㉜ シリウス殿下
これで彼女たちは、この“エストワール”というブランドを、周囲に「自慢」という形で広めてくれるだろう。
ブランド品を広めるうえで最も効果的なのは――
有力者が「見せびらかしながら語る」ことだ。
「私だけが持っている特別な品」を誇るその姿こそが、何より強力な宣伝になる。
しかも今回は、同時に“恩”まで売れたのだ。これ以上ない一手と言っていい。
◇ ◇ ◇
その後は、パーティー会場で王のもとへ挨拶に向かったりしつつ、
基本的には、いつも通り――
彼女たちが紹介してくる人々に順々に挨拶をしては、軽く会話を交わす、という形で時間を過ごしていた。
大規模パーティーだけあって紹介される相手も多く、
その対応だけで、気づけばパーティーの大半の時間が埋まってしまったほどだ。
『いやー、せっかくなら攻略対象たちを“こっちから”見に行きたかったんだけどなあ……』
最初のうち、リカはそれなりに不満を漏らしていたが――
彼女たちの紹介リストの中にも、どうやらリカのお眼鏡にかなう人物が多かったらしく、
最後の方には、すっかり上機嫌になっていた。
ハーウッド家のエリオと、ノクティル家のセルヴァン――
この二人がどういう人物かは、“実物を目視確認”するだけにとどまったが、今日の成果としては上々と言えるだろう。
何しろ、私がパーティー会場で積極的に動き回れば、良くも悪くも“過剰に目立つ”。
その結果、後日になってから、色々な噂や憶測が膨らんでしまうのだ。現時点では、これが最良であろう。
私的には長く感じたパーティーがお開きになる頃。
名残惜しそうにまとわりついてくる“取り巻き連中”に別れを告げ、私は父と合流した。
父が王家付きの使用人に声をかけると、
会場の出入口とは違う、別の扉へと案内される。
そこは、王城へと直接繋がる通路だった。
王直属の近衛兵たちが見張りと巡回を行っている静かな回廊を、
私たちは使用人の先導に従って歩いていく。
石畳の床と、等間隔に並ぶ燭台。
壁には王家の紋章をあしらったタペストリー。
……どこを見ても、ほとんど同じ光景が延々と続いている。
これから、“私が予測しているイベント”が来る、と仮定した場合――。
いくら王とはいえ、だいぶ無礼な呼びつけ方だと思う。
内心、少しイライラしていると――
「王の前では、くれぐれもそんな顔をするのではないぞ」
横を歩く父から、低い叱責が飛んできた。
「今日はパーティーで、ただでさえ”くたくた”なのにもかかわらず
いくらなんでも――歩かせすぎです。
なぜ、王城内までわざわざ出向かねばならないのですか。
国王もパーティー会場にはいたのですから、その場か、もしくは近くの個室で要件を伝えれば済んだ話です」
「形式や格式というものがあるのだ。
加えて、王城は広いからな。仕方がなかろう」
「いいえ。せめて長く歩かせるなら、もっと“飽きさせない”工夫が必要ですわ。
先ほどから同じような造りや装飾ばかりで、代わり映えのしない通路が延々と続いています。
これでは“退屈”してしまいますわ」
思わず、口調が少し刺々しくなる。
父はふっと小さく笑い、肩をすくめた。
「まあ、そう言うな。王家も王家で色々と忙しいし、金もないのだ。
もし気になるのであれば――お前が将来、好きなように色々と変えたらいいだろう」
その言葉は、本当に“何気なく”口にされたものなのだろう。
けれど――
その一言で、私の中の推測は“ほぼ確信”へと変わった。
(さて――どう“落とし前”をつけてもらいましょうかね)
そう思考している私に向かって、
「あと、その指輪だが――万が一ということもある。
王との面会まで、この箱に保管しておけ」
と父がそう言いながら、重厚な金属製の小箱を差し出してきた。
表面には複雑な紋様が幾重にも刻まれ、魔力の流れが蜘蛛の巣のように走っている。
「これは?」
私が疑問を口にすると、
「お前が言う聖遺物を封印するものだ。しかも強力なものであり、外から、しかもお前クラスの魔術師でないと封印は解けない仕様になっている」
「心配しすぎでは?
