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㉜ 後日談


 王女様がようやっと帰ったあと、私の執務室を訪ねてくる人物がいた。


「姉上、アルテナ王女の件は一体どういうことでしょうか」


 ノックも最小限、ほとんど間を置かずに扉が開き、レオが執務室へ入ってきた。


「あら、レオ。今日はお疲れ様」


 私は手を止めて顔を上げる。


「大変だったでしょうから、まずはそこに座りなさいな。疲労回復効果のあるお茶を淹れてあげるわ」


 と着席を促すと――

 しかしレオは、その場から一歩も動かず、じっとこちらを見据えた。


「姉上。私の疑問に答えるのが先です」

「王女と私の面会の件に関して――姉上が何か一枚噛んでいるのは、ほぼ間違いないと思っています」


 流石の鋭さだ。

 表向きには私は一切関与していないことになっているが、私が裏で手を回したことを、レオは見抜いている。


「レオ。何でもかんでも、私のせいにするものではないわ」

「今回の件は“偶然”が複数重なった結果でしょう。何より、面会を強く願ったのは“王女様側”なのだから」

「さすがの私であっても、会ったこともない、そしてまだ幼く社交界デビューもしていない、なにより仮にも“王女様”という存在を、利己的に誘導することなんて出来ないわね」


「いいえ」


 レオは、ぴしゃりと言い切った。


「王女様が私を知る“きっかけ”を作ったのは、明らかに姉上の策略です」

「一見すると回りくどいようで、その導線は裏では一本の線で綺麗につながっている。まさに、姉上のよくやる芸当です」


 ……正解である。


 だが、そこははぐらかしておくべきだろう。


「ああ、そういえば――」

「たしか、ヴァルデン家から王女様への“贈り物”を、王城側が手違いで“レオからの品”と勘違いしてしまって、そこで王女様がレオに興味を持ったのだったかしら」

「でも、あの一件は――“お父様が手配したもの”であったはずよ」


 今回このプレゼントを贈るにあたって、「私が準備した」という理由はさすがに不自然だったので、

 “父がすべて手配した”という流れに変更したのだ。


 その理由も、


「王都ではブランド品が流行しており、上位貴族たちは皆、それぞれに専用の品を身につけている。

 その中で、アルテナ王女だけがそうした品を持っていないのを不憫に思い、

 ヴァルデン家として一本、王女様に贈ることにした」


 という、完璧なカバーストーリー付きである。


 しかし、それでもレオは、私の関与を疑う視線を崩さない。


「父が贈り物を用意したことと、その“表向きの理由”までは、私も理解できます」


「ですが――肝心の“中身”に関して、です」

「王女様の好みに“完全一致”する装飾品を、父が偶然選べるとは、到底思えません」


「ハーウッド家が頑張ったのではなくて?」


「いいえ。色、宝石の種類、デザインの雰囲気に至るまで、王女様の趣味とぴたり一致していたそうです」


「そんな芸当ができるのは――姉上しかいません」


(……王女様の好みを、事前にかなり細かく調べさせたのが、裏目に出たわね)


