嵐の前の静けさ
城下町の外れ――。
城壁の内側でありながら、意図的に「町」から切り離された区画に、
私の箱庭、《実験場》はある。
中心街の喧噪からその場所に近づくにつれ、人影は面白いようにまばらになっていく。
商人たちの威勢のいい呼び声も、屋台から漂う油の匂いも、この辺りまでくるとすっかり届かない。
代わりにあるのは、冷えた空気と、鉄と油と薬品が入り混じった、独特のにおいだけだ。
道の両脇に並ぶ建物は、どれもこれも似たような箱のような建築物。
装飾はほとんど存在せず、窓は必要最低限。屋根も壁も、ただ「機能性」だけを重視した無骨な造りだ。
徹頭徹尾、合理性だけを追い求めた形状は、これはこれで魅力的であるのだが、
この良さを分かる人間は少ない。
ここでは、主に武器や兵器、薬や魔法の実験を行っているが
過去には――
実験用の魔物や動物、ついでに人体実験用の“死刑囚”が檻を破って逃げ出したり、
未知の薬草と魔法がとんでもない反応を起こして、建物が一棟まるごと吹き飛んだりと、
洒落にならない“大惨事”が何度か起きている。
結果として今では、まともな人間どころか、
裏社会の人間や犯罪者ですら、この辺りを「禁忌の場所」として避けるようになってしまった。
城下町のどこよりも、ここがいちばん“静か”な場所だ。
(まあ、犯罪者に関しては、丁度いい“実験サンプル”として、こまめに捕獲していたのが原因なんでしょうけどね)
自己反省とも開き直りともつかない思考をしながら、私は馬車の窓越しに、見慣れた景色を眺める。
ここ、《実験場》は、ヴァルデン家の役人や兵士、技術者以外は、まず立ち入ることのない場所。
出入り口には常に憲兵が詰めており、通行許可証と身元確認がなければ、近づくことすらできない。
そんな“人払い済み”の箱庭の一角で、今、私は工業機械の実験を行っている。
馬車が止まった先にそびえ立つのは、この区画でもひときわ巨大な建造物――工場棟。
その無機質な正面に取り付けられた、観音開きの鉄の門が、
ギギギ……と重たい音をたてて開くと――
“魔導灯”と呼ばれる照明が並んでいて、昼間だというのに内部を青白く照らしていた。
外は冬の曇天だが、この中だけは時間の感覚が狂うような、人工的な明るさだ。
門が開ききると同時に、御者が馬車を進める。
そのまま、馬車ごと建物内部へと飲み込まれるように入っていく。
馬蹄が、石と鉄が混じった床をコツコツと叩く音に、
遠くから聞こえてくる金属音――叩く音、削る音、研ぐ音が重なる。
やがて視界が開け、馬車の窓から、工場内部の全景が見えてきた。
そこには、天井の高い、巨大な一つの空間が広がっている。
床には、所狭しとインゴットの山が積まれていた。
一応、素材置き場、工具置き場、試験品置き場と色分けされてはいるものの、
搬入直後の木箱や、分解途中の機械の部品が、そこかしこに積み上げられ、
全体としては「整頓された混沌」といった印象だ。
所々に配置された作業台の上には、大小さまざまな工具が並んでおり、
そのすぐ横には、各方面から取り寄せた試作の機械装置が置かれている。
それらの周囲には、紙の図面が乱雑に重ねられていた。
『うわ、広……巨大なコンサートホールみたいな工場だね』
頭に響くリカの声が、やや興奮気味に弾む。
『あー、天井クレーンがないから、こういう“乱雑に見える配置”になるんだね』
『人力と簡易リフトだけで重量物を動かしてる感じがする……これじゃ、導線がすぐに詰まっちゃうよ』
リカの視点では、この規模の空間にしては、設備配置は“合理的ではない”らしい。
『工場運営するなら、クレーンとかフォークリフトは、出来れば配置したいね』
『せめて天井走行クレーンか、レール付きの台車くらいは欲しいところだよ。作業効率、全然違うからね』
