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後日談


 帰りの馬車の中で、レオはなぜか少しご機嫌斜めだった。


「姉上。白鷺商会にしろハーウッド商会にしろ、もう少し丁寧に対応してくれませんか」


 と、お小言をもらう。


「どちらの商会にも、相当“目をかけてあげている”わ。文句のつけどころはないと思うけれど」


 白鷺商会には港と専属工場を貸与し、

 ハーウッド商会には金融支援と、彼らの商材の宣伝をヴァルデン家総出で行っている。


 もはや、彼らは私たち抜きには成立が難しいくらいには取り込んでいる――と言っても過言ではない。


「いえ。確かに“家”同士での対応は、何も問題はないと思います」


 レオは、少し声を落として続けた。


「ですが、“彼ら個人”への対応に関しては、もう少し態度を軟化させるべきかと」


「どういうことかしら」


「彼らはまだ商会としては“中堅以下”ですが、今後“頭角を現す”のは間違いないでしょう」

「だから、対等とまでは言いませんが、“使える臣下”と接するように、態度を軟化させてください」


「むしろ、“頭角を現しそうだから”少し厳しく対応しているわね」


 私はあっさり返す。


「それに、私はその“使える臣下”には、“もっと手厳しく”接しているわ」

「優秀だからこそ、ある程度負荷をかけないと、本人のためにならないもの」


「しかしですね――――――」


 そこから、レオの“ダメ出し”はしばらく続いた。


(なにをそんなにぴりぴりしているのかしら)


 と思いながら、レオの状態を魔力で確認してみると――

 疲労が、かなり蓄積している。


 恐らく、あの騒動の“後始末”のために、ほとんど寝ずに書類仕事をしていたのだろう。


 推察するに――

 「私にその対応を任せると、“厳しすぎる処置”をしてしまいそうだから」、

 一人で夜遅くまで作業していた、というところだろう。


 確かに、回復魔法でクマや表面的な疲労はある程度消せる。

 だが、“疲労で減退した魔力の流れ”までは、そう簡単に癒せない。


 私は、対面に座っていた席から、音もなくレオの横へと移動する。


「!?」


 レオが目を見開く間もなく、私はその頬から首にかけてを、両手で挟むようにがっしりと掴んだ。


 レオは声にならない声を上げ、

 体は一気に“興奮状態”へ移行するが――


「動いてはだめよ」


 私は、できる限り優しい声でそう告げる。


 そのまま、首筋から“疲労回復の魔術”と“精神安定の魔術”を、一直線に流し込む。


 特に疲労回復魔術は、呪術を応用したものであり、

 本来なら“ドラゴンの心臓”を代償に必要とする類のものだが――

 代償を踏み倒して行使できる私には、関係のない話だ。


 魔術の流れを肌で感じ取ったレオは、逃げるような動きをやめた。


 だから後は、魔法の効果が体全体に行き渡るのを待つだけだ。


 ……魔術の流れに意識を向けると、

 レオの体は、以前より一段と“逞しく”なっているのを感じる。


 それに、顔立ちも、日に日に“大人びた”ものへと変わっている。


 私は顔の美醜の判別はできるが、

 それが“イケメン”かどうかの基準はよく分からない。


 それでも、この整い方は――

 女性たちがレオを“イケメン”と評する理由も、理解できるくらいには整っている。


 そんなことを考えながら、ついじっとレオの顔を覗き込んでいると――


 レオは、物凄い勢いで目を泳がせ、落ち着かない様子でそわそわとしていた。


 最終的には、ぎゅっと目をつぶって精神を統一し始める。


『うわー、レオ様、近くで見ると“超ウルトラ級”にイケメンだ!』

『うわ、しかもこれからキスでもできそうな距離で、レオ様を見れるとか、もう眼福過ぎて!!!』

『凛々しく切れ長の目に、少しだけ幼さがあることによって、これは犯罪者的な魅力に――――――』


 リカまで落ち着きをなくし、テンションが危険な域に達しつつあったが、無視する。


 施術を終え、私はレオの首元からそっと両手を離した。


 様子をうかがうと、レオの体はわずかに火照っており、

 精神安定魔術をかけたにもかかわらず、まだ興奮状態が残っている。


 とはいえ、“疲労”はほぼすべて消え去ったと言っても過言ではないだろう。


(警戒状態なのかしら。でも、筋肉の“過度な緊張”は見られないわね)


