鍛冶屋街
目の前には、鞭で拘束して引きずってきた冒険者と鍛冶師。
そして、周囲には人だかりができている。
さっきまで喧嘩の様子を、巻き込まれないよう遠巻きに見ていた連中が、
私が二人をまとめて拘束したことで「安全だ」と判断したらしく、野次馬のように近づいてきた結果だろう。
しかも、女性の冒険者や女商人たちが、
私の顔を見て妙に色めき立っており、そのせいで裏通りとは思えないほどの人数が集まってきてしまっている。
今日は起こすまいと考えていた“大騒ぎ”だ。
(……不幸中の幸いとしては、“目の前の二人が大人しい”ことかしらね)
冒険者の男のほうは、実力差を理解したようで、私に逆らう意志をほぼ失っている。
(この“嗅覚の良さ”、さっきの馬鹿力といい――B級冒険者という称号は、嘘ではないようね)
しだし、だ、
別に、二人の起こした喧嘩を“正義の味方”として成敗したいわけでもない。
少しだけ、鍛冶師に興味が沸いただけなのだが、
まずはこの騒ぎを収拾させる必要がある
(この場合は、“和解”に持っていったほうがいい……のだったかしらね)
そう判断し、私はゆっくりと息を吐く。
「まず、先に言っておこうか」
私は二人を見下ろしながら、穏やかな声で口を開く。
「僕は君たちの喧嘩に対して、“罰”や“制裁”を与えたいわけじゃないんだ」
きょとんとした顔を向けてくる二人に対し、続ける。
「そうだな――君たちの“お互いの認識”が、それぞれ間違っていたから、それを正しただけさ」
「僕には敵意も害意もないから、安心してほしい」
そう言いながら、私は鞭の拘束をゆるめ、魔法で止めていた腕の拘束も解除する。
「……貴方はいったい」
鍛冶師が、まだ少し息を切らしながら小さく問いかけてきたが、私は軽く手を上げて制した。
「まあ、話は最後まで聞いてくれ」
そう言い、場を和ませるように笑ってから、話題を本題へ戻す。
「喧嘩の発端は――このナイフの値段が“高すぎる”って話なんだよね?」
さっきの喧嘩の最中、しれっと魔法で回収しておいたナイフを、私は目の前に掲げて見せる。
「ああ、そうだ」
「こんなちっせえナイフが、“銀貨4枚”のわけないだろ」
「そうかい。このナイフは、その値段なんだね」
私はナイフのバランスと質感を、親指で撫でながら確かめる。
「であれば――このナイフの金額は“間違っている”な」
「やっぱ、そうだろ!」
冒険者の男は、待ってましたとばかりに胸を張った。
「俺の目は“正しかった”んだ!」
その得意げな顔に、私はさらりと事実を教えてあげることにした。
「いや、“その値段は安すぎる”って意味で言ったんだけどね」
「そうだな。銀貨10枚が“相場”といったところかな」
「はあ!? こんなちっせえナイフが、そんな値になるわけねえだろ!」
「使われている金属や、装飾的な意匠から見て等級は“B”」
「使い手のことを考えた“細かい細工”も多い」
「だから、“相場以上”の値段がついてもおかしくない。――実に見事な出来だよ」
「だから言ったろ?」
今度は鍛冶師が、ここぞとばかりに胸を張って冒険者を見やる。
「この“へっぽこ冒険者”には、まだ早い代物なんだってさ」
「そこにも、誤解があるな」
私は、鍛冶師の方にも視線を向ける。
「“彼がB級冒険者である”というのは、間違っていないよ」
「こんな“銀貨4枚も出せないやつ”が、B級のはずないだろ!」
「まあ、“金欠”なのは、間違いないんだろうけどね」
私は冒険者の男に向き直る。
「だけど――それは儲かってないわけではなく、“武器をよく壊すから”だろう?」
視線を向けると、男は気まずそうに頭をかく。
