有刺鉄線
店の奥へと足を踏み入れると、外の喧噪が少しだけ遠のいた。
狭い店内には、表に並べきれなかった武器のほか、
作りかけの金属部品や金床、道具類がところ狭しと並んでいる。
(全体的に“小物”ばかり、といった感じね)
彼が作ったと思われる品はどれも小さい。だが、その細工や技術は中々のものがある。
鞭を巻き取りながら店内を見渡していると、
「さっきは、俺らの喧嘩を止めてくれてありがとうな」
男は少しだけ頭をかきながら、不器用に頭を下げてきた。
「……ところで、あんたは一体、何者なんだ」
警戒と好奇心が綯い交ぜになった視線が、私をまじまじと見つめてくる。
『うーん、よく見ると結構なイケメンだね』
『短髪に、ちょっとだけワイルドさに若干の童顔に整えられた髭、細マッチョ系の体型。これはこれで全然アリだね』
店内の品ではなく男の品定めをしてくるリカを無視し、私は彼の腰のあたりを指さした。
「そうだな。それに答える前に――そのナイフを、もう少しよく見せてもらってもいいかな」
「これかい?」
男はそう言って、腰に下げていたナイフを抜いてこちらに見せる。
「手に取って見ても、いいかな」
「ああ、いいぜ。これは、俺の“自信作”だからな」
手渡されたナイフをよく観察する。
(……本当によくできているわね)
使われている金属や鉱石そのものは、そこまで高価なものではない。
だが、適切な等級の素材をいくつか組み合わせ、
そこに彼の技量が加わることで、一本の“非常に質の良いナイフ”へと昇華しているのだろう。
(素材単体としては“二流どまり”だけれど――)
(仕上がりとしては、“一流”と言って差し支えないわね)
ナイフとしての等級は、おそらく“S”。
ただし見た目が地味で高級感に乏しいため、市場では“高値で売れないタイプ”でもある。
そんなことを考えていると、リカが口を開いた。
『なんか、シュッとしたナイフだね』
『宝石とか鉱石があんまり使われてない感じだし、等級はそんな高くないんじゃないかな?』
見た目至上主義のリカらしい感想だ。
「職人の技が光る実にいいナイフだ。これは“君一人”で作ったのかい?」
「ああ、そうだ。細部までこだわって作ったんだ」
胸を張る鍛冶師に、私は疑問をぶつける。
「だけど、店の前に並んでいたナイフと、作りが全然違うね。外に並んでいるやつは弟子が作ったのかな」
彼は少しだけ言いよどんでから、付け足した。
「いや、この店は俺一人で切り盛りしているからな。並んでるのも全部、俺が作ったもので間違いはない」
「まあ、“製作者が一人”って言うと、少しだけ語弊があるかもな」
「どういう意味だい?」
「なんていうのかな、相棒っていうか……うーん」
彼は苦笑しながら言葉を濁したあと、こちらを見てニヤリとする。
「あんたは、“モノの価値”が分かってる人間だからな」
「そうだな、さっきの礼もかねて――特別に、“俺の相棒”を見せてやるよ」
そう言って、店のさらに奥にある工房へと手招きする。
「ついてきな!」
案内されるまま奥へ進むと、そこは素材や工具でごちゃごちゃとしていたが、
その中にひときわ目を引く“異質なオブジェクト”が鎮座していた。
「これが、俺の相棒だ」
男が指さす先には、見慣れない“機械装置”のようなものがあった。
金属のフレームと、大小様々な歯車。
油のような液体が詰められたタンクからは、独特の匂いが工房内に充満している。
構造上、中央に据えられた“大きな槌”が上下に動作する仕組みらしい――
だが、どのような動きで、どの程度の力を出すのかは、一目では判断できない。
『うわー! なんか“手作りの機械装置”って感じだね』
『プレス機っぽいけど、どう動くか全然予想できないな』
「プレス機?」
小声で問いかけると、リカがすぐに補足を入れてくる。
『うーんとね。油圧……工学的な仕組みで“圧力”をコントロールして、
“押しつぶすように動作する”機構の機械のことだよ』
『人間の力とは比べ物にならないくらいの圧力を、一点にかけられるカラクリ――って言えばいいかな』
なるほど。
(つまり――あの槌が“押しつぶすように”対象に力を加えるわけね)
私は男の方へ向き直る。
「なるほど。そのカラクリが、君の“力仕事”を手伝ってくれている、というわけかい?」
「!?」
男は、一瞬で“図星を刺された顔”になった。
「あんた、本当に何者なんだい」
「このカラクリの“正体”を、一発で見抜くとは」
私の顔を、信じられないものを見るような目で、鍛冶師はまじまじと見つめてきた。
