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㉞ 現代知識チート再び


 外へ出ると、そこには一面の白い世界が広がっていた。


 通りには雪がそこそこ深く積もっており、普段とは違う静けさと、きしりと軋むような冷たさを孕んだ空気が満ちている。


『いや、なんで屋敷の塀を“飛び越えて”出てきたのさ』

『正面から門を使わないってどういうこと?。そんなことしたら逆に目立っちゃうでしょ』


「いいえ。認識阻害の魔法をかけたから――」

「今の私を“はっきり認識できる人”は、ほとんどいないわ」


 今回は、身分を隠して市場調査を行うために変装している。

 しかし、正面から「ちょっと出かけるわ」と言えば、ほぼ確実に護衛がつく。


 護衛付きでは、庶民から“素直な本音”を聞き出すのは難しい。


 そのため私は、飛翔魔術で屋敷の塀を飛び越え、

 認識阻害を重ねたうえで――半ば“家出”のような形で外へ出てきた、というわけだ。


 一応、専属メイドには概要だけは伝えてある。

 突然行方不明扱いされて大騒ぎ、という事態にはならないはず。


 本当は、余計なトラブルを避けるために、市街地までこのまま“認識阻害”を維持するつもりだったのだが――

 足元に広がる真新しい雪を見て、私は立ち止まる。


(この状態で歩き出したら――)


 私の姿は認識出来ないのに、雪の上に“歩いた足跡だけ”がくっきり残ることになる。

 それはそれで、余計な怪談話の種になりそうだったので、私は自身にかかっている魔法を一旦解除した。


 冷たい空気が、変装した身体の頬を撫でる。

 吐く息が白く立ちのぼり、ぎゅっ、と雪を踏みしめる感触が足元から伝わってくる。


 本来であれば、自身の周囲だけ気温を魔法で操作して快適にするところだが――

 そんな魔法を人前で使っているのがバレたら、「お貴族様がお忍びで現れた」と、余計な騒ぎになるだろう。


(本当に、“魔法が使えないフリ”をしなければならないって、不便ね)


 そんなことを考えながら、私はマントの前をしっかり合わせ、雪道に一歩踏み出した。


『うわー! 雪が結構積もってる! 久しぶりに雪を見るとテンション上がるね』

『ヨーロピアンな建築物と雪、この組み合わせは、めっちゃ映える。誰かスマホで記念写真を撮ってよ。この背景バックに写真撮りたい』


 やたら騒ぐリカに対し、私は小さく呟く。


「その場合、貴方は“幽霊”として、写真に映り込むのかしらね」


 ◇ ◇ ◇


 市街地に入ると、普段よりは人の数が少ないものの、それでも人々は相変わらず活気に満ちていた。

 雪で足元は悪いはずなのに、皆、慣れた足取りで行き交っている。

 店先には雪かき用のスコップが立てかけられ、軒先には小さなランプが多めに吊るされている。


 通りには、温かい湯気と香ばしい匂いが漂っていた。


『すごい活気だね。なんか“冬の歓楽街”って感じ』

『あー、なんかお土産買いたくなってきた。あれとか、あれとか……全部美味しそう』


 あたりを見渡すと、人の導線を邪魔しないが目立つところに、

 様々な飲食物の屋台が軒を連ねている。


「らっしゃい! らっしゃい! 腹空かしてるやつは、ぜひうちの店に来な!」

「ヴァルデン領で一番うまい“焼き鳥”食わしてやるよ!」


「旦那、この寒さには、この“おでん”って料理がおすすめだよ!」

「体の芯からあったまる。一度食べたらもう病みつき、ぜひとも買っていってくれ!」


「揚げたて“唐揚げ”はいかがかな?」

「この料理は“おいしさの爆弾”と、あのマティルダ様もお認めになった料理だ!」

「あんたも口の中で炸裂する“熱さと旨さ”を、経験してみないかい!」


 屋台料理屋たちの客引きは、雪の冷たさを吹き飛ばす勢いで賑やかだった。


(……“おいしさの爆弾”ね。かなり浸透してしまったわね)


 どこか遠い目になりつつも、私は屋台を眺めながら思案する。


(飲食屋台は、景気の“バロメーター”としても優秀ね。聞き込みにも向いているし――)


