鍛冶屋街
――庶民向けビジネスの市場調査のつもりが、
気づけば“自分の影響力の確認”の時間にもなってしまっていたわね、と、
私は苦笑しながら、鍛冶屋街へと向かった。
日はだいぶ落ちており、あと数時間もすれば、あたりは完全に暗くなるだろう。
私は少し歩調を速め、鍛冶屋街の入り口へと辿り着いた。
鍛冶屋街は、メイン通りから一歩踏み込んだだけで、空気ががらりと変わる場所だ。
人の話し声と、金属を打つ槌の音が、そこかしこから響いてくる。
カン、カン、ガンッ――と、硬い音が重なり合い、
まるでこの一帯全体がひとつの巨大な工房になっているようだった。
通りの両側には、煙突の付いた建物が並び、
どの店も“店舗兼工房”という造りになっている。
開け放たれた扉の奥では、裸同然の上半身で汗を流す鍛冶師が、
真っ赤に焼けた鉄塊を金床の上に打ちつけていた。
そのたびに舞い上がる火花が暗がりを照らし、
薄い煙と鉄の匂いと、炭の焦げた匂いが入り混じって、鼻をくすぐる。
店先には、完成した武器や防具が所狭しと並べられている。
壁にずらりと吊るされた剣や槍、
樽の上に無造作に積まれた片手斧、
フックにかけられた鎖帷子や革鎧、
その合間には、鍋やフライパンのような日用品まで混ざっていた。
すでに陽は傾きかけているというのに、客足は衰えていない。
品定めをする者、値切り交渉をする者、試しに素振りをする者、修理を依頼する者――
鍛冶師にしろ冒険者にしろ商人にしろ、彼らはそれぞれ生活がかかっているため、
皆、真剣に交渉や相談をしている。いつ来ても賑やかな場所だ。
だが、今日は頭の中の住人も騒いでいる分、騒音が二倍増しだ。
『うわ、今日だいぶ人が多いところ回ったけど、ここが一番“繁盛”してるね』
『あ! あそこに飾ってある武器、Aランクのやつだよ。一応買っておこうよ』
『あそこに厳重な防犯体制で飾られている防具は、なんと等級Sです』
「あれは男性用のものじゃない」
『聖女様用に買うんじゃないよ。パーティーに所属する“攻略対象”に着せるんだってば』
『装備できる対象多いから買ってよー、ねえ、マティルダ様』
「あんな“二流品”でよければ買うけど? 貴方はそれで満足なのかしら」
『ええ!? ゲーム上の“等級S防具”だよ? 最高品質でしょ、あれ』
「いいえ、あれは“二流どまり”の品ね」
「そもそも――
店に“ああやって飾ってある”時点で、見た目だけいい二流品よ」
「本当に良いものは、あんなふうに“ショーウィンドウに吊るさない”わ」
「一流の品はね。贔屓の客に“裏で”売るか、競売にかけるか――だいたいそのどちらかよ」
『うっそだー。信じられない、是非とも“その証拠”を見せてもらいたいところだね』
「……例えば、このナイフとかが、一流のものね」
私は腰に下げていたケースごと、小ぶりのナイフを手元に持ってくる。
『うわ、なにこれ、すご……』
『目利きできない私でも“良い品”ってことは分かるやつだ、これ』
『てかさ、しれっと私のゲーム知識よりもすごいの出さないでよ』
『マティルダよりも優れたところがなくなったら、私の存在意義なくなっちゃうんだけど』
「……少なくとも今まで、貴方が私を“上回った”どころか、“肩を並べた”ことすら一度たりともないわね」
『絶対にそんなことは……ないはず。人間性とかは私の方が良いはずだし……』
『現代知識というチートもちゃんとあるし…………いや、今まで現代知識で無双している感じはしないんだよなー』
『私、結構、元の世界では優秀なほうだったんだよ? 鉄砲くらいなら原理を説明できるしさ、簡単な便利グッズくらいなら自分で作れるんだよ』
「それ、全部魔法でいいわね。」
『ちきしょー!転生先ガチャでハズレ引いた。なんで、はいこれチートアイテムって渡して、「スゲー」って称賛される展開にならないの』
『現代人っていう”つよつよ特性”にただ乗りして、もっと雑に楽に、褒められたい。自己顕示欲を満たしたい、みんなに必要とされたい』
『もっと、イケメンからチヤホヤされたい』
「…………あなたって、品がないわよね。」
「訂正するわ、品の無さや図々しいしさとか厚かましさとかの部分では、私はあなたに負けているわ」
『はあ?私はかなりのいい子ちゃんなんだけど?成績表は殆どオール5で実にいい生徒だって何度も先生から褒められていたし、運動神経も抜群だったんだからね。』
(本当なのかしら?)
