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唐揚げラーメンのその後


 少女たちを孤児院に送ったため、かなりの道草を食ってしまったが――不思議と、私の中に不快感はなかった。

 むしろ、胸の中には別の感情が渦巻き、妙な“幸福感”すらある。


 この感情は、

 最終的にすべて“綺麗に”ことの収拾ができたからなのか。

 久々に、私の魔法を“神の奇跡”と疑うことなく称賛されたからなのか。

 あるいは、あの少女たちが私の行動に対して“心から喜んでいたから”なのか――


(いったい、なんなのかしらね?)


 鍛冶屋街へと歩きながら、ノクティル領の現状について思案しつつ、

 自分の内側の欲求か感情について自問自答していると、頭の中から声がした。


『マティルダも、その気になればああいうまともな対応ができるんだね』

『それなのに、なんで普段は誰に対しても“高圧的”で、“支配的”なの?』


 リカが、少し不満げに問いかけてくる。


「そっちのほうが“楽”だし、“都合がいい”からよ」

「そもそも私は“ほぼ最上位の身分”なの。ある意味、“役割”と言っても過言ではないわね」


 小声でそう返すと、リカはすぐさま噛みついてきた。


『さっきの女の子たちへの“優しさ”とか“配慮”とか、あれが普段から出せたら、

 マティルダの評価、だいぶ変わると思うんだけどなあ?』


『今みたいな“恐怖の大魔王”みたいな評価じゃなくなるって』

『少なくとも、「マティルダ様に言いつけるよ!!」って叱責のセリフとか

 それ聞いて素直にビビッて従う子は減るんじゃないかな』


 さきほど孤児院で手続きをしている際、遠くで職員が子どもを叱る時に、

 「そんなことしてるとマティルダ様に言いつけますよ!」と宣言していた一幕があった。


「……まあ、あれはあれで」

「“私が良い悪役になって”、子供たちの成長を“間接的に”手助けしている、とも言えるわね」


「そういう“役割”も、民を導くには必要でしょう?」


『そうかなあ……』


『マティルダの頭の良さなら、今みたいな“恐怖路線”をやめて、

 “優しい聖女様”みたいなスタイルでも、十分みんなを導けると思うんだけどな』


「“聖女様”は他にいるんでしょう?」

「その役割は、そっちに任せておきなさい」


『えー、絶対“恐怖で縛る”より、“感謝されて慕われる”ほうがいいと思うけどなあ』


 そんなやり取りをリカとしていると――


 目の前に、やたらと長い人の行列ができているのが見えた。


(ここは……前に視察した“唐揚げラーメンの本店”のある通りね)


 だが、人がぎゅうぎゅう詰めで並んでいるにもかかわらず、

 列は軍隊のようにきっちり整列されており、どこか異様な光景だった。


(なんなの?あれは……)


