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㉛ 社交パーティー

 

 秋の終わりというのは、数ある季節の変わり目の中でも、私が最も嫌うタイミングだ。


 馬車の窓から外を眺めると、刈り取られた畑が、低い陽光を受けて金茶色に沈んでいる。


 畦道では、農夫たちが収穫した穀物を麻袋に詰めており、

 別の一角では、女たちが干し肉や干し野菜を紐で吊るし、その傍らでは子供たちが、それを見よう見まねで手伝っていた。


 彼らの吐く息は少し白みががっている。

 それでも、笑い声はよく通り、作業の手は一瞬も止まらない。

 今年は豊作だったこともあってか、彼らはいつにも増して忙しそうに動き回っていた。


『うわー、農作業って大変そうだね。魔法があっても、重機がないと結局人力でやることって多いんだね』

『男女問わず、大人から子供まで、いろんな人が働いてるね。でもみんな、すごくいきいきしてる』


 リカの言う通り、人々は希望に満ちた瞳で働いていた。


 そんな彼らとは対照的に――私は、ただただ憂鬱である。


 理由は、日に日に日が短くなっていくからでも、

 肌を刺すような寒さが増してくるからでもない。


 貴族の“社交シーズン”の幕開けだからだ。


 馬車の中は暖房魔法で快適に保たれているが、胸のあたりだけが、じわじわと冷えていくような感覚がある。


 収穫が一段落し、寒さが増して人の往来が減る頃――

 その貴族たちが“暇になるタイミング”を見計らって、毎年行われる一連の宴会・夜会・舞踏会・お茶会・狩猟会。


 どれも、形式上は「親睦のため」「情報交換のため」と美しく飾り立てられているが、

 蓋を開けてみれば、内実はたいてい同じだ。


 誰がどれだけ高価な衣装や装飾をあつらえたか。

 誰がどれだけ有名な楽師を呼べたか。

 誰がどれだけ強力な魔法を使えるようになったのか。

 誰が誰とどこまで親密か――あるいは、誰をどこまで無視できるか。


 つまりは、貴族同士の「力の見せつけ合い」。

 いわゆる“マウント取り合戦”に他ならないのだ。


 そして、これから私が向かうのは――

 その豊穣に便乗して、互いの見栄と虚栄をぶつけ合うだけの、きらびやかで空虚な戦場である。


(秋の終わりは、実りの終わりでもあり、厄介ごとの始まりでもある……本当に、嫌な季節だわ)


