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冒険者ギルド


 ヴァルデン領にある冒険者ギルド本部は、控えめに言っても無駄に大きい。


 もちろん、大きい理由はちゃんとある。


 ヴァルデンには有名なダンジョンこそ少ないが、領地そのものが広大で、都市も村も森も山も川も海も抱えている。


 魔物の討伐。

 街道の護衛。

 薬草や鉱石の採取。

 遭難者の捜索。

 獣害対策。

 輸送の補助。


 必要とされる仕事はいくらでもある。


 そのため、所属している冒険者の数も多い。

 それに見合った施設が必要だという理屈は、分からなくもない。


 だが――。


「それにしても、相変わらず無駄に豪華ね」


 私は馬車を降り、目の前にそびえる建物を見上げながら、思わずそう呟いた。


 冒険者ギルド本部。


 堅牢な石造りの外壁。

 巨大な両開きの正門。

 魔物の牙や角を加工した装飾。

 正面玄関の上には、これでもかというほど大きなギルドの紋章が掲げられている。


 普通の冒険者ギルドであれば、頑丈で、広くて、酒場と受付と訓練場があれば十分だ。


 だというのに、ここの本部は違う。


 まるで武門貴族の城館か、豪商の迎賓館である。


 理由は、分かっている。


 母上だ。


 私の母は、現役のS級冒険者である。


 通り名は――。


 《ワールドイーター》。

 《デスメッセンジャー》。

 《ブラッドファクトリー》。


 ……並べるだけで、母が過去に何をしでかしてきたのか、おおよその想像がつく名称ばかりだ。


 本人はそれなりに気に入っているようだが、自分より格下の者からその名で呼ばれると、その名を口にした者の血で本当に”血の雨”を降らせるため、あくまで陰で言われているだけなのだが。


 そんな母が、この冒険者ギルド本部を半ば私物化し、自分好みに改造した結果が、今のこの建物である。


 母の言い分としては、こうだ。


『強い冒険者には、それに見合った待遇が必要なのよ』

『冒険者のモチベーション維持は、ギルド全体の質を上げるためにも重要でしょう?』


 建前だけなら、もっともらしい。


 実際、S級以上の冒険者は一般の入口とは別に専用の入口があり、その奥には貴族の邸宅と見紛うような応接室、専用食堂、浴場、休憩室、個室の訓練場まで用意されている。


 戦って稼ぐ者たちに、相応の休息と待遇を与える。


 そう言われれば、確かに理屈は通っている。


 だが、問題はそこではない。


(母上、自分で利用するために作らせたのよね)


 その証拠に、内装やサービス内容を変更するには、なぜか母上の許可が必要なのだ。


 ギルドの施設であるはずなのに。

 公的な冒険者組織の本部であるはずなのに。


 母上が気に入っている椅子の配置。

 母上がよく飲む酒の銘柄。

 母上が好む香木の匂い。

 母上が休む時に使う寝椅子の角度。


 その全てが、まるで王宮の儀礼のように守られている。


 冒険者ギルドなのか。

 母上専用の別邸なのか。


 いまだに判断に迷うところだ。


『うわあ……すごい建物だね。ギルドっていうより、なんか成金貴族の屋敷って感じだね』


 リカの声が頭の中に響く。


「否定はできないわね」


『マティルダのお母さんって、本当に何者なの?』


「S級冒険者よ」


『いや、それは聞いたけど。通り名が物騒すぎない? ワールドイーターって何? 世界食べたの?』


「そうね。思い当たるものだと、以前、魔物が大量発生して緊急事態宣言が発令された際、母上が討伐報酬が破格だったから狩り続けた結果、逆に狩りすぎてしまい、その魔物が今では絶滅寸前で保護対象になっている件かしら」


『うわ』


「圧政を敷く悪徳貴族に対するクーデターに冒険者として参加した際には、転覆後に自分の傀儡を治世のトップに据えたわ。今でも政治のすべてをその傀儡に任せ、自分は革命の英雄であり、実質的な支配者としての権限を有しているそうよ」


