量産計画
レオと鍛冶師の議論は、延々と続いた。
ハンマーの打撃の強さや速度、ギア比の最適解、
動力の効率、安全装置の設計案――。
次々と話題を変えながら、二人は休むことなく言葉を交わし続けた結果、
機械の方が音を上げた。
ハンマーの動きがぴたりと止まり、配管から「プシューーッ」と白い蒸気が噴き出す。
さっきまで唸りを上げて回っていた動力軸も、名残惜しそうに数回転した末に、静かに停止した。
「……停止しましたね」
レオが顔を上げると、鍛冶師が苦笑しながら肩をすくめる。
「連続で稼働させすぎると、機械が“超高温”になっちまうんでな」
「危険にならねえように、一定温度を超えたら自動で止まる“安全機構”を噛ませてあるんだ」
「この状態になっちまうと、次に動かせるのは“数十分後”だ。冷却しねえと、中身がぶっ壊れちまうからな」
蒸気がゆっくりと薄れていき、熱を帯びた鉄と油の匂いだけが、その場に残る。
少しの静寂の後に、
「実に、良い話ができました」
レオは、充実感に満ちた声でそう言って、鍛冶師の方を振り向いた。
「こっちも勉強になったよ。あんたの知識はすげえな」
鍛冶師も、満面の笑みで返す。
しばし、二人は互いを見つめ合い――
どちらからともなく、同時に一歩踏み出し、差し出された手と手が、力強く握り合わされた。
油と煤でざらついた鍛冶師の手と、
文官としてはあり得ないほど硬いレオの掌が、がっしりと噛み合う。
『なんか、“青春”って感じだよね』
という、よく分からない感想を漏らすリカはひとまず放っておき、
私は軽く手を一つ叩いた。
「さて――話し合いは終わったかしら」
ぱん、と乾いた音が工場に響き、
レオと鍛冶師が同時にこちらを振り返る。
名残惜しそうに手を離す二人に視線を流しつつ、
私は表情を切り替えた。
「では、ここからは“ビジネス”の話をするわよ」
そう告げて、控えていた役人に目配せをする。
すぐに、机と椅子だけの簡易会議セットが準備され、
今後のことについて話し合うことにした。
「まずは――この機械で作れる製品の種類を、改めて教えてくれるかしら」
問いかけると、鍛冶師は一瞬「ええっとですね」と言ってから、指を折り始めた。
「この機械では、まだ“ナイフ”と、簡単な“鉄板加工”――」
「具体的には、簡素な防具や“フライパン”とか“鍋”とか、そういうもんしか作れないですかね」
そう言いながら、鍛冶師は視線を、機械の横の作業台へと移した。
そこには、試作品と思しき鉄製の調理器具が、いくつも整然と並べられている。
分厚くて頑丈そうなフライパン、取っ手付きの浅鍋、縁をわずかに立ち上げた鉄皿。
どれも表面の光沢こそ鈍く、装飾もないが、実用品としては十分以上の出来栄えだ。
それらの横に、ハンマー痕の残る試作防具用の鉄板が、こじんまりと立てかけられている。
「…………ほとんどが“調理器具”じゃない」
思わず、率直な感想が口から漏れる。
「いや、俺の本業は“武器”なんだが」
「いや、ですがね……こういう調理器具の方が“儲かってる”うえに、リピーターも多くて、ですね」
鍛冶師は、後頭部をがしがしと掻きながら言い訳のように続けた。
どうやら、副業どころか、立派な“金物屋としての顔”まで持ってしまっているらしい。
最近の料理ブームも相まって、
「よく火が通る」「焦げ付きにくい」「丈夫で長持ち」と評判になり、
武器よりも調理器具の注文が増えてしまったのだとか。
「“武器一筋”でいきたいって、何度も言ったんだがな」
その口ぶりには、どこか照れくさそうな、しかしまんざらでもなさそうな響きが混じっている。
本業だけでも十分食べていける稼ぎになっていたが、
調理器具の方にも固定客がついてしまい、それらを無下に切り捨てることも出来ず――
結局、どちらも作り続けている、というのが実情であり、
なにより――と、彼は少し真面目な顔になる。
「今の“相棒”だと、“ナイフ以外の武器”を作るのは、ちと難しいんだ」
彼は工場の中央に鎮座する機械を、軽く拳でコンと叩いた。
