有刺鉄線
鍛冶師の彼が語ろうとした瞬間、今まで空運転をしていた機械装置が、
まるで空気を読んだかのように、その動作をぴたりと止めた。
油と鉄の匂いだけが残り、工房は一気に静けさを取り戻した気がする。
「……長い昔話になるが、いいか?」
「ああ、構わない。できるだけ詳しく教えてほしい」
そう促すと、彼は大きく息を吸い込み、どこか遠くを見るような目で語り始めた。
「……俺は、“家出同然”で実家を飛び出したんだ」
彼は、代々続く“他領の名門・鍛冶一族”の長男として生まれたのだという。
十分な鍛冶の才能があり、
周囲の環境にも恵まれていて、若くしてその才を開花させた。
――が、一つだけ“致命的な欠点”があった。
「俺には、“力がねえ”んだ」
鍛冶仕事では、繊細さが何よりも重要だ。
だが同時に、重い槌を何度も振るい続ける“膂力”も求められる。
彼も当然、それを補おうと努力した。
筋力トレーニングや、食事による増量。
できることはすべてやってみたらしいが――
「腕は、“今の太さ”から、一向に太くならなかった」
『成長限界だったのかな。それ以上は何やっても育たないってやつ』
リカのぼそっとした推測に、私は心の中でだけ頷く。
だからこそ、彼は“大剣”や“盾”、“甲冑”のような“大物”を作る際、
どうしても満足のいく出来にたどり着けず、悔しい思いをしてきた。
そんな彼に追い打ちをかけるように――彼の家には「後継者選び」の儀式があった。
後継候補が全員成人したタイミングで、
“同じ課題の武具”を作らせ、その出来栄えによって次期当主を決める、というものだ。
そして、彼の代の課題は、よりにもよって“大剣”だった。
「後継者になりてえって気持ちは、正直そこまで強くはなかったんだがな」
「それでも、“わざわざ俺が一番苦手なもん”を課題にしてくる家が、どうにも許せなくてよ」
彼は、奥歯を噛み締めるようにしながら続ける。
「だから本気で取り組んだ」
「自分の力じゃ足りねえのは分かってたから――“別のやり方”を必死に探した」
その試行錯誤の中で、彼は“今の機械装置の原型”となるものに出会った。
それは、もともと別の用途――おそらく織物や製紙で使われていた機構を、
鍛冶の工程に転用したものだったらしい。
それで自分の力を補いながら、大剣を鍛え上げた結果――
「出来上がった一振りは、“他の兄弟の作品を完全に凌駕してた”」
周囲の反応も上々だった。
家の職人たちは皆、その出来を褒めたたえ、
親族たちも「これで次期当主は決まりだな」と囁き合うほどだった。
だが。
「後継者に選ばれたのは、“弟”だったんだ」
彼は苦々しげに笑う。
当然、「なぜだ」と抗議した。
すると父は、こう言い放ったのだという。
「“お前の力で作ったものではないからだ”」
ただ一点、その理由だけを、何度も繰り返された。
さらに追い打ちをかけるように、父は「今後、こういったカラクリの使用は禁止する」と宣言し――
彼の装置を、その場で破壊した。
「それ見てよ。俺は“キレた”」
彼は、握りこぶしをぐっと握りしめた。
「“見返してやる”って思ったんだ」
「“俺のやり方”が間違ってねえって、証明してやるってな」
そうして彼は、家を飛び出した。
最高峰の職人が集まるヴァルデン領で名を上げ――
いつか実家に、“自分の名を刻んだ武器”が逆輸入されるくらいに有名になってやる。
「最初は、“すぐに有名になれる”って本気で思ってたんだがよ……」
「現実は、そんなに甘くなかった」
ヴァルデンの鍛冶職人たちは総じて“ハイレベル”であり、
彼の実力以上の職人がひしめき合い、しのぎを削っている。
その中で頭角を現すのは、想像以上に至難の業だったという。
「なんとか雇ってもらえた鍛冶屋で修行して、ようやっと“独り立ちできるくらいの金”を貯めてよ」
「この店を構えたわけだが――」