「彼らのところから、少し話を聞いてみましょうか」


 そう判断し、私は一番人だかりの多い唐揚げ屋の列へと並んだ。


「親父、唐揚げを三つくれ」


 あえて少し低めに、男っぽく声をかけると、

 ひょいと顔を出したのは――料理ギルドの名簿上で見たことのある中年の屋台主だった。


「おう兄ちゃん、いらっしゃい! あんたはタイミングは悪いが、運は良い」


「ちょうど“揚げ置き”が全部なくなっちまったところだ」

「今から揚げるからよ、一番うまい“揚げたて”が食えるぞ」

「その代わり、ちいとばかり待っててくれ」


「分かった。だが、ただ待つというのは苦手だ」


 私は、屋台の端に寄りながら言葉を継ぐ。


「少し話し相手になってくれないか?」


「おうよ」


 中年の男は、油の跳ねる音を気にするでもなく笑った。


「だが、俺は“学”はねえからな。あんま気の利いた話なんてできねえぞ?」


「簡単なことを聞くだけだ。緊張するな」

「仮に多少の無礼があっても、“あのお方”のように処罰はしないさ」


 そう言って、少しおどけてみせる。

 ちなみにこの“あのお方”が指すのは、他ならぬ私――マティルダである。


「あんた、“あのお方”を恐れねえとか、中々の大物だな」


 屋台主は苦笑しつつ、周囲をちらりと見回すと、声を落としてきた。


「だがな。他の屋台の連中の前で、あまりあのお方のことを悪く言うなよ」


「悪くなんて言わないさ」


 私は肩をすくめる。


「彼女は優秀な治世者であり――俺も“その恩恵を受けている側”だからな」

「ただ、“悪口を言ってはいけない”のは、どうしてだ?」


「そりゃあ、屋台の店主は“全員あのお方に感謝してる”からだよ」


 と、当然のように言ってのけた。


「前はな、“ヴァルデン領の料理人”ってのは、店出してもあまり儲からねえから、経営がだいぶ厳しくてよ」

「犯罪まがいのぼったくりをする奴も多かったせいで、周囲からの扱いはとても悪くて肩身が狭かったんだ」


「だが――あのお方が俺らを見出し“料理改革”に手をかけたおかげで、儲かるようになったし、

 今じゃ“尊敬”もされるようになった」


(…………?)


 どこか私の認識とのズレがある気がするが、気のせいだろうか。


「ほう。そうなのか」

「だが、料理改革は“レオルド様主体”で行われたと噂で聞いたが?」


「レオルド坊ちゃんも、今でもかなり便宜を図ってくれてるさ」


 男は頷き、油の温度を確かめながら続ける。


「だがな――“料理人たちを最初に拾い上げてくれた”のは、あのお方だって、皆そう思ってんだ」

「だから、俺らは坊ちゃんも尊敬してるが、“より上”にいるのはマティルダ様よ」


(……誰がそんな話を流したのかしら。後でレオに確認しておくべきかしらね)


