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㉞ 現代知識チート再び

 

 私は一つ咳払いをして、口調を“青年風”に切り替え、可愛い犯罪者たちに向き合うことにした。


「さて、君たち。こうして“現行犯”として捕まったわけだが――」

「一応、言い訳を聞こうか」


「なぜこんな犯罪をしたんだい?」


 そう促すと、三人の中で一番年長と思われる少女が口を開いた。

 年の頃は、六~七歳といったところだろうか。


「……ちょろそうな相手だと思ったのに、しくじった」

「……お姉ちゃん、どうしよう」


 どうやら、彼女たちは姉弟きょうだいのようだ。


 長女らしき子だけがこちらを鋭く睨みつけており、残りの二人は明らかに怯えている。


 怯えている二人は、ぼさぼさの髪とボロボロの服装のせいで、

 見た目だけでは性別の判別すらつかない。


「まずは、こっちの質問に答えてほしいな」

「どうして、“犯罪行為”なんてしたんだい?」


『マティルダさあ、相手は犯罪をしたとはいえ“幼い子供”だよ。もっと優しくしないと』

『てか、子供が“鞭でぐるぐる巻き”って、いまの絵面だいぶヤバいからね。傍から見るとマティルダのほうが犯罪者だからね』


 リカのツッコミを聞き流しながらも、

 私は鞭に込める力をほんの少しだけ緩めた。


「ふん。スリくらいで、“ケンペー”に突き出すのかよ。みみっちいね」


 長女らしき少女は、強がった声でそう吐き捨てる。


「こんなにぐるぐる巻きで拘束してさ――」

「あたしたちが怖いのかい、この“タマナシ男”」


「……言うねえ」


 私は思わず苦笑した。

 まあ、この“タマナシ”というのは、事実ではあるけれど。


(しかし、この年で、その言葉選び。教育に問題があるわね)


 加えて、”相手の力量も分からずに闇雲に挑発する”この態度は非常に危険だ

 少し教育してあげる必要がある


「そうだな、まず一つ、教えてあげようか」


「僕が君たちをこうして“ぐるぐる巻き”にしているのは――」

「“君たちが怖いから”じゃなくて、“か弱い君たちが変に暴れて怪我をしないための処置”だよ」


「本当に怖かったら、そもそも“こんな風に生け捕り”なんてしないさ」


 そう言って、私は予備の鞭を手に取り、すぐそばに積まれていたボロボロの木箱に向けて一閃した。


 ビシュッ、と空気を裂く鋭い音のあと――

 木箱は、バキバキと嫌な音を立てて、無残に砕け散った。


「もし“暴れないように拘束したい”のなら――こうやって“痛めつけて”から縛った方が確実だし」


 今度は近くに転がっていた空き瓶へと狙いを変え、

 鞭を細くしならせ、斬撃のように叩きつける。


 ぱきん、と乾いた音が響き、瓶は真っ二つに切り裂かれた。


「逃げられないようにするために、“手足のどちらか”を切り落としてしまう手もあるかな」

「君たちが強いっていうのであれば、今からでもそうするけど?」


 わざと淡々と告げると――


 一番下の子は、顔をくしゃっと歪めて、ついに泣き出してしまった。


 真ん中の子は蒼白になり、その足元からは、つんと鼻を刺すアンモニア臭が立ちのぼる。

 どうやら失禁してしまったようだ

 

 だが、長女だけは――全身を震わせ、涙目になりながらも、

 それでもこちらを睨み返すことをやめなかった。


「お、おどしてるつもり?」

「脅したって、なんも出せるもんなんて、ないよ」


「あと――この子たちに手ぇ出したら、あたしは絶対許さないし」

「あ、あ、“あたしたちのボス”だって、黙ってないからね」


 震える声で、必死に威勢を張ろうとしているのが分かる。


(“ボス”ねえ。……この言い方、たぶんハッタリね)


