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㉚ 幕間_収穫祭


「「「うおおおおおーーーー!!!」」」

「「「すげーーーーーー!!!」」」


 会場内は観客たちの熱気と歓声で満ちあふれ、まるで別世界のような空間になっていた。


(私はただ、正当に評価をしてあげただけなのだけど)


 まあ、私が“考案者”という誤った認識を訂正するために、

「貴方たちは素晴らしい」と、少しばかり誇張気味に持ち上げたのは事実だ。


 ちらりと横目で様子をうかがうと、その熱気をまともに浴びたギルド長やアヤノは、

 すっかり気圧されているようだった。


 だが、何よりも異質なのは、目の前の料理人たちだ。


 ――泣いている。

 それも、顔をぐしゃぐしゃに歪め、嗚咽を漏らしながら。


 なのに、土下座の姿勢だけはきっちりと保ったまま、微動だにしない。

 なんとも形容しがたい光景である。


(……この空気は、一度落ち着かせる必要があるわね)


 盛り上がりが、少しだけ落ち着くのを待ってから、

 私は拡声器の出力を最大まで引き上げ、一言だけ言い放つ。


「静粛に」


 その声が会場全体に鋭く突き刺さった瞬間――

 さっきまでの喧噪が嘘のように、コロシアムは一気に静けさを取り戻した。


「私から、貴方たち――そして皆に、お願いがあるわ」


 自然と、視線が一点に集まるのを感じる。


「まず、この唐揚げラーメン。

 世間では“私が考案した”という噂が立っているけれど――

 私の案は、これと比較すること自体がおこがましい、というより“まったくの別物”ね」


 私は、わざと少し自嘲気味に肩をすくめる。


「せいぜい、彼らに“インスピレーション”を与えただけにとどまるわ」


 ひと呼吸おき、言葉を続ける。


「この料理は――彼らが“独自に生み出した料理”よ」

「これを“私が考えた料理”と評されるのは、彼らの功績を奪ってしまうようで、私としては非常に遺憾だし、

 なにより、この素晴らしい料理そのものに失礼だわ」


 そこで、少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。


「だからこそ――この私が、改めて認めてあげる」


「これは、ヴァルデン領に“貴方たちが”生み出した、新しい名物料理よ!

 皆、拍手を」


 そう告げた途端――


 会場からは再び、大音量の拍手と、


「「「うおおおおおーーーー!!!」」」


 という歓声が巻き起こった。


 その熱気がひとしきり高まり、徐々に落ち着いていくのを待ってから、


「そして――これを生み出した貴方たちには、

 ヴァルデン家として、相応の“報酬”を出してあげる必要があるわね」


「何か、希望はあるかしら」


 私の問いかけに、料理人たちは互いの顔を見合わせ、

 小声で何かを言い交わしたかと思うと――

 全員が、同時に首を横に振った。


 “報酬を断った”のだ。


「その謙虚さは、美しいものがあるわね」


 私は軽く目を細める。


「けれど、“対価”は受け取るべきだわ。

 そして、これは“命令”よ」


 会場の空気が、ぴんと張り詰める。


「一生遊んで暮らせる財産でもいいし、店を豪快に改装したい、でもいい。

 何なら、名誉貴族の身分を与えても構わないわ」


「ヴァルデン領に“ちゃんとした料理”を根付かせた――

 その功績は、今言ったどれを与えてもなお余りあるものよ」


 そこで、わざと意地悪く口元を吊り上げる。


「――――さてと。貴方たちは“何を望む”かしら」

「言っておくけれど――私は“待たされる”のが、あまり好きではないのよね」


 その言葉が合図になったかのように、

 会場全体に再び緊張感が走り、無数の視線が料理人たちへと集中する。


 料理人たちは互いに目配せを交わすと、震える声でこう答えた。


「……祝福を。我々に、また祝福をお与えください」


 そう言って、深々と頭を下げる。


「?????」


(祝福って、なにかしら? しかも“また”って一体どういうこと)


 会場にも、ざわりと困惑の波が広がる。

 詳しく問いただしたいところだが、彼らはすでに、地面に頭をめり込ませる勢いで土下座をしており、

 前に彼らの店を視察したときと同じような、どこか焦点の合っていない目をしている。


 この状態で問い返せば――

 あの時のように、リカの言うところの“バグる”可能性が高い。


 さて、どうしたものかと考えあぐねていると、頭の中から声がした。


『祝福ってさ、マティルダが前に使ってた“大魔法”のことを言ってるんじゃない?

