㉜ シリウス殿下 「婚約拒否エンド」
第二王子との政略結婚という話。
正直、私は――予想はついていた。
理由は簡単だ。
リカの言う“未来の私”と、“今の私”とのあいだに、決定的な違いが一つあったからだ。
それは、
“未来の私は婚約者がいる”が、
“今の私には婚約者がいない”
という点である。
私自身、正直こういった“浮ついた話”は、これまでも何度かあった。
だが、興味がないことに加えて――
「私とは釣り合わないでしょう」
と、ばっさり切り捨ててきた。
それでもなお、しつこく迫ってくる連中には、容赦ない“制裁”を加えていった結果――
今では、私に直接“婚約の話”を持ちかけること自体が、
“自殺行為”と見なされている。
そのため、私へのお誘いは、
「手紙」か、「取り巻き連中を通して」行うしかなくなっており、
どちらも“私としては簡単に破棄できる”形式である以上、
私は今まで、容赦なくそれらを叩き落としてきた。
――そんな私だが、学園では「婚約者がいる」という未来。
私と釣り合い、なおかつその強固なフィルターを突破できる人物となると、
候補は、消去法でごくわずかな面子にまで絞られる。
さらに「同じ学園」「同世代」という条件を満たすとなれば――
残るのは、たった一人。
第二王子シリウス・フォン・アインヴァルト。
その名に行き着くのは、ほとんど必然だった。
◇ ◇ ◇
目が合った殿下は、ほんのわずかに顎を引き、礼儀正しく軽く頭を下げた。
「我が息子シリウスは――」
王が何かを続けようとした瞬間、私は改めて二人を見やる。
王の厳しい眼差しと、第二王子の静かだが穏やかな瞳。
シリウス殿下は、微笑を浮かべてはいるものの、本心で何を思っているのかを読ませない。
厚い仮面をまとったような顔で、ただこちらを見返してくる。
「――いかがかな、マティルダ殿」
王が、重々しく問う。
返答を急かすような声音ではない。
だが、この場の空気は、明らかに“私の一言”を待っていた。
胸の奥が、ほんの少しだけ冷たくなるのを感じながらも――
私は、自分の中で出していた結論を、そのまま口に乗せる決心をした。
「此度の縁談ですが――」
一度、息を整え、殊勝な顔つきで言葉を紡ぐ。
「非常にご光栄なお話であることは、疑いようもございません」
だが。
「ですが――お断りさせていただきます」
その一言が落ちた瞬間、
場は、はっきりと“揺れた”。
「……なっ」
普段ほとんど表情を崩さない父でさえ、わずかに目を見開き、こちらを見た。
シリウス殿下は、表情こそあまり変わらないものの――
その瞳の奥に、ごくわずかな動揺の色が走ったのを、私は見逃さない。
「……理由を――」
沈黙を最初に破ったのは、王だった。
狼狽を抑え込もうとしているのが分かる、かすかな掠れ声で、
「“断った理由”を聞かせてもらえぬだろうか」
と問うてくる。
「魔王との戦いに備えるためですわ」
淡々とした口調でそう告げた瞬間――
先ほど以上に、空気がざわめいた。
「なぜお主が“魔王”のことを――伯爵から聞いたのか?」
「いいえ。父はそういったことを、私にはなかなか教えてくれませんもの」
私は、さらりと言い切る。
「私が知ったのは――“天啓”のようなもの。
この世界を設計した“上位存在”と呼ばれるものの手引きで、少しばかり“未来の筋書き”を教えられたに過ぎませんわ」
王は、ちらりと視線を横へ向ける。
そこには、“嘘を感知し、反応を示す”魔道具が据え置かれていた。
しかし――その魔道具は、何の反応も示していない。
つまり、今の私の発言は“真実”として判定されている、ということだ。
「その“天啓”によると――」
私は、言葉を続ける。
「魔王を討つ“聖女様”と呼ばれる存在が、この世界のどこかに現れるそうですわ」
「そして、私が――その聖女様の歩むべき道を“阻害”してしまう可能性があるらしいのです」
「その“原因”の一つとして挙げられていたのが――
この、“私と殿下との婚約”である、というわけなのです」
これも、嘘ではない。
リカがそう言っていたのだから――少なくとも、“リカの知る未来”において起こるべく可能性であることは事実だ。
室内の温度が、わずかに下がったように感じる。
「……その“聖女”とやらのことも、すでに何か知っているのか」
王が低く問う。
「詳細な素性までは、まだ把握しておりませんわ。
ただ、分かっていることとしては――今はまだ“ただの少女”であり、それが成長し、覚醒し、“聖女”となる。
その程度の情報しか、現時点では把握していません」
「ですが――」
私は、ゆっくりと王を見据えた。
「近い将来、その聖女様は“私や殿下と関わる可能性が高い”ようなのです」
「そして、私たちの在り方次第では――
聖女様の“成長”を阻害し、その“覚醒”すら妨げてしまう恐れがある、と」
「私は、この国――いいえ、この世界を、無用な危険に晒したくはありません」
「ですから、此度の縁談を――お断りさせてくださいませ」
これも、嘘は言っていない