『うわ、凄っ!! コミケの人気サークル並みじゃん。並んでるのも男の人ばっかでなんか少し異質だ』


 列の様子を遠巻きに眺めていると、そんな私に声をかけてきた人物がいた。


「おう兄ちゃん、“唐揚げラーメン”が食いてえのかい?」

「ここで食う場合は5時間待つことになるぜ。少し歩くが、あっちのでけえ建物の近くにある店であれば1時間待てば食えるぞ」


 くぐもった低い声。振り向くと、そこに立っていたのは――料理ギルドのギルド長だった。


 マティルダとしては面識があるが、今は変装中の“青年”だ。

 初対面を装って対応する。


「いや、食べに来たわけではなく、この“列”が珍しくてね。見ていただけだ」

「しかし、久々にこの城下町に来たら――

 町がすっかり変わっているな」

「何かあったのかい?」


「そうか、兄ちゃんは、“あのお方”のここ最近の改革を知らねえのか」


 ギルド長は、腕を組みながら、どこか感慨深そうに空を見上げた。


「料理改革?」


 あえてすっとぼけて聞くと、


「あのお方が、いつも通り“大規模な改革”を、料理の分野でも、そりゃあもうドカンとやってくれてな」

「それで今じゃ――ヴァルデン領じゃ“外食”がとんでもなく流行ってるわけだ」


 そこから先は、私が以前行った“料理革命”の概要を、

 ギルド長の視点から順を追って説明してくれた。


 斬新かつ画期的な新メニューの開発、料理人の支援、

 場所の整備のために区画ごと工事したことや、価格帯の調整から、最近の軽食の開発まで、

 一通り説明したあと――


「……まあ、あっしもこの改革に巻き込まれて、とんでもないことになったがな」


 と、どこか遠い目をして付け加えた。


「何があったんだ? 詳しく教えてくれないか?」


「あっしは少し前までは“いちがいの串焼き屋”だったんだがよ」

「今じゃ、“料理人ギルドの頭”を頼まれちまってな」


 頭をがしがしと掻きながら、彼は苦笑する。


「全然、器じゃねえってのによ」

「“あのお方に意見できるのは、お前以外にいない”って、周囲に押し切られちまって……」

「レオルド様からも、“ギルド長は貴方以外に考えられない”ってお墨付きまでもらっちまってな」


「でもどうにも、“組織をまとめる”ってのは難しくてよお」


 そこから、ギルド長の愚痴がぽつぽつとこぼれ始めた。


 彼いわく――未経験の人間が“人を管理する”のは、本当に骨が折れるとのことだった。


 何せ、彼らはひとまとめに「料理人」と呼ばれているが、

 料理の種類によって、求められる技術も発想も、ほとんど別業種レベルで違うらしい。


『えー、ゲームだと“料理スキル”でひとくくりだったのに、現実はめんどくさいね』


 とリカは相変わらずズレたことを言っているが、

 人の集団をまとめるというのは本当に面倒なことだ。


 彼曰く束ねるには、“料理人としての腕前”で黙らせるのが一番手っ取り早いのようなのだが――


「最近は、“若手の育成”とか、“ギルドの運営”とかでよお」

「自分が腕を振るう暇が、なかなか取れねえんだ」


 腕を見せつける場が減ると、“口だけの奴”と評されてしまうのも世の常だ。


 さらに追い打ちをかけるように、


「儲かると聞いて、料理人になりたいって奴も急に増えちまってな」

「それに伴ってギルドに所属したいって希望者も、今年の雪みてえにわんさか積もっていくんだ」


 嬉しい悲鳴ではあるが、“まとめ役”の胃には厳しい状況のようだ。


「なかなかに難儀しているようだな」


 私は腕を組み、少し考え込むふりをしながら口を開く。


「いっそ、“何か一つ”に絞って、苦手なことは他の人に任せてみたらどうなんだい?」

「料理に専念するか、育成に専念するか、あるいは運営に専念するか――

 どれかひとつを、自分の“本職”に決めた方がいいんじゃないか?」


 ギルド長は、しばらく黙り込んだ後、かぶりを振った。


「……いや」


「料理も、育成も、ギルドの運営も――“やりたくねえ”わけじゃなく、むしろその逆なんだ」

「なにより、料理ギルドは“今が頑張りどき”で、ここで“ギルドの形”をちゃんと作っておけば――」

「今所属している奴も後で入ってくる奴らも、ちゃんと“飯で食ってける環境”ができるからな」


「あっしとしては、是非ともその礎になりてえんだ!」


「だけど、そんな大役を請け負えるかが、どうも不安でな」


 その目は、苦笑混じりながらも、妙に真っ直ぐだった。


(……本気で、“料理人たちの未来”のことを考えているのね)

(恐らく、彼がギルド長に選任されたのは、“こういうところ”も評価されてのことなのでしょうね)


