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幕間_収穫祭


 大陸一と言われる楽団の音が、会場に大きく響き渡る。


 耳慣れない旋律ではあるが、そのメロディーは実に洗練されていた。

 なにより、演奏の技量はさすが「大陸一番」と称されるだけあって、観衆の心を一瞬でつかんでいるのが分かる。


 その音を――私は、一番近くで聞いていた。


 なぜかというと、これから目の前の大観衆を前に、私が「舞」を披露するからだ。


 社交ダンスの経験なら豊富だ。

 しかし「舞」など、どこか下賤な女がやるものだと決めつけ、今まで一度もやったことがなかったし、心のどこかで見下してさえいた。


 まさか、その「舞」を、この私自身が披露することになるとは。

 演奏が伴奏部分に入り、やがて静かな機械音とともに、私の乗っている台がゆっくりと昇降を始める。

 この舞台のステージには、出演者をせり上げるための昇降機構が取り付けられているのだ。


 ――まあ、この私が披露するのだ。半端な舞を見せるわけにはいかない。

 やるべきことは一つ。全力で当たるのみである。


 魔法による演出とともに、私がステージに姿を現すと――

 会場は、途轍もない熱量で揺れ動いた。


 熱狂して叫ぶ者。

 困惑して目を見開く者。

 ただ見惚れて立ち尽くす者。

 畏怖に身をすくめる者。

 ステージ前に駆け寄ろうとする者。

 中には、逃げ出そうとして出口へ向かう者までいる。


 人間というものは、つくづく多様だ。

 一応、相当数の兵を警備に割いていたはずなのだが――

 その人の波を制御しきれていないのが、一目で分かった。


(なんとも多いこと。人が虫みたいに、うじゃうじゃとごちゃごちゃ動くのは……本当に、気持ち悪いわね)


 仕方がない。魔法を使うしかない。

 私は静かに陣を構築する。


 使用するのは、「視線と意識をこちらに固定させる魔法」と、「その場から動けなくする拘束の魔法」だ。 魔法そのものは簡単だが、会場全体を範囲とするとなると、行使は少々面倒になる。


 とはいえ、この混乱を収めるには、これしか方法がない。

 私から放たれた魔法が光となって広がり、会場全体を包み込む。

 次の瞬間――人の波は、ぴたりと止まった。


 さて、と。


(舞を踊るとしましょうか)


 大衆の前で。

 こんなキラキラした衣装など、本当は着たくなかった。

「舞」など、踊りたくもなかった。


 ――それでも。


(はあ……やるしかないわね)


