港の整備
「あら、アヤノ代表。お久しぶり。元気そうで何よりね」
「ええ、おかげさまで。私も、そして我が商会も、マティルダ様のおかげで元気にやっております」
そう言ってアヤノは柔らかく笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。
「姉上」
横に控えていたレオが一歩前に出る。
「アヤノ代表は、今回の“工場建設”の立役者と言っても過言ではありません」
「施設整備や導線配置、職人の割り振りに至るまで、すべて彼女が采配しています」
「ぜひ姉上からも、労いの言葉をかけてやってください」
その提言を受け、私は
「アヤノ代表、顔を上げてちょうだい」
私が促すと、アヤノは姿勢を正し、真っすぐこちらを見つめる。
「今回の工場や港の整備に関して、精力的に動いてくれているようで、当家としても感謝しているわ」
「何をおっしゃいますか」
アヤノはかぶりを振りながら即座に否定した。
「この港や工場は、我が白鷺商会のために、マティルダ様が“手配してくださった”ものです」
「それをただ黙って完成したものを受け取るなどという――そんな無礼な真似、到底できません」
そこで一呼吸置き、胸に手を当てて続ける。
「ですから、我が商会でも“動員できる人員”を可能な限りこのプロジェクトに投入しました」
「それで、工場側にはあんなに人がいたのね」
私の脳裏に、先ほど見た工場予定地の光景がよぎる。
測量班、職人班、資材搬入班――そのあちこちに、白鷺商会の紋章をつけた者たちが混ざっていた。
「別に、そこまでしてもらわなくても良かったのに」
「いいえ、これは当然のことです」
アヤノはきっぱりと言い切った。
「それに、“港が欲しい”というのは、我が商会の“長年の夢”でもありましたから」
彼女は視線を窓の外、まだ造成途中の海岸線へと向ける。
「本国の島国から商品を輸入する際、複数の港を経由して荷揚げしているのですが……」
「国力差を盾に、法外と言っても過言ではない関税をかけられているうえ、扱いも決して良くはありません」
「船の大きさや停泊期限にも細かい制限があり、
少しでも規定を外れれば罰金や積荷の没収も辞さない――そういう場所もあります」
白鷺商会がこの国で“生産”まで手掛けるようになった背景。
それは、彼女たちが掲げる「理念」や「技術・精神の共有」といった大義だけではなく、
純粋に“輸入品を仕入れて売るだけ”では到底まともな利益が出ない――という冷徹な計算もあったようだ。
「だからこそ――」
アヤノはぎゅっと手を握りしめる。
「この“自前の港”と“工業地帯”の計画には、全力で取り組んでおります!」
鼻息も荒く、まっすぐな目で言い切った。
「……そう」
その熱量に、私は思わず少しだけ気圧される。
(まあ、“熱意がないよりはマシ”ね)
「であれば――港の整備も、もっと急がせないといけないわね」
本来の予定では港が先に完成し、その後に工場群が稼働を始めるはずだった。
だがアヤノたち白鷺商会の尽力によって、工場側の計画が予定より大幅に前倒しで進んでいる。
(このままでは、工場の方が先に完成するわね)
そのため港側を担当している役人たちにも、少し“発破”をかける必要がある。
『あの役人の人、大丈夫かな……』
リカがどこか気の毒そうにぼやいた。
◇ ◇ ◇
そこからしばらくは、工事の進捗や今後の計画などを、アヤノやレオと擦り合わせた。
特に、工場ができた時の最大生産量には驚いた。
フル稼働させたら、あっという間に醤油の箱が山積みになってしまう生産量である。
思わず、以前庭に山積みになっていた醤油が山積された惨状を思い出してしまい
(それだけは何とかして避けないとね)
と決意をしたが、同時に
(工場の稼働を落とす指示はなるべく出したくはないわね)
とも思う
私的な悩み事は増えたが、話し合い自体はスムーズに進んだ。
ひと段落ついたところで、ふと思い出したようにアヤノが口を開く。
「そういえば――ハーウッド商会の代表と、そのご子息も、今この港にいらっしゃっていますね」
「なんでも、“港と、その倉庫の視察”だとかで」
「ああ、そんな話もあったわね」
ハーウッド商会製の装飾品は、今や王都でも地方でも大人気だ。
