入ります」
短くそう告げると、折れた短剣の箱を脇に避け、
今度は、別の小さな木箱を懐から取り出す。
「では、次の商材をご説明してもよろしいでしょうか」
「ええ。早く聞かせてくれるかしら」
促すと、エリオは木箱の蓋を開け、中身をこちらに向けて見せた。
そこには、掌に乗る程度の鉱石や希少金属が、いくつも整然と並んでいた。
表面にはうっすらと研磨の跡があり、見た目もきれいで、
何よりその形と寸法が、驚くほど“揃っている”。
「こちらは、“一次加工を施した鉱石”になります」
「一次加工?」
「はい」
エリオは、木箱からひとつを取り上げ、テーブルの上にそっと置いた。
「現在、鍛冶場では、“原鉱石”の処理にかなりの“時間と手間”を取られていると伺っています」
「鉱石には岩や不純物が混ざっており、それを“選別し、砕き、磨き、使用したい大きさに整える”」
「そこからようやく、“武器や防具の素材”として扱える状態になるわけですが――」
そこまで言って、エリオは一度こちらの反応をうかがった。
たしかに、事前の報告書にもそう記されている。
鍛冶師たちは、“本来の仕事”である鍛造の前段階――
「鉱石の洗浄と選別」や「粗精錬」に、多くの時間と人手を割いている。
「そこで、我がハーウッド商会では、装飾品の制作で培った加工技術を応用し、“鉱石の下処理”に特化した工程を組みました」
「そして、“ここまで”の状態にしてからお届けすることを考えたのです」
エリオは、指先でその“半製品”の端を軽く叩く。
「不純物を取り除き、ある程度、“鍛造しやすい硬さ”で固めてあります」
「鍛冶場では、ここから“形を作ること”だけに集中できる」
「つまり――“鍛冶師が本来の仕事に専念できる”ということです」
私は、インゴット状の塊をひとつ手に取ってみる。
重さは、規格化された鉄インゴットとほぼ同じ。
密度も悪くない。わずかに魔力を流してみると、内部の偏りもほとんど感じられない。
(たしかに、“素材としては悪くない”わね)
「加えて、もう一つ利点があります」
エリオは続けた。
「一次加工を済ませていることで、“運搬が容易になる”のです」
「原鉱石は形もバラバラで、岩の分だけ“無駄な重さ”も多く含んでいます」
「そのままの状態で運べば、馬車一台あたりに積める“有効な金属量”は、どうしても限られてしまう」
「ですが、このように“規格化されたインゴット状”にしておけば――」
「積み上げやすく、収納しやすく、“損耗も少ない形”で運べます」
「結果として、“輸送単価が下がる”のです」
「ふうん。つまり――」
私は、指先でインゴットを二度、軽く打ち鳴らす。
「“鍛冶師の前段階の作業”と、“鉱石運搬の無駄”を、あなたたちが“まとめて引き受ける”」
「そういうことね」
「おおむね、その通りです」
エリオは素直に頷く。
「もちろん、“鉱石の質や用途”に応じて、数種類のグレードを用意します」
「たとえば、“武器向け”“防具向け”“農具・工具向け”といった具合に、ある程度、鍛冶師様が“用途別に選びやすい形”にしておくつもりです」
「ふーん、そう。逆に、こっちから“このサイズで作って”っていう要望は聞いてもらえるのかしら?」
「もちろん、“特注”として請け負うことも可能です」
「それは便利ね」
口調こそ、そこまで大したことのないような反応にとどめておくが――
これは、かなり“画期的なアイデア”だ。
鍛冶師側の負担軽減、物流効率の向上など、目に見えるメリットも多いが、
何より今進めている“量産工場”と、この“規格で統一された鉱石”との相性は、すこぶる良い。
「そして、余った素材を、あなたたちのメインの商材である“装飾品や装備品”に回せるわけね」
「実に“無駄がなくて良い仕組み”だわ」
「……端材の有効活用は考えていますが、“皆様の身を飾り立てる大切なもの”を余った素材で作ろうなどと、そんな不遜なことは考えておりません」
口では一応“使わない前提”のようなことを言っているが、
ほぼ間違いなく、綺麗に転用するつもりなのだろう。中々に腹黒い。
「そこに関しては、当家としては深く詮索はしないわ。自由にやりなさい」
私は軽く手を振る。
「まあ、まとめると――こういうことね」
指を折りながら確認していく。
「一点目。“鍛冶師の作業時間を短縮し、本来の鍛造に集中させることができる”」
「二点目。“運搬効率を上げ、鉱石輸送のコストを下げられる”」
「三点目。“一定品質の素材を、安定して供給ができる”」
「はい、正にその通りでございます」
エリオは、ほっとしたように――それでいて、どこか誇らしげに頷いた。
「……実に、いいじゃない」
指先でインゴットを転がしながら、私は素直な評価を口にする。
「“武器そのもの”をいじるより、ずっと健全で、ずっと将来性があるわ」
「では――早速、注文をしておこうかしら」
私は脇の書類束から一枚を抜き取り、
手で書いていては時間がかかると判断し、指をひとつ鳴らして魔法を発動させる。
紙面の上に、淡い光の文字が一気に走り、瞬く間に必要事項が書き込まれていく。
「とりあえず、“鉄と銅”、それから“細かな鉱石”を、荷馬車二十台分」
そう言って、その紙をテーブル越しに差し出した。
「内訳は、ここに書いたわ。品種と純度、用途の配分も含めて、ある程度こちらで指定しておくから――それに合わせて“一次加工”して納めなさい」
