㉝ 幕間 ドキ魔イベントNo125
イベントNo125_VSマティルダ(中庭)
今宵は、満月だった。
月明かりがあたり一面を照らし出し、昼間とはまったく違う、どこか幻想的な雰囲気が広がっている。
なかでも――夜更けに呼び出された校舎裏の中庭は、ひときわ独特な空気をまとっていた。
石造りの校舎の壁や、よく手入れされた木々や花壇が、白い光を反射しているせいもある。
だが、それ以上にこの場の空気を“特別なもの”にしているのは――
そこにただ、黙って佇んでいる“圧倒的な存在”のせいだろう。
彼女も、こちらに気づいている。
だが、まだ声はかけてこない。
感情の読みにくい無表情のはずなのに、どこか“睨まれている”ような圧を感じるのは気のせいだろうか。
やがて、“会話できる距離”まで近づいたところで、彼女はようやく口を開いた。
【マティルダ】
「こんな夜更けにわざわざ、ご足労いただいて感謝しますわ。――聖女様」
そう言って、彼女は完璧に整った笑顔を浮かべた。
――――――――――――――――――――――――――――
さて。どう返答しようか。
⇒① その“聖女様”呼び、やめて
② こんな夜更けに、何の用なの?
③ こんばんは!
④ もう、寝る時間だから、私帰るね。おやすみなさい
――――――――――――――――――――――――――――
【プレイヤー】
「その“聖女様”呼びと、その敬語やめて」
「みんながマティルダの真似してそう呼ぶから、私、変に目立っちゃって迷惑してるんだよ」
【マティルダ】
「聖女様であることは、紛れもない“事実”なのよね?」
「だったら敬意を込めて、こう呼んで差し上げるのが“マナー”というやつですわ」
「――元平民の貴方には、分からないのでしょうけど」
そう言って、口角だけをわずかに引き上げる。笑顔というより、薄い嘲笑。
【マティルダ】
「まあ、たしかに。貴方相手に敬語というのは、わたしとしてもあまり“しっくりこない”から」
「敬語なしでいいと言われるのは、こちらとしてもありがたい話ね」
「――さて。本題に入りましょうか」
【マティルダ】
「単刀直入に言うわね」
「シリウス殿下と貴方――少し、いや大分“仲が良すぎる”のではなくて?」
【プレイヤー】
「クラスメイトとして、普通に仲が良いだけだよ」
【マティルダ】
「一緒に“デート”したり、二人きりでダンジョンに潜ったりするのが――貴方にとっては“普通”なのかしらね?」
「この学園に入ってから、ずっと思っているのだけれど」
マティルダは、ゆっくりとため息をつき、肩をすくめる。
【マティルダ】
「生徒の皆、“品性”というものが欠けすぎているわね」
「特定の異性を集団でストーカーしてみたり」
「同時に複数の異性と恋仲になってみたり」
「本当に、ひどい有様だわ」
心底呆れた、というような表情を作ってみせる。
【マティルダ】
「まあ、その中でも“特にひどい”と思うのはね」
「“婚約者”がいながら、他の女に現を抜かす男と――」
「それを知りながら、その男をたぶらかす貴方みたいな存在が、平然とここにいることよ」
月明かりに照らされたマティルダの瞳が、静かに、しかし容赦なくこちらを射抜いていた。
【プレイヤー】
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
【マティルダ】
「しかしまあ、ここまで“放置”した私にも、多少の責任はあるのかもしれないわね」
「本来であれば――最初に“その気配”に気づいた時点で、何かしら手を打つべきだった」
「殿下に対して、ここで一度“失敗”を経験しておけば、もう二度と同じ過ちは犯さないだろうと、あえて泳がせて“動かぬ証拠”を押さえようとしたのは失敗だったわね――」
「……最も、貴方が“聖女”でなければ、対処はもっと簡単だったのに」
【プレイヤー】
「……どういうこと。それ、私が“聖女”であることと、何か関係があるの?」
【マティルダ】
「聖女様でなければ――」
「貴方をこの学園から“排除”して」
「殿下にも相応の“キツい制裁”を与えて終わり、で済んだ話よ」
「殿下にはそうね……例えば、“女性に全く興味がなくなる呪い”なんてものもあるわ」
「今後二度と“女性問題”を起こさないように、私がそれを絶えず殿下にかけてあげる、なんていうのも一案かしら」
「夫が問題を起こさないように、妻がきちんと“管理して支える”――」
「何とも“素敵な夫婦”の姿だと思わない?」
「――でも、事情が変わったわ」
「貴方の正体が“聖女様”だと分かった以上、貴方を“排除する”のは非常に難しくなった」
「そして同時に――殿下をあまり強く“どうこうする”のも、政治的に問題があるのよ」
【プレイヤー】
「シリウス殿下を――なんだと思っているの」
「婚約者なんでしょ? そこに“愛情”とか“親愛”は、ないの?」