『その反応!絶対、信じてないでしょ!ほんとなんだから、例えばね――』
とリカは自身の過去の話をし始める
(…………騒がしさの部分では、私の完敗ね)
そんなふうに思いつつも、リカを軽く無視しをして、私はメイン通りから外れた“裏通り”へと足を進ませる。
メイン通りの鍛冶屋は、ほぼ全員が“ヴァルデン家の息がかかった連中”であり、
今回のルール上、“頼ってはいけない存在”だ。
となれば――私が探すべきは、こういった少し寂れた通りに、ひっそりと店を構えている鍛冶屋になる。
メイン通りは冒険者や商人、そのほか武器を求める者たちでごった返していたが、
この裏通りにいるのは、いかにも“新人”と思われる若い冒険者や、
くたびれたボロボロ姿の商人、あるいはくすんだ装備のベテランといった顔ぶれが多い。
そういった連中を相手にしているからか、
店頭に並べられている武器や防具も、“品質が悪いもの”がほとんどである。
(――――これは、探すのに苦労しそうね)
私は、店先の商品と、店の奥から聞こえてくる槌音のリズムを聞き比べながら、
一軒ずつ、目を光らせていく。
そうして歩いていると、若い鍛冶師とガタイの良い冒険者との“喧嘩の場面”に出くわした。
「いや、だからさっきから言ってるだろ、その金額おかしいって!」
「表通りの連中より“高い金額”とか、ぼったくるのもいい加減にしろよ!」
「これが“適正価格”だよ。これ以上は、銅貨一枚だってまけられないね」
「たかがナイフ一本が、なんでロングソードより高いんだよ、おかしいだろ?」
「使われてる鉄なんて、量にしたら半分以下のはずだろ? なんでロングソードの倍の金額になるんだよ!」
冒険者はだいぶご立腹のようで、
鍛冶師を責め立てるうちに、息が上がってきている。
「このナイフには、細かい細工をいくつも施してる」
「それに、強度を出すために“ただの鉄”じゃなく、“錬金した金属”を使ってるんだ」
「高くなるのは“当然”だろ」
鍛冶師のほうは、冷静に言い返している。
「お前みたいな“ちんちくりん”で、裏通りに店構える鍛冶師が――」
「“錬金金属”なんて扱えるとは、とても信じられん。虚言を吐くのもいい加減にしろ」
「見ただけで分からないのか?」
「鉄と錬金金属の違いも分からない、その程度の目で“冒険者”なんてやってるから、
こんな“ちんけなナイフの額”で文句を言うんだよ」
そう、冒険者の腰に刺さっている如何にもボロボロという剣をちらりとみて言い放つ
「ああ!? 今、俺のこと“大したことない冒険者”ってバカにしたか?」
「これでも俺は、“B級の冒険者”だぞ!」
「冒険者も“ピンキリ”だからね」
「ただ“お仲間が強いだけ”なんじゃないのかな? 荷物運びでも、強いパーティーに属してれば、その評価になっちゃうからね」
「……てめえ、喧嘩売ってんのか!?」
「その年にもなって、“B級の荷物運び”してるだけの“下っ端冒険者”になんて――」
「たとえ“喧嘩”であっても、売るものなんてないよ」
若い鍛冶師のこの発言は、冒険者の神経を酷く逆なでするものだったのだろう。
怒りに支配された男は、鍛冶師の胸ぐらをつかみかかる
「てめえ、さっきから聞いてりゃ――」
「客に対して“なんて口”きいてやがるんだ!」
「あんたを“客”だなんて、最初から思ってないよ」
「ああ、そうかい」
B級冒険者は、ますます目を血走らせる。
「こいつは、一回“痛い目”に遭わねえと、分かんねえようだな!」
鍛冶師を勢いよく地面に投げ飛ばすように押し倒し、
その上に馬乗りになった。
(冒険者の男――中々の力だけど、“技がなっていない”わね)
(あの筋肉量であれば、もっと簡単に地面に“完全に組み伏せる”ことができたはず)
(それに、鍛冶師の男――なんとも華奢ね。あれで本当に槌を振るっているのかしら)
私がそんなことを考えながらその様子を眺めていると、頭の中からリカの声が飛んできた。
『いや、マティルダさあ、何でただ観察してるの?』
『ここ、“喧嘩を止めに入る”流れでしょ?』
「……なんで止める必要があるのかしら?」
「喧嘩になったのは、どっちも“お互いのプライド”を傷つけ合ったのが原因でしょう」
「一方的に因縁を付けた訳ではないから、それを止める必要性は感じないわね」
『ええ……なにその理屈』
『てか早く止めないと、“流血沙汰”になっちゃうってば!』