エリオは、驚いたように目を瞬かせ、それから慎重に紙を受け取る。
「……こんなに、ですか?」
「少ないと“試験にならない”でしょう?」
私はあくまで平然として告げる。
「金額面は、そこにいる使用人と後で相談しなさい」
隣に控えていたヴァルデン家の会計担当の使用人に、視線だけで合図を送る。
エリオは軽く会釈し、すぐに視線を紙へと戻した。
何度か目を走らせ、内容を読み返したのち、顔を上げる。
「……承知しました」
「この条件でのご注文、ありがたくお受けいたします」
「じゃあ、それを“今月中に納入”してちょうだい」
ここではっきりと、釘を刺す。
「こちら側にもスケジュールがあるから、“遅延はないものとして扱う”わね」
「…………」
エリオの表情が、一瞬で固まった。
「どうかしたかしら?」
「いえ、その――」
彼は視線を紙へと落とし、数秒ほど黙り込んでから、意を決したように顔を上げた。
「申し訳ありません。“今月中の納入”は……不可能です」
はっきりと、しかし萎縮せずに言い切る。
「正直に申し上げますと、現在の我が商会の“設備と人員”では、この量を今月中に仕上げるのは到底間に合いません」
「“品質を落としてでも急ぐ”というのであれば話は別ですが――それでは、この“一次加工”の意味がなくなってしまいます」
「……最低でも、“二か月”のお時間をいただきたく存じます」
即答ではなく、ちゃんと計算したうえで出した数字だと分かる声だった。
――が。
「こんな“小量”の注文で、キャパオーバーしてしまうのかしら?」
私は、わざと小さく首を傾げてみせる。
「まだ試験段階とはいえ、“販路が弱すぎる”んじゃないかしら」
『いや、マティルダさあ』
『鉄だけでも“二十トン”近く買ってるじゃん』
リカが、即座に冷静なツッコミを入れてくる。
『それを加工したやつを“すぐ持って来い”は、いくら魔法が発達してるとはいえ、この世界の技術水準じゃ無理だよ』
『しかも、物流のメインは“馬”なんでしょ?今は冬で雪も降ってるんだし 難癖つけるのは可哀そうだよ』
(……まあ、リカの言うことも一理あるわね)
「じゃあ、いいわ。こうしましょう」
私はあっさりと条件を変える。
「“今月と来月で分けて”納入しなさい」
エリオの目に、少しだけ安堵の色が浮かぶ――が、続きはまだある。
「ただ、“今月入れてくれた分”に関しては、“二倍の金額”を払うわ」
ぴくり、とエリオの肩が跳ねた。
「もっとも、“来月納めてきた分”に関しても、“適正金額”でちゃんと買い取ってあげるから安心しなさい」
そこで、わざと少しだけ笑みを深くする。
「だけど――“今月、どれだけ入れてくれたか”で、私の“機嫌は良くも悪くもなる”、とだけ伝えておくわね」
「承知しました。マティルダ様の期待に応えられるよう、最善を尽くします」
そう答えたエリオは、表情こそ笑顔を繕っているが、
体からははっきりとした緊張が伝わってきた。
室内は、そんな張りつめた空気に支配されていたのだが――
その空気を、扉一枚でぶち壊す存在が現れた。
「マティルダおねえさま! ごきげんようでございますわ!!!」
使用人の静止を軽やかに振り切るように、バン!と勢いよく扉を開けたのは、アルテナ王女だった。
(まだ小さいのに、中々の怪力ね)
と内心で感心しつつも、私は立ち上がり、
「あら、アルテナ様。ご機嫌よう」
と淑女の礼を返す。
エリオは完全に呆気に取られていたが、
目の前の少女が王族だと瞬時に理解したのか、慌てて立ち上がり頭を下げた。
「こ、これはこれはアルテナ王女! お会いできて光栄でございます!」
そこから、形式的な挨拶を交わしていると――
少し遅れて、息を切らしたレオが部屋に入ってきた。
「アルテナ様、こちらにいらしたのですね。探しましたよ」
「出歩かれる際には私が付き添いますので、どうか一人で行動しないようお願いします」
「レオ様が、つねにわたくしの手をつないでくれないのがわるいのですわ」
「それに、お姉さまに、どうしてもお会いしたかったのですもん」
アルテナは、少しふくれっ面でレオを見上げる。
「“おしごと中だから、またこんど”というのは、あんまりです」
「ですから、ちょくせつ会いにきたのですの」
そう言って、勢いよく私の元へ駆け寄り、
がしっと腰のあたりに抱きついてくる。
私は、そのアルテナの頭を軽く撫でながら、
「あら、私にわざわざ会いに来てくださったのですね」
「誠に、光栄なことですわ」
と、口では敬意を示しつつも――
アルテナの脇の下あたりを掴み、そのまま軽々と抱き上げた。
不意を突かれたアルテナは、きゃっと小さく声を上げ、
次の瞬間には嬉しそうに笑いながら、私の腕の中ではしゃぎ始める。
「……姉上。アルテナ様のご身分を、少しは考えて接してください」
レオが、いつもの調子でぼやいたので、
「あら。将来は“家族”になるのですもの。問題はないわ」
「ですよね、アルテナ様」
「はい。私は、マティルダおねえさまを、“ちゃんとおねえさま”とよぶために、日々はなよめしゅぎょうをが頑張っているのです!」
「わたくしのお相手はもちろんレオ様で、18さいの”成人のぎ”をおえたらすぐにでもけっこんしますわ」
そう胸を張って断言するアルテナに、
エリオはぽかんと口を開けたまま固まり、
レオはここ最近で一番のしかめっ面をした。
(つづく)