 でも、すぐ隣にいる“弟妹”を庇おうとしているのは、本気だ。


 そんなことを考えていた、その時――


『マティルダさあ! 何してんの!!』

『こんな小さい子を“虐めて”、何が楽しいの!!!』


 リカが、いつにもなく本気で怒り始めた。


『確かにスリしたこの子たちも悪いよ? 悪いけどさあ、だからって“鞭芸のフルコース”見せて怖がらせる必要はないでしょ!』

『これは“教育”ってレベルじゃないからね。“脅迫”だからね? その年頃でトラウマ植え付けたら一生モノなんだよ?』

『子供を怖がらせて悦に入るやつなんて、魔王よりタチ悪いからね!!!』


 別に悦に入っていたわけではなく――

 少女の危機感と認識を“正しいものへと”修正してあげていただけなのだけれど。


 しかし――


(リカはよく私に対して怒るけど……今回は、その熱量が明らかに異常ね)


 リカにとっては、これは“絶対にNGな行動”だったのだろう。

 そのためまずは、彼女の怒りを少しでも鎮めるべく、まず三人の鞭の拘束を解いた。


 長女は拘束が解かれた瞬間にすぐにでも逃げ出すかと思ったが、

 足がすくんでいるのか、その場にへたり込んだまま動こうとしない。


 さて、この状況をどう処理するべきか。


 目の前には、“完全に私を恐れている子供たち”。

 一人は泣き、一人は失禁し、一人は震えながらも睨み続けている。


 頭の中では、リカがMAX火力でキレている。


 なかなかに、カオスな状態だ。


 そんなことを考えていると――長女と思われる子が、

 服の襟の下から“隠すようにかけていたペンダント”をぎゅっと握りしめた。


「君、それはなにかな?」


 私はなるべく優しいトーンで、彼女の胸元を指さす。


「!?」


 彼女はびくっと肩を震わせ、

 そのペンダントを、強く握りこんだ。


 これだけは“絶対に渡したくない”――そう全身で訴えるように、酷く怯えながら身体を小さく丸め込む。


『……マティルダさあ』


 怒り半分、呆れ半分、といった声音でリカが呼びかけてくる。


(これは、“無理やり取り上げる”のはやめたほうがいいわね)

 そんなことをすれば、リカがとんでもないキレかたをしてくるのが容易に想像できる。


 まずは、彼女たちの信頼を得ることから始めるとしよう。


(そのためには……しょうがない“魔法”を使うしかないようね)


 私は指を鳴らし周囲に、“認識阻害”と“人払い”の結界を展開する。


 それから、失禁している子に向けて、そっと“精神安定の魔法”をかけた。


「さて――まずは、君たちに謝ろうか」


 私はしゃがみこみ、目線の高さを合わせる。


「別に、僕は君たちを“痛めつけるため”に捕まえたわけじゃない」

「怖がらせるつもりも、本当はなかったんだ」


 そう言いながら、まずは心の動揺を抑える魔力を、そっと流し込む。


 加えて、失禁の汚れの後始末をするついでに、

 ボロボロで小汚い彼女たちの身なりを、整えてあげることにした。


「少し――“綺麗にしてあげないと”ね」


 私は指先に魔力を込め、「リフレッシュ」の魔法を行使する。


 この魔法は“衣服や身体の汚れをまとめて落とす”便利魔法だが――

 発動時にやたらと光って目障りなことに加え、熟練のメイドたちの手仕事ほどには仕上がらないので、私は普段あまり使用しない。


 だが、この子たちには十分すぎる効果だろう。


 ふわりとした光が三人を包み、

 泥と汗と、染み込んだ臭いまでもが、まとめて剥がれ落ちていく。


 その様子を何処か楽しげにに見ていた二番目の子の髪へと

 私はそっと手を伸ばした。


 その子は私が触れるとビクッと体を震わせたため


「動かないでね。少しだけ――髪を整えてあげるだけだから」

 

 と優しくその体を持ち上げ膝の上へと座らせて

 回復魔法で髪の傷みを和らげ、風魔法で優しく乾かしながら、

 その髪を丁寧に整えてあげる


(あら、この子……髪質は悪くないわね)


 ぼさぼさだったのは、単に“手入れされていなかった”だけだ。

 最後に丁度いい長さで余分な部分を切りそろえていくとある事が発覚した。

 

(この子、女の子だったのね)


