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㉞ 現代知識チート再び

  荘厳な父の執務室に、私はまた呼び出しを受けた。


 高い本棚と壁一面の地図、整然と並べられた書類の束。

 外ではしんしんと雪が降り続き、分厚い窓ガラス越しに、灰色の空と白い景色が見える。


 部屋の中心で、父は机に肘をつき、一枚の紙に目を落としていた。


「まったく――」


 低く押し殺した声が、重い空気を震わせる。


「貴族たちへの“借金”の件、くれぐれも“やりすぎるな”と言ったはずだが」

「もう既に、破産の兆候が見られる貴族や有力者が、これだけ出てきている」


 そう言って、父は一枚の書類をこちらに差し出してくる。


 ざっと視線を走らせると、そこには数十にも及ぶ家名が並んでいた。


「この中には、既にこの窮状を“私やお前の母”に泣きついてきている者もいる」

「一体、何をすれば――こういう結果になるのだ」


 外では雪がしんしんと降り続き、窓硝子の向こうが、ゆっくりと白く塗りつぶされていく。


(今年は、降り始めるのが早いわね)


 などと、どこか他人事のようなことを考えながらも、

 状況を頭の中で整理し、私は口を開いた。


「お父様。借金をするかどうかを判断したのは、“彼ら自身の自己判断”ですわ」

「私の“息”は、何もかかっておりません」

「それに――その借金の理由は、彼ら貴族が“身の丈に合わないブランド品”を買いあさった結果、発生したもの」

「“欲に負けて散財したツケ”が回ってきただけですわ」


「……その“ブランド品”を流行させたのはお前、というところまでは、既に調べがついている」


 父は目を細め、書類から視線を上げた。


「いや、正確には“お前の取り巻き連中が”――と言ったところだがな」


「私は、彼女たちに“日頃の感謝”としてプレゼントを贈っただけに過ぎません」

「その後、彼女たちがどう動いたかは、私の関知するところではありませんわ」


「……いや、お前のことだ」


 父は小さく息を吐き、机に書類を伏せた。


「“何か条件付き”で与えたのであろう?」

「お前は基本、“物”で感謝を表現しないではないか」

「いつも“金銭”や“政治的な優遇”で済ませることが多い」


「そんなお前が、何の見返りもなく“高級な髪飾り”など渡すとは――とても思えん」

「絶対に、何か“裏”があるはずだ」


(……本当に、よく見ているわね)


 その推察は、ほぼ正解だ。


 実際には――装飾品はなるべく外出時には身に着けてほしいことと、

 髪飾りを褒められた時には必ず“エストワール”というブランド名を口にしてもらう。


 という、小さな“お願い”を添えただけなのだが。


 結果として、社交界での彼女たちの何気ない世間話や自慢話が、

 見事なまでの“宣伝塔”と化したわけだ。


 加えて、とある“事件”も起こった。


 取り巻きBが、馬車で街道を移動中のこと――

 魔物の群れに奇襲を受けたのだという。


 彼女の護衛は咄嗟に対応したものの、相手は素早く群れて襲いかかってきた魔物たち。

 全てに完全対応することはできず、その一部が、取り巻きBの乗る馬車の中にまで侵入してしまったらしい。


 その時だった。


 彼女の髪に挿してあった“髪飾り”が、突如として光り輝き――

 取り巻きBの全身を包むように、結界が展開されたのだ。


 結果として、取り巻きBは“擦り傷ひとつ”負わずに済んだ。


(もっとも、取り巻きBの実力であれば、本来あの程度の魔物は容易に排除できたはずだわね)

(ただ、動揺と混乱の最中で、ほんの少し対処が遅れた、というところでしょう)