 そう思い、私は一歩、床を踏みしめる。

 音楽に合わせて、静かに、舞い始めた。


 なんでこんなことになったのか――その発端は、収穫祭の内容が決まった頃にさかのぼる。

 あのとき、私は“ある人物たち”から、ある種の「命令」を受けたのだ。


 ◇ ◇ ◇


「お父様、お母様、一体どのようなご用件でしょうか」


 父の執務室は、その場で会議も行えるよう、かなり広く作られている。

 壁にはさまざまな宝物や有名な絵画が飾られ、全体として荘厳な空気が漂っているのだ。


 上座には父、その隣には母が座っている。

 母がこの部屋に同席しているのは、相当に珍しい。


 要するに――この二人からの“呼び出し”を受けて、今の私がここにいる、というわけだ。

 少しの沈黙のあと、父が口を開いた。


「呼び出したのは、最近のお前のやり方に、少々目に余るものがあると思ってな」


 その言葉に、母が大きく頷く。


「なんのことでしょうか。ここ最近は、わりと慎ましくしておりましたよ」


 私は、にこりと笑顔を作ってみせる。


「指摘したいところは、五つだ」


「五つもですか」


 なかなかに大きな数字である。


「そうだ。まず一つ目」

「お前の“罪人の処罰”に関してだ」


「きちんと、法律や規則に則って行いましたよ」


「いや、ここ半年間で“一万人”というのは、異常値だ。

 ヴァルデン領の人口の『0.5%』の民を、半年で捕らえて処罰するのは――さすがにやりすぎだ」


「ほとんどが罰金刑ですよ」


「にしてもだ。それと、冤罪で捕らえられた者を釈放する際にも、謝罪するどころか――

 『紛らわしいことをした方が悪い』と責任を相手に求めた上で、

 『罪に当てはめることもできるが、特別に釈放とする』という説明をし、感謝まで要求しているそうだな」


「言い方次第では、私は“釈放した恩人”になれますわ」


 殊勝な声色でそう言うと、


「民に闇雲に頭を下げる必要はないが、こちらに非があるのなら、然るべき謝礼はすべきだ」


 父がきっぱりと言い、母がまたしても大きく頷く。


「……分かりました」


「二つ目だが、“重罪人の扱い”についてだ。人体実験をしたそうじゃないか」


 そこから先の父の説教は、正直かなり長かった。

 怒られた内容をまとめると――


 ・人体実験の過程で、囚人同士を戦わせてみたり、

 ちょっとだけ精神的に追い詰めてみたりした件。


 ・貴族の抱える借金と家計の状況を洗い出し、

 ハーウッド家を利用して欲を煽って高級品を買わせ、“首が回らなくなる”ように調整し、

 借金の担保にされていた聖遺物を、合法的に奪った件。


 ・スラム街を潰した際、その働き先の無い住民を炭鉱送りにして働かせるため、

 体力や筋肉に問題がある者へ、少々“強引な方法”で鍛錬を施した件。


 ・聖遺物や、エストからもらった高級品を、ろくに管理もせず放置していた件。


 特に、聖遺物を入手するために他貴族を追い込んだことについては、かなり強く叱責された。


 貴族家の家計が逼迫した結果、そのしわ寄せが領民へと降りかかり、

 重税に耐えかねた民の間では、あわや革命が起こる寸前にまで話がこじれたらしい。


 なんでも、その“聖遺物”というのは、その家にとって「家の誇り」とも言える代物だったそうで、

 それを手放すくらいなら、と領民に過酷な税負担を課したのだとか。


 しかし、そうして私が手に入れた聖遺物の数々は――

 仕分け作業が大変だという理由で、机の上に放置されていたり、

 積んである箱の中に入ったまま眠らされていたりした。


 これが、父や母からすると「とてもよくない」らしい。


「貴族の誇りを狡猾な手段で奪っておきながら、それをゴミのように放り出しておくとは何事か」


 と、滅茶苦茶に怒られたのである。


(いや、そんなものを“借金の担保”にする方が悪いでしょうに……)


 ――などと、心の中でだけ反論しながら、私は説教を聞き続けていた。


 そして、ひと段落ついたかと思ったところで、父が続ける。


「――やってしまったことは、もうしょうがない」


「だから、それには相応の“償い”をすべきだ」


「償い、ですか。何をすればよろしいのでしょう」


「まず、貴族への償いとして、聖遺物を速やかに返還すること。

 そして――お前が今後、直接ハーウッド家と取引をすることを禁ずる」


「さすがに“禁止”は酷いですわ。

 ハーウッド家と当家を結んだのは、私の功績であり、その功を掠めとられるようで非常に不愉快です」


「お前はハーウッド家を利用し、貴族たちを制御しようと画策していただろう。

 社交界にブランド品を流行らせようとして動いていることも、お見通しだ」


(……把握されていたか)


「高級品に相応の価値がつくのは良い。

 だが、その価値が“より高くなるよう”に、芸術家や投資家たちにまで働きかけて値を吊り上げたり、

 貴族として“こういう品を持っていないのは遅れている”という風潮を作ったり――

 そのやり方に難がある」


 いや、リカの世界の“ブランド品”を参考にして、

 彼女の言うところの“ゲームの登場人物”――つまりこの世界の貴族たちの実家を、

 借金という鎖で縛って私の言うことを聞かせようとしただけなのだが。


 ……もっとも、リカからも


『バッドイベントやバッドエンド回避以外には絶対に使っちゃダメ』


 と、かなりきつく釘を刺されてはいた。


「私は、世の中に“良いものが出来る仕組み”を作っただけですわ。

 良いものに、それだけの価値があると分かれば、

 それを作ろう、ダンジョンから持ち帰ろうという動きが活性化して、市場に良い品があふれますもの」


「“やりすぎ”だと言っているのだ」


 父はぴしゃりと言い放つ。


「加えて、その聖遺物や高級品を、市場にあるものを片っ端から買いあさってから、

 そういう動きをするのは、為政者として正しいとは言えないな」


 いや、聖遺物を買いあさっていたのは主に私だが、

 高級品を爆買いしていた犯人は母である。


 それに、私以上の金額を投じているのも母の方で、

 ハーウッド家の人たちを馬車馬のようにこき使っているのも、主に母だ。


(……とはいえ、この場で母の“悪行”を指摘するわけにもいかないのよね)


