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㉙エスト・ハーウッド 後日談V


『それは“疾風のペンダント”。素早さ20%アップと、低確率で先制攻撃ができる装備。交易でたまにしか手に入らないんだけど、正直、そこまで強いものではないんだ』


『あー、ここらへんはハズレ指輪。属性魔法カット系は、もれなくハズレだから。』

『まあ一応、“50%カット系”は珍しいから、残しておいてもいいかもね。ちなみに、二つ装備すると75%カットになるんだ。100%にはならないよ』


『うわ、それ“守護天使の指輪”じゃん!!! 受けるダメージの60%をカットできる、超激レアアイテムなんだ。しかも三つも。超低確率ドロップなのに』


「その守護天使の指輪を二つ装備すると、どうなるのかしら。84%ダメージカットになるのかしら」


『いや、基本的にS級等級の指輪効果を“重複”させることはできないんだ。というより、無能な運営が“二つ同時に装備する状態”を想定してなかったっぽいんだよね。絶対に実装し忘れただけなのに、最終的には“仕様です”で押し切られちゃったんだ』


「貴方が言う“運営”というのは、神に近い存在――だったかしら」


『いや運営は、神でもあり、悪魔でもあり、無能でもあり、守銭奴でもあり、でも、極まれに本当に“天使”になるの。例えばね――』


 そこからリカは“運営”という存在について語りだしたのだが、あまりにも長かったので、私は大半を聞き流しながら――


 机の上にずらりと並べられた装飾品を、一つずつ手に取っては、淡々と整理していく。


 今、私が何をしているかというと――

 先日、ハーウッド家から納品された“ダンジョンの宝物である遺物”を、

 リカの“ゲーム知識”と一つ一つ照らし合わせている最中なのである。


 この遺物たちは、いずれ“聖女様”となる存在の成長に欠かせないアイテム群らしく、

 私はエストに命じて、片っ端からかき集めさせたのだ。


 ――が、しかし。


 私は、自室の壁際に積み上がっている、仰々しい箱の山へと視線を向ける。


(まだ、三分の一が終わったところなのかしら)


 いや、“買い占めろ”とは言ったが――まさか、ここまで遺物の数があるとは思っていなかった。

 リカの話では、こうした遺物は相当珍しく、


「ダンジョンを数十回周回して、一つドロップするかどうか」というレベルらしい。


 さらに言えば、“等級S”の品ともなれば、

 “廃人プレイヤー”――ゲームを生業のようにし、人生を捧げている専門職の人間ですら、

 数個を持っているかどうか、という貴重品だと聞いていた。


 だからこそ、私は――


「とにかく数を確保する」方針で、それなりの金額を投じ、

 ハーウッド家を通じて、各地から遺物をかき集めさせたのだ。


 だが。


(……結構あるじゃない)


 十個から二十個程度を想定していたのだが――

 目の前の山をざっと数えただけでも、その“数十倍”はありそうだった。


 何でも、貴族家が借金をした際の“担保”として差し出していたものや、

 お家取り潰しになった貴族から“差し押さえられた品”など金庫に保管されていたものも、この中には含まれているらしい。


 しかも、その“効果の種類”というのも、実に多種多様だ。

 おかげで、仕分け作業にとんでもない時間がかかっている。


 本来であれば、テキパキと進めてしまいたいところなのだが――

 肝心の“ゲーム情報”を握っているリカが、いちいち“思い出話”を挟んでくるせいで、作業速度が一向に上がらない。


『いやー、その指輪を入手するのは苦労したなー。適当にプレイしてた時にドロップして、テンション上がったのはいいんだけど、同時に特大のデメリットのあるバッドイベントが立て続けに起こっちゃってさ。いや本来は、課金アイテムの“やり直しアイテム”を使うところなんだけど、それだとドロップもなかったことになっちゃうから……“いつゲームオーバーになってもおかしくない状態”で、その超重要アイテムを抱えたまま進むのは、最高にドキドキしたんだ』