 窮地に陥った取り巻きBに対して、

 私が髪飾りに施しておいた“ある仕掛け”が、自動的に発動した――というわけだ。


 その仕掛けとは。


 ◇ ◇ ◇


 彼女たちへプレゼントを渡す前のこと。

 私の研究室として使用している一室にて、とある研究を行っていた。


『マティルダさあ、それプレゼントで贈るやつなんでしょ? 何してんの』


 私は、取り巻き連中に送る予定のプレゼントを机の上に並べながら、黙々と実験を進めていた。


「そうね。魔術付与の“実験”といったところかしら」


 宝石や細工が美しい髪飾りやアクセサリーの周囲に、

 うっすらと魔力の陣が浮かび上がっては消えていく。


「貴方の言う“聖遺物”を調べたところ、二つのことが分かったわ」

「一つは――それぞれの指輪に付加された能力が、“魔術と錬金術”によるものであり、

 根幹の技術は“魔術側”に強く依存している可能性が高いこと」

「加えて、どれも“極めて精巧な技術”で作られた、“質の高い装飾品”であるという共通点がある」


 机の上にずらりと並んだ装飾品を指さしながら、私は淡々と続ける。


「だったら――このエストが、技術の粋を結集して作ったこれらの品に」

「私が“魔術”を付加すれば、“聖遺物を人工的に作る”ことも可能なのではないかしら」


『いや、なんか実験してるのは分かるんだけどさあ』

『それを“誰かに渡すプレゼント”でやる? 普通?』


「彼女たちが、この“魔術実験”をする可能性は万に一つもないわ」

「だから――実験で使ったものとバレる心配はないわね」


『いや、そういう問題じゃなくてね?』

『実験に使用した得体の知れないものをプレゼントとして渡すのは、なんかさあ……』


「貴方の納得しそうなところでいうと、“感謝の思いを込めている”もしくは“資源の有効活用”という理由を挙げればいいのかしら」


 そう言い、作業を再開させると――


『流石の屁理屈大魔神様、惚れ惚れする理由だよ』


『でもさ、込められた魔法が暴発したらどうすんの』

『仮にマティルダがプレゼントしたもので暴発事故が起こったら、“マティルダに暗殺されかけた”って思われるんじゃないの?』


「私が込めた魔術が“暴発する”なんてことは、億に一つもないけれど」

「念のため、“暴発しても問題がないように”、込める魔術は――“結界魔法”とか、“回復魔法”とか、“身体強化魔法”に絞ったわ」


『でもさあ、たしか“適合”だっけ? 装備品と人との相性が悪いと効果が発揮しないんじゃ――』


「ああ、それなら大丈夫よ」

「彼女たちの“髪の毛”と、この前のお守り(護符)作りの経験を生かして、上手く彼女たちに合うように調整したから」


 そう言って、私は机の引き出しから、丁寧に束ねられた三種類の髪の毛を取り出した。


『うわ出た、髪の毛の束』

『あれ、でもこの前、レオ様に“二度と髪の毛を横領するな”ってあれだけ言われて、没収された挙句、誓約書まで書かされてたじゃん』


「これは、“レオ宛て”じゃなくて、“私宛て”に彼女たちから届いたものよ」


『……マティルダって、同性からモテるの?』

『お姉さまとのあれやこれ、そんな百合展開は、私は求めてないんだけど』


「…………はあ」


 面倒になってきたので、リカのツッコミは無視することにして作業を続ける。


 これらの髪の毛は――もしよろしければ、レオルド様にお渡しいただけませんか?

 という手紙付きで、私に届けられたものだ。


 一応、私を飛び越えてレオと直接やり取りをするのは問題だと判断し、

 “私を通して”渡してきた、ということなのだろう。


 そのため、この髪の毛の“所有権”は一旦私にあり、

 レオとの間で交わした“誓約書”には違反しない。形式上は、であるが。


 それにしても――


(そもそも取り巻きBには、正式な“婚約者”がいるはずなのだけれど)


 何とも“はしたない”ことだと思いながらも、私は彼女たちへのプレゼントに対して、

 “聖遺物化の実験”を兼ねた魔術付与を施していったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 結果として――髪飾りは、緊急時に“発光し、結界魔法などを自動発動させる”機能を持つに至ったようだ。

 私としては発動することなどないと思っていたのだが、よりによってベストタイミングで発動し、取り巻きBは擦り傷ひとつ負わずに済んだのだ。


 しかしだ。


(仮に結界が発動しなかったとしても――)

(せいぜい“回復魔法一発で治る程度”の怪我で収まっていたはずだけれどね)


 けれど、取り巻きBにとってそれは、


「死の恐怖にさらされた極限状態から、一瞬で救われた“奇跡”」


 として刻み込まれてしまったらしい。


 そして彼女は、その“奇跡の髪飾り”とともに、自身の身に起こった出来事を、

 これでもかというほどに話を盛り、大々的に語り広めたのだった。


 そんなことも相まって、ブランド品は今や“とんでもない大流行”である。


 良い品であることはもちろん――


・身につけているだけで、他の貴族に“マウント”を取れる

・緊急時には“命を守ってくれるかもしれない保険”のような付加価値がある

・今年は豊作で、上位貴族連中の財布の紐が緩んでいるタイミングだった


 これらが見事に噛み合った結果、

 ブランド品は、恐ろしいほどの勢いで社交界を席巻することになったのだ。


「……偶然が色々と重なった結果ですわ」


 そう父に結論だけを述べると、父は紙束を机に叩きつけるように置きながら言った。


「それも“ある”のだろうが」

「敢えて“ブランド品の等級”を、素人でも分かるようにしたり」

「“借金をしやすくする”仕組みを導入したりしたのは、誰だ」


 まあ、その点については反論の余地がない。


 エストワールの等級表示――本来は“唯一無二の至高アブソリュート”一択だったところに、

 私は様々な等級区分を新たに用意した。


 刻印だけでなく、宝石の大きさや細工のレベル、意匠の違いなど、

 “少し知る人が見れば、一目でランクが分かる仕様”にしてしまった結果――


 貴族たちの“マウント合戦”は、見事に過激化した。


 加えて、借金システムにも“魔改造”を施した。

 リカの世界で使われていたという、「リボルビング払い」という画期的な仕組みを参考に、新たな借入方法を考案してみたのだが――

 

