㉛ 社交パーティー
此度のパーティー会場は、広く、そして豪勢であった。
高い天井には巨大なシャンデリアがいくつも吊るされ、
溢れんばかりの光が、会場の装飾や人々が身に着けている宝石と金糸を、これでもかと照らしている。
磨き込まれた大理石の床には、深紅のカーペットが敷かれ、その上で色とりどりのドレスの裾と、黒い礼服の裾が揺れている。
父と共に受付を済ませ、一歩足を踏み入れた瞬間――
会場にいた視線の、かなりの割合がこちらへと向くのを感じる。
父は「いつものことだ」と言わんばかりに微動だにしないが、
ちらりと横を見ると、どこか“私と一緒に行動したそうな気配”が滲んでいた。
私は、父に対して明らかに話したそうにこちらをうかがっている貴族や有力者たちの集団へと視線を送り、
「お父様、あちらを優先してください」
「いや、しかし。お前一人では、何かあった場合に――」
渋る父に、私はさらりと言い放つ。
「私は一人で平気ですわ。
仮にこの会場の“全員”が襲い掛かってきたとしても、ものの数分で蹴散らせますもの」
母がいれば、話は変わってくるが――今はまだ不在だ。
制圧は非常に容易であろう。
そう言って、にこりと穏やかに笑ってみせると、
「まったく。容姿や頭脳は成長しているが、性格は昔から何一つ変わらんな」
父は、やれやれと言わんばかりに首を横に振り、
「あまり問題を起こすなよ。
パーティーが終わったら、この場所で落ち合おう」
とだけ言い残し、人だかりの方へと歩いていった。
父と別れた、そのほとんど直後。
私のもとへ、三つの人影が一斉に駆け寄ってくる。
「「「マティルダ様、ご機嫌麗しゅうございます!」」」
三人が、完璧なハモり具合で、同時に口を開いた。
(まったく、失礼極まりないわね……)
彼女たちにとっては、「誰が一番最初に私に挨拶をしたか」ということが、かなり重要らしく、
たった数秒の差であっても、彼女たちにとっては“社交戦争における一勝一敗”なのだ。
そのため毎回、こうして三人同着で飛び込んでくるのである。
『うわぁ出た、マティルダの取り巻き連中。
フットワークが軽い分、ルートによってはマティルダよりも厄介な存在になるんだよね。
全員が地味に実力者だから、勝負になった時に勝つのが意外とたいへんなんだよね』
リカが、わずかに嫌悪感をにじませながら解説してくる。
どうやらこの「私の取り巻きA・B・C」たちは、ゲームでもなかなかの“面倒枠”だったらしい。
こんな彼女たちも、れっきとした上位貴族の令嬢たちであり、所属している“派閥”はそれぞれ異なる。
貴族というものは、同じルーツや、同格と見なす存在同士で群れを作る。
そしてこの三人も、それぞれの派閥における“リーダー格”の令嬢なのだ。
Aは、由緒正しい“伝統ある貴族”。
Bは、近年頭角を現した“新興の有力貴族”。
Cは、功績によって貴族位を得た“成り上がり系の有力者一門”。
分類すると、だいたいこんなところだろうか。
「皆さん、ご機嫌よう」
と挨拶を返した瞬間、
「今日もマティルダ様は、お美しく輝いておりますわ!」
「そのお召し物、なんとお似合いなことでしょう。まさにマティルダ様のためだけに誂えられたドレスですわ!」
「その装飾もまた絶妙ですわね。この宝石の色合いとカットは……」
三方向から、途切れなく賛辞の雨が降り注ぐ。
彼女たちの“私の全身を上から下まで褒め称える儀式”が終わるまでは、こちらから会話を差し挟む隙間すらない。
(……会話に入るまでが長いのよね、毎回)
さらには、彼女たちはよく私にぴったりと付きまとってくるので、正直少し鬱陶しいと感じることは多い。
――だが。
社交界において、彼女たち三人は、私にとって“実に強いカード”でもある。
まず――情報収集の手段として、非常に優秀だ。
「王都では最近、紅茶に代わる飲み物として、緑色の茶が流行し始めたのですよ」
「ハーウッド家のブランド品が、欠品で全然買えなくて困っていますの」
「あそこのお方、上級魔法を習得なさったんですって」
「そういえば聞きました? サスペンハート家のあの娘、色んな殿方にアプローチをかけているようで……なんともはしたないですわ」
――などと、彼女たちは求めてもいないのに次から次へと話題を提供してくれる。
信憑性が怪しいものも混じっているが、あながち嘘とも言い切れない情報が多い。
彼女たちの“中心”に立ってさえいれば、勝手に噂と情報が集まってくるのだ。
そして、ひとしきり彼女たちのお喋りが落ち着いたタイミングを見計らい――
「そういえば、弟のレオがこの前“大魔法”を習得したわね」
と、私は何気ない風を装って口にする。
「「「大魔法ですって!?」」」
見事なハーモニーで、三人の声が重なった。
「さすがマティルダ様の弟君ですわ……!」
「大魔法なんて、行使できる貴族はこの国でも“数えるほど”しかいないのに」
「ぜひ一度、弟君を私に紹介してくださらないかしら」
「貴女は婚約者がいるでしょう? ここは是非とも“私”に」
「貴女たち、自分がレオルド様に釣り合うと思っているのですか? 身の程を知りなさいな。
今度、“大魔法が使えるようになった祝賀会”を当家で行いたいと思うのですが」
「抜け駆けはだめですわ!