 なんか、すごい回復とバフ与えるやつ』

『あれを“魔法”じゃなくて、なんか“神秘的な力”だと思ってるんじゃないかな』


 たしかに言われてみれば、私が彼らに与えたものと言えば――

 箱いっぱいの醤油と、その“魔法”くらいだ。


「褒美は“祝福”ね。分かったわ」


 そう告げると同時に、私は大魔法の行使準備に入る。

 まあ、もし“間違い”であったたとしても――

 この状況で「それは違います」と言い出す度胸は、彼らにはまずないだろう。


 私は、いつも以上に魔力を込め始めた。


 広い会場だから、魔法の効果はどうしても拡散してしまうこと。

 回復魔法に何らかの干渉をしていそうな、リカの指輪を装備していること。

 そして何より、“祝福”などと呼ばれてしまっている魔法だ。

 ここで効果がショボければ、大衆からの評価に直結してしまう。


 だからこそ――滅多に出さない“本気”で、この魔法を行使することに決めた。

 ……のだが。


 行使を始めてすぐに、違和感に気づく。

 私の魔力量が、いつもより明らかに多い。

 それだけでなく、その魔力を“制御する力”も、いつも以上に研ぎ澄まされている。


 このままではとんでもない規模の魔法になってしまう。

 回復魔法だから、規模が大きくても問題ない。

 けれど――自分の頂点に近い力を、こんな大衆の前で見せびらかす趣味はない。

 手の内を一つ、無駄に晒すことにもなる。


 しかし、今さら「最初からやり直す」などという、格好の悪い真似もできない。


 そうやって逡巡している間にも、魔法はどんどん“完成形”へと近づいていく。


(……仕方がない)


 後のことは、後で考えよう。

 そう腹をくくり、私は膨れ上がった膨大な魔力の“制御”に、意識の大半を集中させた。


 意識を魔法制御に深く沈めると、よりはっきりと分かる。

 ――今の私は、明らかに“増幅”されている。

 全力を出したのは久しぶりだが、それを差し引いても、明らかに力がブーストされていた。


(これは……今まで私が行使した魔法の中でも、最大規模になるわね)


 そう理解すると同時に、その制御に、さらに一層集中の度合いを高めていく。


 やがて。

 完璧に整えられた魔法陣に、余すところなく魔力が詰め込まれたのを確認し、

 その効果の“行き先”――対象範囲を示した、その直後。


 頭の中で、声が響いた。


『何か望むものはあるかい』


 リカの声色にとても良く似ている。

 だが、直感で分かる。発したのはリカ“ではない”。


 得体の知れない“何者か”からの問いだ。

 しかしそこに、敵意や悪意は感じられない。

 

(いきなり“望むものは”とか聞かれても、困るのだけれど)


