有刺鉄線
そこで語るのをやめた鍛冶師に対し、私は口を開いた。
「それで――今のような、“新米冒険者向けに良いものを安く売る”ことを始めた、というわけかな」
「……まあ、そういうことだ」
鍛冶師は、少し気恥ずかしそうに頭をかく。
「あいつもそうだが、この店に通ってる連中が、急に来なくなっちまうことは多い」
「大抵は“冒険者稼業が怖くなったから辞めた”ってのが理由だがな」
「……中には、“大怪我”や、今みてえな話もあってだな」
「だから、俺は――」
彼は拳をぎゅっと握り締め、はっきりと言い切った。
「“新米冒険者が、防げた事故で死なねえようにしてえ”」
「それが、今の俺の“信念”よ!」
その言葉は、狭い工房の中にやたらと大きく響き、
それに共鳴するように、壁に立てかけられた金属片や、彼の相棒の装置も、かすかに震えた。
(……やっぱりこの体内の魔力の流れといい、腕といい志といい、“天才の部類”ね)
彼は、鍛冶師としては間違いなく「天才」なのだろう。
だが、その天才性は“器用さ”や“技量”の比重が大きく、
膂力に欠けるせいで、どうしても「古い価値観の世界」では正当に評価されなかった過去があった。
そんな彼が、自身の鍛冶師として名を上げる道を捨て、
“新米冒険者のために”と意識を切り替えた。
そこには、かなり強い覚悟と決意があるはずだ。
そして、その覚悟と決意を――今、この場で、私に対してはっきりと表明してみせた。
この覚悟に対し
(……どう取り扱おうかしらね)
私は思考を整理する。
新米冒険者向けに“最低限死なない装備”を用意するという理想は、
素直に評価すべきだし、応援・支援する価値がある。
だが――問題は、彼の“相棒”の存在だ。
この機械装置は、明らかに“技術の跳躍”だ。
今はナイフや簡単な部品の量産にとどまっているが、
改良が進めば、「中品質の武具」なら誰でも大量に作れるようになるだろう。
そうなれば、“中堅以下の鍛冶師”の価値は、大きく下がる。
さらに遠い未来。
この技術がさらに洗練され、“魔道具化”や他分野との融合が進めば――
一流の鍛冶師にしか作れなかったレベルの品を、
半自動で量産できるようになる可能性すらある。
ヴァルデン家は、「鍛冶師を特に大事にする政策」を掲げている。
だが、この技術に無制限に投資することは、
その方針と正面からぶつかる“危険な賭け”にもなりかねない。
(“冒険者が死なない”ようにする)
(“この技術の発展をコントロールできるようにする”)
(この両方を成立させるには――どうするべきかしらね)
まずは、探りを入れてみましょうか――そう考え、鍛冶師の目をまっすぐに見た。
「素晴らしい信念だ。称賛に値するよ」
軽く手を叩いてから、私は続けた。
「だが、三つだけ確認したいことがある」
「まず一つ目。君は、“鍛冶師として名を馳せる”という夢は捨てたのかな?」
「きれいさっぱり捨てたわけじゃないが……」
彼は少し視線を落とし、それから正直に答える。
「それよりも“優先すること”が出来た、ってところだな」
「二つ目。君の“相棒”――この機械だけど、これは君が一人で作ったものなのかい?」
「ああ、そうだ」
といっても――と、彼は肩をすくめる。
「一から全部作ったわけじゃねえ」
「古くなった“織物機械”を譲り受けて、それを改造して相棒にしたんだ」
「仕組みなんて分かんねえからよ。最初の頃は何度も部品が“爆発”して、大変なことになった」
「あの上の天井の“補修跡”が見えるか?」
そう言って、彼は天井の板で繕われている部分を指さす。
「機械がぶっ壊れたとき、あそこまで破片が飛んでったんだ、修理するのにえらい苦労したもんだ」
(独学で、ここまで作り上げたのね)
と、素直に感心しつつも、冷静な視点は忘れない。
「装置の“安全面”は、今後きちんと考慮する必要があるね」
彼がぽりぽりと頭をかくのを見届けてから、私は三つ目の質問を投げる。
「じゃあ、最後に」
「君は――その“夢”を叶えるために、“誰かの下につく気”はあるかい?」
「!?」
男は目を丸くし、質問の意味を咀嚼するように口をぱくぱくさせた。
「それは、どういう……?」
「いや、簡単な理由さ」
私は少しだけ笑い、言葉を続ける。
「いくら君がこの店で武器や防具を量産したところで――」
「それで“救える命の数”は、限られているということだよ」