レオルド様をお呼びするのであれば、当然“私たちも”招待なさい!」
三方向からの主張が、一斉に飛んでくる。
(……本当に、五月蠅いことこの上ないわね)
だが――これで。
“レオが大魔法を行使できるようになった”という情報は、まずは彼女たち三人と、その取り巻きたちへと一気に広がる。
そこから派閥ごとの噂網に乗って、やがて王都中どころか、王国全土へ――いずれは大陸全土にまで伝播していくだろう。
情報を“拡散させる”という意味では、彼女たちはこれ以上なく適した存在なのだ。
そんな彼女たちは、一応は「上位貴族」と呼ばれる――一目置かれる存在でもある。
その三人が、常に私の周囲にぴったりと張り付いているせいで、他の貴族たちはなかなか私に近づけない。
さらに、私は“彼女たちの紹介という形でなければ、他の貴族をまともに取り合わない”という暗黙のルールを敷いている。
そのため、彼女たちも、不相応な人物を私に紹介してくることはない。
そして紹介すれば“恩を売れる”し、私としては変なのを弾けるという算段だ。
彼女たち三人は、私にとって“情報源”であり、“人払いの結界”でもある。
私と彼女たちとの間には、なんとも奇妙な“共生関係”が成立しているのだ。
そのため、この五月蠅いが、社交界における唯一無二の切り札を大事にしなくてはならない。
だから――
「そうそう、ハーウッド家で思い出したのだけれども」
私は、ふと思い出したように口を開く。
「彼らの作る装飾品は素晴らしいから、当家でも贔屓にしていてね。最近は色々と作ってもらっているの」
三人の視線が、ぴたりとこちらに集中する。
「貴女たち、いつもよくしてくれているから、感謝の意味も込めて専用の“髪飾り”を作ってもらったのだけれど――受け取ってくれるかしら」
そう言って、令嬢それぞれに、小箱を一つずつ手渡す。
中身は、エスト本人に作らせた、かなり質の高い品だ。
「開けて見て頂戴」と合図を送り、
蓋を開け、中の装飾品を目にした瞬間――
三人は、そろって目を丸くした。
「……これって、相当な品ですよね……? 国宝級の品ではないのでしょうか」
「エストワールの刻印が打たれていますわ……それに、これは」
一人の令嬢が、震える指である一点を示す。
「「「“唯一無二の至高”」」」
三人の声が、またしても完全にハモった。
「写本で見たことはありましたが……本当に“実在”していたのですね」
「こんな、超高級品を――私たちが受け取るわけには……」
口では遠慮がちなことを言っているが、
その視線の動き、喉の上下、微妙に荒くなった呼吸音――
どれを取っても、「本当は喉から手が出るほど欲しい」と叫んでいるようなものだ。
「遠慮せず、もらってほしいわ。日頃の感謝を込めての品だから」
そう告げてから、私は“とどめの一言”を添える。
「それに――これは“貴女たち専用”に作らせたものだもの。
他の誰に“転用”することはできないわね」
そうフッと笑顔を作ると、
「「「ありがとうございます。一生大事にいたしますわ!」」」
心からの感謝と、尊敬と、もはや“崇拝”に近い色を宿した視線が、一斉にこちらへ注がれる。
――が。
感極まりすぎたのか、三人とも手が小刻みに震えていて、
なかなか箱の中身を自分の手で取り出そうとしない。
「仕方がないわね。少し、しゃがみなさい」
私はそう言って、彼女たちに腰を落とさせると、
一人ずつ、その髪に直接、髪飾りを留めていってやる。
それぞれ別の髪飾りを付けてあげた結果――
三人は今にも泣き出しそうな、まさに“感涙”という顔で、こちらを見上げてきた。
「私たち、一生マティルダ様について行きますわ!」
「手足のように、何でもいたしますわ!」
「一生、“下僕”としてお仕えいたしますわ!」
何とも言えない宣言を口々にしているが――
(……本当に、扱いやすくて助かるわね)
内心でそう評しつつも、ふと、別のことが頭をよぎる。
(口では喧嘩が多いけれど――案外、三人とも“仲がいい”んじゃないかしら)
互いを牽制しながらも、足並みだけは妙に揃っているその様子に、
私は、そんなことを思ったのだった。