「まあ、こういうものだよ」
私は懐から、小さな徽章を取り出して見せる。
そこには、ヴァルデン家の紋章が刻まれていた。
「!!!」
「ヴ、ヴァ、ヴァルデン家の方でしたか……!」
鍛冶師は一瞬で顔色を変え、慌てて頭を下げてきた。
「今までのご無礼――どうか、お許しください!」
「そんなに畏まらなくていい」
私は軽く手を振って、彼の姿勢を制す。
「視察に来たわけじゃない。あくまでも“プライベート”で来たんだ」
「こんな俺のところに、わざわざ来てくださるなんて……ありがとうございます」
さっきまでのガラの悪さはどこへやら、
今はすっかり“礼儀正しい職人”の顔になっている。
『うわ、ヴァルデンの名前を出したら態度が急変したんだけど』
『なにこれ、またなんか圧政をしてる感じなの!?』
「その逆よ」
思わず、小声でツッコミを入れてしまう。
ヴァルデン家は、“鍛冶師”を特に大事にしている。
金銭面の援助や技術交流、場合によっては優秀な人材の派遣など、支援は惜しまない。
その結果、鍛冶師たちから一定の敬意を持たれている――だからこその、この反応なのだ。
しかしだ、
(……少し、やりづらいわね)
今は変装中の身でこうも畏まられると、話を聞きだしにくくなる。
せっかくなら、この素の状態に近い鍛冶師から“本音”を聞き出したい。
(少し話の方向を変えてみようかしらね)
そう思い
「そうだな。折角だし――」
私は、工房の奥に置かれた奇妙な装置へ視線をやる。
「この“君の相棒”が動いているところを、実際に見てみたいんだけど。いいかな?」
「ああ!」
鍛冶師は途端に表情を明るくした。
「俺の“自慢の相棒”を、ぜひ見ていってくれ!」
そう言って、彼はテキパキと準備に取りかかる。
油の量を確認し、レバーの位置を調整し、
最後に中央の槌部分の固定を確認すると、こちらを振り返った。
「準備、完了しました」
「危ないから、一応――少し“離れて”見ててほしい、です」
途中から敬語が混ざるあたり、まだ緊張は抜けきっていないようだ。
「分かった。ここから見せてもらうよ」
私は一歩後ろに下がり、装置全体が見渡せる位置に立つ。
鍛冶師はレバーを引き、機構に魔力と油圧を通す。
ごうん、と低い音が工房内に響き、
歯車が一斉に回転を始めた。
カシャン、カシャン――と聞いたことのないリズムの金属音が重なり合い、
中央の槌が、一定のリズムで上下運動を始める。
「これは“すげー強い力”で動いていてな」
鍛冶師は、説明しながら鉄片をひとつ手に取り、槌の下へそっと置いた。
「例えば、この鉄」
槌がゆっくりと降り、
ごつん、と鈍い音が一度鳴っただけで――鉄塊は見事に“平たく”潰れた。
「こうやって、“形を変える”こともできるし」
槌の上下速度を上げると、
今度は打撃のテンポが早まり、ガンガンと鍛えるような動きに切り替わる。
「動きを速くすれば、“叩いて鍛える”こともできる」
「槌の部分を“鋭利な刃”に取り換えれば、“切断”だって可能だし――」
彼は相棒について、嬉々として語り始めた。
その言葉を半分ほど聞いたあたりで、私は小さく頷く。
(……中々に“革新的な発明”ね)
こういう機械装置は、機織りや水車などの分野で使われていることは知っていた。
だが、それをこのような“鍛冶作業”に転用し、
ここまで効率よく力を引き出せるようにしているのは、かなり先進的だ。
驚きと、少しの感心を覚えていると――
「……す、すいません」
鍛冶師が気まずそうに頭をかいた。
「ちょっと、“熱が入りすぎて”語りすぎました」
「いや」
私は首を横に振る。
「君の“相棒”がすごいことは、よく分かったよ」
「そして、これを生み出した“君の発想”も、十分すごい」
「だが――」
私は、槌がまだ上下を続ける機械装置から視線を外し、彼へと向き直る。
「どうして、こんな“優秀な相棒”を、工房の奥に隠すように置かれているんだい?」
「もっと“目立つところ”に置いて、これを売りにしてもいいだろう?」
そう尋ねると、鍛冶師は少しだけ気まずそうに視線を逸らし、
頬をかきながら、ぽつりと漏らした。
「それはな……ですね」
「鍛冶師は、“己の手で槌を振るってなんぼ”の世界――っていう、“信仰”みたいなのがあってですね」
「こういうカラクリに頼るのは、“邪道だ”とか、“魂がこもってない”とか」
「そういうこと言う連中が、結構うるさくてな……」
そう言って、彼は鍛冶師の実情をぽつりぽつりと話しはじめた。
曰く――武器や防具の製作において、「装置だけ」を使って作ることはできない。