有名冒険者や大商人は、皆“贔屓の鍛冶屋”を持っている。
そういった上客は、そちらへ流れていくため、
この店で売れるのは、鍋や包丁など“日用品ばかり”で肝心な武器や防具は殆ど売れなかった。
「だからいっそ鍛冶屋じゃなくて、“金物屋”になっちまおうかって、本気で考えてたこともあってな」
ちょうどそんな時――一人の新米冒険者が、彼の店へと“元気よく”飛び込んできたそうだ。
「店に入るなり、『あの店の前に飾ってあるナイフを、私に売ってください!』って、鼻息荒く頭下げてきてよ」
話を聞けば、「一目惚れした」のだという。
そのナイフを買うために、
節約して、余計なものを一切買わず、必死に貯金して――
「ようやっと“目標金額”が溜まったから、一目散に駆け込んできた、ってな」
彼女にナイフを渡すと、宝物を扱うようにそれを眺め、
心の底から感激した様子で「すごい」「こんなの初めて見た」と何度も何度も褒めた。
「久々に、“鍛冶師として”褒められたんだよ」
その瞬間のことを思い出したのか、鍛冶師は少しだけ目を細める。
「だからそのときは、“おおまけした値段”で、そいつにナイフを譲った」
その女冒険者は、それからも金が貯まるたびに店を訪れ、
何かしらの装備を追加で買っていった。
自然と話す機会も増えていく。
しかし――
「そいつが買うのは、いつも“武器ばっかり”でな」
「防具は、いつも“貧弱なまんま”だった」
「防具もちゃんと揃えろって、何回も言ったんだがよ」
「“金欠なんですよー”って笑って、ごまかしちまってたんだ」
そんな彼女が、ようやく“新米と呼ばれなくなった”ころのこと。
◇ ◇ ◇
「なに? “オーダーメイドの防具”を作ってほしいだあ?」
「寝言は寝て言え。D級の未熟者が着る代物じゃねえよ」
昼下がりの店内は相変わらずがらんとしているが、
こいつがいるときだけは、いつも騒がしい。
「いや、私もそろそろ着てみたいんです、オーダーメイドの装備が」
「他に着ている人がいない、自分専用のものって、なんか格好いいじゃないですか」
と、満面の笑みでそう言ってくる。
ったく、こいつは、たまにとんでもないことをいきなり言いやがる――
と思いつつも、肩をすくめながら。
「外に吊るしてある防具から選べ」
「俺の防具なんて着てる奴はほとんどいねえんだから、実質“専用防具”みてえなもんだろ」
自虐混じりにそう言うと、彼女はすかさず食いついてくる。
「またまた~」
「最近は、若い冒険者が、結構この店に通っているのを私は知ってるんですからね」
「あーあ、前まではほぼ“私だけの専門店”みたいだったのに」
「それがすっかり変わってしまってショックです」
「よく言えば、この店も“私と一緒に成長している”ってことですかね」
「お前と一緒にすんじゃねえよ」
「俺は鍛冶業界じゃ“ベテラン”って言っても過言じゃねえんだぞ」
「腕も実力も、それなりのモンがある」
一流って言い切れねえのは、少し悲しいがな、と心の中で付け足す。
「たしかに、“切れ味抜群で刃こぼれしない”って評判ですもんね」
「“主婦の間”では、ね」
ニヤニヤ笑いながらそう言ってくる。
「……はあ」
大きなため息をひとつつきながらも、
「ったく。なんで“専用の防具”が必要なんだ?」
「お前、この前まで『攻撃なんて避ければいいんです! 防具なんて重いし、動きにくくなるし、なによりオシャレじゃないですー』って言ってたじゃねえか」
「“憧れの冒険者たちは皆、“専用装備”を持ってるんです」
「だから、私もどーしても専用の装備が欲しくて――」
「ちゃんと、お金は準備しましたからね」
そう言って、じゃらり、と音を立てる袋をカウンターに置く。
「……こんだけ金あんなら、外にある防具買って、オーダーメイドの“武器とポーション”買ったほうがいいと思うがな」
「いいえ、これは“専用防具”のために頑張って貯めたお金です」