『うわあ』


「有名なマフィア組織の賞金首を狩った後に、その組織を無毒化して私物化していたこともあったわね」


『うわ、関わったものから全部奪っちゃうんだね。だからワールドイーターなんだ』


「本人に奪っている自覚がないのが厄介なのよ。涼しい顔をして『私が有効活用してあげる』と言って、全てを根こそぎ持っていってしまうの」


『うわー、ジャイアンのレベル百って感じだね』


「そのジャイアンというのはよく分からないけれど、強欲と暴力の権化という意味で言っているのなら、その認識で間違っていないわね」


『すごい人なんだね、マティルダのお母さんってさ。もしかして、単騎で魔王討伐できちゃうんじゃないの?』


 ふと想像する。


 恐らく、母上は勝つだろう。


 問題は、その後だ。


 魔王を討伐した後、母上はきっと魔族領の治世に口を出す。

 いや、口を出すだけでは済まない。


 気づけば魔王軍の中枢を掌握し、魔族たちを自分に都合の良い組織に作り直すはずだ。


 人類と魔族、双方に影響力を持つワールドイーター。


 それはもはやそれは、魔王出現どころの話ではない。

 この世界に地獄を顕現させるのと同義である。


 そして、その大魔王レベル百と化した母を討伐するのは――。


 私は小さく息を吐き、そこで未来予想を中断した。


 考えても仕方がない。


 思考を切り替え、ギルドの正面玄関へと歩き出す。


 今日ここを訪れた目的は二つある。


 一つは視察。

 もう一つは、冒険者たちに色々と依頼をするためだ。


「お、お待ちしておりました、マティルダお嬢様」


 玄関を抜けると、すぐにギルド長が出迎えに現れた。


 筋骨隆々の大男である。


 恐らく、背筋を伸ばせば二メートルは超えるだろう。

 肩幅も広く、腕は丸太のように太い。

 顔には古傷が走り、立っているだけで熟練の戦士だと分かる威圧感がある。


 ただし、今はその威圧感が台無しだった。


 ギルド長は腰痛持ちの老人のように腰を曲げ、頭を低くし、私の顔色を窺っている。


 情けない。


 実に情けない。


 これがヴァルデン領の冒険者ギルドを束ねる男なのかと思うと、少しだけ頭が痛くなる。


「ギルド長。普通に立ちなさい」


「い、いえ、その、マティルダお嬢様の御前でございますので……」


「あなたがそんな姿勢でいると、周囲の冒険者たちまで落ち着かないでしょう」


 私が視線だけを横へ向けると、受付付近にいた冒険者たちが一斉に目を逸らした。


 彼らは明らかにこちらを気にしている。


 酒場の席に座っていた者も、依頼掲示板の前にいた者も、受付で手続きをしていた者も、全員が妙に姿勢を正している。


 理由は分かる。


 私が領主家の娘だから、というだけではない。


 このギルドには母の影響が強すぎるのだ。

 そして私は、その母の娘である。


 つまり彼らにとって私は、権力者の娘であると同時に、災害級冒険者の血縁者でもある。


 扱いづらいのだろう。


『めっちゃ怖がられてるね』


「私は何もしていないわ」


 そうリカに小声で返す。


『マティルダはしてなくても、お母さんが色々してそう。あのトサカみたいな髪型の人なんて、足があんなにガクガクしてるじゃん。絶対、お母さんと何かあったんじゃないの?』


(否定できないところが腹立たしいわね)


 私はギルド長へ向き直る。


「今日は視察と依頼の相談よ。余計な歓迎は不要。いつも通りの業務を見せなさい」


「はっ、承知いたしました!」


 ギルド長はようやく背筋を伸ばした。


 やはり大きい。


 立ち姿だけなら、そこらの魔物よりよほど迫力がある。


 だが、その目はまだ私の機嫌を探るように揺れていた。


「ギルド長」


「は、はい!」


「私はあの野蛮人とは違うわ。椅子の座り心地が悪いからといって設備を破壊したり、酒がぬるいからといって食料庫ごと凍らせたり、受付で少し待たされた腹いせに依頼掲示板を引き剥がして受付に叩きつけたりはしないわ」


 周囲の冒険者たちが、そっと目を伏せた。


 誇張された噂話かと思ったら、どうやら実話であったようだ。


『え、今の全部ほんとにやったの? だいぶすごい人だね』


 ギルド長は額に汗を浮かべながら、震える声で答えた。


「そ、その節は……。ただ、御父上であらせられるヴァルデン伯爵から後日、きちんと謝礼をいただきましたので、問題はございません。はい。解決済みですので、私どもは何も、これっぽっちも気にしておりません」


「別に、告げ口はしないわ。でも、あなたたちも苦労しているのね」


「い、いえ! 苦労などとんでもない! おかげで、当ギルドの施設強度は飛躍的に向上いたしました!」


「つまり、母上が壊すから頑丈にしたのね。お世話ご苦労様」


「…………」


 ただただ気まずそうに苦笑いを浮かべ、ひたすら揉み手をしているギルド長を見て、私は深くため息をついた。


「まあいいわ。案内なさい」


「では、こちらへどうぞ」


 ギルド長に案内され、私は本部の内部を進んだ。


 一般冒険者用の広間は、予想以上に活気があった。


 依頼掲示板には、討伐、採取、護衛、調査などの依頼書が所狭しと貼られている。


 受付には列ができ、若い冒険者たちが報酬の受け取りや依頼内容の確認をしていた。

 隅の酒場では、昼間だというのにすでに飲んでいる者もいる。

 訓練場からは、剣戟の音と怒号が聞こえてきた。


 混沌としているが、機能はしている。


 むしろ、想像していたより悪くない。


「依頼の達成率は?」


「領内依頼に限れば、八割強でございます。討伐系は危険度により上下しますが、採取や護衛は比較的安定しております」


「死亡率は?」


「昨年は大きな魔物の発生が少なかったため、例年より低めです。ただ、ダンジョンでの遭難と、若手の無茶による負傷は依然として問題です」


「若手の無茶?」


「はい。報酬の高い依頼を受けたがる者が多く、実力に見合わない地域へ踏み込むことがございます」


 ギルド長は、少し苦い顔をした。


「熟練者が手を出さないような、危険な匂いのする依頼にも、若手は報酬目的で飛びついてしまうのです」


「教育か、仕組みが悪いわね」


 私がそう言うと、ギルド長はさらに苦い顔をした。


「誠に申し訳ございません」


「責めているわけではないわ。これは、あなたたちだけの問題ではないもの」


 若者が高報酬を求めるのは当然だ。


 冒険者は危険を金に換える職業であり、彼らの多くは余裕のある暮らしをしていない。


 だが、大怪我や死なれては困る。


 そして、そういった事故を減らすことは、あの鍛冶師の男との約束でもある。


 私はそこで、今回持ち込むつもりだった話が、思った以上に効果的であることを確信した。


「ギルド長。今日は新しい依頼制度を提案しに来たの」


「依頼制度ですか?」


「ええ」


 私は同行させていたハンネスに目配せする。


 彼は持っていた革鞄から数枚の書類を取り出し、ギルド長へ渡した。


「まず、冒険者のランクアップ規定を一新したくてね」


(続く)

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