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商材


 港の騒動から、少し経った頃。


 攻略対象であるエリオが、“商材の説明”のためにヴァルデン邸を訪れた。


 一人で来いと条件をつけた結果、さすがに完全に単独というわけにはいかなかったようで、

 形式上の付き添いはいたが――リーズ代理も父エストも同行していない。


 この時点で、彼の“度胸”は素直に評価していいだろう。


 念のため事前に、リカからは一通りの“攻略情報”を聞いておいた結果、


『エリオ・ハーウッドはね、ゲームだと“サポートキャラ”的な側面が大きくてね』

『戦闘ステータスは正直そんなに高くないんだけど、“育成中に有用な道具”をいっぱいくれるし、戦闘中もアイテムで補助してくれるし』

『彼と付き合えている状態だと、“アイテムが30%OFF”で買えるから、中々に有能キャラだよ』


『好物は“じゃがバター”。これは市販されてないから、料理して自分で作る必要があるよ』

『苦手なものは辛い物全般で――』


 などなど。


 じゃがバター、という料理名は、どう考えても“高級感”とは無縁そうで、

 素直に出すべきか一瞬迷ったが――


(新しい料理を開発したから、“意見を聞かせて”もらう、という建前なら問題ないわね)


 と判断し、さりげなく出すことに決めた。


 エリオが待つ応接室に、こちらがあえて“少し遅れて”入ると――

 入ってきたのが私だと分かった瞬間、エリオはさっと椅子から立ち上がった。


「エリオ・ハーウッドです。お招きいただき感謝申し上げます」

「さらに、先日の騒動の際にはご尽力くださり、誠にありがとうございました」


 茶色い髪が印象的な、“猫”のような青年は、ほとんど完璧な礼を取ってみせた。

 が、その態度の端々から、緊張しているのが見て取れる。


「そこまで畏まらないでちょうだい」

「別に“とって食う”わけじゃないわ」


 私は片手を軽く振って制す。


「それに、あなたの商材に興味があって、こちら側が“呼んだ”のだもの。感謝すべきはこちらの方ね」


「まあ、まずは座って話をしましょうか。ちょうどこの前“高級な茶葉”が手に入ったから、それで淹れた紅茶と共に話しましょう」

「あなたも、きっと気に入ると思うわ」


『あ……言い忘れていたけど、エリオ君は“緑茶”が好物で、紅茶はそんなに好きじゃないよ』


 土壇場で重要なことを口にするリカに対し、


(もっと早く言いなさいよ)


