冒険者ギルド
「ランクアップ規定、でございますか」
ギルド長は慎重に言葉を選びながら、書類の一枚目へ視線を滑らせた。
「現在、冒険者の等級はEからAまでの五段階。その上に、例外的な最高位としてSランクが設けられております。依頼についても同様に難易度ごとにランク分けを行い、冒険者が実力不相応な依頼を受けぬよう管理する制度でございます」
「ええ。基本は理解しているわ」
「ただ、ランク制度そのものに関しましては、大陸の冒険者ギルドを統括する本部によって細かく規定されております。特にAランクおよびSランクへの昇格については、王都で年に二回行われる昇格試験にて審査される決まりとなっておりまして……」
そこでギルド長は、恐る恐る私の顔色を窺った。
私がギルド本部の規定に真正面から喧嘩を売るつもりだと思ったのだろう。
失礼な話だ。
そういった規定を変えるのであれば、面と向かって交渉するのではなく、組織の首をある程度すげ替え、潜入させた工作員にやられる。正面から力づくで解決する母とは違うのだ
「知っているわ。だから私が変えたいのは、Bランク以下の昇格規定よ」
「Bランク以下、でございますか」
「ええ。領内ギルドの裁量で調整可能な範囲でしょう?」
「……はい。Bランク以下であれば、各支部の裁量が認められております。ただし、一定の基準から大きく逸脱した場合、本部から査察が入る可能性はございますが」
「査察されても問題ない内容にするわ」
「……それに、我がギルドのランクアップ規定につきましては、マティルダ様の母上からも再三、『厳しくしろ』とご指摘をいただいております。おかげで、他の組合よりも一段階ほど厳しく評価されているくらいでして。技量や判断力、能力については、十分に備えていると自負……しておりますぞ」
後半になるにつれ、声が震えていった。
私に異を唱えることが、そんなに怖いのだろうか。
「このギルドの本人の資格を見極める目は素晴らしいものがあるわ」
私は書類へ視線を落とした。
「ただ、本人の装備品もしっかり査定に入れるべきだと思うのだけれど」
「ギルド側の内部基準ではありますが、一応、武器はランクアップの規定項目に入っております。使用武器の質、手入れの状態、本人の技量に合っているかどうかは確認してはいます」
「なら、まずそれを冒険者側にも周知しなさい」
「周知、でございますか?」
「知らされていない基準で評価されるのは不公平でしょう。冒険者たちが何を満たせば昇格に近づくのか、最低限の指針は示すべきよ」
「承知いたしました」
「ええ。それと、その項目に防具も入れなさい」
「……防具ですか」
その言葉を聞いた瞬間、ギルド長の表情が明らかに渋くなった。
「あら。問題があるのかしら」
「ございます」
ギルド長は覚悟を決めたように背筋を伸ばした。
「簡潔に申し上げますと、防具は高価なのです。購入費だけでなく維持費もかかるため、冒険者にとっては大きな金銭的負担となります」
「仮にCランク依頼に必要とされる防具を揃えようとすれば、Cランク依頼の報酬を継続的に受けて、ようやく購入と維持が可能になる程度です。しかし、その防具を持っていない者は、そもそもCランク依頼を受けられない――となりますと……」
ギルド長は、そこで言葉を濁した。
しかし、言いたいことは分かる。
「つまり、今の状態で無理に規定を変えてしまえば、昇格に必要な装備を得るために上位依頼の報酬が必要になる。けれど、装備がないから上位依頼は受けられない。そういう矛盾が生まれるのね」
「はい。まさにその通りでございます」
ギルド長は苦い顔で頷いた。
「さらに若手の冒険者は、防具よりも武器を優先しがちです。良い武器を持てば魔物を倒しやすくなり、報酬も増えると考えるのでしょう。ですが、その結果として防具を軽視し、不慮の事故で大怪我を負う者が後を絶ちません」
「治療費も馬鹿にならないでしょうしね」
「それだけなら、まだ良い方です。怪我が長引けば依頼を受けられず、借金を抱える者もおります。最悪の場合、無理に復帰して命を落とす者も」