 しかし、ハーウッド家との接触禁止は、こちらとしても色々と困る。

 そのため、可能な限り粘り強く抗議を続けた結果――


「分かった。処罰内容は変更する」


 父の方が折れた。


「あと、民たちへの対応だ。

 料理の改革でせっかく上がった、お前への“民からの評価”だが、

 今回の一件で、またかなり下がったであろう。その挽回が必要だ」


「……具体的には?」


「今度、レオルドが主催する祭りがあっただろう。

 そこで、この衣装を着て“舞”を披露しなさい」


 合図とともに、使用人が一着の豪奢なドレスを運んでくる。


「今年のお前の誕生日パーティー用に仕立てたものだが、会自体を中止しただろう」

「だから、こんなこともあろうかと、仕立て直しておいたのだ」


 私の誕生日の時期は――


 リカの件で私は謹慎中だったし、今この国の王妃は危篤状態。

 さらに、まだ正式発表はされていないが“魔王復活”という、とてもパーティーどころではない状況だ。


 なにより私は、もともとそういった華やかなパーティーが好きではない。

 その結果、誕生日パーティーというイベントそのものを、私の手で“潰した”のである。


 その後も父は、

「せっかく作ったのだから、着てほしい」とか、

「お前にこそ似合う」などと、あれこれ説得を試みてきたが――

 私は、それをきっぱりと突っぱねていた。


「ドレスを着るのも、舞を披露するのも、ましてや民たちの前でなど、絶対に嫌ですわ」

 相当な反論を繰り広げた結果、話は完全に平行線を辿っていたのだが――


 そこで、父と母から“最後通牒”が下る。


「やらないというのなら、罪人を処罰する権限を剝奪する」


 そう宣告されてしまったのである。

 さすがに、それを失うわけにはいかない。観念し、


「……分かりました。会場はどこでしょうか」


 せめて小さめの会場であれば、当家の息のかかった者たちで客席を埋めることもできる――

 そう踏んでいたのだが。


「お前が以前、コロシアムとして建てた“巨大な置物”で行うと決めた」


 父のその一言に、私は軽い眩暈を覚えた。


 ◇ ◇ ◇


 このコロシアムは、五万人の観客を収容できる巨大建築だ。


 建設に二年を費やしただけあって内部は広く、なおかつ“ステージ上の戦いの臨場感”が最大限伝わるよう設計されている。


 客席とステージの配置はもちろん、反射用の鏡面や魔法装置を駆使し、

 後方席からでもステージの光景がはっきりと見えるようになっている、他に類を見ない“完璧な設備”だった。


 私はヴァルデン領に興行文化を根付かせようと考え、

 古代に存在したという“剣闘士”の制度を現代に復活させるつもりで、この巨大会場を作らせたのだ。


 ――が。


 その“剣闘士”という興行は、教会勢力から滅茶苦茶なレベルでNGをくらった。


 それを無視して強行しようとしたところ、

 今度は王や大陸各地の有力者たちの署名入りによる“反対意見書”まで突きつけられ、さすがに断念せざるを得なくなった。


 結果として――


 建物だけは立派に完成したものの、

「中で何をやるか」が決まっていない、“巨大な置物”になってしまったのである。


 そんな場所での“初興行”が、私の舞になるとは。

 内心でそんなことを考えながら、私は舞を披露していた。


 豊穣の舞――

 今年の実りを神に感謝し、来年の豊作を祈るための舞らしいのだが、

 既存の「舞」は形式ばっていて、どうにも私の好みではなかった。


 そこで今回は――

 音楽はリカの元いた世界の“アニソン”とやらをベースにした、大衆受けしやすい曲調を採用し、

 振り付けにも、いわゆる“ダンス”の要素をふんだんに盛り込んだ。


 それを春・夏・秋・冬の四つの季節に当てはめ、

 各パートごとに季節感を変えながら構成した、“豊穣の舞”として作り上げたのだが――

 ふと思う


 “感謝”や”祈り”を、勝手に踊りという形で表現して送りつけられて、

 神様側は一体何を思うのだろう。


(まあ、“神様が見ている”と仮定して……

 せっかくなら、楽しんでもらえるように踊るとしましょうか)


 そんなことをを考えて踊っていると


『うわ、このステージからの景色って壮観だね。奥の方なんて人が豆粒みたい。

 めっちゃ見られてるって感じがして、なんかすごくこそばゆい感覚』


『あ、あっちの席なんて感動で泣き崩れてる人たちがいるよ。なんだかすごいね!』


 私が舞を踊っている最中でも、リカは相変わらずうるさいが、


 とはいえ、登場した直後こそ会場は大混乱だったものの、

 いざ舞が始まってしまえば、観客たちは一転して、真剣な眼差しでこちらを見つめている。


 まだ「春」のパートだというのに、そして”泣き崩れている”という感情はどこから来ているのであろうか。


 後日聞いたところによると、舞っている最中の私は“光っていた”のだという。


『戦闘中に“特殊スキルの舞”で大成功すると、キャラがキラキラ光る仕様があってね。

 たぶん、それだと思う』


 と、リカは妙に納得したように言っていた。

 それよりも印象的だったのは、舞が終わった直後のことだ。

 客席からの大歓声が一段落したかと思うと――


「アンコール!」


 という掛け声が、ぽつりとどこかから上がったのだ。

 それに続くように、声は一人、また一人と広がっていき、

 やがて会場全体を揺さぶるほどの大合唱になった。


(アンコール……?)

 首をかしげていると、


『アンコール知らないんだ。この世界にはない概念か。

 “まだ見たいから、もう少しだけ見せて”ってお願いするコールのことだよ』


 と、リカが教えてくれる。


 誰が最初に言い出したのか、なぜ皆それに揃って続いたのか――

 そのあたりは未だに謎のままだ。

 けれど私は、楽団に軽くアイコンタクトを送り、合図を交わす。


 そして――

 もう一曲だけ、舞を披露することにした。

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