 と内心で毒を吐きつつ、外見上は何気ない素振りで話題を切り替える。


「そういえば、この前手に入った茶葉の中で、“緑茶”や“烏龍茶”というものがあったのだけど――どういうものなのか知っているかしら?」

「原料は一緒なのに、名称やその味はまるで違うようなのよね」


 当然、その答えは既に知っているが、あえて尋ねてみる。


「マティルダ様、それはですね」


 エリオは、少しだけ表情を和らげて口を開いた。


「紅茶、緑茶、烏龍茶は、すべて同じ“茶葉”から作られますが、“どの程度発酵させるか”によって、その風味や味は大きく変わるのです――」


 そこから、茶葉の発酵度合いと香り・渋味の関係、

 産地ごとの傾向や、保存方法まで、簡潔にして要点を押さえた解説が続く。


 その説明は、無駄がなく分かりやすい。

 商人として、必要な知識をきちんと整理して持っている証拠だ。


「そう。詳しい説明、ありがとうね」

「発酵の過程で風味や味、香りが大きく変わるのね」


 そうエリオに感謝を述べたあと、私は使用人へ向き直る。


「では折角だから、“緑茶”というものを淹れてくれるかしら。それに合う菓子類もね」


 ごく自然な流れのまま、エリオの好物が、テーブルに並ぶ段取りが整った。


 さて、本題に入る前に、先に伝えておかないといけないことがある。


 簡単な挨拶と社交辞令を交わしたあとで、私は切り出した。


「今日、レオはこの場に来られないわ。ごめんなさいね」


 急遽、アルテナ王女が訪れることが決まり、その対応にあたらなければならなくなったのだ。

 そのため、今回の商談は、エリオと私の“二人きり”という形になる。


「まあ、レオには私から商談の内容をきちんと伝えておくから、安心なさい」


「承知いたしました」


 エリオは深々と頭を下げる。


「……そこまでの“私に対しての畏まり”は不要よ」

「あと、あなたも春になったら王都の学園に入学するのよね?」


「はい。よくご存じで」


「であれば、私も同じタイミングで通うから、春からは“同級生”よ」

「その際に、その態度だとお互い面倒だから、もう少しフランクに接してもらえると助かるわ」


「承知しました」


 エリオは一瞬だけ目を丸くし、それからどこか感慨深げに続けた。


「しかし、マティルダ様と私が同級生だとは……」

「失礼な物言いかもしれませんが、気品と言い、風格と言い……」

「マティルダ様は私よりも、もっと“年上”かと思っていました」


 たしかに、エリオは全体的に“子どもっぽい”。

 反面、私は化粧をばっちり決めれば大人と間違えられる。


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 その後も、いくつか他愛ない雑談を挟んだあと、

 いよいよ本題――彼の“商材”の説明に入ることになった。


「まず、ご紹介したいのが、こちらです」


 そう言って、エリオは懐から丁寧に包まれた小箱を取り出し、

 テーブルの上にそっと置いた。


 蓋を開けると、その中には一本の短剣が収まっていた。


 短剣の等級は――S。


 刃には、鍛え抜かれた金属特有の鈍い光沢がある。

 柄の部分には、ヴァルデン領の鍛冶師が作った証明である“特徴的な刻印”が、きちんと刻まれていた。


 その上から、さらに“装飾”と“彫り込み”が加えられており、

 全体としては、一つの“芸術品”のような見た目に仕上がっている。


『うわ、すご。めちゃくちゃ“高級そう”な見た目だね』


 リカが、食い気味に感想を漏らす。


『全体的にキラキラしてるし、なんか彫られてる“ドラゴンの彫刻”なんて、今にも動き出しそうだよ』

『とんでもなく性能が良さそうだね』


 脳内の同居人は、かなりの高評価をつけているが――


(……装飾をつけることで、余計な重さが加わって“武器の重心”が狂ってしまっているわね)


 私は短剣を軽く持ち上げ、手首の感覚でバランスを測る。


(それに、“刀身”にまで食い込むような彫刻も見られる。局所的に“強度が落ちている”)


 一言で表現するなら――“戦場用としては余計な装飾”。


 戦場で武器を振るうことのない貴族向けの、“見せびらかし用”であれば問題はないが……。


「美術品としては、“素晴らしい”わね」


 私は、正直な感想だけを告げる。


「これは、“貴族”にでも売るの?」


「そうですね。メインターゲットは“貴族”でありますが――」


 エリオは、少し表情を引き締めて続けた。


「“高位の冒険者”にも販売したいと考えています」

「彼らは、自身の“能力”を誇示するために、武器や防具の“見た目”を気にする傾向があります」

「ですので、多少“強気の価格”でも、需要はあると踏んでおります」


 たしかに――エストの目論見も、“商売として”は正しい。


 だが。


(“性能を落とした武器”に、敢えて加工を施して“高値で売りつける”のは、看過すべきではないわね)