【マティルダ】
「私と殿下は“政略結婚”よ」
「そのどちらも――“あるわけない”じゃない」
「この国のために“必要だから”結婚しているに過ぎないわ」
「そこに、個人的な感情を混ぜる余地なんて、最初からないの」
【プレイヤー】
「そんなの、絶対に間違ってるよ」
「“政治的だから仕方ない”って言って距離を置いて、
シリウスのことなんて、これっぽっちも知ろうとしないで」
「ただ“一つの駒”みたいに扱うのは、おかしいよ」
「シリウスだって、次期王候補とはいえ“人間”なんだよ」
「周囲の期待に応えなきゃ、とか」
「マティルダの隣に並び立てるようにならなきゃ、とか」
「いろんなことを考えて、悩んで、苦しんで、それでも前に進もうとしてる」
「なのにそれを何も知ろうとしないで――」
「ただ、“他の女と仲が良い”ってだけで制裁を与えて、自分の思い通りに動かそうとするのは、絶対におかしいよ!」
【マティルダ】
「別に、私は“全てをコントロールしたい”わけではないわ」
「ただ、そのほうが“安全”で、“全体の利益”のためになる――それだけの話よ」
「何か“代案”があるというのなら、私はそれを“採用してあげても”構わないけれど?」
「ただし――」
マティルダは、ゆっくりと一歩こちらに近づく。
月明かりを背に受けたその瞳は、どこまでも冷静で、どこまでも現実的だった。
【マティルダ】
「“可哀想”とか、“愛”とか、そういう話ではなくてね」
「もっと現実的な――“メリット”“デメリット”、“リスク”や“利益”という観点で、提案して頂戴」
【プレイヤー】
「……どうして、分からないの」
「人の心とか、シリウス殿下の気持が」
【マティルダ】
「“何も分かっていないのは、貴方の方”よ」
「私と殿下が何故、政略結婚をしていて、どうしてそれを維持しなくてはならないかを」
「貴方は少しも分かっていないのでしょうね」
その言葉には、薄い苛立ちすら混じっていた。
【マティルダ】
「仮に、私と殿下が“破局”したとしましょう」
「その場合、“次期王を殿下とその兄上のどちらにするか”という面倒な話がまた一から燃え上がるわ」
「そういった“政治戦争”は、国を貧しくさせる」
「そして何より――大勢の“民”に、しわ寄せがいく」
「最悪の場合、“内戦”という結末さえあり得るのよ」
「あなたはこの前――たった“数十人”の傷を癒して、皆からチヤホヤされて、
“聖女様”と崇められて、浮かれていたけれど」
「国が政治で荒れたときには」
「“数百”“数千”“数万”という無関係な人間の生命が危機に晒されるのよ」
【プレイヤー】
「…………………………………………………………」
【マティルダ】
「でもそれは殿下や私が“少し我慢するだけ”で、それらはすべて起こらない」
「だったら、それは“国を治める者の務め”として、受け入れるべきだわ」
「逆にね――」
マティルダは、そこでふっと笑みを消した。
【マティルダ】
「そういった境遇に対して『僕は可哀想なんです』なんて寝言を言うような“次期王候補”なら――」
「そんなもの、今すぐに“斬首した方が、この国のためになる”わ」
その言葉は、やけに冷たく、やけに鋭く響いた。
――――――――――――――――――――――――――――
① …………………………………
② そんな将来の可能性を、シリウスに背負わせるのは間違ってる
③ ……………………それでも
⇒④ 私は全てを救いたい
――――――――――――――――――――――――――――
【プレイヤー】
「私は、“全てを救いたい”」
「今のシリウスも、将来起こるかもしれない政治戦争も――」
「私は、その全部を“まとめて救いたい”」
マティルダは、ほんの一瞬きょとんとした顔をしたあと――
心底呆れたように、ゆっくりと息を吐いた。
【マティルダ】
「……会話するだけ、無駄だったようね」
「ここまで“脳みそお花畑”だったとは」
「寝言は寝て言ってちょうだい」
【プレイヤー】
「違う。私は本気だよ」
「だって、私は“聖女”だもの」
「人々を救い、救済するためにいる存在」
「そこにある“救いを求める声”に、大きいも小さいもない」
「そのすべてを救う――そんな存在だもの」
「シリウスも、この国も、いやこの世界の全てを救いたい」
【マティルダ】
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「――はっ、ははっ!」
マティルダは暫しの沈黙の後、堪えきれないとでも言うように、喉の奥から大きな笑い声を響かせた。
【マティルダ】
「なかなか“面白いこと”を言うじゃない」
「そうね。貴方は“聖女”だもの、そういう考えでもおかしくはないわね」
「分かったわ」
「本当は、殿下のことは“問答無用で諦めさせる”つもりだったけれど――」
