嵐の前の静けさ
今年は積雪が多く、窓から覗けば、一面の雪景色が広がっている。
今もなお、その雪と、平民だけではなく私兵や憲兵たちも戦い続けているが、大自然の力は強大で、上がってくる報告書には、豪雪による“通行止め”や建物の倒壊といったトラブルが連日並んでいた。
メイン通りが通行止めになった際には、大きな問題になる前に、私も変装して動き、雪を魔法で除去した。
(黙ってやったせいで、後々問題になってしまったけれどもね)
一帯を大魔法で一気に溶かしたのだが、発動者が分からないように細工はしておいた。
けれども――そもそも「そんな現象」が起きたこと自体が、問題だった。
人々はそれを「神の奇跡」だと噂し始め、あろうことか、
それにあやかろうとした教会の連中が、自分たちの手柄だと喧伝を始めたのだ。
私はそんな不届き者に一泡吹かせるため、いくつもの変装を使い分けて街中を動き回り、
最終的に奴らの鼻っ柱を折ってやった。
その結果として、市場の事情についても色々と知ることができ、平民が現在抱えている問題の構造も把握できたのだが――
同時に、町に現れては奇跡を起こす“謎の男”が、かなり有名になってしまった。
そのため、最近は変装のバリエーションをさらに増やし、
痕跡をなるべく残さないように気を付けているのだが――
◇ ◇ ◇
「この、最近現れる町に現れては奇跡を起こすとかいう“不審な男”の正体ですが」
「姉上ですよね」
と、あっさりレオにバレた。
「あら、なぜそう思ったのかしら?」
とぼけてみせると、彼は淡々と指を折っていく。
「理由は複数あります。まず、この不審者、身分を問われた際には決まって“ヴァルデン家の紋章”を見せるそうですがそれ以外は一切の身元が掴めないこと」
「加えて、たまに金銭を恵むことがあるようなのですが、その額が“かなり多い”こと」
「そして極め付きは、この前、姉上が“誘拐”してきた鍛冶師の男が、『“神の使い”に見出された』という、意味不明な供述をしていることです」
「そもそもこの鍛冶師、報告書には、“ヴァルデンの息のかかっていない者”を使って調査させた際に発見し、招集してきたとありましたが、その調査を行った者全員から話を聞いた結果、彼と面識のある人物は“誰一人として存在していません”でした」
「これらを全て行えるのは、姉上だけだと考えられます」
よくまあ、そこまで調べたものねと内心感心しながらも、私は肩をすくめて返す。
「不審者は、どの供述でも“男”と言っているじゃない」
「それに、単独犯ではなく複数犯である可能性の方が高いんじゃないかしら」
「例えば、教会の連中が支持を集めようとしているとか、そういう線も考えられるわ」
と、あくまでもしらばっくれて反論したが――
「……教会はその“奇跡”を、自身たちの崇める神によるものと主張していたようですが……」
「その演説中に“不審者の男”が乱入し、その場で奇跡を起こし、大衆の面前で“教会の神の仕業ではない”と否定したという報告が上がっています」
そう言って、レオは束ねられた書類から一枚をつまみ、ぺらりと指先で揺らしてみせた。
『あの時のマティルダは派手に動いていたもんね。教会の人を完全論破した挙句に、大魔法を使って周囲の天気を変えちゃうんだもの。絶対にあそこまでする必要はなかったよ……うん』
いや、その時はリカもノリノリだったのだが。
民の不安を煽り、そこから寄付を搾り取るという教会のやり方がリカには気に食わなかったらしく、
教会の連中を論破するときも、やたらと好意的にテンション高く反応していたのだ。
まあ、色々とあった挙句、教会の連中もそれなりに心を入れ替えたようで、
最終的には全て丸く収まったのだが――
「その騒動の際に、“天候操作”の魔法が使われた形跡があります。それも超広範囲で」
「そんな芸当ができるのは、姉上を除いて他にいません」
「天候が変わったのは、偶然かもしれないじゃない」
「いいえ、姉上」
レオは、淡々と、しかし一切の逃げ道を許さない声音で続ける。
「天候は“気まぐれ”なものと思われがちですが、全て“因果関係”があって生じているものです。そのため大体の予測は可能であり、“こんな変動はあり得ない”というのは、すでに科学的に分析されています」
「その場にいた者たちの証言と、当時の気象観測の記録を照らし合わせると……第三者の介入があったことは“絶対”に間違いありません」
天気のことが科学的に解析され始めたのはごく最近のことだが、
その知識もレオは当然のような顔で口にする。
勉強熱心なのは感心するが、このまま問い詰められると、さすがにボロが出かねない。
(……話題を変えるとするか)
「よく“天気のこと”を勉強しているじゃない。さすがだわ」
「ちなみに、学者連中の話だと今日の予測では、この後もずっと雪が降るそうね」
「だから、あなたの“大好きな焼き鳥”を買いに行けなくて残念ね」
「……どこからそれを」
「市中で有名になっているそうよ。あなたがよく焼き鳥を“買い食い”しているって」
「“食べ歩き”もしているそうね」
「……屋台料理のアピールのためです」
「であれば、今後は焼き鳥以外も、あなたの食べ歩きのメニューに入れて頂戴ね」
「……善処します」
「それに、“ファンクラブ?”とかいう怪しい女性集団が、あなたをストーカーしているとも聞いたわ」
「そんな連中に対しても、あなたは礼節を保って接しているそうね」
「無下にするのは気が引けますし、なにより――ある程度の礼節を保つことは、相手に対して“こちらに一歩も踏み込ませない”ということにも繋がります」
「……それに、そういった扱いに慣れてしまったというのもありますね」
「なんか詭弁に聞こえるわね」