だがその結果、深刻な“材料不足”が発生し、欠品状態が加速している。
それによって引き起こされた価格高騰によって市場は大いに盛り上がっているのだが
この高騰はそろそろブレーキを踏むべきであろう
しかし材料をそろえようにも希少な鉱石や貴金属は各地に点在しており、しかもどれも重く扱いも難しいため、陸路での運搬は難しいものも多い。
そのため当面は、この新港を“間借り”する形で対応することを計画をしたのだ。
念のため、しばらく港と倉庫を“共同使用”することになる旨を白鷺商会にも事前に伝えていたが――
彼女たちは特に異を唱えることなく、むしろ快く了承してくれた。
アヤノが“そういう人”である、というのも大きいのだろうが
白鷺商会は食材や嗜好品、島国からの輸入品を主に扱う商会。
一方、ハーウッド商会は貴金属や宝石、それを用いた装飾品が主力。
扱う“商材”がまるで違うため、それぞれの得意不得意も大きく異なり、互いの市場を食い合う心配も少ない。
共存は十分に可能――というわけだ。
それよりも。
『ええ! ハーウッド家のご子息ってことは、“エリオ君”がここに来ているの!?』
リカの声が跳ね上がる。
『これはぜひとも会いに行くべき――いや、マティルダ流でやるなら、“連れてこさせるべき”だね』
『そして、ある程度は仲良くなっておくべきだね。いやー、“本編前”のエリオ君に会えるとか、これはそそるわー』
『そもそもゲームで初めて会う時も、“交易イベントのチュートリアル”からだから、出会えるのはだいぶ先になるんだよね、だからね――――』
リカの、いつもの“発作”が始まった。
容姿の良い男性を見るか、“ゲームの話”になると彼女は大体こうなる。
正直、五月蠅いことこの上ない。
しかも厄介なことに――
(リカの言うことをある程度は聞いてあげないと、あとで滅茶苦茶拗ねるのよね)
私は紅茶の残りを一口含み、喉奥まで上がってきたため息を無理やり押し戻す。
「…………そうね。折角だし、会っておくかしら」
ぽつりとそう告げ、近くで控えていた使用人に視線を送る。
短く目配せすると、使用人はすぐに意図を汲み取り、静かに一礼して部屋を退出していった。
その様子を横目で見ていたアヤノが、少し嬉しそうに口を開く。
「ハーウッド商会のご子息、エリオ様ですが――」
彼女は姿勢を正し、わずかに頬を染めながら続けた。
「私も先ほど少しだけご挨拶をする機会がありました」
「マティルダ様ほどではありませんが、中々に聡明な方でした。それにまだお若いのに、商才は我が商会のどの者よりも高く感じました」
そこで一拍置き、今度はほんのり熱を帯びた声になる。
「それに、お顔も中々に整っていて……あの、何というか、優しそうな雰囲気が――」
言いながら、自覚もなく口元が緩んでいる。
(アヤノはまともな人かと思っていたけれど――案外、リカと同類なのかもしれないわね)
そう内心で評していると、案の定、指輪側もすぐさま反応した。
『いやー、エリオ君の良さが分かるとは、中々に分かっておりますな』
『そうなんだよ、エリオ君はね――』
リカも負けじと語り始める。
アヤノとリカは互いに意思疎通の手段はないはずなのに、どういうわけか呼吸がぴったり合っている。
可憐な女商人と、指輪の中の謎存在によるエリオ賛美の二重奏――
そんな不協和音が響く中、私は、工場の生産能力、それに付随する物流網の規模と港の処理能力を頭の中で淡々と計算し、二人の“黄色い声”を意図的にノイズとして思考の外側へ追いやり対応をした。
◇ ◇ ◇
そんな拷問のような時がある程度過ぎ、
私にとっては福音の音であるノックの音が部屋に響いた。
扉が開かれ、ハーウッド商会の代表代理であるリーズと――その横に、今回の話題の中心人物、エリオが姿を現した。
ふわふわと柔らかそうな茶色の髪。
年相応の幼さを残した大きな瞳と、わずかに通った鼻筋が印象的な中性的な顔立ち。
身長は小柄で、長身のレオや大人びた雰囲気を纏うリーズと並ぶと、一層子どもめいて見える。
何より、華奢だ。
父親であるエストは、全身で「福々しさ」を体現した丸みのある体型だったのに、目の前の少年はその真逆――細く、線が薄い。
服装は過度な装飾を排した機能的な商人用の上下。