「考えすぎよ。偶然かもしれないじゃない」


「仮に――今回の”献上品の策略”を行ったのが、私が本当に行ったとしても」


「その場合、王女様がどんな行動に出るかなんて、まるで想像がつかないわ。

 本来なら“感謝状の一通”だけで済ませてもおかしくない案件なのだから」


「いいえ、これらが全て偶然起こった可能性は限りなく低いでしょう」

「何かしらの理由があって私と王女様を引き合わせた可能性は、非常に高いと考えております」


 レオの視線は真っ直ぐで、わずかな迷いも見えない。


 そんな弟に対し、私は紅茶を一口含んでから、あくまで穏やかな声音で言葉を返す。


「レオ。貴方の推察は、とても素晴らしいものがあるわ」

「けれど――そこには、一つ“大きな見落とし”があるの」


「……見落とし、ですか?」


 レオの眉が、ほんの少しだけ寄る。


「それはね」

「“貴方と王女様を引き合わせたところで、私には何のメリットもない”という点よ」


「!」


 レオは、はっとしたように目を見開く。


「たしかに、王家とヴァルデン家が“縁”を結ぶこと自体には、大きなメリットがあるわ」

「でも――“婚約相手として”貴方と王女様を引き合わせるには、年齢差が大きいわね」


「そういった動きを本格的にしたい場合、まず最初に計画されるのは――」

「“私と第二王子との婚姻”のほうでしょうね」


 そこで一度区切ると、レオはほんの少しだけ視線をそらし、静かに口を開いた。


「……姉上が、それを“回避したいから”という可能性もあるのでは」


 私と視線を合わせるその瞳には、探るような色が混じっている。


「第二王子との婚約を避けるために、代わりに“私と王女様”を縁づける――

 そういう意図だったのではありませんか?」


「第二王子のことはよく知らないけれど」


 私は、あえて肩の力を抜いた声音で返す。


「仮に第二王子と私が婚約した場合、“次期王妃は私”と決まるようなものよ」

「王妃になれば、“王家と国政”に対して、かなりの裁量権が持てるし、なにより国のナンバー2の立ち位置になれるのよ」

「――断る理由は、あまりないのではなくて?」


 静かにそう告げると、レオは数秒ほど黙り込み、やがて小さく息を吐いた。


「……たしかに」

「姉上の性格を考えると、“王妃という地位そのもの”にはさほど興味がなくとも」

「その“権限”と“盤面に対する影響力”が手に入ることについては、むしろ歓迎する側でしょうね」


 そこまで権力そのものが好きなわけではないのだが――

 周囲からそう思われている以上、この認識は“利用価値がある”。乗っておくべきだろう。


「そうなのよ」


 私は、わざとらしく肩をすくめてみせる。


「だから私としては、むしろ貴方たちが“仲良くなりすぎる”のを、軽く邪魔するポジションを取ろうと思っていたのだけれどね」


「だけれども、それはやめることにしたわ」


「……どうしてでしょうか」


 レオが、少しだけ表情を引き締めて尋ねてくる。


「アルテナ様のような“妹”が欲しい、と思ってしまったからよ」


 私は、さも当然のことのように言う。


「あの素直で、可愛らしい態度」

「それでいて、私のことを心から“尊敬している”ような、あの真っ直ぐな目線」

「そして何より――私に対して、物怖じしない」


「どれを取っても、理想的な“妹そのもの”だわ」


「姉上……」


 レオは、なんとも言えない複雑な顔で私を見る。呆れと納得と、若干の諦めが混ざった表情だ。


「だから――アルテナ様の“恋路”を応援してあげることに決めたわ」


 私はにっこりと笑って告げる。


「覚悟しなさい、レオ」


「……とんでもなく、強大で難攻不落な敵が、急に目の前に現れた気分です」


 レオは、肩を落として深くため息をついた。


「まあ、私も“無理やり”というのはあまり好きではないから」

「しばらくは、“観察するだけ”にとどめておくわ」


 私は、少しだけ表情を緩めながらそう告げると。


『強制イベントの権化みたいな存在が、よく言うよ』


 頭の中で、リカがぼそりと毒を吐いた。


「でも、レオ。――貴方も王女様とは、だいぶ仲良さげだったじゃない」


 私がそう問うと、レオは少し視線を泳がせてから、観念したように答えた。


「アルテナ様に対して、“不快なところ”は今のところありません」

「まあ……“幼すぎる”という点に関しては、最大限抗議をしたいところではありますが」


「それは、そうかもね」


 私はくすりと笑う。


「でも、いらっしゃったときも相当貴方に好意を持っていらした様子だったけれど――お帰りの時なんて、あなたにべったりだったわ」