「なるほど」
思っていた以上に問題の根が深い。
単純に「防具を昇格条件に入れなさい」と命じれば済む話ではない。
それでは、若手冒険者の道を塞ぐだけになる。
『確かに、ドキ魔でも防具は高かったからなー』
リカの声が頭の中に響いた。
『どの地方でも高かったし、ゲームを始めたばかりの頃はお金が足りなくて買えないんだよね。だから転生特典で持ち込んでいた装備に頼ってたなあ。プレイヤースキルがあれば攻撃はある程度かわせるから、後半はほぼ防具を買わない縛りみたいなプレイもしてたけど』
リカの知るゲーム世界においても、防具は高級品であったらしい。
であれば、防具が割高なのはヴァルデン領だけの問題ではない。
冒険者という職業そのものが抱える構造的な問題だ。
だが、金銭面については、すでに解決策を考えている。
「では、質問を変えるわ」
「はい」
「Bランク以下の冒険者用の防具を、格安で手に入れられるとしたらどうかしら?」
「……は?」
ギルド長が目を瞬かせた。
「格安、でございますか?」
「ええ。おそらく、今の相場の十分の一程度で提供できるわね」
「じゅ……」
ギルド長の口が半開きになった。
無理もない。
防具の価格が十分の一になるなど、常識的に考えればあり得ない話だろう。
「い、いえ、マティルダ様。さすがにそれは……粗悪品をかれら若手に着せるわけにはまいりません」
「粗悪品ではないわ」
私は即座に否定した。
「品質は保証する」
「しかし、現在の相場の十分の一で、品質まで保証できる防具など……」
「作れるわ」
私が断言すると、ギルド長は言葉を失った。
「ただし、量産するにあたって、まず確認したいことがあるの」
「確認、でございますか」
「ヴァルデン領内に所属する冒険者がどの程度いるのか。そして、彼らが現在どういった装備をしているのか。それを知りたいのよ」
「……つまり、冒険者向け防具を量産するための基礎資料が必要だと」
「そういうことね」
ギルド長は、困惑と警戒が入り混じった表情で私を見た。
「失礼ながら、マティルダ様。今の相場の十分の一で、防具を量産でき、なおかつ品質まで保証できると……それはいったい、どういったカラクリなのでしょうか」
いや、そのカラクリで防具を作るのだが、今ここで答えるつもりはない。
あの試作品を見る限り、EランクからBランクまでの冒険者が命を守るための防具としてなら、十分な性能を持っている。それが五十台も稼働するのだ。量産にも当然対応できる。
「それは秘密よ。ただ、品質は保証するわ」
私は短く答えた。
「……左様でございますか」
「あなたに聞きたいのは、その防具が存在した場合、防具の状態を冒険者のランクアップ規定に入れても制度が破綻しないか、という点よ」
ギルド長はしばらく沈黙し、やがて慎重に口を開いた。
「防具が本当にその価格で安定供給され、一定の品質を満たすのであれば……運用自体は可能かと存じます」
「そう」
「ただし、反対意見は出るかと」
「では、この件は決定事項とするわ」
「……はい?」
「防具の状態を、Bランク以下のランクアップ規定に段階的に組み込む。まずはDランクからCランクへの昇格希望者を対象にするのが妥当ね」
「ま、マティルダ様!?」
「反対意見がある者には、私か母上に直接言うよう伝えなさい」
ギルド長の顔色が、分かりやすく青ざめた。
「そうそう」
私は思い出したように付け加えた。
「私は母と違って回復魔法が使えるわ。もし文句を言うなら、母ではなく私に言うことを勧める、と皆に伝えておきなさい」
『うわー、暴力での脅しは良くないよ。もっと優しくしないと』
リカが呆れた声を出した。
失礼な。
(紙装甲で攻撃を受けて命を落とすよりはましでしょうに)
「……承知いたしました」
「ただし、告知のタイミングと防具の販売方法については、追って連絡するわ。先に発表して混乱を招く必要はないもの」
「はい。正式な通達までは、内部調整に留めます」
「それでいいわ」
私は次の書類へ視線を移した。
「じゃあ、次は依頼についてね」