「まあ……よく壊れるってのは、間違いねえな」
「今使ってる剣だって、先週買ったばかりなのに、もうこんなにボロボロになっちまってる」
そう言い、懐からところどころ変形した剣を取り出すと――
「おい、あんた」
鍛冶師がたまらず声を上げる。
「何をどう斬ったら、こう“剣が曲がるように変形”するんだよ」
「普通に、領内の魔獣を狩ってるだけだが?」
「魔獣の肉と皮を斬るのに、“刃こぼれ”や“折れる”ことはあっても――」
「変形なんて、まずしない」
「あんた、“剣をただの硬い棒”か何かと勘違いして、力任せにぶっ叩いてるだろ」
「ああ!? “剣の使い方”くらい、知ってるわ!」
再び雲行きが怪しくなり、二人の間に火花が散りそうになったので、
私はひとつ咳払いをして、口を挟んだ。
「――原因は、“馬鹿力”だね」
「はあ?」
二人同時に、ぽかんとした顔になる。
「剣が“変形するほど”の力で、対象に叩きつけているということだよ」
「力が強いぶん、“叩きつけ運用”のほうが効果的だから、どうしてもああいう壊れ方をするんだろうね」
「その力を活かすなら、本来は“鈍器”か“盾”を使うべきだ」
「だけど、それを買う金は出せない――そんなところかな?」
「出せねえわけじゃねえけどよ」
冒険者は唇を尖らせながら、バツが悪そうに頭をかいた。
「昔使ってたが、直ぐに壊れちまうんだ。ハンマーにしろ盾にしろ、剣よりも高けえから、そんなんつかってたらあっという間に“破産コース”なんだよ」
「だから“安い剣”を、壊れるまで使ったほうが、今の俺には合ってるってことだ」
「どんな馬鹿力してたら、そんな風になるんだよ……」
鍛冶師は、思わずといった風に冒険者へツッコミを入れる。
(そうね。さっきの魔法に対しての“抵抗感”からすると――)
「多分、その鉄の塊くらいなら、簡単に“へし折れる”んじゃないかな」
私は、店先に置かれていた、大きめの鉄のインゴットを指さした。
「んなバカな。あれは“鉄のインゴット”だぞ」
「熱して叩いて、ようやく形が変わる代物だ。素手でどうこうできるもんじゃねえよ」
「彼に“試させて”みてもいいかな?」
「いいけどさあ、無理無理!」
鍛冶師は両手を振って笑い飛ばす。
「そんなこと、できっこないって」
「だってさ」
私は冒険者の方へ向き直る。
「あれを“曲げられるか”やってみてほしい」
「もしそれができたら、僕から“何か報酬”を出そう」
「おう、いいぜ!」
冒険者は即答した。こういう分かりやすい勝負事には、迷いがないらしい。
「力仕事は得意だしな。こんな馬鹿にされっぱなしじゃ、B級の名折れってもんだ」
「俺の力、証明してやるよ!」
そう言って立ち上がると、彼は大きなインゴットを“軽々と”持ち上げた。
『……いや、絶対に一人で持ち上げられるやつじゃないからね、あれ』
リカのツッコミを横耳で聞き流しつつ、私は興味深くその様子を見守る。
冒険者はインゴットを両手でしっかりと抱え込み、
腕と肩と背中に力を込めていく。
ぐぐぐ、と筋肉が軋む音が聞こえてきそうなほど力を入れた瞬間――
彼の前腕に、血管が浮き上がった。
そして、鉄塊のほうも、メキメキと不穏な音を立てて“形を変え始めた”。
その様子を見て、今まで黙っていた観衆がどよめく。
「おいおい、マジかよ」「動いてる……?」「鉄って、あんなふうに手で曲がるのか?」
応援の声が自然と上がりはじめる。
「すげー!」「いいぞ!」「流石B級だ!」
その声に煽られるように、冒険者はさらに力を込めた。
ギシギシと悲鳴をあげる鉄。
やがてインゴットは、まるでゴムのようにぐにゃりと曲がり、