 と憂鬱だなと考えていると


「そんな顔をするものではないぞ」


 向かいの席から、低く落ち着いた声が飛んできた。


「それでは、せっかくのきれいな顔と、そのドレスが台無しだ」


 父が、わずかに眉を上げてこちらを見ている。


「でしたら、いつも言っているように――もう少し“動きやすいドレス”を仕立ててくれますか」


「このドレスの優れているところは“デザインだけ”ですわ。

 実用性も着心地も、最悪の一言に尽きます」


 少し語気を強めて言い返すと、父は喉の奥で小さく笑った。


「まあ、そう我儘を言うものではないぞ。

 社交におけるドレスというのは、それ自体が“鎧”でもあり、“剣”でもあるからな」

「恐らく、今日の王主催のパーティーであっても――

 お前のそのドレスが“一番の品”であり、一番魅力的に映るであろう」


「人を魅了するなら、こんな“ごちゃごちゃとした布きれ”で行うよりも――

 魔法で魅力を底上げした方が、よほど手っ取り早いですわ」


「――――前にお前がそれをやって、どうなった」


 父の声音が、わずかに低くなる。


(……ああ、あのときは)。


 以前、私は“魅了効果を高める魔法”を自分にかけて、社交の場に出たことがある。


 結果。


 私の周囲には、とんでもない人だかりができた。


 理性も品もどこかへ置き忘れてきたような男たちが、

 口々に甘言を並べ立て、距離感という概念を投げ捨てて近づいてきた。


 それにぶち切れる父。

 置いてきぼりになった主催者。

 あっという間に崩壊していく会場の秩序。


 ――なかなかにカオスな状況だった。


 “これでは主催者令嬢が不憫だ”と思った私は、

 今度はその令嬢にも“魅力増幅の魔法”をかけてみたのだが。


 その結果、場はさらに大混乱に陥った。


 混乱を収拾させた父が、


「提供された酒に、欲を増幅させる成分が混入していた可能性がある」


 などというもっともらしい理由をでっち上げて隠蔽を図った結果、

 表向きの“大事”にはならなかったが――


 後日、母からは“とても長く、とても厳しい説教”をいただくことになった。


「あの時は、魔法の出力を見誤っただけですわ。今であれば絶対にそんなことにはなりません」


「タダでさえお前は目立つのだ。魔力での魅力のかさ増しなど不要だが――

 その美貌に見合うだけのものを身につける必要はある」

「良くも悪くも与えられたものの義務というものだな」


「……早くパーティーを切り上げて、さっさと帰れないでしょうか」


「まったく。世の令嬢はパーティーに浮き足立っているというのに、

 なんともお前らしいことを言うのだな」


 父は、呆れたように目を細めると続けた。


「今回のパーティーは“王主催”であり、その規模も近年類を見ない大きなものだ。

 貴族たちだけでなく、有力者や大商人にも招待状が届いている」

「それを“好き勝手切り上げて帰れる”のは――我が妻くらいのものだろうな」


「その、お母様は今日のパーティーに、滅茶苦茶気合を入れていましたわよ」

「五時間も前から、あらゆる美容師を呼んで準備に取り掛かったのに、出立の時間に間に合わないくらいにはパーティーに浮足立っていましたわ」


 家族総出での外出時は、普段から馬車は二台に分けている。

 四人で一台の馬車に乗れば手狭になる上に、襲撃のリスクを分散させるためにも、二人ずつに分かれて乗り合わせているのだが――


 本来であれば、“父と母”、後に“私とレオ”で向かうという予定であった。

 しかし、母の支度が間に合わず――急遽、「父と私」の組み合わせへと変更されたのだ。


「……あいつはどの装飾品を着用するかを、ずっと悩んでいたな」

「”どちらが良いか”と問うてきたから、どちらも大差ないと言ったら、相当な文句を言われたものだ」


 父は少し苦虫を嚙み潰したような顔をしたあと、


「あと、パーティーの後に――王から、私とお前に“呼び出し”がかかっているから、途中での抜け出しは出来ないな」


「呼び出し、ですか。

 そういう重要な話は、もっと先に言ってくださいません?」


 少しむくれた表情をつくり、父に


「それで――要件は?」


 と尋ねると、


「それが、まだ聞かされていないのだ。

 恐らく“お前に”関することだとは思うがな」


「私に関係するとなると、魔法のことでしょうか……。

 この前、収穫祭で見せた回復魔法なんかは、話を“だいぶ盛られて”広まっているようですし、そのことでしょうかね」


「どうだかな。まあ、行ってみれば分かるさ」


 この“濁し方”は、何かを隠している時の父の話し方だ。


(……まあ、いいわ)


 リカから断片的に聞かされている“未来の情報”と、今の状況を総合すれば、

 王家が私に何を求めているのか――大方の予想はできてしまう。


 そのため、わざわざここで追及して、情報を引き出す必要もないだろう。


「ところで――最近は、また“苛烈に活動している”と聞いたが」


 と父は露骨に話題を変えてきた。


「苛烈って。私は“正しいこと”をしているだけですわ」


「料理改革にしろ、ハーウッド家の件にしろ、解決が必要だった問題であったのは事実だ。

 だが、際限なく牢にぶち込んだり、貴族たちを借金漬けにしたりするのはな。

 もう少し“温厚なやり方”もあったと思うが」


「温厚な解決策では、“今、不利益を被っている側”の傷が、より深くなりますわ。

 なにより、“加害者”にも――

 自分たちが“やってはいけないことをしていた”のだという自覚が、いつまで経っても芽生えませんもの」


「それに、借金の漬けの件は私ではなく、ハーウッド家のリーズ代理が喜々として動いた結果ですわ」


 これまで貴族社会で、さんざん煮え湯を飲まされてきた“復讐”とでも言うべきか――

 リーズは実に見事な手腕で貴族たちに高級品を買わせ、あっという間に借金を膨れ上がらせている。


「そもそも借金の利息は、だいぶ抑えた金額に設定してありますし、

 担保と借金の総額が釣り合っていなくても貸付を行っています。

 この措置は、かなりの“温情”と言えるものですわ」


「――人に気づかれずに対象を毒殺するには、“薄い毒を大量に摂取させる”そうだが」


 父は小さく息を吐き、じっと私を見る。


「まさに、それだな」


 そう呆れたように呟いたあと、咳払いをひとつし、


「まあ、楽しそうにやっているようで何よりだ」


「楽しくはないですが……まあ、退屈ではないですわね」


「そうか。お前からは時折報告を受けているが――その指輪は、最近はどうだ」


 父の視線が、私の左手にはめられた指輪へと落ちる。


「相も変わらず、難解なことを語る美形の男を好む、好色で風変わりな指輪ですわ」


『ちょ、その言い方。相変わらず容赦がないなあ、まったくもう』


 頭の中で、間の抜けた抗議の声が響く。


「しかし、我が領で今流行っている料理の案や、聖遺物と呼ばれている特殊なアイテムや装備の情報は――その指輪がもたらしたものなのであろう」


「まあ、そうですわね。

 でも、こちらから聞かないと教えてくれませんし、変なところにはやたら詳しいくせに、肝心なことは“分からない”と言うことも多い、そのくせこちらへの注文が多い困った指輪ですわ」


「今日のパーティーだって、会ってほしい人を“何十人も”挙げてきましたのよ。

 私は上位貴族だから、基本的に相手が“会いに来るのを待つだけ”と説明したら、

 『そこをなんとか会いに行って』と、先ほどまで永遠と騒いでいたのです」


『いや、攻略対象たちの“少しだけ若いバージョン”が見られるのは今だけなんだよ!

 少しすれば学園で会えるのは分かるけど、“今だけしか見られない”この価値が、マティルダには分からないの?』


「そうか。その指輪とは、だいぶ仲良くやれているようだな」


 父はそう言って――珍しく、ふっと微笑を浮かべた。


「お父様、今の話のどこをどう聞いたら、そんな解釈になるのですか」


『なんとここで、マティルダのお父さんの“微笑”いただきました。

 寡黙でダンディーなイケオジの微笑って、そこでしか得られない栄養素があるよね』


(父様は、この“騒がしさ”を知らないから、そんなことが言えるのよ)


 胸の内で小さく毒づきながらも、表情には出さず、父と他愛のない話を交わしてくうちに

 窓の外には、徐々に石畳が増え、夜の帳の中に、王都の灯りがぽつぽつと姿を見せ始めていた。


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