「そうか。しかし、その様子だとけっこう儲かっているようだな」


「まあ、ボチボチだな」


 屋台主は、少し誇らしげに胸を張った。


「前は、料理人のくせして“その日自分が食うもん”にも困ってたが――」

「今じゃ、“家族をちゃんと養おう”って思えるくらいには儲かってる」


「今まで苦労かけた女房に、“背伸びしてブランド品”を買ってやれるくらいにはな」


 男はニヤニヤしながらそう言った。


「ほう。経営は順調、というわけだな」

「だが、“あまり背伸びをしすぎるなよ”」


「ははっ! 女房もあんたと同じことを言ってきたぜ、『いい気になってるんじゃないよ』ってな」


 屋台主は嬉しそうに笑い、肩をすくめた。

 そこから少し世間話をしたのち、「何か困っていることはないか」をさりげなく尋ねてみると――


「そうだな……売れすぎて“食材が足りなくなる”ことと、やっぱり――“醤油”が手に入りづらいことかねえ」


「鶏肉や他の香辛料も、入荷が不安定なことはあるがな」

「醤油は一時期“欠品続き”で、とんでもねえ高値になってたからよ」


「あのお方が、どこから仕入れたか分からん“醤油”を大量にばら撒いてくれなかったら――」

「今頃うちは、潰れてただろうな」


「……ふうん。そうか」


『あの醤油くんたち、ようやっと屋敷から居なくなったと思ったら、こんな所で大活躍していたんだね』


 近いうちにヴァルデン領に醤油の“大規模な生産拠点”ができる予定だ。

 これでもう変な騒動は起きないだろう 


 (醤油)には散々振り回されたが――

 これにて終戦したと言っても過言ではない


 そんなことを考えていると――


「おお、揚がったぜ、兄ちゃん!」


 ジュワアッという小気味よい音とともに、きつね色の唐揚げが油から引き上げられる。


「冷めねえうちに、食ってくれ」


 男は、こんがりと揚がった唐揚げを紙に包みにくるみ、袋に入れて差し出してきた。


「代金だ。それと――」


 私は唐揚げ三つ分の金額を支払い、

 さらに数枚の銀貨を取り出して、男の手のひらに押し込んだ。


「これは“チップ”だ」


「お、おう? 旦那、こんな“大金”受け取れねえよ」


 男が慌てて返そうとするのを、私は片手で制しながら言う。


「色々と話してくれただろう? 感謝している」

「この金で“鍋を新しくする”といい」


 そして、声を少しだけ落とし、付け加える。


「加えて――ここだけの話だが、私は“レオルド様の部下”だ」

「この金額が手に余るというのであれば、代わりに“彼の名声を高める働き”をしてくれ」


「……なるほどな」


 男は一瞬きょとんとしたあと、ゆっくりと頷いた。


「だったら、ありがたく受け取らせてもらうよ」

「レオルド坊ちゃんの名前は、ちゃんと“いい形”で広めておくさ」


「ああ、頼んだ」


 私は軽く頭を下げ、紙包みを片手に、屋台を後にした。


 ◇ ◇ ◇


屋台から離れ、鍛冶屋街へ向かおうと歩き出したところで、リカが騒ぎ始めた。


『マティルダさあ、せっかくの“揚げたて”なのに、なんで直ぐに食べないの?』

『冷めちゃうと勿体ないじゃん。てかあんな、油から引き上げられた黄金に光る姿を見せられて、よくもまあ“食べない”って選択肢を選べるね』


 

「こんな昼下がりに、あんな“油と肉の塊”を口に入れたいとは思わないわ」

「今の時間は“紅茶”と、それに合う“菓子”しか、私の口は受け付けていないの」


『なんとも贅沢な口だなあ』

『私が実体化できたら、代わりに食べてあげるのに』

『いやでも三個も食べちゃうと、ニキビが……それに体重が……うーん、でも揚げたて……』


 そのあともしばらく、リカは延々とぶつぶつ言い続けていた。

 あまりにも鬱陶しいので、私はさっさと次の目的地――鍛冶屋街へ向かうことにし、

 メインストリートではなく“裏路地”に入り、ショートカットを試みた。


 裏路地は、薄暗く、どこかごちゃごちゃしており、なにより“不衛生”だ。

 そのせいで、普段なら私が「入りたい」と言っても、護衛が全力で止めてくるような場所である。


 だが今日は、護衛はいない。

 なので、試しに一歩踏み入れてみたのだが――その判断を、正直少しだけ後悔した。


(……汚いわね)


 引き返すことも一瞬だけ考えたが、

 “裏路地には裏路地の生活がある”――その興味の方が、嫌悪感を上回った。

 なので私は、そのまま突き進むことにした。


『うわー、“いかにも”って感じの場所だね』

『なんか、絶対ここで犯罪とか起きてるでしょ』


 道端には、ボロボロの衣服をまとって寝そべる中年男や、

 不健康そうな若者たちが、建物の影でたむろしている。


 そんな中を、“身なりの整った青年”の姿で歩いている私が、目立たないはずがない。

 さっきから、物陰から複数の視線を感じる。


 その中に――明らかに“獲物を狙う目”が三つ。


「“スリ”か“ひったくり”が狙ってるわね」

そう小声で呟くと


『ええいきなり何?ってか何処にいるの?』

 とリカは間抜けな声を上げた

 

 相手の盗みの技量はそこまで高くないが、この気配的に少し面倒な相手だ。


 しかし魔法を使用できるのであればこの時点で全員まとめて“制圧”できるが、

 今はあえて“魔法を封じている”状況だ。


 となれば、


(向こうが“仕掛けてきた瞬間”に、なるべく怪我をさせないように“捕まえる”しかないわね)


 曲がり角――そこが、一番仕掛けやすい場所だ。


 私は、わざと少しだけ歩調を緩め、

 視線を落として“隙のあるふり”をしながら、路地の角を曲がる。


 ――その瞬間。


 わざと、手に持っていた紙包み(唐揚げ入り)と、小さな革袋を“奪わせ”――

 同時に、傍らに持っていた“細身の鞭”を手首のスナップだけで振るう。


 ぱしん、と鋭い音が裏路地に響き、

 何かが絡め取られ、ぐるりと一回転して地面に転がった。


「さてと」


 私は足を止め、鞭の先に絡まった“何か”を引き寄せる。

 そこには――

 まだあどけなさの残る、三人の子供の姿があった。


 ボロボロの衣服。

 顔や手は汚れているが、目だけは妙にギラギラしている。


 一人は私の紙包みを、もう一人は革袋を、

 そして最後の一人は、周囲の見張り役をしていたようだ。


『……犯人の正体は子供かあ』


 頭の中で、リカがぽつりと呟く。

 私は、鞭を軽く引いて三人を自分のほうへと引き寄せながら、静かに問いかけた。


「さて君たち。――」

「どう料理してあげようかしら」



(つづく)

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