 目元がよく見えるようになると、その印象ははっきりした。


 次に羨ましそうにこちらを見ていた一番下の子の髪も、同じように整えてやると――

 長女とよく似た輪郭が、少しずつあらわになってくる。


(この子は……顔は中性的ね。男の子でも女の子そのどちらでも通りそうな顔立ちだわ)


 どちらの性別でも不自然にならない髪型へと整え、

 最後に二人へ、手鏡を一つずつ渡す。


「ほら。自分の顔を見てごらん」


 恐る恐る鏡を覗き込んだ二人は、

 最初は“自分だと信じられない”ような目つきをしたが――


 やがて、驚きのあとに、ぽつぽつと笑顔が浮かび始めた。


 恐怖と怯えでこわばっていた小さな顔たちから、

 “恐縮”や“疑い”の色が次第に薄れていき――


 代わりに、“喜びや”と、“嬉しさ”が、少しずつ支配し始めた。


(さてと)


「最後は、君の番だ」


 私は、睨むのをやめ、ただ呆然とこちらを見ていた長女に向けて声をかける。

 彼女はしばらく黙ったあと、何も言わず、くるりと背を向けてきた。


(……“お願いします”の一言も言えないのね)


 そう思わなくもなかったが――

 せっかくここまでで、リカの怒りの炎が収まりかけている。

 今ここで長女を責め立てて、再び油を注ぐのは得策ではないだろう。


 私は、彼女の頭にそっと手を置き、優しく撫でてから、髪の手入れを始めた。

 指先を通るたびに、ごわついた感触が少しずつ柔らかくなっていく。


 やがて――


 ぽとり、と。


 彼女の頬から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


 最初は一粒、次に二粒、三粒と。

 こらえきれなくなった感情が堰を切ったように、ぼろぼろと零れ落ちていく。


 その様子は、彼女の中でここまで限界まで張りつめていた何かが、

 ぷつりと音を立てて切れたかのようだった。


 私は、なだめるような声音で、彼女の肩を軽く叩きながら、

 ぽつり、ぽつりとこぼれていく言葉を一つずつ拾い集めていった。


 そこで分かったのは――彼女たちが、「他領から流れてきた浮浪児」である、ということだ。


 彼女たちの住んでいた村は、魔獣の群れに襲われ、壊滅したらしい。


 その混乱の中で、両親と、頼れる大人をすべて失った。


 途方に暮れていたところへ、最初に近づいてきた大人は、

 一見すると優しく、世話を焼く“親切な人物”に見えたが――


 実際は、かなりのろくでなしだったようだ。

 生活の保障と引き換えに、彼女たちを“身売り”させようとしていたのだという。


 それを察した長女は、弟妹を連れてその大人から逃げ出し、

 今のような生活を始めたらしい。


 その生活の中で、一つの噂を耳にした。


 ――ヴァルデン領には、“孤児を引き受けてくれる場所”がある。


 その話を信じ、彼女たちは“ヴァルデン行きの馬車の積荷に紛れる形で”無賃乗車し、ここまで来た。


 その結果、孤児院の存在自体は分かったものの――

 どう言えば自分たちを受け入れてもらえるのかが分からない。


 加えて、一度“大人に騙された経験”から、

 他人を安易に信用することができなくなっていた。


 そうして結局、道端で盗みをして生計を立てるしかなかった――ということのようだ。


「お母さんは、よく髪をきれいにしてくれてたんだ」


 長女は、涙声のまま、ぽつりと呟いた。


 さっきから彼女の髪を梳いていて、

 やけに“他の子よりも傷んでいない”ことに違和感を覚えていたが――


 それは、できる限り髪を汚さないように気をつけ、

 自分でできる範囲で、必死に手入れを続けてきた結果なのだろう。


(手入れの“正しい方法”までは分かっていないようだけれど――)

(おそらく、彼女にとって“母に髪を梳いてもらった記憶”は、かけがえのない思い出で)


