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㉟ 現代知識チート再び

 

 少女たちの髪を整えてあげるという一仕事を終え、

 私がゆっくりと伸びをし、周囲を見渡す。


 そこには、互いの髪を触り合ってはしゃぐ小さいほうの子たちと――

 そして、路地一帯に散らばった、私の荷物、粉砕した木箱や瓶の破片。


 これらをいちいちしゃがんで拾い集めるのは面倒だったので、

 軽く指を鳴らして、まとめて魔法で片づけることにした。


 ふわりと荷物や破片が浮かび上がり、私の手元や路地の端へと収まっていく様子を、

 三人の少女たちがじっと見つめていることに気づく。


 なんとも、目を輝かせている。

 その視線の先にあるのは――紙包み。


(そんなに“唐揚げ”が食べたいのかしら?)


 ふと視線と意識を紙包みに向けると、中の唐揚げはまだほんのりと温かい。


『うわ、めっちゃこっちを見つめてる。あの子たちも唐揚げが食べたいんじゃないのかな』

『どうせ食べないんだったら、あの子たちにあげたら』


 リカは、すっかり機嫌を直したようだ。

 さっきまで大激怒して、その直後に号泣していた人物と同一とは思えないほどの切り替えの速さである。


 とはいえ――


(正直、私も処理に困っていたから、彼女たちにあげること自体には異論はないのだけれど)


 その前に、やるべきことがある。


 彼女たちが今後、犯罪を繰り返さないよう、最低限の“教育”をしておかなくてはならない。


「さて、君たち」


 私は、唐揚げの包みを軽く持ち上げて見せながら、三人を見渡す。


「ずいぶん、お腹を空かせているようだね」


「“約束”をしてくれたら、この料理を君たちにあげるよ」


 “料理”という単語に、三人の視線が一斉にこちらへと向く。

 興味と期待が、ありありとその瞳に宿ったのを確認してから、私は続けた。


「その約束とは――“もう二度と、こういった悪いことをしない”ということだ」

「さっきのことや、それまでにしてきたことは――生きるために、仕方なかった部分もあるのだろうから、

 今回は“罪には問わない”ことにする」


「けれど、これから先の人生で、“悪事に頼らないで生きていく”」


「それを、約束できるかな?」


 三人は、しばし黙り込んだ後――

 それぞれ真剣な表情で、小さく、しかしはっきりと頷いた。


「そうかい」


 私は、穏やかに微笑む。


「それを、信じるとしよう」


 そう言って紙包みを開くと、からりと油の香りと、香ばしい匂いが周囲にふわりと広がった。

 私は包みから唐揚げを取り出し、小さい子から順番に差し出すため近づく。


 その瞬間、三人は揃って前に手を出してきた。


 その小さな手は、幼い子どものものにしてはあまりにも傷だらけで、

 寒さのせいか、あかぎれでひび割れている。


 私は、その手にそっと回復魔法をかけ、

 ひび割れた皮膚をなだめてから、紙にくるんだ唐揚げを一人ひとりに渡していった。


 配られた直後、三人は一瞬だけ戸惑っていたが――


 長女が意を決したように、思い切ってかぶりつくと、


「……あったかい。それに――」

「すっごく、おいしい」


 ぽつりと漏らした感想に、妹たちもつられるように唐揚げへ噛みついた。


「めっちゃ、うま……!」

「おいしいよお……!」


 口々に感想を言いながら、夢中になって頬張っている。


 長女は、あまりの美味しさか、あるいは温かさか――

 じわりと目に涙を浮かべ、そして――


 まるで“崇拝対象でも見るような目”で、こちらを見上げてきた。


『…………微笑ましい光景だけどさあ』

『あんなに美味しそうに食べられると、普通に羨ましいんだけど。私も食べたいなあ』


 リカが、心底名残惜しそうな声音でそう告げてきたので、私は小さく肩を竦める。


「あなたは好色なうえに――“食い意地”まで張っているのね」


 そう小さく呟くと、頭の中でリカが『そ、そ、そんなことはない……はず』と小さくうめいたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 食べ終わった少女たちに、これから孤児院で生活してもらうこと――