そこで一瞬だけ間を置き、あえて柔らかい笑みを浮かべる。
「君の武器を“新米冒険者全員”に届けるには、この店は狭すぎるし」
「なにより――“知名度”が低すぎる」
「どう頑張っても、君ひとりで賄えるのは、“数十人分”が限界だろうね」
それを聞いた鍛冶師は、一瞬だけ眉をひそめた。
怒りとも悔しさともつかない感情が、彼の表情に浮かぶ。
だが、それもほんの一瞬で――すぐに息を吐き、静かに反論を返してきた。
「……だが、“逆”も言えるだろ」
「その数十人は、“確実に救える”ってことだ」
その冷静さに、私は小さく頷く。
「まあ、そうだね」
「でも――君の“相棒”をもっと有効活用すれば、“もっと多く”の冒険者を救えると思うよ」
そう言って、私は機械装置の側へ歩み寄り、その表面を指先で軽く撫でる。
表面には油と煤が凝縮したような汚れがつき、指先がべたつく。
若干の不快感を覚えたが、それを顔に出さないようにしつつ、淡々と告げる。
「それは……どういう意味だ?」
「単純な話だよ」
「“台数”を増やせば、生産数は“倍増”する」
「さらに“改良”していけば、ナイフだけじゃなく、“剣や防具”だって作れるようになる」
「君の相棒は、それが“可能な機械”なんだ」
「そしてそれが実現すれば、“数千・数万”という単位の冒険者に装備を配ることができるだろうね」
私はそこで、にこりと笑顔を作る。
「だからこそ、僕から君に“提案”をしたい」
「“僕の下”で、この相棒を“量産”する気はないかい?」
「……何を言ってんだ。剣や武器じゃなくて、“こいつ”をか?」
鍛冶師は、自分の機械装置を振り返りながら、信じられないと言わんばかりの顔をする。
「ああ。そうだとも」
「そして、作ってくれた暁には――」
「君に“最高の名誉”と、“生涯遊んで暮らせる報酬”を約束しよう」
「そうだ先に、これを渡しておこうか」
訝しげな視線を向けてくる鍛冶師に、私は少し大きめの袋を放ってよこす。
「うおっ、なんだ、いきなり……」
彼は慌ててキャッチし、その重みに目を見開いた。
「……重っ」
「何が入っているんだよ」
ぶつぶつ言いながら袋の口を開けた瞬間――
彼の手が、わなわなと震え始めた。
それは、重さに耐えきれず震えているのではなく。
「……なんだ、これ」
「なんて量の“金貨”と“宝石”が入ってんだよ……」
中身の“価値”を理解したがゆえの震えだった。
「それは、前金だ。受け取ってくれ」
「……俺はまだ“やる”って言ってねえぞ」
「それに俺は、“金じゃ動かねえ”!」
そう言って彼が袋を投げ返そうとした瞬間、私は軽く指を鳴らし、その動きを魔法で止める。
「!?」
「また、体が……動かねえ」
彼は驚愕の表情で自分の腕を見る。
「まあ、落ち着いて聞いてくれって」
私は、あくまで穏やかな声で続ける。
「君のこの発明は、“本当に素晴らしい”ものがあるよ」
「うまくコントロールすれば、人類の技術は飛躍的に進歩する」
「そうすれば、冒険者だけではなく、他の数多の命を救うことになるだろうね」
「それには、途轍もない“名誉”と“報酬”が与えられるだろう」
わざと少し大げさに言ってから、言葉の調子を変える。
「別に、君がやらなくてもいい」
「その場合は、“他の誰か”にやらせるだけだ」
「そのときは、君には“アイデア料”として、いまの前金だけ受け取ってもらおう」
「ただ――僕としては」
「その役割は“君みたいな信念のある人間”に担ってもらいたいところだ」
そこでようやく拘束を解き、私は一歩下がる。
「さて。君の返答を聞こうか」
「…………お、俺は………………」
◇ ◇ ◇
『いやー、あの鍛冶師の人は中々に強敵だったね。あんなに条件面を細かく確認してくるとはビックリしたよ』
すっかり日も落ち、人とほとんどすれ違わない。街灯と店の灯りだけが頼りの帰路で、リカが話しかけてきた。
「そうね。“やります”の一言を引き出してからが、本当に長かったわね」
あの後、鍛冶師の男との交渉は、予想以上に長引いた。
争点はひとつ。
「機械装置を作ること自体は構わないが――
“それで作った良品が、本当に安く、正しく、新米冒険者にまで行き渡るのか”」
という点だった。
今後の商売の流れをしっかりと説明し、
販売計画にも鍛冶師本人を“主体の一人”として組み込むと伝えたのだが――