 そんなことを観察していると、レオが小さく息を整え、姿勢を正した。


「……回復魔法、ありがとうございます」


 一礼してから、少し間を置き――


「ですが、姉上……こういうことをなさる場合は、事前に“確認”や“了解”を取ってからにしてください」


 視線を逸らしつつも、真面目な声音で続ける。


「私の心が持ちません」


「善処するわ」


 私は、あくまで淡々と、そうだけ答えた。


 そこからしばらく、レオは黙って外の景色を眺めていたが、やがて意を決したように口を開く。


「姉上、先ほどの回復魔法ですが、あれはいったいどういったものですか」

「私の知るどの“系統”にも属しておりません」


「ああ、あれはね」


 私は少しだけ指先を動かし、さきほどの術式の名残をなぞる。


「根本的な技術体系は“呪術”由来のものだから。あなたが知らないのも無理はないわね」


「呪術、ですか!?」


 レオの目がわずかに見開かれる。


「まあ、落ち着きなさい」


 私は片手を軽く振る。


「呪術は“悪い側面”ばかりに目が行きがちだけど、すべてがすべて“悪”というわけでもないわ」

「例えば、“呪術に必要な代償”――これは負の側面と見られがちだけど、その代償に“こちらが不要なもの”や、“マイナスだと思っているもの”を捧げれば、体よく“不要物の処分”もできる」