そして、何が起きようとも“私が対処”可能ですわ」
「いや――その指輪の本当の効能が、
“所有者の体を、少しの時間だけ乗っ取る”という類のものだった場合を考えろ」
父の声音がわずかに低くなる。
「そう、お前の体を一刻だけでも動かせてしまった場合――その被害は尋常では済まない」
「……リカの“本当の思惑”が王の命やこの国の混乱であった場合、この場で本性を現す可能性がある、と」
『ええ、なんで私疑われてんの?
いや、たしかに“得体が知れない”かもしれないけどさ、私がマティルダを動かせるわけないじゃん。
できることと言ったら、発光することくらいだよ』
『てか、めちゃくちゃ禍々しい箱。
いや、この中に入るのは私、イヤなんだけど……。
マティルダからも“私は安全な存在だ”ってお父さんに言ってよ』
と、リカが頭の中で必死に抗議しているが――
「王の命やこの国に、万が一はあってはなりませんわね」
私は短くそう答え、左手から指輪を外すと、そのまま箱の中へとそっと置いた。
『え、ちょっと? 問答無用? 酷くない?』
『今のシリウス君を一目だけでも見ておきたいんだ、それから箱に入る流れでもいいと思わない?』
『マティルダと出会う前のシリウス君を、一目だけでいいから――』
そこまで言いかけたところで、私は箱の蓋を、静かに閉じた。
カチリ、と重い錠前が噛み合う音が響き、封印の剣魔術が展開される――
(素晴らしい魔術ね。でもところどころに粗があるわね)
封印魔術の構造と、それを解く手順は、そう難しくなさそうだと考えているうちに、
リカの声は、ぴたりと止んでいた。
今までずっと一緒にいたが、ここに来て久しぶりに“一人”になれた気がする。
リカは私に憑依している、ということを言っていたが、
やはりというべきか、その本体は指輪にあると言い切ってもいいであろう。
こういうのは、たしか“呪い装備”というのだと、彼女は言っていた。
大きなメリットを持つ代わりに、相応のデメリットも抱えた装備。
リカの場合、そのデメリットというのは――煩わしさであろうか。
だが、そこでふと別の思考が脳裏をよぎる。
(……なんだか、“今のリカが封印されたまま”でも、
魔王を処分するだけなら、何とかなってしまいそうな気がするわね)
そんな直感が一瞬よぎるが――最近の直感は、あまり当てにならない。
聞こえているかどうかは分からないが、私は小さく呟いた。
「王との面会が終わったら、ちゃんと出してあげるわよ」
この後の、王と第二王子シリウス殿下との会合は――リカ抜きで臨むことにした。
◇ ◇ ◇
王との会合は、王城でもっとも豪奢な一室――“会議室”にて行われた。
天井には重厚な装飾が施され、壁には歴代の王たちを描いた絵画。
長机の中央には王家の紋章が彫り込まれており、部屋の隅々に至るまで「権威」を見せつける意匠で埋め尽くされている。
一応の形式として、まず王に対し、礼を尽くした挨拶を交わしたあと――
王、父、私、そして第二王子シリウス殿下の四人が、それぞれ豪華な椅子へと腰を下ろした。
「ヴァルデン伯爵、並びにマティルダ殿。
このたびは我の招集に応じてくれて、誠に感謝する」
王は厳格な声音でそう告げる。
立派な髭に、整った顔立ち。刻まれた皺は、王としての年月と重責を物語っていた。
王としての“威厳”という意味では、十分に及第点と言っていい。
――ただ、その顔には、どこか隠しきれない“疲労”の色が滲んでいるようにも見えた。
「我が王の命とあらば、いつでも参上いたします。
王も息災で何より」
父が恭しく礼を返し、続いて私も挨拶を述べる。
いくつか他愛のない近況報告が交わされた後――
やがて、王の口から“本題”が語られた。
「さて。今日こうして呼び出したのはだな――
ヴァルデン家と王家の“関係性”を、さらに強固なものとしたいと思ってのことだ」
王は一度言葉を切り、わずかに目を伏せる。
「私も、自らの一族の恥を語るのは、祖霊に申し訳なく思うのだが――
貴殿たちには、正直に話しておきたい」
そして、はっきりと言った。
「我が王家の“力”は、かつてに比べて弱まりつつある。
その衰退は、年々ひどくなる一方だ」
「いえいえ、そのようなことはありませんわ」