(クレーン……フォークリフト……)
聞き慣れない単語に、小さく首を傾げながらも、
「重いものを楽に動かすための設備」だということだけは、なんとなく想像がつく。
(いずれ、“その発想”も導入してみましょうか)
そう思考を片隅に留めつつ、私は馬車から降りた。
降りた先には、武装した私兵と、ヴァルデン家の紋章入りの外套を着た役人たちが整列していたが――
その中央に、やや場違いなほど落ち着きなく視線をさまよわせる、見慣れた男の姿があった。
この前まで、場末の工房で魔改造機械を相棒にしていた鍛冶師の男である。
男は私の姿を見るや、他の者たちに合わせて、慌てて深く頭を下げる。
「面をあげなさい」
と促すと、おそるおそる顔を上げた。
「そこまで畏まらなくていいわ。あなたは“食客”として来てもらっているんだもの」
「ははー!」
――と言いながら、さらに深々と頭を下げるものだから、
私は思わず小さくため息を吐いてしまった。
ふと隣にいるレオの様子を見ると、いつものように無駄のない姿勢で堂々と鍛冶師の男を見据えていた。
「今日は工業機械の進捗状況を確認しに来たわ」
「報告書では“試作機が完成した”とあったけれど、その性能も含めて教えて頂戴」
私は本題を告げる。
「りょ、了解でございます」
上ずった声で返事をすると、鍛冶師は私たちを連れ、工場を案内する。
「試作機械ですが、こ、こちらになりまして――」
案内された先にあったのは、先日彼の工房で見た“相棒”より、さらに一回りも二回りも大きな機械だった。
「金属の“伸ばし”から“焼き”、“叩き”まで、全て一台でこなせるものでありまして、よ、要は――」
一度噛みかけて、彼はごくりと唾を飲み込む。
「鍛冶師でなくても、“武器を打てる”という装置になっています」
彼のたどたどしい説明を聞きながら、私は横に立てかけられた図面に目を通す。
前に見た「織機改造の相棒」とは、構造がまるで違う。
だが、発想の根っこにあるのは同じだ――“人間の反復作業を機械に肩代わりさせる”という考え方。
この機械は、単に金属を叩くだけでなく、
魔力炉と温度感知魔道具を組み合わせることで、「鍛冶の火入れ」の工程まで自動化しようとしている。
(火加減の調整まで、機械にやらせるつもりなのね……)
私は、溝の刻まれたローラーと、熱に耐えるために魔法加工されたハンマーの表面を指先でなぞる。
「それで、この機械の優れているところは、よ……いや、ですね」
鍛冶師は、言葉を選びながら続ける。
「鍛冶師としてのスキルが無くても、ある程度の品物は作れてしまうところにあるんだ」
「例えば、この“鉄のインゴット”だがな」
そう言って、彼は脇に積まれていたインゴットを一つ、ひょいと持ち上げる。
機械の指定された溝に、がちゃんと嵌め込み、
側面のレバーを倒すと――
インゴットの周囲にある魔道具が淡く光り、
次の瞬間、その表面がじわじわと赤くなり始める。
十分に熱せられ赤くなったところで、今度は上部のハンマー部が、ギギ……と音を立てて動き――
ガンッ! ガンッ! ガンッ! と連続して叩きつけられた。
ハンマーの動きは、人間では到底再現できない速度と正確さだ。
一打一打が、寸分違わず同じ位置を、同じ角度で打ち据える。
叩かれるたびに、赤熱した鉄が火花を散らし、
その形を、インゴットの下に取り付けられた“金枠”――金型に沿って、みるみるうちに変えていく。
ほんの数分の間で、それは「棒」から「刃物の原型」へと姿を変えていた。
「よし、こんなもんだろ」
鍛冶師は、ハンマーが止まったタイミングを見計らい装置を停止させ、
ヤットコで真っ赤な金属を掴み上げる。
隣に据え付けておいた水槽へと、勢いよく突っ込むと――
ジュッ!!