 その“思い出の髪”を、彼女なりにずっと守ろうとしていたのだろう。


 そんなことを考えながら髪を整えていると、次女と思われる子が

「お姉ちゃんのかみのけ、前みたいにすごくきれいになってる」

 と手鏡をこちらに向けてきた。


 そこに映った自身の姿を確認した瞬間――

 今まで無理に付けていた“大人の仮面”が崩れ落ち、

 彼女は年齢相応の“ただの子供”として声を出してワンワンと泣き出した。


 ―――彼女の涙が少し収まるのを待ってから、私は一つだけ疑問を投げかける。


「……そのペンダントも“お母さんの形見”なのかな?」


 私は、彼女がずっと握りしめていた胸元へと、そっと視線を落とした。


 長女は、一瞬だけ躊躇したあと――

 きゅっと目を閉じ、ペンダントを首から外し、私に見せてきた。


 小さな銀のペンダントトップには、女神と思われる存在が、簡素な線刻で彫られている。


「……そう。これは、お母さんが、私たちを逃がす時にくれたんだ」


「このペンダントの女神様は、願いを叶えてくれるから――」

「困ったら、お祈りしなさいって」


「それから――」


 長女は、少しだけ視線を落としながら続ける。


「『だから、妹たちをお願いね』」

「『まだ小さいあなたに背負わせちゃって、ごめんね』って」


 それが、彼女が母と交わした“最後の言葉”だったらしい。

 その言いつけを胸に抱き、ここまで必死に生き抜いてきたようだ。


『この子、すごいよ……』


 頭の中で、リカがしゃくりあげるような声を出す。


『まだこんなに小さいのに、親をなくしてさ』

『でも「妹たちのために」って、それだけでここまで折れずに頑張ってきたんだよ』


『妹たちの命まで背負って、ずっと怖くて不安で仕方なかったはずなのに――ほんと、すごすぎるよお……』


 さっきまで怒り心頭だったリカは、今度はすっかり泣きモードになったようで、

 涙声で永遠と何かをぶつぶつと呟いていた。


 ◇ ◇ ◇


 髪の手入れが終わると、長女は小さく息を吐いてから、ぽつりと言った。


「ありがとう」


 それから、じっとこちらを見上げて、首をかしげる。


「……お兄さんは……女神様の“使いの人”なの?」


(なかなか、とんでもない思い違いをしているわね)


 だが、今は変装中の身だ。

 私が現在付けている”青年の仮面”がどんなふうに評価されようと、マティルダ・ヴァルデンには直接響かないため

 少しだけ、その勘違い乗っかってみるのも悪くないかもしれないと思い


「さて、どうだろうね」


 私は、わざと曖昧に笑ってみせる。


「ただ、僕個人としては――」

「“願い”は、祈って叶えてもらうものじゃなくて、自分の手で“勝ち取るもの”だと思っているけれどね」


「そうなんだ」


 長女は、少しだけ考えるように空を見上げてから、こくりと頷いた。


「だったら、私も次からそうする」


「まあ折角だし、ひとつ聞いてみようか」

「君の“願い”は、一体なんだい?」


「妹たちの安全!」


 即答だった。


「それは、もう既に女神様が叶えてくれたんだと思うよ」


「そうだな――」

「君自身が“したいこと”とか、“やりたいこと”はないのかな?」


「……考えたこと、なかったなあ」


 長女は、少しだけ困ったように唇を尖らせてから、

 ふいに、にっと笑ってみせた。


「そうだなあ。お兄さんみたいな“カッコイイ人”と結婚することが、夢かな」


「そうかい」


 私は肩をすくめる。


「だったらまず、“マナー”とか”教養”を勉強しないとね」


「勉強なんて、したくないなー」


 ぶーたれた声を出したあと、彼女は興味深そうに首をかしげる。


「お兄さんは今、“彼女”とか、“好きな人”いるの?」


「そういうのはいないよ。なにより僕は――“女神様一筋”だからね。」


「うわあ。お兄さん”おひとりさま”なのに、あんなに女の子の髪を手入れするの上手いんだ」

「そういうの、“なんだっけ”――たしか、すけこまし? とか、女たらしっていうんだよ」


「…………君は、まずは言葉の勉強をした方が良いわね」


 思わず素の口調が漏れそうになり、私は慌てて咳払いをひとつ挟んだのだった。



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