そのため嘘を見抜く魔道具は、無反応である。
(……殿下は将来、他の女に現を抜かす可能性があるとか。
“未来の私”が殿下と別れたあとに抱えていたであろう感情を、代わりに清算してあげたいとか。
そういう要素も、あるにはあるけれども)
大部分は――本当に、“この理由”である。
「……………………」
王は、再び沈黙した。
父も隣でジッと私の様子を観察している。
シリウス殿下は――ただ、まっすぐに私を見ている。
「もちろん、王家とヴァルデン家の“関係強化”そのものを、否定しているわけではありません」
私はそこで、一つ提案をする。
「ですから私は――第一王女殿下と、我が弟レオルドとの“婚約”を提案いたしますわ」
その言葉によってまたこの場の空気が大きく揺れる
「……王女殿下は、まだ六歳の少女であるぞ対しレオルドと年が一回り違うのもそうだが、まだ幼い頃娘に対し我々大人の都合を押し付けるのは酷であろう」
先に口を開いたのは、父だった。
「婚約するにあたっては本人たち、ましてや王女殿下の意見や感情を最優先にすべきだ」
「それに、レオと王女様の婚約の場合、王女様嫁いでもらう形になる――
仮に将来、二人の間で子が産まれた場合、我が家に“下位とはいえ王位継承権”が生まれる」
「それはそれで、“余計な混乱”を生むのではないか」
困惑を滲ませながら、そう口を挟む。
「私が殿下と結婚しても、“似たような混乱”――いえ、それ以上の混乱が起きる可能性は高いですわ」
私は、淡々と指摘する。
「第二王子であられるシリウス殿下と私が婚姻した場合――
“次期国王をどちらにするか”で、大きな対立が生まれるでしょう」
「最も――」
私は、ちらりと王へ視線を送る。
「国王陛下としては、“第二王子を次期国王に推薦したい”お考えなのでしょうけれど」
その瞬間、王の表情が、わずかに強張る。
図星――というやつだ。
「もしそうであるなら」
私は、やわらかく微笑みながら続ける。
「“婚約”という形を取らずとも、当家としてフォローできることは多くございますわ」
「そうでしょう? お父様」
そう言って、今度は父の方へと視線を向け、わざと少し“甘えた”ような表情を作ってみせる。
父は、ほんの一瞬だけ目を細め――そして、静かに口を開いた。
「……王家が“この国の安定”を第一に考えておられるのであれば――
ヴァルデンとして、できる限りの協力を惜しむつもりはない」
私は王を真正面に見据え
「私と婚姻せずとも、レオルドと第一王女殿下のご縁を“一つの選択肢”として温存しつつ、
まずは“対魔王戦の準備”と、“王家の威信回復”に向けた策を詰める方が先かと存じます」
王は、父と私を交互に見、そして深く息を吐いた。
そこから今後のことについて、いくつか具体的な案と役割分担を議論した後――
「……さすが。ヴァルデン伯爵の娘だけあって、一筋縄ではいかず、こちらの想定を簡単に超えてくる」
王は、椅子の背もたれにもたれながら、小さく嘆息した。
「貴殿のような存在が、この国にいてくれるだけでもありがたいと……感謝すべきなのかもしれんな」
嘆息混じりではあるが、その声音には、かすかな安堵と、諦めにも似た色が滲んでいた。
「お褒めにあずかり、光栄ですわ」
私は礼儀正しく一礼し、続けて口を開く。
「あと、不躾なお願いですが――此度の“婚約の件”をお断りした話は、くれぐれも内密にお願いいたします」
「殿下や、私自身の今後にも差し障りが出ると思いますので」
「……よかろう」
王は短く頷く。
「この話自体、“なかったことにする”ために、王家としても全力を尽くそう」
その言葉を受けて、父が静かに私へ視線を向けた。
「マティルダよ。本当に、この決断で良いのか」
低く、真剣な声音だった。
「一度ここで断り、さらにレオルドと第一王女殿下との婚姻の話を進めるとなれば――
お前自身が、将来“殿下との婚姻”を選ぶ道は、事実上ほとんど閉ざされる」
「お前ほどの器量があれば、殿下と婚姻し“王妃の座につく”のも決して難しいことではないであろう」
「その未来を捨ててしまって、本当に良いのか」
私の将来に対して、親として真っ当に心配している問いかけだった。
「はい。構いません」
私は、はっきりと頷く。
「何度も申し上げている通り――これは、この国や世界のためですもの」
そう宣言すると、室内の空気が少しだけ重くなった。
王も父も、そして第二王子も――なんとも言えない視線を、私に向けている。
(……ああ、これは少し“重く”しすぎたわね)
そう判断し、私は意図的に口調を和らげる。
「あと、そうですね――」
少しだけ視線を逸らし、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「“恋愛”というものにも、少し憧れているというのもありますわ」
その瞬間――
部屋の隅に置かれていた“嘘を検知する魔道具”が、
チンッ!!! と盛大な音を立てて光り輝き、
私の嘘を、実に容赦なく暴き立てたのであった。