「アルテナ王女という本命がいながら、他の女の子にも優しいって、少し問題があるのではないかしら」
「浮気は良くないわよ」
そう意地悪い笑顔を作って問うと、
「…………アルテナ様ですか―――――」
と、どこか口を濁すレオに、
「なに? なにかトラブルがあったの?」
と問いかけると、レオは少しだけ肩を落とし、観念したように口を開いた。
「いや、トラブルではないんですけどね……」
「……なんというか―――」
と、レオはアルテナとの最近の出来事を語り始めた。
色々な偶然が重なった結果、あからさまに好かれてしまい、正直困っているレオは、
何とかしてアルテナの興味を他のところに持っていこうと画策した。
そのため、まずアルテナの現状を調べさせたのだが――
そこで判明したのは、“王女とは思えない待遇”だった。
・一日のほとんどを自室で過ごし、公務以外では許可なく出歩くことを制限されて いる軟禁状態であること。
・面会者も制限されており、特定の相手としか面会ができないこと。
・国費も、幼いということを差し引いても、他の兄弟より極端に少なく設定されていること。
・最低限の教育しか受けていないこと。
レオに会いに来ることが許されているのは、「婚約者候補との面会」という名目で、
特別に許可されている側面もあるらしい。
そういった背景のあるアルテナを、レオは少し不憫に思い、
周りの貴族と結託して、王女の待遇改善を王に訴えることにしたのだ。
当初は、周囲の“仲の良い貴族”や“傀儡貴族”だけを巻き込んで、
静かに、ヴァルデンの名前は出しつつも、半ば“内部告発”のような形で進めるつもりだったらしい。
だが、その少し前――。
そんなことが起こっているとは露知らず、
私は周辺貴族に対して「今年の利息支払い金額を大幅に抑え、再建案を提示する」という“恩を売る”政策を打ち出していた。
今、ヴァルデン家に借金をしている貴族は多く、このままでは破産してしまう家も珍しくなかったための措置ではあったが、その恩はあまりにも大きかった。
そのヴァルデン家からの恩を、“利息の少ないうちに返しておきたい”と考えた貴族たちが、
何処からともなく現れてはレオの訴えに対して、想定以上の規模で賛同や協力をしてしまい大事になったのだという。
「……本来は、私の名前は表に出さずに、半ば匿名の密告のような形で、アルテナ様の待遇改善を行うつもりだったのですが」
レオは、心底疲れ切ったような顔で言った。
「こうも話が大きくなってしまった以上、私が“表に立つ”必要が出てしまいましてね」
国内貴族の過半数が訴えた形式となり
その結果、アルテナの待遇改善は、驚くほどの早さで実現したのだが――
その“構図”を外から見ると、
半ば幽閉されていたアルテナを、レオが“大多数の貴族を従えて救い出した”という、
きわめてドラマチックな英雄譚となってしまった。
「…………もう、アルテナ様からの好意が凄いことになってしまいましてね」
毎日手紙が届くことに加えて、隙を見ては会いに来るし、
用があって王城を訪れた際には、レオにべったりとくっつき、離れなかったのだという。
『アルテナ様とレオ様、年齢は結構離れてるけど、確かにちょっとお似合いかもね』
『あっ! でも、レオ様は聖女様とくっついてもらわないと……。でもアルテナ様も良い子だったしなあ……引き離すのは可哀そうだしなあ……』
と、リカは唸っていた。
「そのアルテナ様の熱にあてられたかのように、他の令嬢からのアプローチも、最近は“なりふり構わない”ものになってきてましてね」
「周囲から好意の視線を送られるだけで、実害さえなければ、もうあまり気にならなくなってしまいましたよ」
「こんなにモテる男を好きになってしまったアルテナ様は、ライバルが多くて大変ね」
「……姉上、今の私の状況を、少し楽しんでいませんか?」
「誰が、あなたの“大盾に守られた鉄壁の心”を射止めることが出来るかは、非常に興味があるわね」
「あまりにも難攻不落で、”この私”でもその防御は突き崩せそうには無いわね」
そう笑顔を向けると、レオは一瞬だけ目を伏せた。
レオは“ゲーム上”では、好感度が上がりにくいタイプだそうだ。
攻略には、高い積極性が求められる――とリカは言っていた。
そこだけ切り取って考えるなら、アルテナは、かなりレオを攻略できそうではあるのだが、
当のレオからは、アルテナに対して“好感度が上がっている様子”は一ミリも感じられない。
(リカの言う“攻略情報”は、聖女様特有のものなのかしら)
そんなことを考えている私の顔を、レオはじっと見つめ――
大きくひとつ、ため息をついたあとで。
「……そうですね、“新しく始める”というのも、ありなのかもしれませんね」
と、少し切なげに呟いた。
なぜかちょっぴり落ち込んでしまったレオに対して、私は話題を切り替える。
「“新しく始める”で思い出したけれども、この後、工業機械と港と工場の視察があるから、あなたもついて来なさい」
「工業機械? それはどういうものですか」
少しきょとんとするレオに対し、
「工学的な動力を基に、製品を量産する“カラクリ”といったところよ。まあ、見た方が早いわ」
と、視察予定の場所に印をつけた地図を指さす。
「しかし、外は大雪ですし、日を改めた方がいいのではないでしょうか」
もっともな指摘をするレオに対し、私は指をひとつ鳴らし――大魔法を発動させた。
窓の向こう、灰色に垂れ込めていた雪雲が、見る間に千切れていき、
代わりに、冬にしては眩しいほどの青空が顔を出す。
「私の天気予報では、この後はずっと晴れよ」
「…………はあ」
レオは、こめかみを押さえるように小さく息を吐き、
「分かりました。出立の準備をしますよ」
と、レオは少し呆れたように呟いた。