ついには「コキン」と鈍い音を立てて、二つ折りになった。
「………どうよ」
男は息を切らしながらも、どこか誇らしげに胸を張る。
「これが、“B級冒険者の力”ってやつだ」
鍛冶師は、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
観衆からは、ひときわ大きな拍手と歓声が上がった。
「うおおおお!」「やべえ……」「あんなの初めて見た!」
(……いや、これは“B級冒険者”だからってわけではないわね)
私は内心で、静かにツッコミを入れる。
(恐らく、彼はこの“パワー”だけでB級まで上り詰めたのね)
(それ以外の部分――技術や目利き――が全然ダメだから、鍛冶師からは“低ランク”に見えた。
それが誤解の原因で、喧嘩に発展した……といったところかしら)
『うん。この人は、すごい逸材だね』
『でもこのまま剣使わせてたら、武器とお財布が泣くやつだ』
(そうね。武器を“完全消耗品”として扱っているレベルだものね)
観衆のざわめきが少し落ち着くのを待ってから、私は改めて二人に向き直った。
「冒険者の君。お疲れ様。そして――すごい力を見せてくれて、ありがとう」
「あんなの、朝飯前よ」
男は、誇らしげに胸を張る。
その態度からも、自分の“力”にはかなり自信を持っているのだろう。
「さて。報酬を渡す前に、一つだけ確認したいことがあるんだけどさ」
「君たち――お互いの“誤解”は、ちゃんと解けたかな?」
問いかけると、二人は一度顔を見合わせたあと、視線をそらしながら口を開いた。
「……下っ端冒険者扱いして、悪かった」
先に謝ったのは鍛冶師のほうだった。
「俺もだ」
冒険者は鼻を鳴らしつつも、素直に続ける。
「あんたの品を“大したことない”なんて言っちまって、悪かったな」
周囲から、ほっとしたような笑いが漏れる。
「うん。誤解が解けたようでなにより」
私は軽く頷き、それから冒険者に向き直る。
「じゃあ――“報酬”だが」
「後日にはなるけど、君に相応しい武器と“師匠”を君にプレゼントするよ」
「師匠だあ?」
男は、少し怪訝そうな顔をした。
「ああ、そうだ。君は今、“金欠”なんだったね」
「みんなを楽しませてくれたってことで――これも君にあげる」
そう言って、私は金貨が数枚入った小袋を取り出し、男の手のひらに乗せた。
男はすぐさま中を覗き込み、目を剥く。
「えっ、こんなに……!」
「本当に、いいんですかい!?」
冒険者の目は、金貨と同じくらいきらきらと輝いていた。
そしてさっきまでとは打って変わって、あっという間に「慕うべき主」を見つけた犬のような目で、こちらを見てくる。
(……なんとも分かりやすく、そして扱いやすいわね)
「ああ。ただし一つ条件がある」
「“後日、指定した場所に必ず来ること”。それも、この報酬の対価だよ」
「おう、分かった! 約束だ!」
元気よく返事をするのを確認してから、私は今度は鍛冶師へと視線を向ける。
「それと――そっちの君」
「君とは“店の中で”話したいことがある」
鍛冶師のほうを見ながら、そう告げると、彼は小さく頷いたのを確認し、
改めて冒険者の方を向き
「その話をしている間、折角だから君には“門番”をやってもらおうか」
「この店の前で、部外者が入ってこないように見張っていてほしい」
「おう、旦那。お安い御用よ!」
冒険者は、すぐさま胸を叩いて請け負った。
「何人たりとも、この店の敷居はまたがせねえよ!」
「B級冒険者の誇りに懸けてな!!」
「…………頼りにしているよ」
苦笑混じりにそう返しながら、私は鍛冶師に目配せをし、
そのまま店内へと足を踏み入れたのだった。




