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㉚ 幕間_収穫祭


 舞が終わり、私が舞台裏へ戻ると、そこにはレオが立っていた。


「姉上、お疲れ様です」


 口ではねぎらいの言葉をくれたものの、その態度には、どこか違和感があった。


「ありがとう」


 とりあえず返事はしたものの、胸のあたりに小さな引っかかりが残る。


(……何か、“自分だけのもの”を取られてしまったような、そんな感じね)


 どこか、何かに嫉妬しているような――そんな空気だった。

 この場合、考えられるのは“民たちの人気”だろうか。

 少し舞を披露しただけなのに、会場はあれだけの熱狂ぶり。

 まだ客席からは「アンコール」の声が響いている。


 今まで、私の民からの人気は決して高いとは言えなかったが――

 今回の件で、一気に印象が改善された気配がある。


(たしか、“次期領主としての責務”をプレッシャーに感じているって話を、リカがしていたわね)


 私が民からの人気をさらってしまったように見えたなら、それが原因かもしれない。


「レオ、安心なさい。民からの人気を得るためにの方法として“男性アイドル”という路線もあるそうよ。

 なんでも、男性が舞のような踊りを披露する文化らしいわ」


「男性が、舞を披露……するのですか?」


「ええ。あなたの見た目でそれをやれば、民たちからの人気に火がつくのは間違いないようだわ」


 リカの世界では、恐ろしいほど流行っていた概念らしい。


『レオ様はダンスに加えて魔法もできるし、剣術においても相当な実力者だからね。

 それらを組み合わせてもいいかも。売り方は“寡黙で冷徹”を前面に出すべきだから、クール系の曲を歌ってもらってさ』

『てか、私たちの世界だとレオ様、キャラソン出してるからね。

 まずはアイドル路線から行った方が売れると思うんだよね』


 リカは鼻息も荒く、自分の世界の話をまくしたてる。


「そうね。男性が舞をするというのは、恐ろしいほどの女性人気を獲得できるそうだわ。

 今度、舞の内容や舞台を整えてあげるから――やってみて頂戴」


「姉上、色々といきなりすぎて、頭の整理が追いつきません。

 まず、なぜ私が舞う必要があるのですか」


「率直に言うわ、貴方が――“妬んでいる”ように見えたのよ」


「!」


「民たちの人気を、私が持っていってしまったことにね」


 レオは小さく息を吐き、ぼそりと呟いた。


「姉上は本当に……人の心が分かっているときと、そうでないときの差がすごいですね」


 そして、やれやれといった様子で首をかしげながら続ける。


「まあ、民たちから好印象を持ってもらうために、民の前で“剣舞”や“魔法の実演”を披露するくらいなら、実施する価値はあるのかもしれませんね」


 その言葉に、リカがすかさずかぶせてくる。


『いや、“生歌レオ様キャラソン”はマストでしょ。

 ここはなんとかしてやらせたいところだよね。いつもみたいな狡い手を使って、うまく説得できないかな』


『ファンサもしっかり考えないとね。あと、レオ様の担当カラー、どうしよう……金か青か、魔法的に言うと赤もアリだし。グッズ展開を考えると赤かなあ。衣装は、ちょっとセクシー系も絶対似合うと思うんだけどなー。いや、お堅い感じの衣装もそれはそれで……』


