㉙エスト・ハーウッド 後日談Ⅵ
「姉上、もう一度お聞きします。なぜ、こんなものを作ったのでしょうか」
レオはテーブルの上に置かれた護符をじっと睨みつけながら、低い声でそう告げた。
窓の外から差し込む光を受けて、編み込まれた髪と炎のクリスタルがきらりと光る。
それとは対照的に、レオの表情は――氷点下に近い。
(……怒っているわね、これは)
いや、「経緯を説明しろ」と言われても、リカ抜きでこの話をするのは難易度が高い。
そして厄介なことに――
レオが腹を立てているのは、“護符そのもの”ではなく。
その材料として、“令嬢たちの髪の毛”を使ったことに対して、なのだ。
『だから言ったじゃん。レオ様にちゃんと確認しようって』
頭の中で、リカが呆れたように言う。
(ゴミ箱に捨てた時点で、所有権は放棄しているはずでしょう)
その時の私は、そう判断し、“事前の許可”など取らず、無断で実験材料にしたのだが――
どうやらレオの感覚とは、致命的にズレていたらしい。
レオは一瞬こめかみを押さえ――
それから、深く息を吐いた。
「なぜ、“髪の毛”を使用したのですか」
その問いには、私も即答しかねる。
金糸や絹糸など、他の“糸”は一通り試したが――
どれもまったく効果を発揮しなかったのだ。
髪の毛だけが、クリスタルと共鳴し、護符として成立した。
(恐らくは――)
「“上位存在”。いわゆる”神様”のせいね」
「……はい?」
レオが、露骨に怪訝そうな顔をする。
「私からは、これ以上は言えないわ。
ハーウッド家のエストという人物が詳しいから、話を聞いてみるといいわ」
私は、さらりと視線を逸らしながらそう告げた。
『うわ、神様に罪をなすりつけた。流石だねマティルダ』
頭の中で、リカが感心しているのか呆れているのか分からない声を上げる。
(実際、“この世界を設計した何者か”の趣味としか思えない仕様だもの)
その後もしばし、レオとの間でああでもないこうでもないと問答を続けた結果――
先に折れたのは、レオの方だった。
「……分かりました。今後、こういうことをする場合は、ちゃんと私にも確認をしてください」
少し疲れたような声でそう告げられる。
「努力するわ」
あくまで“努力”であって、“必ずする”とは言っていない。
レオは、深々とため息を一つ吐いた後、机の上へと視線を落とした。
「しかし……様々な色の護符がありますね」
護符はそれぞれ、編み込まれた髪の色とクリスタルの色が組み合わさり、
赤、青、金、銀、黒と、実に多彩な彩りを見せている。
「ええ。それぞれ“効力”や“適性”が違うようだわ。
使用者との“相性”があるみたい」
机の上にずらりと並んだ護符の列を指先でなぞりながら、私は続ける。
「この護符を作る際に参考にした文献によると――
“使用した髪の毛の持ち主”と、“装備者”の相性が良いほど、効果は高まるらしいわね。
とある部族では、その結果で“結婚相手を決める風習”があるくらいよ」
「クリスタルとの相性ではなく、“触媒となった髪の毛”と装備者の間で相性があるんですね」
レオは小さく呟き、腕を組んだまま思案げに護符たちを見下ろした。
しばらくの間、品定めをするように護符の列を一つ一つ軽く手で触れた後に――
やがて、その中の一つをそっと手に取る。
赤褐色のクリスタルに、落ち着いた銀の髪が編み込まれた護符だ。
光を受けて、銀糸の部分だけが細くきらめく。
「この中ですと、これが――私と最も“相性”がよく、性能が高い気がしますね」
護符を軽く握りしめたまま、レオが真面目な声音でそう言う。
(まさかそれを選ぶとはね)と少し驚きはしたが、
「ああ、それね」
私は、こともなげに肩をすくめた。
「それは――“私の髪の毛”を使用したやつだわ」
「!?」
その瞬間、レオの表情が固まる。
まるで時が止まったかのように、瞳孔がわずかに開き、指先がぴたりと動きを止めた。
普段は冷静で、多少のことでは表情を崩さないレオだが――
ここまであからさまに動揺しているのを見るのは、初めてかもしれない。
「い、いや、姉上の髪の毛は金色で、この護符の触媒の髪の毛は銀色で――いや、これは、絶対おかしいでしょう」
珍しく、言葉を噛みながらそう返してくる。
「魔力を流していたら、髪の色が変わったのよね。
良かったら、それ――貴方にあげるわ」
軽く言ってみせると、レオはしばしの間、護符と私の顔を何度か見比べ――
眉間に深い皺を刻みながら、壮絶な内心会議を繰り広げた末に、
「……遠慮しておきます」
と、絞り出すように答えてきた。
その声音には、どこか後悔と、覚悟の色が滲んでいた。
◇ ◇ ◇
後日、リカとこの件について話題になった時。
『あのお守りは、“好感度が親愛以上”じゃないと渡せないから、それなんじゃない?』
と、彼女はさらりと言った。
『今ちょうど、レオ様のマティルダへの好感度って、“親愛と友情のあいだ”くらいな感じなんじゃん?
だからゲーム的に言うなら、“フラグ条件を満たしてない状態で渡そうとしたから、バグった”って感じになったんじゃないかな』
レオのあのおかしな態度の理由としては、妙にしっくりくる。
……が、納得はしたくない。
いや、この護符は、人体じっけ――もとい日頃の感謝を込めて――
父上をはじめ、屋敷の使用人たち、よりにもよって母や中隊長まで、みんな素直に受け取っていたのに、である。
(レオの、私への好感度……低すぎじゃないかしら)
思わず、頬が引きつった。
文献の情報だと”相性は良い”と判定されているのにどういうことであろうか
そして、悪いことは続くもので――
この護符に関して、追い打ちのような問題が発生した。
父から、“護符の製作禁止命令”が出されたのだ。
理由として挙げられたのは、
・令嬢たちの髪の毛が“原材料”であること。
・効果が高すぎる上に、“効果切れ”を起こすという不安定さ。
・製作にはとても高度な魔術制御が必要で、現時点では“私しか作れない”こと。
――などを総合的に鑑みたうえでの決定、とのことだった。
追い打ちとして、既に使用人たちに配っていた護符は、すべて父によって“回収・没収”されてしまったらしい。
これを言い渡された瞬間――
私の頭の中に、一つの直感がひらめく。
(これ、もしかして……“護符を危険視して”禁止命令を出しているのではない?)
私が作った護符を、他の誰かが使うのが許せなくて――
そう言っているようにしか聞こえなかったのだ。
その証拠に。
父は、しれっと、そして大事そうに――
“自分だけは、その護符を身につけている”。
(いや、厳格な父様に限って、そんなことは――)
”ないであろう”と自分で自分の直感を否定する。
ここ最近、どうにも“直感が当てにならない”。
今までなら一度も外したことなどなかったというのに――
最近、それがことごとく外れてしまっている気がしてならない。
(この指輪をつけてから、どうも思い通りに事が運ばないわね)
計画そのものは“大成功”と言っていい結果が多い。
けれど、なぜかそのたびに、思わぬところに開いていた“小さな落とし穴”に、きっちり全部ハマっている気がするのだ。
リカという存在は、私にとって――天使なのか、悪魔なのか。
彼女の言う“運営”とかいう存在に、どこか近いのだろうか。
そんなことを、ふと、ぼんやりと考えてしまうのだった。