 そこでは衣食住と安全は保証されているが、その代わり、そこのルールを守らなければならないことを、

 彼女たちにも分かる言葉で丁寧に説明したところ、恐ろしいほど素直に頷いてくれた。


 そのまま近くの孤児院へと彼女たちを案内しようとしたのだが――

 連れ歩くには、いくつか問題があることに気づく。


 私がこういった小さい子を連れ歩く経験がほとんどなく、勝手が分からないというのもそうだが、

 より重要なのは、彼女たちの“見た目”のほうだ。


 服はもともとの素材が悪く、回復魔法ではどうにもならないレベルでボロボロ。

 ところどころ大きく裂け、素肌がのぞいている。


 一方で、回復魔法や清浄魔法を駆使した結果、

 体と髪だけは、つやつやの“見違えるほど”に綺麗になってしまった。


 それに、私ほどではないが、少女たちは“容姿はかなり良いほう”だ。


 そんな子たちを、身なりの良い青年が連れて歩く、というのは――


(……ちょっと、まずいわね)


 どう考えても目立つ。

 変な誤解やトラブルを生む未来しか見えない。


 となれば、目的地へは“魔法で移動”した方がいいだろう。


(念のため、“口止め”もしておいたほうがいいかしらね)


 少女たちの方へ向き直り、私は穏やかに声をかけた。


「今から孤児院に向かうんだけど――」

「ちょっと“秘密の方法”で行かなくちゃいけないんだ」


「ひみつのほうほう?」


 三人がそろって首をかしげる。その仕草は妙に可愛らしい。


「そう。とても、とても“特別な方法”さ」

「誰にも言わないって、約束できるかな?」


「「「うん」」」


 力強い返事を聞いてから、私は改めて認識阻害の魔法をかけた。


 さらに、広めの結界魔法で周囲の安全を確保し、

 この寒さで風を切って進むのは厳しいだろうからと、“気温操作”の魔法も上乗せする。


「え! さむくない。どうして?」


 真ん中の子が目を丸くして尋ねてくるので、私は肩をすくめてみせた。


「ひ・み・つ、さ」


 わざとらしく片目をつぶって笑いかけると、三人ともきょとんとした後、くすっと笑った。


「さあ、準備はできた」

「怖かったら、目をつぶっていてもいいよ」


 そう告げてから、私は飛翔魔術を自分と少女たちに同時にかける。


 足元がふわりと浮き、重力が軽くなったような感覚が全員を包み込む。


「ええ!? ういてる!」

「すごい! そら、とんでる!?」


 興奮したような声が、雪に覆われた路地に響いた。


(本当は、速度を出してさっさと行きたいのだけれど……)


 彼女たちの安全を考えると、どうしても“ゆっくりとした移動”になってしまう。


「じゃあ――目的地まで、行こうか」


 私は高度と速度を微調整しながら、

 少女たちと一緒に、空中遊泳をしつつ孤児院のある方角へと進んでいく。


 その最中――


「すごい……!」

「ゆめみたい……!」

「……お兄さんって…………やっぱり」


 純粋に景色と浮遊感を楽しむ少女たちとは対照的に――


『うわ、これめっちゃいい!』

『空から見る雪景色と街並みとか、完全にインスタ映えだよこれ!』

『あそこ見て、人が集まって何かしてる。あっちはカップルかな? デートかな?』

『マティルダ、もっとゆっくり飛んでよ。これじゃ景色をあんまり堪能できないじゃん!』


 この中で一番の大人であるはずのリカが、一番子供のようにうるさくはしゃぐのであった。


 ◇ ◇ ◇


 孤児院へと着き、受け入れのための手続きを終わらせ、職員に彼女たちを引き渡そうとすると――

 少女たちは不安そうにこちらを見上げてきた。


 一番下の子は、私の袖を掴んで離そうとせず、「いやだ」と小さく愚図り始める始末だった。


(……彼女たちの“信頼を稼ぎすぎた”のが、ここで仇になったわね)