「貴方に、“一度きり”のチャンスをあげる」
【プレイヤー】
「チャンス?」
【マティルダ】
「そう。――“私と、魔法の腕試し”をしましょう」
そう言って、マティルダはすっと片手を上げ、指を鳴らす。
パチン――と乾いた音が夜気を裂き、
次の瞬間、校舎裏の中庭に“見えない壁”のようなものが一瞬きらりと輝き、空間を取り囲んだ。
【マティルダ】
「周囲に被害が出ないように、“結界”を張ったわ」
「これで遠慮なく魔法を行使できるわ」
「でも、安心なさい。まともにやったら貴方を死なせてしまうから――」
「私は、“初級魔法しか使わない”というハンデをあげる」
「貴方は、好きな魔法を好きなだけ使っていいわ」
「だから、聖女として全てを救うという、神のようなことをしたいのであれば、まずは私に勝つという奇跡を起こしてみせなさい」
マティルダは、裾を払って一歩前へ出る。
長いまつげの奥の瞳が、獲物を見定める猛獣のように細められていた。
――――――――――――――――――――――――――――
① ハンデなんていらない 【BADエンド No.25へ】
⇒② 分かった。起こしてやろうじゃない、“奇跡”を
③ 痛ててて、急にお腹が……
――――――――――――――――――――――――――――
【プレイヤー】
「いいよ。その勝負、乗った」
「“聖女”である私が――“奇跡”を起こしてみせようじゃない」
そう宣言した瞬間、
足元の土が、わずかにざり、と鳴り、夜風が二人のあいだを吹き抜けた。
満月の光の下、“悪役令嬢”と“聖女”の戦いが――静かに幕を開ける。
――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――
「……………いや普通さ、この展開で勝利条件が【15ターン耐えきる】なんて、分かるはずないよ」
PCモニターとドキ魔のゲーム画面を交互に眺め、自作の攻略サイトを編集しながら、私はキーボードを叩く手も止めずに、私は運営への文句をひとり愚痴る。
「どう見たって、“絶対に倒す流れ”じゃん。セリフ回し的にも、演出面的にもさ」
満月の中庭。
悪役令嬢マティルダと、覚醒し始めた聖女主人公。
あのシチュエーションで、「実は殴り合いじゃなくて耐久戦でした~」は、どう考えても初見殺しでしかない。
しかもだ。
「それにマティルダ、開幕から“体力90%削ってくる”理不尽魔法ぶっぱしてくるしさ」
「その直後に、こっちの“属性相性ガン不利”な魔法を叩き込んでくるから、
最初のターンは“回復行動必須”とか、初見殺し性能高すぎなんだって」
HPほぼ全損から始まるボス戦って何! と、初見時は本気で頭を抱えたものだ。
「てかさ、“あの魔法”を“初級魔法”として登録した運営の頭、絶対おかしいからね?」
ゲーム内表記だと【初級結界魔法:グラビティ・ノヴァ】とか、そんな名前だったはずだ。
説明欄には大したことは書かれていない。
『対象のHPの割合ダメージを与える魔法。発動者の技量次第で性能が変動する』
とかなんか、ふわっとした文言でしか説明されていない。
でも実際は、
「“技量次第”ってレベルじゃないんだよなあ」
マティルダが使うと、確実に体力90%削るというとんでも魔法のくせに、
システム上は“初級魔法”扱いという、よく分からないバグ仕様。
一応、プレイヤー側も条件を満たせばこの魔法を覚えられる。
「……覚えられる、けどさ」
プレイヤーが使った場合、
・効果範囲:雑魚敵にしか通らないし、成功確率も低い
・威力:魔術SでHP50%ダメージ、そこからランクが下がるごとに効果が“8%ずつ減衰”していき、
魔術Eだと“HP10%ダメージ”というおしょぼ魔法になる
しかも“貴重な魔法スロット”を二つも潰す、という、見事なまでの“トラップ魔法”だった。
「いや本当、周回プレイさせるために“マティルダにだけは絶対に勝たせない”みたいなスタンスやめてほしいよ」
そうぶつぶつ呟きながら、私は攻略サイトの該当ページに、書き足した。
【VSマティルダ(中庭)攻略メモ】
・勝利条件は「マティルダを倒す」ではなく、「15ターン生存」
・絶対に倒そうとしないこと(5回攻撃すると狂暴化パターン入り → *ほぼ詰み)
*15ターン目に狂暴化パターンに入ると、なんと???
・1ターン目は必ず回復行動。行動しないとほぼ確実に落ちる
・5ターン目と11ターン目に使ってくる魔法は全力で発動を妨害すること
・なお、マティルダは全状態異常に耐性を持っているので、状態異常攻撃は無駄行動(課金アイテムも無効)
・バフはある程度かかったタイミングで剝がしてくる。HPが僅かになると速攻魔法で仕留めにくるなど、いやらしさ満載の戦闘AIに注意
「……これでマティルダに制裁される犠牲者がちょっとは減るといいんだけどね」
そんなことを願うのであった