「せめて“あと3倍”の大きさが必要になるし、叩く強さ的にも、強度をもっと増す必要があるな」
「今ある設備的にも、ちと足りないものが多いな」
さらに彼は、防具についても言及する。
「防具もな……“基礎となる鉄板”は、この相棒でいくらでも整形できるんだが」
「それを“実際に防具に仕立てる”人手が、圧倒的に足りねえんだ」
試作の胸甲らしき鉄板を手に取り、裏側の組み立て用のリベット穴を指し示す。
「多分、一日フル稼働させりゃあ、“20人分の防具の素”は作れちまう」
「けど、そいつを一式の防具に整形するには、手作業で“4日はかかる”」
肩当ての曲げ加工、関節部の可動域の調整、内張りの取り付け。
そういった「最後の仕上げ」の工程は、どうしても人間の手が必要になる。
「……そう」
私は短く相槌を打ち、頭の中で、事前に目を通していた報告書の数字をなぞる。
――この装置一台あたりの一日の最大生産量。
ナイフ 約50本。
包丁 約50本。
鍋・フライパンなどの調理器具 約30個。
刃物類には、その後に研磨と柄の取り付けという人手作業が必要で、
鍋やフライパンも、持ち手の固定や縁の仕上げなどの最終加工がいる。
防具用の鉄板は、一日20人分の“基礎パーツ”が作れるが、
組み立てと調整には、別途かなりの労力を割かねばならない。
頭の中で、この機械を軸にした生産体制をシミュレーションする。
(ヴァルデン領全体の人口規模と、冒険者・兵士・民間需要を合わせて考えると――)
(この機械が“500台”くらいは欲しいわね)
ただし――。
(この後、この機械の“改良が進む”こと)
(そして、今ある雇用との“調整”を同時に行うとなると……一気にそこまで増やすのは段階を踏む必要があるわね)
思考を一つ区切って、私は顔を上げた。
「じゃあ――」
工場の中心に鎮座する彼の相棒を、ゆっくりと指さす。
「早速、この機械に、さっきレオと話していた“改良”を加えたものを、“50台”作ってくれるかしら」
「えっ!」
鍛冶師の男は、目をまん丸に見開いた。
「……つかぬことを、聞きますが……“5台”じゃなく、“50台”ですか」
「あら、“作り足りない”というなら、倍の数を作ってもいいのよ?」
にこりと笑顔を作ってみせると、彼は一瞬、本気で後ずさりしかけ――
その場に踏みとどまり、ぽつりと呟いた。
「俺一人では到底、作るのには……」
「ここにいる役人は、自由に使ってくれていいわ」
私は机の後ろに控えている数名の役人たちに目線を送る。
彼らはすぐに背筋を伸ばし、無言のまま「いつでも動けます」という態度を示した。
「加えて、腕のいい職人にも、すでに声はかけてあるわ。明日ここに来てもらうことになっているから、面接して、“使えそうな人材”は、あなたの判断で雇っていい」
「ええ……」
鍛冶師は、信じられないものを見るような目で私を見つめる。
「道具も、不足しているものがあれば、あそこにいる役人に言ってちょうだい」
私は、工場の端で控えている調達担当の役人を顎で指し示す。
「仕事道具以外でも、料理や生活必需品、娯楽品も――必要だと思ったものは、遠慮なく頼んで構わないわ」
「いや、それは……うれしいんだがよ……」
戸惑いと期待と不安が、全部まとめて顔に出ている。
そこで、私はさらりと本題を落とした。
「だから、“今月中に”この機械を“50台”作ることを命じるわ」
工場の空気が、一瞬だけ固まる。
鍛冶師は、明らかに困惑しながらも、机の上の紙とペンを取り、
ぶつぶつと日付と工程を書き込みながら、スケジュールを組み始めた。
彼なりの段取りを考え、線と数字で紙が埋まっていく。
しばらくして、彼はそれを持ち上げ、私に見せずに、じっと見つめた。
「……あの、マティルダ様……これ……どうやってもだいぶ厳しいスケジュールなんですが」
「そうね」
私はあっさりと肯定する。
「でも、こういうのは“スピード”が重要よ。頑張って頂戴」
「い、いや、その……」
彼は視線をさまよわせ、意を決したように、もう一つの懸念を口にした。
「あの……契約で、“店舗に立つことを週に数日は許す”って……」