 リカの手前、必要以上に優しくしたのと、

 魔法に対して純粋に喜ぶ姿が可愛くて、つい“サービス”をしすぎた結果――


 短時間とはいえ、彼女たちはすっかり私を“頼れる誰か”として見てしまっているようだ。


 長女ですら、口には出さないものの、

 はっきりと「離れたくない」という態度を取っている。


(…………彼女たちの“勘違い”を、少しだけ利用させてもらうしかないわね)


「ここで、君たちとはお別れだ」


 私は、できるだけ穏やかな声音で告げる。


「残念だけど、僕には“他にもやること”があるからね」

「君たちのような子を、少しでも救ってあげないといけないんだ」


 私が主体となって動く気はそこまでないが、

 実際にヴァルデン家の名義で複数の孤児院を運営している以上、全くの嘘でもない。


 その後も、末っ子は納得せずにごねていたが――

 孤児院の職員はこういった場面にはすっかり慣れているようで、

 あっという間に玩具と言葉で彼女たちをなだめ、上手く取り込んでいった。


「君たちが“良い子”にしていたら――様子を見に来るとしようか」


 私はそう言って、三人の頭を一人ずつ撫でて、別れを告げた。


 もちろん、私自身がわざわざ様子を見に来るつもりはない。


 だが、レオに事情を説明しておけば、彼がそれとなく見てくれるだろうし――

 後日、「良い子にしていたご褒美」として、孤児院経由でプレゼントを届ける程度のことはしてもいいであろう。


(その場合、不公平とならないように、孤児院の子全員に送ってあげる必要があるわね)


 ◇ ◇ ◇


 彼女たちと別れを済ませ、

 扉を閉め、孤児院の外へ出たところで、ふと視線を横に向けると――


 門のすぐ横には、“慈愛の女神”の像が置かれている。


 すべての生命に癒しを与える――とされる女神であり、

 “特に子供を大事にする”と伝承で語られているため、孤児院のモニュメントとして設置したものだが――


『なんかこの像、ちょっとマティルダに似てない?』


 そう、リカの言う通り、

 像の顔立ちは“ほんの少しだけ”、私に似ている。


 像が完成しかけた段階で、父が「マティルダに似せろ」と余計な指示を出したせいだ。


 本当にそっくりだったら、私は躊躇なく取り壊していただろうが、

 似ているのは“雰囲気程度”であり、判断に迷っているうちに設置されてしまった――いわくつきの像である。


 そんな女神像をぼんやりと眺めていた時だった。


「……あの」


 背後から、か細い声がかけられた。


 振り返ると、さっき孤児院に預けたはずの長女が、そこに立っていた。

 早速、孤児院からの“脱走”である。


「早速、君は孤児院からの脱走という“ルール違反”をしたようだね」


 私は、わざと少しだけ意地悪く言ってみせる。


「何か僕からも、なにか“罰”を与えた方がいいのかな?」


 口では注意しながらも、内心では感心していた。


 熟練の暗殺者のように気配が薄く

 あの短時間のうちに職員の目をかいくぐってきたのだ

 ――これは中々に大した芸当だ。


(恐らく、今まで生き延びてこられたのも“この子の手際の良さ”があったから、でしょうね)


「“ばつ”なら、うける……いえ、受けます」


 長女は小さく息を吐いてから、慣れない敬語を使おうとしながら言葉を続ける。


「だから、お兄さん。少しだけ、“私の話”をきいてほしいの、です」


「…………いいよ。君の話を聞くとしよう」


 私は優しく微笑み、続きを促す。


「まずは、妹たちや、私のこと――ありがとうございます」

「本当にありがとうございました」


 そう言い、彼女は深々と頭を下げた。


「君が救われたのは今日まで“熱心に祈ってくれた”ことに対して、気まぐれな女神様が救いの手を差し伸べただけだ」

「だから、僕に対してそこまで恩を感じることはないさ」

「感謝することがあれば後ろの人に言ってくれるかな」


 そう言いながら、女神像を指先すが、

 少女は私に視線を固定したまま


「……私たち、“いろいろなキセキ”を起こしてくれて、ありがとうございます」


 彼女は胸元のペンダントをぎゅっと握りしめながら、そう告げた。


(ああ――彼女たちには“魔法”の知識がほとんどないから)