騒ぐリカを聞き流しつつ、私は、状況の観察に戻る。
冒険者の男は顔を真っ赤にし、今にも拳を振り下ろしそうな勢いだ。
一方、若い鍛冶師は、胸ぐらを掴まれ、背中を石畳に叩きつけられているが――
まだ意識ははっきりしていて、目も死んでいない。
(反抗する気も、手段も――“まだある”と考えているようね)
注意深く観察すると、
鍛冶師は押し倒された瞬間に懐からナイフを抜いており、その柄をしっかりと握りしめていた。
「――いま、謝れば許してやるよ」
「”無知で身の程知らず”の私を許してくださいって言いながらな!」
「それ、あんたの自己紹介?」
「笑えるんだけど」
「なめんのもいい加減にしろ!!」
そう吐き捨て、男は拳を振り上げ――
そのまま勢いよく、鍛冶師の顔めがけて振り下ろそうとした。
それに対し、鍛冶師もナイフで応戦しようと腕を動かすが、どう見ても間に合わない。
傍から見れば、それは“無駄な抵抗”と言っても過言ではない。
ただ――その無駄な抵抗に使われているナイフは。
(……実に、いい出来ね)
この距離からでは等級までは分からないが、
かなり品質の高いものであることは間違いない。
(当初の予定では、“頃合いを見て憲兵を呼ぶだけ”にするつもりだったけれど――)
(……方針、変えましょうか)
私は静かに魔力を練り上げ、二人の“腕の動きだけ”をピンポイントで止める拘束魔法を行使する。
同時に、手元の鞭をしならせ、両者の“攻撃に使おうとしていた腕”へ絡みつかせて縛り上げ、
完全に私の制御下に置いた。
「「!?」」
突然、腕がぴたりと動かなくなったことで、二人とも驚愕した顔でフリーズする。
そんな二人に向けて、私ははっきりと告げた。
「君たち。――そこまでだ」
何が起こったのか分からず、ただ硬直している二人に声をかける。
先に反応したのは、冒険者のほうだった。
「なんだてめえは!? お前も俺に喧嘩売ってんのか!?」
相変わらず頭に血が昇っているようだが、
自分の腕に鞭がぐるぐる巻きになっていることに気づいたのだろう。
それを力任せに振りほどこうとして――
「!?」
男は全力で腕を動かそうとするが、その腕は一ミリたりとも動かない。
「……嘘だろ!うごかねえ!!何が起きてやがるんだ!!!」
全身の力を振り絞り、顔を真っ赤にさせて無駄な抵抗をするが
「なんで動かなねえんだ、それに“てめえの方向”にも動かねえのはどういう理屈だ」
「………………何が起きていやがるんだ」
冒険者の男は、困惑と恐怖を隠しきれない様子で呻いた。
実際のところ、鞭で拘束しているのではなく、
“魔法で関節と筋肉の動きを止めている”ため、力の向きを変えても振りほどけないのだが――
わざわざ種明かしをする必要はないだろう。
(しかし、なんて馬鹿力なのかしらね。この男のこぶしが当たっていたら、鍛冶師は間違いなく大怪我していたでしょうね)
そう、思考しながら魔力の調整をしていると
一方の鍛冶師の男も、自分の体の異常に気づいたようで、目を見開いて呟いた。
「これは……まさか“魔法”?」
「だけど、こんな離れた距離から、こんな“拘束力”は出ないはず……一体これは」
(いや、二人とも“私”に興味を持ちなさいよ)
と内心で毒づきつつも、彼らにとって“体の自由が利かない”というのは
相当な衝撃だったのだろう。
話を聞かせられる状態にするため、
私は鞭に少しだけ力を込めて、二人の体をこちらへと引き寄せた。
「うおっ!?」「ぬわっ!?」
少し情けない声を上げながら、二人は私の目の前までずるずると引き寄せられてくる。
その様子を見ていた周囲の客たちからは、
「すげえ……」「なんて力なんだ」「あの人、凄くかっこいい……!」
と、どこか黄色い声を含んだざわめきが上がった。
(……完全に“目立って”しまったわね)
これ以上人だかりが増える前に、手短に収束させる必要がある。
「さて。君たち――“話を聞く準備”はできたかな?」
お互いの顔をちらりと確認すると、二人とも小さく頷いた。
冒険者のほうは、どうやら“実力差”を理解したらしく、
さっきまでの剣幕は消え失せているが――代わりに、隙を見て“逃げ出すタイミン
グ”を伺っているのが見え見えだった。
鍛冶師の男は、ただ呆然とした表情でこちらを見ている。
(……少し面倒なことになったわね)
(つづく)