「それ以外の用途には、使うつもりありません」
「俺は、お前のこと思って言ってるんだがな」
「口説いたってダメですよ」
彼女は、したり顔で胸を張る。
「私の“意思と貞操”は、大盾みたいにめちゃくちゃ硬いんですからね」
「………………こんな隙を見せてるの、貴方だけなんですからね(小声)」
(めんどくせえんだよな、こいつは)
一回言い出すと絶対に聞かない性格をよく知っている俺は、
内心でため息をつきながらも、袋の中身を確認し、
「……はあ。しゃあねえな」
「じゃあ、早速、“今着てる防具”を脱いでもらおうか」
「!?」
「ええっ! それって……」
彼女は頬を赤くし、もじもじと視線を泳がせる。
「まだ昼ですよ。それに、誰もいないとは言え人が来るかもしれない店内で」
「…………そもそも、こういうのって順序があるんじゃ――」
「まずはお互いのこと、もう少し知ってからでも遅くないといいますか……」
「???」
「防具作るのに“採寸したいから脱げ”って言ってるんだが」
「なんで“互いのことを知る必要”があるんだ」
(こいつにはナイフを作る過程は見せたことはあるが、
防具を作る姿は見せたことなかったな)
どの程度の腕前かをもっと知りたいということなのであろうか。
「…………採寸、ですか……」
彼女は小さく咳払いをして、ぷいっと顔をそらす。
「変な勘違いさせないでくださいよ、もう!」
防具を作ってやる、と言ったのに、
なぜか、どこか少しショックを受けたような表情をしていた。
採寸の最中も、なぜかそわそわと落ち着きがなく、
肩や腰に軽く触れるたびに、過剰に反応したり――
かと思えば、防具の形状を図面に起こしている時には、
「ここはこうして」「ああして」と口を挟んできて、やたらとうるさい。
(まあ、いつものこいつだな)
なんとか全ての設計が終わり、鍛冶師は図面を丸めながら告げた。
「急ぎ、作ってやるよ」
「引き渡しは、“来週”くらいだな」
「じゃあ、次のクエストが終わったら取りに来ます」
「その頃には私はなんと、“念願のC級冒険者”ですよ」
「そうかい」
「初めて店に来たころは“E級のひよっこ”だったのにな」
「お前も出世したもんだな」
「そうですね」
「来年にはA級になってるかもしれません」
彼女は冗談めかして笑いながら、続ける。
「その時は、“最高のナイフ”を作ってもらいますからね」
「メルティア鉱石をふんだんに使って、装飾にも大量の宝石や魔石を使って――」
「なんでも“大量に使えばいい”ってもんじゃねえよ」
苦笑しながらも、俺は続ける。
「だが――まあ、“そんときゃ、最高の一振りを作ってやるよ”」
「その時はよろしくお願いしますね」
「あと、“私専用防具”、楽しみにしてますからね!」
「はいはい、分かった分かった」
「もう店じまいだから、さっさと出てった」
彼女は、その言葉に背中を押されるように、元気よく店を飛び出していった。
その背中を見送りながら、ぽつりと独り言のように呟いた。
「……さて。人肌脱ぐか」
そう気合を入れ直し、防具作りに取り掛かった。
◇ ◇ ◇
「……あの時の、“楽しみにしてます”ってのが」
「あいつと交わした最後の会話だったな」
工房の中に、再び沈黙が落ちる。
続きは聞かずとも、おおよその結末は想像がつく。
『………………取りに――来られなかったんだね……』
リカの小さな呟きが、妙に重く響いた。
「聞いた話だがな」
鍛冶師は、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「魔獣の“大量発生”の討伐に行ったときに――」
「“そいつらの攻撃を、急所に食らっちまった”らしい」
「……それは、おそらく」
鍛冶師は、工房の奥で埃を被っている女性向けの防具に視線を落とす。
「“まともな防具さえあれば”、命までは落とさずに済んだ一撃だったんだんだ」
(つづく)