「あっしにもっと“圧倒的な料理の腕”とか、“学”とか、“カリスマ性”とかがあればいいんだがな」


 何とも切なそうにそう語る横顔を、私はしばらく眺めてから、少しだけ口角を上げた。


「そうだな。なかなか、難しい問題ではあるね」

「すぐに全部を片付けられるのは、“あのお方”くらいのものだろう」


「だけど――貴方は、そのギルド長としての“心意気”をしっかりと持って、ちゃんとあがいている」

「今は、それで十分なんじゃないかな?」


 私の言葉に、ギルド長は少し目を瞬かせる。


「組織をまとめるのは、“腕前”だけでも、“知識”だけでも、“カリスマ”だけでもダメだ」


「いろんな意見や要望を把握して、“線引き”や“決めごと”をしっかりと考える」

「それを実行して、“ダメなところはちゃんと直す”」


「その繰り返しを実行できる“心意気”が、一番大事だ」

「学やカリスマ性なんてものは――その土台の上に、“あとからついてくる”ものさ」


「ほう……」


 ギルド長は、少し感心したようにこちらを見る。


「兄ちゃん、まだ若けえのに“達者”だな」


「なに、貴方と同じく、苦労させられている身だからな」


 そう言って、私は懐から小さな徽章を取り出し、さりげなく見せる。

 それはヴァルデン家の紋章が刻まれた、関係者であることを証明する印だ。


「兄ちゃん、“ヴァルデン家の関係者”だったのか。どおりで良いカッコをしてるわけだ……」


 ギルド長は、私の全身をじろりと眺め、それから笑い混じりに肩をすくめる。


「てっきり、“お忍びの貴族か有力者”が、唐揚げラーメン食いに来たんだと思ってたぜ」


「……そんなに評判になるほど人気なのかい、その料理は」


「人気なんてもんじゃねえぞ。“大人気”だ」


 ギルド長は、少し誇らしげに胸を張る。


「なんてったって、“あのお方がお認めになった料理”だからな」


 そこから先に語られた内容は、正直、耳をふさぎたくなるようなものだった。


 曰く――この唐揚げラーメンは、他領からもわざわざ食べに来る客がいるほどの人気だという。


 冒険者や、この前の祭りに来ていた有力者たちが噂を広めた結果、

 「わざわざ“唐揚げラーメンのために旅をする”」物好きまで出てきているらしい。


 この料理は能力を一時的にアップさせる効果があり

 実際に確認されている効果としては、


・滋養強壮

・体力の向上

・筋力の向上

・魔力の増強


 このあたりは、なんと“事実”としてある程度裏付けが取れてしまっているのだ


 さらに――


・若返り効果

・難病の治療

・古傷の治癒

・持病の改善


 などという、“眉唾ものの健康効果”まで噂として乗っかっている。

 加えて、祝福一杯という、文字通り光り輝く特別の一杯まで存在する


 その結果、「一度は食してみたい」と言って他領からもやってくる者が激増しているのだとか。


 そして何より、この料理は決して薬膳料理ではなく、大衆向けの料理で――


「食いごたえ抜群で腹いっぱいになるし、なにより“とんでもなく旨い”んだわ」


 ギルド長は、心底楽しそうに笑う。


「だから一回食ったら“病みつき”になっちまう」

「リピーターが続出ってわけよ」


 宣伝効果としては、実に優秀だが、

(ここまでは……まあ、報告を受けていて既に知っていた範囲ね)


 と半分聞きながら聞いていると、

 その後に続いたとんでもない一言で、私は思わず素に戻りかけた。


「そしてだな」


「この料理はなんと、“あのお方の好物の料理”でもあるからな」


「えっ!!」


 思わず素の声が出そうになり、私は慌てて咳払いでごまかした。


 たしかに、「美味しい」と皆の前で宣言はした。

 だが――断じて「好物」と言った覚えはない。


「“あのお方”が、唐揚げラーメンを好物、とか。信じられないな」

「ただの噂じゃないのかい?」


 念のため、やんわりと否定しておく。


「あっし的にも、“好物ってのはただの噂”だとは思ってんだがな」

「いろんな所から、その話を聞くもんでよ。あながち“嘘とも言い切れねえ”んだわ」


「ちなみに――」


「レオルド様は、“焼き鳥が大好物”だぜ」

「たまに視察として市中に現れては、焼き鳥を“買い食い”しているぜ。運が良ければそのお姿を見ることが出来るぞ」


(……レオ。あなた、そんなことしてるのね)


 その後、軽く雑談を交えつつ、改めて「今困っていること」を聞き出したところ――


「料理ギルド全体としては、今“食材の欠品”とか、“混雑”とか、“なりたい人が多すぎる”、屋台を開ける場所が少ないとか、いろいろ問題はあるんだがな」

「その中でも、この“唐揚げラーメン”が、ダントツでその問題を抱えている料理なんだわ」


 という、実に何とも返答に困る答えが返ってきた。


 醬油との戦いにようやっと決着が着いたと思ったら、今度は唐揚げラーメンとかいう訳の分からない料理とは長期戦になりそうだ

 と私は小さくため息をつきながらも


「ギルド長の仕事、頑張ってくれ」


 私はそう告げ、軽く会釈をしてから、料理ギルドのギルド長と別れた。


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