けれど袖口や襟元の仕立てには、上質な布地と丁寧な縫製の跡が見て取れる。
第一印象として――
(“格好いい”云々以前に、なんだか人というより子猫みたいな存在ね)
というのが正直なところだった。
『うわー、生エリオ君だーーー!』
リカの歓声が頭の中で炸裂する。
『うん、これだよこれ。可愛い男の子からしか取れない栄養素ってあるよね!』
私は内心でだけ、そっと額に手を当てた。
「お初にお目にかかります、レオルド様、マティルダ様」
エリオは一歩前へ進み、きちんとした礼をとって名乗る。
「ハーウッド商会のエリオと申します。以後よろしくお願い申し上げます」
それに対し、レオが先に口を開いた。
「こちらこそ初めまして。レオルド・ヴァルデンだ」
彼は椅子から立ち上がり、形式張りすぎない、しかし礼を失しない挨拶で応じる。
「貴殿が“優秀である”という噂はかねがね聞いている」
「その力をぜひ我がヴァルデン領のためにも役立ててほしい。これからよろしく頼む」
それが済んだのを見計らって、私も最低限の挨拶だけはしておく。
「マティルダ・ヴァルデンよ。これからよろしくお願いね」
それだけ告げて、エリオの反応を観察した。
(礼儀はしっかりしているけど、緊張しているわね)
背筋は伸びているが、肩にうっすら力が入っている。
視線もきちんとこちらに向けてはいるものの、ほんのわずかに揺れている。
だが――
(彼も父のエストと同じく、人を観察する癖があるわね)
一見すると礼儀正しく俯きがちだが、ふとした瞬間、こちらの手元や足元、周囲の配置へ素早く視線を走らせている。
仕草から読み取ろうとする商人特有の目だ。
お互いに相手を測り合う短い沈黙のあと――リーズ代理が一歩前へ出て口を開いた。
「ご無沙汰しております、マティルダ様。ご壮健で何よりでございます」
「あなたもね、リーズ代理」
「最近は常に忙しくしていると聞いたから、少し心配していたわ」
「ご心配いただき、光栄でございます」
リーズはいつもの落ち着いた笑みを浮かべる。
「忙しいのはその通りでございますが……これは“歓喜の悲鳴”と言っても過言ではありません」
「我が商会の商品が飛ぶように売れ、その結果、職人も売り場の者も交渉役も忙しく働き、その分だけ売上が上がる」
「これほど商人冥利に尽きることはありませんね」
それを聞いたアヤノが横で深く頷く。
「それに、ヴァルデン家様には様々な“優遇”をしていただいておりますので――誠に頭が上がりません」
そう言ってリーズは深々と頭を下げた。
それに合わせるように、エリオもきちんと頭を下げる。
『エリオ君の髪の毛、フワフワだね。あー、めちゃくちゃ撫でて、くしゃくしゃにしたい』
リカは相変わらずおかしなことを言っている。
『でも、初対面でこんな上下関係がある感じから入っちゃうと、仲良くなれなさそうじゃない? 完全に従者と支配者の関係になっちゃったよね』
(まあ、その上下関係であっても問題はないかもしれないと思うけれど)
聖女様との関係をコントロールするためには、この“エリオ”という人物の情報をある程度押さえておく必要がある。だから
(乗り気はしないけれど)
と内心でだけ毒を吐きつつ、私は話題を切り替えた。
「ああ、そういえば――あなた、“エリオ”と言ったかしら」
わざと少しだけ今思い出したような口調で名前を呼ぶ。
「なんでも、画期的な商材を取り扱うことを検討しているらしいじゃない?」
エリオの肩がぴくりとわずかに揺れた。
「確か、ある程度の下処理をした鉱石の販売と、武器に装飾を取り付けたものの販売を計画しているとか」
「……そ、それは、えっと。ど、どこでそれを……」
慌てて言葉を探す様子は、どこか父親のエストを彷彿とさせる。
その様子を見て、リーズが一歩前に出かけ――
「それはですね、マティルダ様」
と説明を始めようとしたので、私は軽く片手を上げてその言葉を制した。
「リーズ代理。私は“彼に”聞いているのよ」
視線をエリオから逸らさぬまま、淡々と告げる。
「あなたが出しゃばるところではないわ」
リーズが小さく「申し訳ございません」と呟き、一歩下がったのを確認してから、
「さあ、教えてくれるかしら」
とエリオの目を真っすぐ捉えて言い放った。
(つづく)