 先ほどまでの料理人たちの気持ちが、少しだけ分かった気がする。

 まあこの“収穫祭”というイベントの目的を考えるなら――答えは一つだ。


「ヴァルデン領の民たちの――平和と繁栄かしらね」


 そう、小さく呟いたのとほとんど同時に、

 私の“魔法”は――世界へ向けて放たれた。


 光の粒子となった回復魔法は、まず料理人たちへと向かっていく。


 しかし、あまりにも量が多く、密度も高すぎたせいか――

 料理人たちの体を中心に、周囲へとじわじわ広がり、

 やがて客席全体を包み込むように拡散していった。


 その粒子は、“最大限の回復効果”と、“身体能力の強化”というバフを、これでもかと詰め込んだものだ。


 料理人たちが、ゆっくりと顔を上げる。


 それを、まるで歓喜するように――どこか慈しむように――

 自分の体へと受け入れた、その次の瞬間。


 彼らの肉体は、まるで“若返った”かのように活力を取り戻していく。

 その様子を見て、観客たちも、恐る恐る――だがやがて、嬉々として、光の粒子を受け入れ始めた。


『これってさ、回復魔法なんだよね?』

『なんで料理人たちは、毎回“若返ってる”の』


 これは、いつものリカだ。


「この魔法に“若返り”の効果はないわ。

 彼らが自分の体を酷使して、疲労を溜め込んでいたからよ。

 本来の彼らの状態を、取り戻したってところかしらね」


 小声でそう返すと、リカは感嘆混じりに続ける。


『でも、すごい効果だね。さすがマティルダ。

 この魔法さえあれば、魔王との戦いになっても人類側は負けなさそうな、とんでも魔法じゃん』


「それは難しいわね」


 私は、ほんの少しだけ首を横に振る。


「この魔法には欠点があるの。

 “対象の指定”がとても難しくて、敵味方の区別なく、回復効果が発動してしまうのよ。

 戦場で使えば、戦いが余計に激しくなるだけだわ」


『そっか……確かに、ここまで広範囲だもんね』


 ――本来なら、この魔法は“ステージ上”と前列の観客だけに効果が及ぶようにするつもりだった。


 だが、ふたを開けてみれば、コロシアム全体を覆いつくす、どころかはみ出てしまっている。


 後日、改めて調査を行った結果、その原因がいくつか判明した。


 まず一つ目。

 私が最初に披露した“舞”――あれ自体に、“魔法能力を底上げする効果”があったこと。

 舞には士気を鼓舞するだけでなく、

 周囲や踊り手本人のステータスを純粋に引き上げる効果まで付与されていたのだ。


 そして二つ目。

 私が直前に口にした「唐揚げラーメン」という料理にも、

 一時的に能力を上昇させる効果があったこと。


 最後に三つ目。

 今つけているこの指輪には、“回復魔法を阻害する効果”などなく、

 むしろ、通常の魔法では効果が薄い“古傷”にまで作用する、特殊な補助効果が備わっていたこと。


 ――これらがすべて重なり、

 今回の“回復の大魔法”は、今までで最大規模にまでブーストされており、光の粒子は祭りの会場の全体をまで広がっていたのだとか。


 光が収まると、料理人たちはゆっくりと上体を起こし、


「祝福を与えてくださったこと、心より感謝いたします」

「我々、より一層の忠誠を、ヴァルデンのために粉骨砕身で働くことを、ここに誓います」


 そう言って、改めて深く頭を下げた。


 それを見ていたハンネスも、料理人たちに倣って深々と頭を垂れる。

 さらにそれを見たステージ上の者たちが真似をし――

 やがて、その動きは客席全体へと広がっていった。


 何万人もの人間が一斉に頭を下げる光景は、なんとも異様である。

 そしてこの、“崇拝されている”ような空気は、あまり好きではない。


 私は拡声器を手に取り、声を響かせる。


「皆も、彼らのようにヴァルデンのために働いて、この領地をもっと繁栄させていってちょうだい」


「ヴァルデンに栄光あれ!」

「ルーム・デム・ヴァルデラント!」


 合図をするようにそう叫ぶと、コロシアムが壊れそうな勢いで、声が返ってきた。


「「「ヴァルデンに栄光あれ!」」」

「「「ルーム・デム・ヴァルデラント!」」」


 ◇ ◇ ◇


 私は舞台裏の椅子に腰を下ろす。


「お疲れ様です、マティルダ様」


 アヤノが、丁寧に頭を下げて声をかけてきた。


「あなたも、祭りの行事に参加してくれて感謝するわ」


「いえいえ、こちらに不手際もございましたし……。

 それに、ヴァルデン領の皆様に、これだけ“私の顔”を覚えていただけたのです。

 むしろ、こちらから参加費用をお支払いしたいくらいです」


「たしか、商人というのは“顔を覚えてもらうこと”から始まるのよね」


「その通りでございます。

 そして、それが一番難しいのです。

 顔さえ覚えていただければ、あとは“必要なもの”を伺い、その要望に応えるだけですから」

「ですから、こうも多くの方々に顔と名前を覚えていただけて……感激です」


 アヤノは、少し鼻息も荒く、興奮気味にそう語る。


『広告宣伝って重要だからね』


 頭の中で、リカが妙に納得した声を上げた。


「顔を覚えてもらうのもそうだけど、商品を“欠品なく”供給するのも大事だわ」


 意地悪く笑ってみせると、アヤノは即座に姿勢を正し、