 ――などと、リカは頭の中で、相変わらず訳の分からないことを熱心に語っているのだった。

 そんなことよりも、この後に控えている“イベント”の方が気が気でならない。


 そのイベントとは――

 唐揚げラーメンの試食、である。


 ◇ ◇ ◇


 なぜそれを、このステージでやる必要があるのか。

 そもそも、なぜ私が食べなくてはならないのか。

 いや、唐揚げラーメン以外にも試食するものがあるとか聞いていないんだけど――など、異議を申し立てたいことは山ほどあるが。


 一度「やる」と宣言してしまった以上、やり遂げるしかない。


 イベント自体はステージ上で調理の様子の実演を行い、

 その後に私が試食するという大掛かり段取りになっていおり


 現在はステージ上には、各料理に必要な調理器具と職人たちが並び、

 その調理の様子を、ハンネスが観客に向けて拡声器を使用し、解説している真っ最中である。


 正直、人が料理している様子を見て、何がそんなに面白いのかと最初は思っていたが――

 調理工程ごとの解説や材料の説明がつくと、それなりに“見られるもの”になるのだと分かった。


『だから言ったじゃん。私の世界では“料理番組”って一大人気コンテンツだったんだから』


 リカの言う通り、民たちはかなり熱心に見入っている。


 しかしこの、皆の視線と期待を一身に集めている料理を――

 私が口にして、評価をしてあげないといけないのだ。


 全ての料理が完成し料理人がステージの脇に捌けたタイミングで、

 私は他の評価役とともに舞台へと上がる。


 一人は料理ギルドのギルド長。

 もう一人は、白鷺商会の代表であるアヤノ。


 本当は、もっと色々な人に声をかけたのだが――


「マティルダ様と同じ舞台に立つなど、畏れ多く、私共には到底できません」


 と、皆そろって断ってきたのだ。

 そのため、


 ギルド長に関しては、料理ギルドの規定書に

「ギルド長は公的な料理審査の職務を遂行する義務がある」

 という一文を“改ざん”――いや、“改定して”ねじ込み、強制的に連行してきた。


 アヤノに関しては、偶然にも醤油その他の納品が遅れていた件で、昨日謝罪に来たところを「これ幸い」と捕獲し、


「悪いと思っているのなら、祭りに参加なさい」


 と詰め寄り、そのまま舞台に引っ張り出した。

 どちらも、ほとんど“無理やり”である。


(あれ……私って、意外と人望ないのかしら)


 と、少しだけショックを受けたが――


 ともあれ、これで舞台は整ったのである。


 ◇ ◇ ◇


 私が登場すると、舞台上は一気に騒然となった。

 そのため、ハンネスに代わって、私自身が場を取り仕切ることにする。


 魔法で大きな花火を作り、上空へといくつも打ち上げた。

 轟音と眩い光が夜空を裂き、その視覚と聴覚への刺激で、会場は一瞬にして静まり返る。


 私は拡声の魔道具を手に取り、声を響かせた。


「ヴァルデン領の皆、今日は祭りに参加してくれたことを、まず私から感謝するわ」

「今年も問題なく実りを享受できたのは、この地に携わっている皆の働きがあってこそ。

 ヴァルデンの一員として、この領で生活してきた“あなたたち”のおかげよ」


 軽く頭を下げただけで、観客席からどよめきが起こる。

 そのざわめきにかき消されないよう、さらに声を重ねた。


「そして今年は、ヴァルデンに新たな“名物料理”ができたわ。

 いま皆の前で調理していたものが、それにあたるの」


「強制はしないけれど、この“新しい仲間”を、皆も早く受け入れてくれると嬉しいわ」


「とはいえ、どんな料理か分からないものをいきなり食べるのは不安でしょうから――

 これから私たちが実際に試食して、その味を皆に伝えるわ。

 興味があれば、あとでぜひ食べてみて頂戴」


 そこから、串焼き職人――もとい料理ギルド長と、アヤノの簡単な自己紹介が挟まれ、いよいよ試食パートに入る。


 まず運ばれてきたのは、「おでん」と呼ばれる煮込み料理だった。

 これはアヤノの地元の料理らしく、彼女は目を輝かせて喜んでいた。


 次に運ばれてきたのは、「ホットドッグ」と呼ばれる料理。

 実物を見るのは、私もこれが初めてだ。


 この二つの料理についてのコメントは、ギルド長とアヤノに任せ、

 私は“食べること”に専念することにした。


 そして――

 いよいよ、唐揚げラーメンが登場した。


 運ばれてきたそれは、見た目からしてかなり“異質”だった。


 事前に報告は受けていたが、実物は想像以上だ。

 一つの丼――かなり大きめの椀に、麺とスープがなみなみと満たされ、


 その上にトッピングとして刻みネギ、海苔と呼ばれる海藻、そして“大きな唐揚げ”と呼ばれる揚げ物が、どんと豪快に盛り付けられている。


 ……見た目の色味は、ほぼ茶色一色。


 湯気とともに立ち上る、油とスープの香りは、

 食欲にダイレクトに働きかけてくるような、“品性”という概念をどこかに放り捨てた匂いだった。

 まさに、“食欲を満たすことだけ”に特化した暴力的な料理である。


 そして――


(……本当に光っているのね。食べて問題ないのかしら)


 レオが「たまに“光る大成功品”がある」と言っていたが、

 今、私の目の前に置かれたそれがまさにそうなのだろう。

 魔法的な力は特に感じないが、淡く発光している。


 私が箸と“レンゲ”と呼ばれるスプーン状の食器を手に取った瞬間、


 会場の空気が、すっと張り詰めた。

 無数の視線が、こちらに集中しているのが分かる。


(たしか、最初は“スープから飲む”のがルール、だったかしら)