『王女様、帰りたくないって、玄関でめちゃくちゃごねてたもんね』


 リカの言う通りだった。


 レオが「近いうちにまた会いましょう」と約束し、

 「私は“我慢できる強い女性”が好みです」と、なんともな一言を優しく添えて聞かせた結果――


 ようやく、王女様は涙目になりながらも、渋々馬車に乗って帰っていったのだ。

 二人きりのあいだに、さらに好意を持たれた様子である。


「随分と楽しいデートだったのではなくて?」


「……そうですね。王女様には楽しんでもらえたようではありましたね。まあ、こういうことは“慣れている”ので」


 レオは、どこか遠い目をしながら続けた。


「あの王女様のわがままな在り方は――昔の姉上に似ていたので」


「どういう意味かしら」


 にこりと笑顔を貼り付けたまま尋ねると、レオは少しだけ口元を緩める。


「“自由奔放”というのは、周囲に尋常ではない影響を及ぼす――という意味です」


 どこか懐かしそうな顔で、そう言った。


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 私はあえて軽く流し、それから少し真面目な声に戻す。


「でも、その割には――王女様に終始優しくしてあげていたじゃない」

「もっと上手くいなしたり、一線を引いた距離で対応する立ち回りも、できたはずよ?」


「それは……」


 レオは少し視線を落とし、テーブルの木目を見つめるようにしながら続けた。


「アルテナ様の“境遇”に、少し同情してしまった、からでしょうかね」


 そうしてレオはアルテナ様の境遇を語りだした。


 私が面会の前に掴んだ情報、そしてレオ自身が会話の中で掴んだ断片を総合すると――

 アルテナ王女は、上に二人の兄がおり、その二人が“政略の中心”としてバチバチにやり合っている中で、

 年も離れており、しかも“女児”ということもあって、政略戦争からは意図的に外されている存在だ。


 そのため、彼女に“縁を売ろう”とする大人はほとんどおらず、

 周囲には専属メイドが大勢いる以外、同年代の友人も、政治的な後ろ盾になろうとする者もいない。


 王女としての歳費もわずかであり、不自由なく暮らせはするものの、とても“王女様らしい生活”とは言い難い。

 加えて、受けているのは「必要最小限の教育」にとどまっているのだとか。


(今日アルテナ様に対して感じた“年齢よりも幼い印象”は、これが原因ね)


 加えて――


 父である国王は連日の国事で忙しく、滅多に会えない。


 そして彼女の母――現王妃は、一年前から病に臥せっており、

 月に数度、短時間の面会が許されるのが精一杯だという。


 広大な王城という“巨大な箱”の中で、彼女はほとんど孤立しているのだそうだ。


「……そういった話を聞いてしまった以上」

「“距離をとる”ような態度を取るのは、さすがに気が引けました」


「ですから、少なくとも今日くらいは――」

「彼女にとっての“王子様役”を演じてさしあげても、罰は当たらないかと」


 その言葉に、私はほんの少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「……そう」


 紅茶のカップを指先でなぞりながら、私は小さく頷く。


「なら、私がアルテナ様の“お姉様役”として、人肌脱ぐのも――悪くないわね」


「姉上も、アルテナ様同様“気が早すぎ”ます」


 レオが、呆れ半分の声で返してくる。


「私には他に“婚約者候補”がいますし、その彼女たちと比較すると――アルテナ様は、あまりにも幼すぎます」


「いえ、“婚約するかどうか”は本人の気持ち次第よ」


 そう、王も父も言っていた。


「レオは――アルテナ様のことを、どう思っているのかしら」


 少し意地悪く問いかけると、レオは一瞬だけ目を伏せ、それから目を細めて答えた。


「……姉上。六歳の子供に対して、“何も思うことはありません”よ」

「強いて言えば――その境遇に、少し同情するところがあるくらいです」


 静かな声音だったが、その奥にはわずかな怒りと哀れみが混じっているようにも聞こえた。


「アルテナ様も、とんでもなく難攻不落の人を好きになってしまったのね」


 私は、肩をすくめて言う。


「同情するわ」


 そう言い放った私を、レオはじっと見つめ――


「姉上だけは、それを言う資格はありません」


 と、きっぱり言い切ったのだった。


 その目には、事の元凶を責める色よりも――どこか、違う。まるで、


 ”マティルダ()こそ難攻不落の権現”

 

 とでも言いたげであった。


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