 これは“借金したいと悩んでいる者”に対しては、悪魔のようなシステムだったようで。


 マウント合戦で頭に血が昇ってしまった貴族たちの借金額は、

 あれよあれよという間に“えげつない規模”に膨れ上がっていったのである。


「私の関与は“ほんの少し”だけですわ」


 と、可愛らしく小首を傾げてみせると、父は額を押さえた。


「今回はさすがに、“やりすぎ”だ」

「よってお前には、今回“二つ”罰を与える」


 父の宣告に、私は思わず背筋を伸ばす。


「一つは――“各地の銀行の借金の帳簿”と、“銀行の資金”をしっかり整理することだ」


 合図とともに、紙束を抱えた使用人がぞろぞろと執務室に入ってくる。


「お父様、もしかしてこれは――ヴァルデン家が出資している銀行“すべて”の分では」


「そうだ」


 父は、淡々と言い放つ。


「お前がもたらした混乱は――しっかりと“自分の手”で解決しろ」


(……まあ、これは予想していたペナルティね)


 私は心の中でだけ肩をすくめる。


「二つ目は――“お前の金銭感覚”を、正しいものに矯正するためのものだ」

「まず、理由から説明しよう」


「そのも理由は、一つではない」

「まず――殿下と結婚しないことが決まり、“お前がどこに嫁ぐか分からなくなった”以上、

 今の“金銭感覚”は、危険だと判断した」

「何処かに嫁いだ瞬間、相手の家が破産してしまうという未来が容易に想像できる」


「まあその後、お前が立て直しを口実にその家を“乗っ取る”のだろうがな」


 それはまた、なかなか物騒な未来予想図である。


「次に――ここ最近、お前の“買いたいという我儘”の規模が、常軌を逸していることだ」

「お前は“自分の快楽のためだけに”要求を出さないから、その要求には基本すべて応えてきたが――」


 父は、一枚の書類を指で弾く。


「……この“巨大な工場”や“専用港”を欲しがるのは、どういう了見だ」


「ああ、それは必要な投資ですわ」


 私はあっさりと言い放つ。


「でも、それらの建設費用は――お母様がブランド品を買いあさっている費用よりは、安いですよ?」


「……それは、そうなのだがな」


 父は、こめかみを押さえながら、深くため息をついた。


「問題は“費用”ではない」

「むしろ、その額のブランド品が欲しいというのであれば――私は“むしろ喜べた”であろう」


 どこか遠い目をしてそう呟く父に対し、私はさらりと言葉を重ねる。


「ブランド品は、今後“値上がり”が予想されますし、買うなら今、という判断は、あながち間違っていないかと」

「そのあたりも見越して、既に市場操作の動きは始めていますわ」


 と告げると、父はもはや何も言わず、ただ深く深く、息を吐いた。


「……もっと“普通に”」


 ぼそりと、小さく漏らす。


「“上目遣い”でブランド品をねだるとか――そういうものはお前にはないのか」


 私には聞こえるか聞こえないかの声量で、ぶつぶつ言ったあと、


「まあ、なんだ」


 と、改めてこちらを見据える。


「お前は――なんとも“育て甲斐のある娘”だよ」


 諦め半分、どこか誇らしさ半分といった声音で、そう呟いた。


 その後も、最近のあれこれ――

 専用港の件をはじめとする、金銭面での“やらかし”を一つひとつ挙げられた上で、父は本題を告げる。


「今回の罰としてお前が主体となった、“庶民向けのビジネス”をし」

「そして、それで“庶民の十年分の収入”に相当する金額を稼ぐことを命じる」


「本件において、屋敷の使用人および、お前の“息のかかった”役人や商人たちの関与は」

「“全面的に禁止”とする」


 そこから先は、罰則に関する細かな“ルール説明”が続いた。


 要約すると――

 人を使って金を動かし稼ぐのではなく、「自分の手」で金を稼げ、ということだ。


 その過程で、“金のありがたみ”や“稼ぐ大変さ”を身をもって知れ――

 それが父の意図なのだろう。


「私が“やりたくない”と言ったら、どうしますの?」


 少しだけ挑発めいた声音で尋ねると、父は一拍の間もなく答えた。


「お前が集めている“聖遺物”を――すべて没収する」


 と、厳粛な声で告げられた。


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