(私が使った魔法の一つ一つが、そのまま“神秘の奇跡”として受け取られてしまっているのね)


 まあ、その勘違い、少しくらいなら“便乗してあげる”のも悪くない。


「…………そうだな」


「君が“今日のことをずっと秘密にする”ことができたら――」

「女神様に、感謝していたと“僕から伝えておく”よ」


 少し芝居がかった口ぶりでそう言うと、

 彼女はまた、深く、そして今度は先ほどよりも丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます」


 そして、ほんの少しだけ間を置いてから、

 ためらいがちに口を開いた。


「でも……ですが、図々しいお願いもあって……」

「お兄さんに、“知ってもらいたいこと”があり……あるのです」


「なにかな?」


「私は“ノクティル領”から来ました」


 その地名を聞いた瞬間、私はごく僅かに眉を動かした。


「そこには、私のような子たちが、たくさんいて――――――」


 そこから語られたのは、

 彼女の出身地で、現在“魔獣騒動”が活発に起きていること。

 それによって、家や家族を失った人が大勢いること。


 そして、彼女のような孤児も、相当数いるらしいこと――。


 リカの言う“攻略対象”のひとり――セルヴァン=ノクティルの実家領でもあるその地で、

 今、静かに確実に、何かが歪み始めている。


(……ノクティル領ね。よりにもよって、そこが舞台になるとは)


 頭の中で情報を整理していると、

 彼女は両膝を地面に付き、手を祈り合わせるようにして深く頭を垂れた。


「そこにいる私の友達とか仲間も、どうか……どうか、救ってください」


 懇願という声音だった。

 だが、


「たしか、君の“願い”は――“カッコいい人と結婚すること”だったとさっき聞いたけど?」

「そして、僕は“複数の願い”は、聞いてあげられないよ?聞いてあげられるのは一つだけだ」


 私が肩をすくめてそう言うと、

 彼女は拳をぎゅっと握りしめ、かすれ声で続けた。


「私の友達を、救ってください」


「…………私に“生きる術”を教えてくれた子もいるんです」

「妹たちと、仲良くしていた子も、いるんです」


「その自身の願いを捨てる選択に、“後悔”はないのかい?」


「ありません!」


 即答だった。


 この“他領の民を救ってほしい”という願いなど、

 普段の私なら「自領の問題を優先」として、きっぱり突っぱねていただろう。


 だが――


 ・そこが“攻略対象の実家の領地”であるという点

 ・後ろの女神像から妙な視線を背中に感じる点

 ・そして何より、彼女が“自分の願い”よりも、他者の願いを真っ先に掲げたこと


 その全てが、私の中で静かに天秤を動かした。


(……仕方ない。少しだけ、力を貸してあげてもいいかもしれないわね)


 ただし、このまま“はい分かりました”と頷くだけでは、面白くない。


「そうかい。君の願いは、よく分かった」


「けれど――ただ祈っただけで叶えてあげるほど、僕は“お人好し”じゃない」

「そうだな、願いの代償に君に“試練”を与えようか」


「”シレン”……ですか」


「試練は三つ」


「一つは――ここ、“新しいお家”のルールをしっかりと守ること」

「二つ目は、毎日欠かさずに“勉強”をすること」

「そして最後は――」


 ここで一拍置き


「“自分自身の願い”も、大切にすることだ」

「その君の行いを対価に、少しだけ手を貸してあげるとするよ」


「だから、これは君にあげる」


 そう言って、私は鞄から一つの小さな手鏡を取り出し、彼女へと差し出した。


 恐る恐るそれを受け取る彼女に、


「この鏡を使って、毎日自分を磨くといい」

 とだけ告げ、そっと頭を撫でる。


「ありがとうございます。この”オン”絶対に忘れません」


 小さく、だがはっきりとした礼の言葉を背に受け、

 私は後ろ手で手を振りながら孤児院を後にした。



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