 しかも、その刃には――

 “ヴァルデンの刻印”が、刻まれているのだ。


「これは、いつ頃から販売を計画しているの?」


「できれば、春までには売り出しを開始したいと思っております」

「後は性能テストと、冒険者に使用感を聞いて微調整をして、最後にヴァルデン家様に“販売許可”をいただくだけとなっておりますので」


 少し誇らしげにそう言う彼に――

 ここで“現実”を叩きつけなくてはならない。


「そう。であれば、“少し早い”けれど、その結果を今ここで教えてあげるわね」


 私は静かに立ち上がり、傍らに控えていた使用人へと声を掛ける。


「そこのあなた、“テーブルナイフ”を持ってきてくれるかしら」


 使用人はすぐに頷き、銀のトレイの上に乗せたテーブルナイフをすっと差し出してきた。


 私は、そのテーブルナイフと短剣の双方を両手に持ち――

 ためらいもなく、“テーブルナイフの背”を、短剣の刃の側面へと叩きつける。


 テーブルの上で、乾いた高音がはじけた。


 ぱきん――と、小さな金属音を立てて、

 短剣は、彫刻の施された部分から、あっけなく折れた。


 折れた刃先は、そのままテーブルの上に転がり、

 残った柄側には、ドラゴンの彫刻の途中で、ぽっきりと断面が露出している。


 対して、私が叩きつけた“ただのテーブルナイフ”は、

 刃こぼれひとつ起こしていなかった。


「…………」


 エリオの顔から、一瞬で血の気が引くのが分かった。


 視線は折れた刃と、手元の柄のあいだを行き来し――

 やがて、かすかな震えが指先から肘へと伝わっていく。


『……えっ』


 リカですら、珍しく言葉を失っていた。


「“性能テストの結果”と、ヴァルデン家としての判断は以上よ」


 私は、静かに告げる。


「“美しい”けれど、“脆い”」

「命を預ける武器としては、“致命的”ね」


「さて――」


 あえて何事もなかったかのように、私は言葉を継ぐ。


「次の商材の説明をしてくれるかしら」


『いやマティルダ、ストップ、ストップ』


 頭の中で、リカが両手をぶんぶん振るような勢いで制止してくる。


『はい、“次”っていける空気じゃないからね!?』


 沈黙が落ちた応接室で、最初に音を立てたのは、エリオの椅子だった。


 ぎゅ、と布が軋む音とともに、彼は勢いよく立ち上がる。


「……申し訳、ございませんでした!」


 深々と、床に額がつきそうな角度で頭を下げた。


「ヴァルデン家様の刻印を刻んだ武器でありながら、このような欠陥があるとは……」

「私に、“見抜く目”が足りておりませんでした」


 声は震えているが、言葉ははっきりしている。


 私は、折れた短剣の断面を一瞥し、

 そのまま、刃先をテーブルから拾い上げて手のひらに乗せる。


「欠陥、とまでは言わないわ」


 わざと少しだけ、声のトーンを落とす。


「“飾り物としては優秀”よ。柄の造形も、彫刻の技量も悪くない」

「ただ、“戦場で振るう武器”としては失格――それだけの話よ」


 エリオは、黙ったまま、さらに深く頭を下げた。


 本音を言えば、さっさと次の商材の説明をしてもらいたいところだが――

 レオからエリオやアヤノに対しての「態度を軟化させろ」と言われていたことを、ふと思い出す。


(……仕方がないわね。これが“売り物”になるように、少し手助けしてあげましょうか)


「そうね。あなた、いつまでもそうしていないで、まずは“座りなさい”」


 促すと、エリオは恐る恐る頭を上げ、

 使用人が引いておいた椅子へ、おずおずと腰を下ろした。


「まず、“良いところ”から」


 私は、折れた短剣の柄の方を指先で示す。


「この装飾は、“芸術品として素晴らしい”わ」

「使われている宝石の選び方、その配置、彫刻の細かさ――どれも水準以上よ」


 実際、宝飾品として見れば、十分に高級品と呼べる出来だ。


「だけど――“デザイン性”を意識しすぎている」


 今度は、バランスの問題を指摘する。


「“武器としての重心”が、柄の方に寄りすぎているし、“左右対称”になっていない」

「この“バランスの狂い”は、熟練者――とくに“高位の冒険者”は何より嫌うわ」


 エリオが、はっとしたように目を瞬かせる。


「そして、この“彫刻”だけど」


 私は、刃と柄の境目を軽くなぞる。


「“柄から刀身にドラゴンが渡っている様子”を彫っているのは、発想としては面白いものがある」

「けれど、“刀身”は、よほどのことがない限り“傷を付けるべき場所ではない”わね」


 装飾を施すなら、“壊れても致命傷にならない箇所”に限るべきだ。


「――次は、その点を意識して“改善”してみて頂戴」


「至らない点をご指摘ありがとうございます」


 エリオは、悔しさをにじませながらも、きちんとそう言った。


「この剣に関しては以上よ。次を説明してくれるかしら」


 そう締めくくり、私はようやく、

 エリオが“次に何を出してくるのか”へと意識を切り替えた。



(つづく)

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