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㉜ 後日談

 

 殿下との婚約拒否の一件は、その後、私とリカとのあいだで、かなり長い口論を生むことになった。


『確かにさあ、私がちゃんと説明しなかったのも悪かったとは思うよ?』

『マティルダがゲーム上“悪役令嬢”として主人公と対峙する、その理由が第二王子との色恋沙汰っていう理由とか原因を。

 そしてそのトラブルを回避する場合、一番確実なのはそもそも第二王子と婚約しないって発想をするのはまあ分かるけど…………』

『でも、その婚約自体をなくしちゃうような物語の根幹を変えてしまったら、もう“私の知る未来”じゃなくなっちゃうじゃない』


『どうすんのさあ、まったく。色んなイベントが消滅しちゃった可能性大じゃん。責任とれるの? てかちゃんと聞いてるの?』


 リカは、いつになく怒っていた。


 対して私は、机に頬杖をつき、どこかけだるげにそれを聞いている。


「聞いてはいるけど、今回の件については“貴方の方が完全に悪い”わ」

「ちゃんと筋書きがあって、その通りに動いてほしいのであれば――

 その理由と、具体的な行動内容を“最初に”しっかり説明して頂戴」


『だってさ、真実を言ったらマティルダはキレて、婚約破棄しそうだったんだもん』

『“この私を差し置いて、他の女に現を抜かす男なんていらない”って、絶対そうなると思ったし』


 私は、指先で机を軽くトントンと叩く。


「シリウス殿下と私は“政略結婚”よ?」

「殿下が誰に好意を寄せようが、私はあまり気にしないわ」


「むしろ、その“失態”を利用して、殿下を意のままに操る策を考えそうなものだけれどもね」


『うぐ……まあ、確かにマティルダはそういった感じに動きそうだ』

『どき魔でも、マティルダは殿下に対して“恋愛感情はこれっぽっちもない”って感じだったからなあ』

『この乙女ゲームマスターの私が、二択の選択肢を外すなんて……』


 リカは、しゅんとした声を出す。


「しかも現実問題として、私が殿下と婚姻したら、私の行動は大きく制限されるわ」

「その“攻略対象たち”に接近してなにかする――という行動は、かなり難しくなるのではないかしら」


 仮にも王族になるのだ。行動は謹まざるを得ない。

 殿下以外の異性に、むやみに近づくのは避けるべく行動する必要があるだろう。


『いや、ゲーム本編のマティルダはさあ、ま~あ自由に動いていたよ?』


『魔王の手先になってる教師を“半殺し”にしたり、ナンパしてきた貴族の手をへし折ってみたり、

 あとブチギレて校舎を平気で半壊させたりとか、平然とやってたし』


「……毎回思うのだけれども」


 私は額に手を当てる。


「私の“やらかしの結果”じゃなくて、その“原因”と“過程”を、最初からしっかり教えてちょうだい」


『これでも私、まだ滅茶苦茶に怒ってるんだからね』

『マティルダがちゃんと反省して謝るまで、絶対に教えない。べーだ』


 そう言って、リカの声はぷつりと途切れた。


(まったく……また封印の箱に戻してやろうかしら)


 という考えが、ふと頭をよぎる。


 だが――どうせリカのことだ。明日になれば、怒りはかなり静まっているだろう。


 ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって、

 なぜ校舎を破壊する流れになったのかや、魔王の手先とやらの詳細について、改めて聞き出す必要がある。


 そう思いながら、私は左手の指輪の表面をなだめるようにそっと撫でた。


 ◇ ◇ ◇


 そのまた後日、レオルドと第一王女アルテナ・フォン・アインヴァルトの顔合わせが行われることとなった。


 当然ながら、ゴリゴリの“政略目的”である。


 とはいえ、父も国王も「幼子にあからさまな無理強いは良くない」という考えは共有しており、

 政略であることを周囲や当人たちに悟らせないために、かなり回りくどい手段を取ることになった。


 まず――私はハーウッド家製の“至高の一品”を、アルテナ王女への献上品として王家に送った。


 王女は送られてきた高級品に、「この贈り主は誰か」と当然の疑問を抱く。

 そこで、王城の役人が“宛名”を確認するも、そこには「ヴァルデン」の名のみ。


 個人名が書いていなかったため、状況から考えて

「ヴァルデン家の後継ぎ=レオルド」

 と、実に都合よく“勘違い”してしまい、そのまま王女にそう伝えてしまった――という出会いの筋書きである。


 もちろん、レオが女性にプレゼントを贈るような真似を自発的にするはずもないので、

 実際に献上品を用意したのは私で、それを贈ったのは父だ。


 だが、あえて家名だけを書いておいたところを、王家の役人が“そう解釈した”