白い蒸気が一気に立ち上り、工場内の冷えた空気と混ざって、うっすらとした霧を作る。
彼がそれを引き上げると、そこには――
粗削りながらも、どう見ても「ナイフ」と呼べる形状の一振りが、姿を現していた。
刃はまだ荒く、この後に研ぐ必要があり、柄の加工やバランス調整も必要だろうが、
“素人が金槌を振るって一から叩く”のに比べれば、あまりにも短時間で、あまりにも形が整っている。
(ナイフの等級は……Cといったところかしらね)
(お世辞にも高品質とは言えない出来ね。密度も均一じゃないし、刃持ちもそこまで期待はできない)
――けれど。
(ただ、“この速さ”で出来てしまうのは素晴らしいわ)
今の一連の工程に要した時間を考えれば、
この工場一棟をフル稼働させた場合、どれほどの本数の武器が、どれだけ短期間で市場に流せるのか。
頭の中で、自然と数字がはじき出されていく。
そんなことを計算していると、私のやや後ろ、少し離れた位置で見学していたレオが、静かに口を開いた。
「姉上……なんというものを開発してしまったのですか」
その声音には、驚愕と、わずかな緊張が滲んでいる。
「自動で鍛冶が出来るカラクリなどと……これは…………」
彼は一度言葉を切り、機械と、鍛冶師と、台座の上のC級ナイフとを、順々に見比べたあと――
「大変、“素晴らしいもの”です!」
と、なぜかレオは目を輝かせて言った。
「魔道具と石炭を――いえ、“油”をエネルギーに変更し、最終的に動力に変換するという装置構造も素晴らしいのですが、この“動力への変換プロセス”が特に秀逸です」
「歯車や車輪、ピストンを巧みに組み合わせて、余すところなく“ハンマーの動作”や“加熱”に変換されている。それに、このハンマー動作の精度――――――」
いつもは必要最低限しか口を開かない男が、
まくし立てるように、しかも嬉々として語っている。
横顔は真剣そのもので、
機械の一点一点を指さしながら、動力伝達の流れ、摩擦損失の少なさを細かく言及しており――
(……こんな嬉しそうな姿、久しぶりに見たわね)
と思い、邪魔をしないように私は一歩後ろへ下がり、傍観に徹することにした。
「そうだろ! この“新しく生まれ変わった相棒”は、すげえんだ!」
レオの分析を聞いて、鍛冶師の目も一気に輝く。
「あんちゃん、若いのにこの良さが分かるとは、見る目があるね!」
そのまま二人は、機械の周囲をぐるりと回りながら、
構造について、熱のこもった議論を始めた。
「ここの歯車比を、もう少しだけ落とせば、ハンマー精度向上や機械寿命が上がると思いますが―――――」
「いや、鍛造で一番大事なのは“芯まで叩く力”だ。“力”が第一で、精度はその次になる―――」
「でしたら――」
「おお、その発想は面白いな――」
動作レバーが倒され、装置に取り付けられているハンマーが再び上下を始める。
そのたびに、金属音が盛大に響き渡り、それを上回る勢いで、二人の声が飛び交う。
「俺の弟子にしてえくらいだ!」
と、途中で鍛冶師が笑いながら叫んだ言葉は、
文脈だけ抜き出せば侮辱にも聞こえなくはないが――
それを言われたレオは、不快どころか、むしろ少し誇らしげに見えた。
ほんのわずかに口元が緩み、
「光栄です」と、真顔で答えているあたり、本気で言葉を“評価”として受け取っているらしい。
(……機械よりも、貴方たちの方が“熱量”高くないかしら)
私は、機械の横で熱弁を振るう二人を眺めながら、ただ静かに立っていた。
『……そうだよね。レオ様も男の子だもんね、こういう機械装置には興味があるんだね』
『でも、この“年相応にはしゃいじゃうレオ様”……いい。うん、これすごくいい』
指輪から聞こえてくるリカの声まで、妙にテンションが高い。
『ギャップ萌えなのだよね。普段はクールで淡々としているのに、好きなことにはこんな子どものように目を輝かせているとか――』
頭の中に直接響いてくる、“黄色い歓声”のようなものが一段と騒がしくなる。
前方では、鉄と油と蒸気が奏でる機械の駆動音。
その横で、男たちの熱い議論の声。
そして耳の内側では、リカの高揚した解説と感想がエンドレスで流れ続け――
(……逃げ場がないわね、これ)
私は小さく息を吐き、
騒音対策を考えながら、目の前の機械の“規則正しい動き”だけを、黙って見つめ続けていた。