「どうにも、“人に売ってもらう”ってのが性に合わねえよ」
と、彼は最後まで渋っていたため、最終的に
――彼自身が、ある程度は店頭に立つことを許可する、
というところで、こちら側が折れざるを得なかった。
そこまで意固地になった理由としては、
「使っている冒険者たちから、直接話を聞いて」
「ダメなところを直して、いいところを伸ばしていく」
という姿勢こそが、“武器を扱う鍛冶師にとって非常に重要”だというものだった。
そのためこちらとしては、
本来なら“機械装置作りだけに専念してほしい”ところだったが――
週に数度は店舗に立つ、というところで妥協をした。
(作る装置の“仕様”と“台数”、それを設置する店舗数はこちらで決めるという条件は飲ませたし、なにより”装置の特許”部分はこちら側で抑えることができたから)
(まあ、そのくらいはよしとしておきましょうか)
『でもさ、逃げださないようにって、そのナイフを人質にとることは無かったんじゃないかな』
リカは恐らく、私が握っているナイフに対して言っているのだろう。
これは鍛冶師が腰に下げていた渾身の一振りで、
帰り際に、「これは、人質として預かっておくよ」と言って持ち出してきたのだ。
「代わりに私のナイフを置いてきたから、人質交換といったところよ。それに、私のナイフの方が金額的には遥かに高価だわ」
『鍛冶師の人めっちゃくちゃ困惑して、うろたえてたじゃん』
『大事なものだったんじゃないの?』
「恐らくそうでしょうね」
「だってこれは、握り手の大きさやバランス的に“女性向け”のものだもの」
『なにそれ、あの人も実はマティルダみたいに男装してたの!?』
「……それは有り得ないわね」
「亡くなったという女性冒険者に、プレゼントとして送ろうとしてたものなんでしょ」
『形見として持ってたパターンか。あーだからこのナイフを奪って立ち去る際に』
『「このナイフの本当の持ち主に、君の覚悟を伝えてくるよ」って、なんか変な役者的なセリフを吐いて、魔法使って消えるように退店したんだ』
「しょうがないじゃない」
「店の外には人だかりが出来ていたから静かに去る必要があったのと、次に彼と会う時に、この変装中の姿で会うわけにいかないから、“あの時話した人の関係者”と思わせる証拠が必要だったのよ」
「なにより、この今の姿の男の正体を誤魔化すには、もってこいだったというのもあるわね」
『はえー、交渉で粘ってきたから、意趣返しとしてからかったわけじゃないんだ」
「てっきり孤児の子供達と同じノリで、鍛冶師に”変な夢”を与えるためにやったのかと思ったよ』
『「君の大事な人から頼まれて、死後の世界からやってきました」って感じでね』
「なんなのそれは」
「……あなたの思考回路は本当によく分からないわね」
小さくため息をを吐き
「遅くなったし、さっさと帰るわよ」
と私は歩くペースを早める
『まあ、ここまで遅くなったのは、マティルダが“有刺鉄線”の説明してたせいもあるけどね』
「いいじゃない、その結果、有刺鉄線は“機械装置で作ると”、恐ろしい効率で生産できることが分かったんだから」
交渉が一通りまとまったあと、
余談として“有刺鉄線”の特徴と構造を、絵に描いて説明してみた。
すると、鍛冶師はあっさりと、
「それなら“今の相棒”でも作れるぞ」
と言い、即座に試作品の製作に取りかかったのだ。
結果として――
あっという間に、針状の突起が等間隔に突き出した鉄線が、
“気持ちのいいスピード”で機械から吐き出されていった。
(たしか、元は“機織り用の機械”を改造して相棒を作ったとか言っていたわね)
得意分野だったのだろう。
あっという間に、“一区画をまるまる囲える”だけの有刺鉄線が完成してしまった。
『なんか凄かったよね』
『いかつい見た目の有刺鉄線が、スルスルって機械から出てきたの、ちょっと感動したもん』
『ホント、凄い機械だったよね』
「確かに、そうね」
「私の相棒と違って、彼の相棒は”とても優秀”で、正直羨ましいと思ったわね」
そう言い、私はリカ本体である指輪を撫でる。
『……いや、私のことを相棒扱いしてくれているのは嬉しいけど、ポンコツと言われているようでなんか腹立つな』
『私だって凄い所は一杯あるんだからね!』
『………………多分』
私はそれを聞き、静かにふっと白い息をひとつ吐いた