私は、そこであえて口を挟む。
「今宵も、王家主催のパーティーには、あれだけの大人数が集まっていました。
それは“王家の求心力”が、今もなお健在である証拠かと存じますわ。
加えて、集まった顔ぶれも、私が言うのはおこがましいのですが――
この国を支え、発展させるには十分な人材が揃っているように見受けられました」
王は、それを聞いてわずかに口元を緩めた。
「……さすがはマティルダ殿だ。
噂に聞く優秀さと、人の才を見抜く眼力は本物らしい」
しかし、と続ける声には、重さが宿っていた。
「しかしだ。今宵、我が招集に応じて集まった者たちは――
“王家のため”にパーティーへ参加したわけではない」
「彼らの主な関心は、“互いの権力の強化と牽制”にある。
自らの派閥を誇示し、他を出し抜き、あるいは牽制することだ」
王は、ゆっくりと首を横に振る。
「王家のため、この国のため――その思いから集まった者など、
残念ながら、一人としておらぬのだ」
(まあ、確かに)
パーティー会場で交わされていた視線や会話を思い返せば、その評価は妥当だろう。
だが、それならそれで――そうした連中の利害を利用し、国を良い方向へ誘導するのが“王の務め”でもある。
……とはいえ、それを口に出してしまうほど、私は無礼ではない。
ここは、話を合わせておくべきだろう。
「確かに、そうとも言えるかもしれませんわね」
私は、穏やかな微笑を浮かべたまま言葉を継ぐ。
「今の貴族情勢は逼迫していて、何かしらの火種さえあれば、いつ爆発してもおかしくない――
そんな“きな臭さ”は、確かに感じますわ」
「加えて、国策を打ち出す際にも――
数ある勢力のうち、一部にだけ“極端な不利益”が出ないよう、常に配慮しているように見受けられます」
「それでは、打てる政策はどうしても“無難なもの”に限られてしまいますし――
何より、“対処のスピード”が、どうしても落ちてしまいますわね」
王は、ゆっくりと頷いた。
「流石であるな。まさに、その通りだ」
「王として、貴族たちを“上から制御する力”を失いつつあるがゆえに、
正しいと分かっている政策であっても、強くは打ち出せぬ」
「結果として、“弱腰の王家”となっており――
貴族や有力者、そして民たちからの“支持”を失っていく」
王は、苦い声で続ける。
「この国では今、そうした“悪循環”が、静かに、しかし着実に進行しているのだ」
「それを変えるために、王家とヴァルデン家の繋がりを強化したい、と?」
「そうだ」
王はまっすぐにこちらを見る。
「ヴァルデン家は、どの派閥にも属していないどころか――
むしろ、その派閥たちの“上”にいるような存在だ」
「古来から続く由緒ある家名であり、実力ある者には身分を問わず力を貸す一方で、
礼節に欠ける者には容赦しない。
そうした貴殿らの在り方は、あらゆる勢力から“畏怖”と“尊敬”の対象となっている」
父が、「ご褒めにあずかり恐縮です」と小さく頭を下げる。
「だからこそ――両家が手を組めば、より良い国政が行えるというわけだ」
「そう命じていただければ、ヴァルデン家としては“できること”はいたしますわ。
私たちが“命令を出す側”になる形であっても、よろしいのではなくて?」
敢えて軽く笑みを浮かべてそう返すと、王は首を横に振った。
「いや、それだけで言うことを聞くほど、貴族連中は甘くない」
「加えて――“ヴァルデン家が”政策を守らせるようになってしまえば、
民衆は王家ではなく、ヴァルデン家を支持し始めるだろう」
「行き着く先は、“ヴァルデン家を王に”と画策する者まで現れる、ということだ」
(……まあ、そうなるでしょうね)
内心でだけ肯定しつつ、表情には出さない。
「よって、我が王家としては、ヴァルデン家と“関係強化”を望む」
王は、そこで言葉を区切り、はっきりと告げた。
「具体的には――マティルダ殿には、我が息子シリウスと“婚姻”してもらいたい」
挨拶以降、一言も発してこなかった第二王子に、私はちらりと視線を向ける。
涼やかな銀の髪に、落ち着いた赤い瞳。
表情はほとんど崩れておらず、ただ静かに私を見返していた。
その視線を受け止めながら、私は心の中で、静かに息を吐いた。