 ――という形にしてある。


 今回の計画を実行する上で


「アルテナ王女が装飾品を気に入り、“レオに興味を持つ”かどうか」


 という部分は、正直かなり“賭け”の要素が大きかった。

 だが、私の読み通り――王女はその装飾品を大層気に入った


 ここまではよかったが、一つだけ想定外のことが起こった。


 それは――

「こんな素敵なものを贈ってくれた男性が、どんな人なのか」を王女がとても興味を持ってしまったことだ。


 その結果

 そして肖像画を見た結果――レオは王女のお眼鏡にかなってしまい、

 王女はかなりの熱量で舞い上がってしまったらしい。


 そこからの展開は早かった。


「どうしてもお会いしたい」と王女が強く望んだことで、


 ――今さら「実は手違いでした」とは、口が裂けても言えない状況が出来上がり、


「この際、お前がプレゼントを送ったことにしてしまい、“顔合わせくらい”はしてもらえないか」


 と、父がレオに頼み込むという流れで、今回の面会へと至った形である。


 本来の計画では

「素晴らしい品をありがとう」といった感謝の手紙をきっかけに文通を始めさせるよう誘導し、

 しばらくやり取りを重ねたうえで、頃合いを見て自然な流れで“正式な顔合わせ”へと進める段取りだった。


 まあ計画通り――とはいかなかったが、“思惑通り”ということではあった。


(もっとも、“相当舞い上がってしまった”という部分は、誤算だったけれどね)


 その結果一刻でも早く会いたいという王女の我儘によって、

 急ピッチで面会の手配が整えられたのだ


 それでも飽き足らず、


「早くお会いしたい」「レオルド様のことを思うと夜も眠れませんわ」


 など、熱量たっぷりの長文の手紙と大量の髪の毛が

 ここ最近、毎日のように“レオ宛て”に届いているあたり――


 王女はだいぶ舞い上がってしまっているようだ


 ◇ ◇ ◇

 面会当日


 面会はヴァルデン家で行うことになり、その当日は、王城からの馬車が屋敷に到着した際、

 玄関前でレオがエスコート役として出迎える段取りになっていた。


 その様子が気になって仕方がなかった私は、

 少し離れた場所から索敵用の魔法を応用し、二人の様子を観察することにした。


 すると、すぐさまリカが口を挟んでくる。


『マティルダのブラコン具合は、やっぱりおかしいって。

 そんなに気になるなら、レオ様と一緒に出迎えに行けばよかったじゃん』


「それではレオのためにならないわ。

 それに――二人の時間を邪魔するわけにもいかないでしょう」


 そう呟き、遠視用の水晶玉に対して、さらに魔力を注ぎ込む。


 やがて、王家の紋章を掲げた馬車がゆっくりと止まり、

 従者が扉に手をかけたかと思うと――


 扉が勢いよく開き、小さな人影がひらりと飛び出す。

 そのまま、その影は一直線にレオへと駆け寄り――


 ――思いきり抱きついた。


(なんとも元気がいいこと。

 ……でも礼儀作法の教育は、まだ本格的には受けていないのかしらね)


 おそらく、知識としては既に教えられているのだろうが

 だが、まだ幼さゆえに、“感情”と“理性”のコントロールが追いついていない――そんな印象だった。


 レオの方はというと、最初こそ明らかに困惑していたものの、

 すぐに切り替えたようで――


 王女を優しくそっと引きはがし、その小さな身体を脇の下から抱え上げると、

 そのまま“高い高い”をするように、軽々と持ち上げてあやし始めた。


(……これは)

(異性に対する目というより、完全に“子供を見る目”ね)