「例えば、“余分な体重”、長く伸びた髪や爪、“特定の相手に対しての強い思い”なんかを捧げることができるわね」


「ふむ。“呪術”というものを学ぶのも、ありかもしれませんね」


 レオが興味を示したところで、私はすぐさま釘を刺す。


「ただ、“危険なこと”には変わりないわ」


 真顔で続ける。


「呪術が“失敗”したとき、その反動は“捧げた代償”に跳ね返ることが多い」

「特に“思い”なんかを代償にしていたら、その感情は“暴走する方向”に動いてしまうわね」


「……そうなのですね」


 レオは小さく頷き、窓の外へ視線をそらし、話題を切り替えてきた。


「そういえば、姉上。今回いろいろと派手に動き回っていますが、何を目論んでいるのでしょうか?」


「別に悪いことはしていないわ。すべて“ヴァルデンのためになる”ものよ」


「その部分を怪しんでいるわけではありません」


 レオは苦笑しつつも、真顔で続ける。


「ですが、姉上が動くと、大抵“変革”という言葉では足りないくらいの“大きな変化”や“進化”が発生します」

「事前に知っておかないと、“とんでもないこと”になりかねません」


「そうね……ことの発端は、“父上からの金を稼ぎなさいって話”だったのだけど――」


 私は、今の状況をかいつまんで説明する。


 ――父から「正しい金銭感覚を養うために、“庶民向けのビジネス”を展開せよ」と命じられたこと。

 ――その目標金額は、「民一人の年収のおよそ千倍」。

 ――しかも“新しく事業を起こす”必要があり、ヴァルデンの息がかかった者に任せるのは不可。

 ――そのため、自ら市場調査に奔走していたこと。


「……というわけなのよ」


「今回の“港や工場”も、その目標を達成するための施策なのでしょうか」


「いや、それとは別件なのよね」


 私は首を横に振る。


「けどそれを“含めてしまったとしても”、達成は中々に難しいわ」

「施策として考えているのは、“有刺鉄線”という魔獣除けの仕切りを領内に張り巡らせることと、“新人冒険者にそれなりの品質の防具と武器を配る”こと」


「これらを“公共事業”として行うことで、ある程度の規模で展開する計画をしているわ」


 冒険者ギルド、商人ギルドも巻き込み、

 “領全体の安全度と生産性を上げる”形で進めるつもりだ。


「それで昨日の、“武器を作る工場のカラクリ”を大量生産するよう指示したのですね」


「まあ、そんなところよ」


 シードラゴン騒ぎの前に契約した、あの試作機のことだ。


「だけど、まだ“目標金額”には到底届きそうにないのがネックね」


 どう頑張っても、目標金額の半分も満たないであろう。


 リカから聞いた“娯楽品を流行らせる”という手も、一応はある。


 だが――


 庶民から金を取るとなると、どうしても“市場規模”が小さい。

 日々の生活で手一杯の者が多く、「娯楽に回せる余剰」が少なすぎる。


 それに、そんなものに時間を使うほど、庶民は暇ではない。

 本来、“暇と時間と金を持て余している貴族向け”からスタートすべき分野だ。


「姉上でも“難しい”と思うことはあるのですね」


 レオは素直な感想を漏らす。


「しかし、“庶民”というと、“商人向け”のものとかがいいのではないでしょうか」


 たしかに――“金を持っている庶民”といえば、まず商人だ。


 だが、私は首を振る。


「商人は、“金のこと”に関しては非常に狡猾で貪欲よ」


「新しいビジネスのアイデアなんて、あっという間に“模倣”される」

「そうなれば、すぐに“利幅が削られ”、あっという間に“利益が出なくなる”でしょうね」


 商人という、ゴリゴリの“既得権益の世界”に、

 ヴァルデンの紋章なしで“新規参入”する障壁は、かなり大きい。


 その場合、彼らがまったく取り扱っておらず、かつ“模倣が難しい”もので勝負する必要がある。


 それに、金稼ぎ以外にも

 ――今回の一連の騒動で、私はいろんな人からの“約束”や“解決すべき問題”を抱えてしまった。


 まず、あの少女と約束した“ノクティル領に溢れているらしい孤児たちの救済”。


 次に、つい昨日約束した“シードラゴンの番探し”。


 鍛冶師の男と約束した “新人冒険者の死傷者を減らす”こと。


 加えて、“ヴァルデン領に料理人になりたいという人が溢れている問題”。


 今後、“料理ギルド”がうまく回り始めたり、

 “量産機械”が本格稼働を始めたら――

 食材や鉱石の“物流の問題”も、確実に発生するため、事前に策を打っておかないとならない


(さて――どうしたものかしらね)


 どれも、解決には骨が折れるものばかりだ。


 頬杖をつき、窓の外の雪景色を眺めながらこれからのことを考えていると――

 反対側の腕を、レオがぎゅっと掴んだ。


 そして、そのまま回復魔法を流し込んでくる。


 はっと顔を上げると、レオはわずかに得意げな表情で言った。


「さっきのお返しです」

「いきなりだと、驚きますでしょう?」


 いたずらっぽい笑顔だ。


「そうね」


 ひとつ頷き、それから口元だけで笑う。


「だけど、レオ。回復魔法は“こう”よ」


 今度は私が、レオの手をしっかりと握り返し、

 完璧な術式で回復魔法をレオに向かって使用する。


 それに対して負けじと、レオも魔法の出力を少し上げてくる。

 が――


「レオ。回復魔法は“ぶつけ合っても相殺されない”わ」


 お互いに“回復し合う”だけだ。


「そうですね。もちろん、知っています」


 レオは、あくまで落ち着いた調子で続けた。


「ですが、姉上。本来“人との関わり”も、こういったものだと思っております」


「お互いに“意見”や“会話”をぶつけますが、それは“相手と戦うため”ではなく」

「一方的なものでもなく、傷付けるもの、搾取するもの、そのどれでもなく」

「“お互いがいい気分になれるような関係”が良い、と」


 そう、したり顔で言い放った。


 そのレオを見て、私は反論を飲み込み――


(この私に“教師の真似事”をするだなんて。本当にレオは大きくなったわね)


 そう心の中で笑みを浮かべ、

 フッと、小さな息だけを漏らした。


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