震えた声で、まるで最終防衛線にすがるように問うてきたので、
私は首を傾げつつも、事実だけを告げる。
「別に、店舗に立つこと自体は“許可”しているわ」
そこで一度区切り、にこやかに追い打ちをかける。
「そうしたいなら、“頑張って早く50台作って”、空き時間でそれをやりなさい」
さらに、ふと思い出したように口を開く。
「あと、そうね。有刺鉄線をつくる機械も、ついでに“数台”作っておいてね」
「…………えっと、それは」
ごにょごにょと口ごもる彼に対し、私は使用人に目配せをした。
すぐに差し出された契約書を、彼の前の机にそっと置き、
条文の一部分を指さす。
そこには、隅の方に、しかし確実にこう記されていた。
――『有刺鉄線製造用機械については、“最優先で製作を行うこと”』と。
鍛冶師は契約書を、まるで初めて見る呪いの魔導書のような目で凝視し、
次に、手元のスケジュール表へと視線を落とす
そして――
「……不可能だ……」
と、心の底から絞り出すように呟いた。
『悪魔だ。契約は守るけど、“書かれていないところ”は関係ありません、っていう手法……正に悪魔のやり口だ』
リカの、若干楽しそうな非難が頭の中に響く。
「…………噂には聞いてましたが……とんでもない人だ」
力なく呟く鍛冶師に、私は肩をすくめてみせる。
「まあ、あなたが“自分の作った武器や防具の使用感を確認したい”っていう言い分は、もっともだから」
そう告げてから、指をひとつ鳴らした。
合図を受けて、工場の馬車内で待機していた影が、二つ、駆けてくる。
革鎧に外套を羽織り、動きやすい装いの女たちだ。
「あなたの店の常連の冒険者を、“性能テスト”兼あなたの“護衛”として二人、雇ったわ」
私の背後に、すっと並んで控える彼女たちは、それぞれA級とB級の冒険者である。
テスターとして実力は申し分ないし、
本人は自覚していないが“恐ろしく値打ちのついた鍛冶師”の護衛としても、十分以上の戦力だ。
そして、どちらも女性――というのは、単なる偶然ではない。
彼の店の常連は、元々女性冒険者が多かったという事情もあるが、
それ以上に、いつまでも“亡くなった娘”に固執している彼の心を、少しでも別の方向へと向けさせるため。
そして、こちら側に取り込みやすくするため。
私は、冒険者としての力量だけでなく、
「彼に好意を持っている」という点と、美形である点を重視して、条件に合う人材を探し、連れてきた。
この計画をリカに話した際は――
『うわ、それハニートラップってやつ? 手駒にしたいのは分かるけど、マティルダって時々とんでもなくえげつないことをするよね』
と、心底呆れたような声を出していたが。
(“効率的な人心掌握”と言ってほしいわね)
心の中でだけ反論しつつ、私は鍛冶師に向き直る。
「性能テストは、彼女たちに頼みなさい」
「……あと、“50台が完成するまでは”、機密保持のために“ここで生活”してもらうから、よろしくね」
「……あの……俺の意見は……」
おそるおそる挙手するように問いかけてくる彼に、私はあっさりと告げる。
「そういった異議や愚痴は、彼女たちに聞いてもらって頂戴」
そう言いながら、二人の冒険者へと視線を送る。
「彼女たち、“あなたともっと話がしたい”って言っていたから、丁度いいわね」
軽く目配せすると、二人はほんのり頬を染めながらも、一歩前に出て彼の近くまで寄る。
A級の方は、短くまとめた髪に鋭い目をした槍使い。
B級の方は、柔らかい雰囲気を纏った盾持ちで、どちらも装備はよく手入れされている。
鍛冶師は、彼女たちと私とを、困惑したように交互に見比べ――
言葉にならない声だけを漏らしていた。
「後は任せたわ。製作、頑張って頂戴ね」
私は立ち上がり、椅子を引く音を背に受けながら踵を返す。
「行くわよ、レオ」
促すと、隣にいたレオも席を立ち、私の隣に並んで歩き出す。
工場に発生した黄色い声を背に、
出口へ向かう途中で、レオが小さく苦笑しながら言った。
「……姉上は、“とんでもないこと”を平気でしますよね」