 このように、彼女の“思い出”とセットで一つ一つ解説されるせいで――

 遺物の仕分けは、致命的なまでにスローペースであった。


 さすがに根を詰めすぎたのか、疲労が溜まってきたので――

 私は区切りのいいところで手を止め、一旦休憩を挟むことにした。


 ◇ ◇ ◇


 湯気の立ちのぼる紅茶を鼻先で味わってから口をつけ、


「このペースでは、いつになっても終わらないわよ。もっと“簡潔に”説明してちょうだい」


 カップをソーサーに戻しながら、少しだけ恨みがましく言うと、


『いやー、私にとっては一つ一つが“良い思い出”だからさ、ついつい』

『でも、こんな量を買ったマティルダにも問題あるからね。醤油の時も思ったけど、もっと金銭感覚をしっかりしてよ。

 これ、ほとんど“業者の仕分け作業”だよ』


「でも、“世界を救うためには必要”なのでしょう?」


『いや、こんなには要らない。っていうか、“装備枠”は限られているからね。

 贅沢な使い方をしても、装備枠と、育成用と、戦闘用で使うくらいで、こんな数は絶対に不要』


「こんなに種類があるのに、ほとんどが“芸術品としての価値”しかないのね」


 私は、机の上に整然と並べられた指輪やペンダントたちを一瞥する。

 どれも一級品の細工で、宝飾品として見れば、それだけで一財産だ。


 だが――

 こういった品物は、“正しい持ち主”――すなわち聖女様にしか、効果を及ぼさないのだという。


『まあ、これは完全に“運営の自己満足”の賜物なんだよね。

 ユーザーみんなに“それぞれの攻略”をしてほしいからって、色んな効果の装備品をやたら多く実装したくせに、ドロップはまずしないんだ。

 周回要素を増やしたいからって、ドロップ確率が1%を割るのはさすがに渋りすぎ』


 リカは、ふうっとため息をつくような声をあげる。


『まあでも、“等級A以上”の装備品は、”ドキ魔”の登場人物にそれぞれ一つだけ装備できるように割り振られていたから、まったくの無駄ってわけでもないかもね』


「前に言っていた、“専用装備”ってやつかしら」


『そう。どき魔の登場人物の一人ごとに“専用装備”が割り振られていてね。

 それはその人たちに“プレゼント”として送ることができて、能力を上げたり好感度を稼いだりできるの。

 ただ、その場合は“その周回中”、プレイヤー側ではその指輪が使用不可になるっていうデメリットがあるんだけどね』


『ちなみに、マティルダは今つけてる、この指輪が専用装備だよ』


 言われて、私は無意識に自分の左手へ視線を落とす。


「エストが“私とこの指輪は適合している”とか言っていたのは――それを見抜いていたからなのかしらね」


『うーん、どうなんだろ。そこは分からないかも』

『まあ、これだけあるし、“主人公ちゃん”に渡して登場人物たちに配って、好感度を荒稼ぎしてもらうっていうのも手だよね』


「庶民が、この高級品をばらまくのは違和感があるわね。それを行う場合は、しっかりとした理由付けが必要だわ」


 私は、指輪の一つをくるりと転がし、宝石の輝きと地金の質を見極めながら言う。


『それは確かに……そうかも。でも、その動機を作るために、前の焼き鳥の時みたいに話をとんでもなく壮大にするのはやめてよね』


 その声色には若干の怒りの色があった。そのため、私は話題を変えるべく、口を開く。


「ちなみに、レオの専用装備はどれなの」


『そのクリムゾンレッドの指輪がそうだけど』


 指示された方向を見ると、ひときわ鮮烈な赤を宿した指輪が一つ。

 “血の色”に近い深い赤で、鈍く光っている。


 私はそれをそっとつまみ上げ、掌の中で転がした。


『……まさかとは思うけど、その指輪をレオ様にマティルダから“プレゼントしよう”なんてことは考えてないよね』


「!」


(いつになく鋭いわね)