「……そうですね。皆様には大変ご迷惑をおかけしました」


 と、深く頭を下げた。


「まさか、醤油がここまで価格高騰しているだなんて、思いもよりませんでした」


 醤油の件は、ほとんど私が原因なのだが――そこは黙っておく。

 アヤノが代表を務める白鷺商会は、醤油の製造・販売を一手に担っている。

 だが、私が“意図せぬ形”で市場操作をしてしまった結果、醤油はすっかり高級品の仲間入りをしてしまった。


 そのうえ、追加分の納品が遅れたせいで、料理人ギルドやレオから何度も催促の手紙がいっていたそうだ。

 結果として、現物の追加分と共に、アヤノ本人が昨日、直接謝罪にやって来た――というわけである。


 私の顔を見るなり、彼女は土下座して詫びようとしたが、それは全力で止めた。


 そして代わりに、


「悪いと思っているなら、祭りに参加しなさい」


 と告げ、そのままステージに引っ張り出したのである。


「価格高騰の原因は品薄によるものだけど、ここまでつり上がったのは、醤油が“そこまで払ってもいい”と思われるほどの良い品だった、ということでもあるわ」

「量産体制は、整いそうかしら?」


「それが……人手の確保や、製造設備の拡張がなかなか思うように進まず……その……」


 声がだんだん小さくなっていくあたり、あまり上手くいっていないのがよく分かる。

 少し詳しく聞き出したところ、主な原因は“場所と人材の問題”らしかった。

 適した土地と人員が一箇所に集められず、小さな拠点があちこちに点在している状態で、

 それが大量生産の妨げになっているという。


「ヴァルデン領に、その“生産設備”をまとめて作れないかしら?」


「えっ……生産設備を、ですか?」


「そう。場所は――大きい方がいいわね。

 なんなら、白鷺商会専用の港も整備しましょうか」


「そ、それは……えっと、その……そこまでして頂いて、よろしいのでしょうか」


「これは“投資”よ。無償で、というわけではないわ。

 それに――」


 私は、少し楽しげに口角を上げながら、設備の規模や交通網、こちらが用意できる人材などの説明を行い、


「私としては、かなり“美味しい話”だと思うけれど?」


 と問いかける。


「それは……マティルダ様側にメリットはあるのでしょうか?」


「そうね、三つあるわ」

「一つは“新しい風”を入れたいから。

 それから――大きな生産拠点は、人の雇用を生む。

 さらに、“大きな物流”というのは、管理がしやすくて、なにより――儲かるわ」


「……非常に魅力的なお話ではあるのですが、

 私の一存だけで即決してしまうのは、少々難しく……」


 アヤノは、困ったように眉を寄せる。


『アヤノさんでもダメだったか。

 やっぱマティルダの話のスケール、色々おかしいんだって……』


 頭の中で、リカがぼそりと呟いた。


「まあ、強制はしないわ」


 私は、さらりと言葉を続ける。


「けれど、“断る”以上は――増産体制の不備について、具体的な改善案を一緒に持ってきて頂戴」


 満面の笑みを浮かべて、そう告げる。


『マティルダさあ、アヤノさんの話ちゃんと聞いてた?

 それ、実質的に“断れない条件”で詰ませちゃっているやつだからね……』


 リカの苦言を聞き流しながら、私はアヤノの表情を盗み見る。

 アヤノは、私でなければ気づかない程度の――ほんのわずかに引きつった笑みを浮かべていたのだった。


 まあ、結果から言うとだ。

 

 ヴァルデン領に白鷺商会の商品の製造拠点が出来き、それは

 今回の一連の料理革命の件で、一番美味しかったのはこの“儲け話”であった。


 彼女らの持つ技術や独自商品について、

 ヴァルデンが実質的に“独占的に販売する権利”を得たも同然になったからである。


 ――ただし。


 そこには、ひとつだけ“大問題”があった。


 後日、コロシアムの前に、巨大な像が建てられたのだ。


 “豊穣の巫女の像”と呼ばれているらしいが――どう見ても、私にそっくりである。

 いや、むしろ“私そのもの”であり、“舞いの最中の最も美しい瞬間”で切り取られたかのようなポーズを取っており、美しさといい躍動感といい、クオリティがいい意味でおかしい。


 聞けば、私の舞を見ていた白鷺商会の関係者がこれを建てることを発案したらしく、

 ヴァルデン家への感謝を込めての寄贈品だという。

 それに賛同したハーウッド家と手を組んで、それぞれ呼び寄せた技術者たちと共同で製作させたようだ。


 このプロジェクトは、私が学園に通っている間に密かに進められており――

 私がその存在を知ったのは、“像が完成した後”のことだった。


 その像は単なるオブジェではなく、いつの間にか“信仰の対象”じみた扱いを受けている。

 農夫たちがわざわざ足を運んでは、豊穣を祈りに来るという始末だ。


 当然、私は即座に“撤去計画”を立てた。


 が――


 像の設置者である父上に、全力で反対されたことに加え、領民たちからの反対運動もあり撤去することは失敗した。


 白鷺商会をヴァルデンに本格的に取り込んだ“副作用”が、まさかこんなところに出るとは、さすがに想定していなかった

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