結局どこかの工程で、人の手と目と判断が必要になり、
「なんだかんだ言って、“全部手作業”でやったほうが、やっぱり良いモンができるんだよ」
と、彼は肩をすくめる。
だが、完全手作業で一つひとつを仕上げていては、
一本作るのにかかる時間も手間も膨大になり、その分だけ武器や防具は高級品になってしまう。
本当に一流の職人が全霊を込めて作った超高級品――
その性能はたしかに素晴らしいが、
「そういう“とびきりの品”が必要な場面なんて、実際はそんなに多くないんだ」
彼は苦笑しながら続ける。
「大半の冒険者にとっちゃ、そこまでの性能は“宝の持ち腐れ”だしな」
そして何より――
「そういう上物の武器や鎧は、“高すぎて買えねえ”んだよ」
「だから結局、“皮鎧”とか、“安い鉄板の寄せ集め”みてえなのを着て狩りに行くことになる」
「それで、“守りきれない一撃”食らって、腕飛んだり、命落としたりする奴が多いんだ」
私は黙って耳を傾ける。
「だから、俺は――」
「“そこそこ良いもの”を、“新米でも買える値段”で作れねえかって、ずっと考えてたんだ」
「それで、こいつを作った」
鍛冶師は誇らしげに、自分の相棒――機械槌を見上げる。
「こいつがいれば、“ナイフ程度”なら、製作時間は“十分の一”になる」
「量産するには、もってこいってわけだよ……あ、です」
最後だけ慌てて敬語に戻したので、私は小さくため息をつく。
「……無理に敬語を使わないでくれ」
「そっちのほうが、逆に失礼だ。普段通りでいい」
「すまねえ、旦那」
「俺は子どものころから、“槌しか振ってこなかった”からな」
「礼儀とか、言葉遣いとか、そういうのは、さっぱりなんだ」
そうばつの悪そうな笑いを浮かべ、頭を搔きながらかたる彼に対し
私は咳払いをひとつしてから、改めて口を開いた。
「しかし――新米冒険者に、そういう実情があるとはな」
新米冒険者の怪我や落命の多さは、記録としては知っていた。
だがその原因は、単に“力量不足”や“技術不足”、“危険に対する警戒心の薄さ”だとばかり思っていた。
こういう“装備事情”も、裏側にあったとは。
「ああ。なるべく“あいつらでも買える値段”で、少しでもマシなモン作りたくてな」
鍛冶師は、少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
私は、彼が店頭に並べていた量産ナイフと、
先ほど見せてもらった“自信作のナイフ”を、両方手に取って見比べる。
「たしかに――性能には差があるけど」
「“魔獣狩り”程度であれば、その性能差が“生死を分ける”ほどにはならない、というわけだね」
「ああ」
鍛冶師ははっきりと頷く。
「折れずに、皮を裂けて、爪や牙が防げりゃあ、“大抵の冒険者には十分な性能なんだよ”」
「それ以上の性能が必要なのは、“もっと上の人外みてえな”奴らの話だ」
「一番は、そこそこのもんを早く装備させることだ、付けてるのと付けてないじゃ全然違うんだ」
「新米冒険者はどうしても、高級品を買おうと、節約するために今の装備が貧弱なやつが殆どなんだ」
彼は十分な性能の装備を、新米冒険者のでも変える格安で作ろうとしているために、
この謎の装置を作りあげたようであった。
(その理念や信念は中々に良いのだけれども…………一つ引っかかるわね)
「ふむ、実に、素晴らしい信念だね」
「新米冒険者のためにこれ以上にない取り組みであろう」
私は素直にそう評したあと、ふっと真顔になる。
「ただ――ひとつ、気になることがある」
彼の目をじっと見つめながら、問いかける。
「どうして、“こんな素晴らしいナイフを作る腕”がありながら」
「“新米冒険者相手の商売”なんて発想になったんだい?」
「君には自分の腕だけで十分に勝負出来る技量はあるんだろう?」
そう問いかける私の視線を避けるように、鍛冶師は少しだけ目をそらした。
“彼が手作業で仕上げたナイフ”に目を落とす。
その刃は鋭く研がれ、重心やバランス、握り心地まで、完璧と言っていい仕上がりだ。
彼の腕前自体は、すでに“一流”といって過言ではない。
付加価値と、“売り方”さえ理解してしまえば、簡単に“名のある職人”として名を上げることが可能であり、ひと財産は軽く稼げるであろう
なのにも関わらず、儲からない”新米冒険者向けの商売”を彼はしようとしている
(実に不可解な話なのよね)
「…………それは……だな」
彼は一度言葉を切り、大きく息を吐いた。
(つづく)