 視線を指輪から外し、わざとらしく紅茶へと戻す。


「好感度を上げるためではないわ」


 紅茶を一口含み、ゆっくりと喉を潤してから続ける。


「そうね。レオには“強くなってほしい”もの」


 まあ、昔のように仲良くなりたいという気持ちも――

 少しはある。


『やっぱマティルダって、ブラコンこじらせてるなあ』

『でも、一番“能力上昇の効果”があるのは、ここにあるダンジョンドロップ品じゃなくて、主人公ちゃんが使った“お守り”なんだよね』


「お守り?」


『そう。主人公ちゃんが、攻略対象のことを“本気で大好き”な場合にだけ作れるお守り。

 主人公ちゃん側にも“攻略対象への好感度”っていう隠しパラメータがあって、それが一定値を超えると作れるんだ。

 どき魔の公式設定だと、“自分の髪の毛に魔力を込めて作る”ものらしいんだけど』


『それを装備した時の効果は絶大で――

 “全能力10%アップ、体力×1.5倍、詠唱速度半減”って効果があるの』


「その作り方を、詳しく教えてくれるかしら」


『うーん、作り方“そのもの”は分からないけど、“使われているもの”なら分かるよ。

 まず、触媒として攻略対象の“適正魔術”のクリスタルでしょ、それから――』


 リカが、ぽんぽんと指折りしながら素材を挙げていく。


 こうして私たちは――

 “お守り作り”を始めることにした。

 実際に準備を進めていく過程で、いくつか分かってきたことがある。


 まず、“クリスタルと反応させる”には、髪の毛の元の持ち主が“魔術的な素養”を持っていることが必要であること。

 次に、“編み込んで”形にするため、ある程度の長さが必要であること。


 そして、相手への好意が必要というリカの情報を踏まえ、


 “髪の毛を準備しよう”という話になったのだが――

 その“触媒”は、わざわざ集めるまでもなかった。


 屋敷の、それも“ゴミ箱”に、山ほど入っていたのである。


 それは。


 ――レオを慕っている女性たちから、日々“献上”されている大量の髪の毛。


 この髪の毛の持ち主たちは、ほぼ全員が貴族や有力者の令嬢であるため、もれなく“魔術的な素養”を持っている。

 更には、種類も量も、年齢も――子供から大人に至るまで、実にバリエーション豊かで。

 色も質感も長さもさまざまで、束ねて並べてみると、まるで奇妙な“色見本帳”のようである。


 しかも、差出人の欄に、“どこの誰のものか”がしっかりと記載された上で送られてきているという至れり尽くせりの状態だ。


(……実験をするには、“これ以上ないほど最適な材料”と言っていいわね)


 私が目を輝かせ、その髪束一つ一つに、

 小さな紙片へ名前と年齢、家柄まで丁寧に書き込み、それぞれ糸で括り付けて分類していく横で――


 リカは、頭の中であからさまにドン引きしており、

 ハンネスは、渋い顔をして立ち尽くしていたが


「では、実験を始めましょうか!」


 私は二人の視線など意に介さず、

 お守りを製作するための“実験”に、意気揚々と取りかかった。


 ◇ ◇ ◇


 数度の失敗作を経て――

 ようやく、“お守り”は形になった。


(……まあ、人の手で作ったものだから、“お守り”というより“護符”と呼ぶべきかしらね)


 だが、リカの説明を元に、魔力の流し方と編み込み方を微調整し続けた結果――

 手のひらにすっと収まる、小さな編み込みの護符が完成した。


 その製作過程で、はっきりしたことが一つある。

 ――リカが言っていた“相手への好意”という条件は、少なくとも“こちら側”では必要なかった。


 生物実験や簡易的な人体実験を繰り返した結果、

 製作のトリガーとなっていたのは、“特殊な魔力の込め方”だったのだ。


 対象への好意がどうこう、というよりは――

 “自分の魔力と、相手の属性を繋ぐ回路の組み方”を調整する必要があったのだ。

 とはいえ、効果そのものは――素晴らしいの一言に尽きる。


 精密な数値までは計測できていないが、

 体感としても、リカの情報としても、“全能力10%アップ、体力×1.5倍、詠唱速度半減”という効果は、ほぼ間違いないようだ。


 難点を挙げるとすれば――

 護符そのものに、“エネルギーのようなもの”が蓄えられており、

 それが尽きてしまうと、護符は“休眠状態”になり、効果を発揮しなくなってしまうこと。


 ただし、護符の製作者が近くにいることで、

 自然とエネルギーが再充填され、再び起動する――という挙動も確認できた。


(……これは、“世紀の発明”と言って差し支えないわね)


 私は、完成した護符に光にかざしながら、胸の内で静かに高揚感を噛みしめていた。

 ――のだが。


 この“発明”に浮かれていた私に、

 “ある人物”から、お叱りの声が飛んでくることになる。


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