 レオは子供に優しい。


 加えて、よく孤児院を回っては、子どもたちと遊び、世話を焼いている。

 その甲斐あってか、“幼い子の扱い”にはすっかり慣れてしまっているのだ。


 まったく――その孤児院を建ててあげたのは“私”だというのに、

 孤児たちはレオにばかり懐き、肝心の私はというと“恐怖の対象”らしい。


 悪いことをした際には、『マティルダ様に言いつけるよ』

 と言うだけで、子どもたちは一瞬で大人しくなるのだとか。


(……いけない、盗み見に集中しなければ)


 そう思い直し、水晶玉へと再度魔力を流し込むと、二人の様子がまた鮮明に映し出される。


 二人は互いに挨拶を交わしたかと思うと、王女様が何か我儘を言ったようで、

 それをレオがやんわりと諭し、フォローしながら――


 二人はしっかりと手をつなぎ、屋敷の中へと並んで入っていった。


『うは、子供に優しいレオ様とか、これ完全に“狙ってるでしょ”』

『普段は寡黙で冷徹なのに、子供に対してあやし方が完璧っていうか、良いお兄さんやれてるレオ様。

 このギャップ、良いわ……。王女様と婚約させるって聞いたときは、NTRいやWSSって感じですごいモヤモヤしてたけど――

 このレオ様が見れただけで私は満足』


 リカが何やら訳の分からない感想を述べているが――

 二人が仲良さげなのを見て、思わずこちらもほっとしたのは事実だ。


(……とはいえ)

(王女様側から“政略結婚を申し込まれそう”な勢いなのは良いとして――肝心のレオの方が、ね)


 問題はむしろそこだろう。

 この二人のあいだの“感情のギャップ”を、どう埋めていくかが今後の課題になりそうだ。


 ほどなくして、レオに連れられた王女様が、私のところへと挨拶にやって来た。


 本来であれば、面会室に私と父が揃って、

 王女様に挨拶をするはずだったのだが――


「わたくしは、“会いに来させる”のではなく、じかにお二人に会いにいきたいですわ」


 と、王女様が言い張ったらしく、

 結果として、屋敷の探検がてら王女様の側からわざわざ訪ねてきてくれることになった。


 レオとしっかりと手を握ったアルテナ王女は、裾をつまんで優雅に一礼しながら、


「マティルダおねえさま、ごきげんようでございますわ」


 と、なんとも愛らしい挨拶をしてきた。


(……これは、教育のしがいがありそうね)


 そう思いつつも、まずは形式どおりに返す。


「こちらこそ初めまして。そしてご機嫌よう、アルテナ王女様。

 お会いできて光栄ですわ」


 淑女の礼をし、少し腰を落として笑顔を作る。


「ですがアルテナ様、私は“貴方のお姉さま”ではありませんよ」

「その呼び方が許されるのは――アルテナ様と我が弟レオとが婚約した場合に限りますわね」


「ちょっ、姉上」


 隣でレオが小声で何か言おうとしたが、一旦無視する。


「そう、でありました」


 王女様は、いったんしょんぼりした様子を見せたものの、すぐに顔を上げ、


「ですが、それはいずれ、たっせいされますわ。

 なので、いまから“おねえさま”と呼んでも、なんのもんだいもありません」


「……どういうことでしょうか?」


 私は笑顔をキープしたまま、すこし首をかしげる。


「わたくしは、レオルド様と“しょうらい、けっこん”するからですわ」


 胸を張り、これ以上ないくらい得意げな顔――

 何とも見事な“ドヤ顔”を披露してみせたのだった。


「あら、そうでございましたか。では私のことは、マティルダ、もしくは“お姉さま”とお呼びください」


「分かりました、マティルダおねえさま。わたしも早くレオルド様とけっこんするために、おねえさまみたいな、かんぺきでさいきょーな美人になれるように、がんばりますわ」


 そう宣言するアルテナ様の頭を私は優しくなでながら


「まあ、お世辞がお上手ですわね。これから末永くよろしくお願いしますわ」


 どこか遠い目をするレオは置いておき、私とアルテナは仲良くなったのだ。




 しかし、この頃のアルテナは、本当に“可愛かった”わね。


 私はそう思いを馳せる。

 こんなアルテナが、大人になったら“あんなふう”になるとはね。


(愛の力って、恐ろしいわね)


 思わずそんなことを思うのであった。

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