 レンゲでスープをすくい、口へと運ぶ。

 舌に乗った瞬間――濃厚な旨みが、どっと押し寄せた。


 醤油独特の香りと、スープの“だし”(ブイヨン一部らしい)が混ざり合い、

 なんとも食欲を刺激する香りと味わいになっている。

 だが、喉を通り過ぎる頃には、不思議と後味はさっぱりとしていて、

 舌の上にほんのり残った塩気が、“次の一口”を強く欲させてきた。


 続いて、唐揚げを口に入れる。


 サクサクとした衣に歯を立てた瞬間、まず感じたのは――単純に「熱い」という事実だった。

 私でなければ、普通に火傷していたかもしれないほど、内部に熱がこもっている。


 しかし、そこに詰まっていたのは、熱だけではない。

 噛み締めるたび、溢れ出す肉汁と旨みが、衣の香ばしさと混ざり合い、

 口内で一気に弾け飛ぶ。


 例えるなら、そうね――


「“美味しさが詰まった爆弾”みたいな食べ物ね」


 思わず、口からその感想がこぼれた瞬間――

 ハンネスが、すかさずそれを拾って会場に響かせた。


「おおっと! 試食中のマティルダ様から、“美味しさの爆弾”という評価が出たぞ!」

「これはもう、美味しいのは間違いないが――いったい、どんな味なのか!!!」

「とても気になるぞ~!!!」


「なんと、ギルド長と白鷺商会の代表は、その“爆弾”をすでに完食済みだ!

 そちらの感想も聞いてみよう!!」


 ……ハンネスは普段、寡黙で礼儀正しいタイプのはずなのだが、

 今日はどうにも様子がおかしい。


 彼のことはひとまず無視して、私は麺へと箸を伸ばす。

 麺をすくい上げ、スープをよく絡めてから口へ運ぶと――


(……なるほど)


 スープと麺の相性が、驚くほど良かった。

 麺のコシと小麦の風味を、スープの旨みと香りが包み込み、

 一体となって喉の奥へと滑り込んでいく。


 “調和している”という表現が、これ以上なくしっくりくる味わいだった。


(さてと――計画を実行しましょうか)


 ただ「美味しい」と太鼓判を押すだけでは終わらせない。

 私には、やるべきことがある。


 私は席を立ち、拡声器越しに会場へと声を響かせた。


「これを作った料理人を、今すぐここに呼びなさい」

「“今すぐ”によ」


 冷静な口調でありながらも、よく通る声で告げると、

 いきなりの宣言に、会場は一瞬で静まり返る。


 ステージ端に捌けていた三人の料理人たちが

 私の前へと現れ――その場で勢いよく土下座した。


(だから、どうしてすぐ土下座するのよ……)


 と言いたい気持ちをぐっと飲み込み、私は口を開く。


「顔を上げなさい。私は、貴方たちを“称賛するため”に呼んだのよ」


 三人が恐る恐る顔を上げたのを確認してから、


「皆も知っている通り、この料理の“原案”は私が考えたものだわ」


 と、まずは事実を示す。


「この料理の“原型”や“組み合わせ”の知識は、たしかに私が貴方たちに提供した」


 そこで、わざと少し声を強める。


「でも――これは、“私が提案した料理”ではないわ」


 観客席が、ざわりと小さく揺れる。


「な、何か……不足があったでしょうか」


 料理人の一人が、震える声で問いかけてきた。


「そうね。私への“配慮不足”が、一つだけあるわね」


 わざと間を置き、全員の視線を集めてから――



「この料理のクオリティは、私の提案を“軽く凌駕して”しまっていて、もはや別の料理よ。」


 と、はっきりと言い切った。


「この私が認めてあげる。

 これは――貴方たち自身が生み出した、このヴァルデン領の“新しい名物料理”よ」


 次の瞬間、ハンネスの実況が被さる。


「な、な、な、なんと! マティルダ様から“最大級の賛辞”が飛び出したぞ!!」

「とんでもない料理だー!!!」


 その声を合図のように、観客席からどっと歓声が湧き上がる。

 歓声と拍手の音が、コロシアムを揺らすほどの熱気となって押し寄せてくる。


(……あれ? これ、私が舞を披露したときより盛り上がっているんじゃないかしら)



(つづく)

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