㉙エスト・ハーウッド 後日談Ⅳ
『なにそれ、そんなんで好きになるものなの?』
まあ、リカの言いたいことは分かるが、それよりも――
「この前、交渉した際には、そんな“見抜く”ような感じはしなかったわね」
私がそう言うと、リーズは小さく笑った。
「彼はあまり、その“見抜いている感情”を、有効活用しようとはしませんから」
「どういうことかしら?」
「そうですね。“自分の得のために、人を見抜く”ということを、好まない人なんです。
相手の奥底にある感情に気づいていながら、それを利用しようとしない。
やることといえば――困っていたら助ける、くらいで」
そこで、肩をすくめて苦笑する。
「よく言えばお人好し。悪く言えば交渉下手、宝の持ち腐れ、ですかね」
「ふうん」
「ですが――」
そこで、ふっと視線を落とす。
「恐らく、“こうしてヴァルデン家様の傘下に入れていただく”という判断を即決したのも――」
一瞬、言葉を切り、それから静かに続ける。
「……恐れ多い、という感情ももちろんあったと思います。
ですが同時に、“マティルダ様側に敵意がない”ことを、
きちんと見抜いた上での判断だったのだと、私は思っています」
「……そうなのね」
私は紅茶を口に含み、その温度と香りで、少しだけ気持ちを整えた。
「詳しく教えてくれてありがとう。エストにも、そんな一面があったとはね」
そう礼を述べてから、もう一つ気になっていた点――
彼女が“商会の顔役”を務めている理由について水を向けた。
そこから語られた内容も、なかなかに“とんでもない”ものだった。
最初は、あくまでエストの“手伝い”として始めたそうだ。
だが、取引の場数を踏むうちに、
・交渉
・金勘定
・人員配置
といった、商会運営の中核部分を、
徐々に――そして最終的には、ほとんど全て――リーズが引き受けるようになっていった。
今や、ハーウッド家は“ほとんど彼女に乗っ取られているような状態”であるのだ。
「交渉も、価格決定も、支店の配置も――
全て、私の方で最終判断をしております」
と、リーズはさらりと言った。
「肝心の代表であるエストは、“名ばかりの代表”でして。
あの人が前に出るのは、聖遺物の鑑定や、どうしても彼でなければならない案件のときくらいですね」
この情報はなんと
(……ハーウッド家に潜入させた者からの報告と、ほぼ一致しているのよね)
内心で、私は報告書の内容をなぞる。
――代表は表に出ず、
実務はすべて奥方が差配している。
――夫婦仲は良好。
一体、ハーウッド家に何が起きて、こうなったのか。
謎は、むしろ深まるばかりだ。
そう考えていたところで、ふと――
彼女の身につけているネックレスに、自然と視線が吸い寄せられた。
何とも“異質な力”を感じる、一品だった。
私の視線に気づいたのだろう。
リーズはそっとネックレスへ指先を伸ばし、そのトップを軽くなぞる。
「気になりますか?」
くすりと笑みを浮かべて、こちらを見る。
「こちらは、彼が私に“プロポーズ”をした際に、プレゼントしてくれたものです。
普段は外出時にはあまり着用しないのですが――今日は、どうにもこのネックレスが“付けてほしそうに”見えてしまって。着用してきたのです」
そこで、ふわりと柔らかく微笑む。
「もしかしたら、このネックレスは――マティルダ様に、お会いしたがっていたのかもしれませんね」
「少し、見せてくれるかしら」
「もちろんです」
丁寧な所作で、彼女はネックレスを外し、私の方へと差し出してきた。
手のひらにそれを受け取った瞬間――
思わず、感嘆が漏れそうになる。
(……良い出来ね)
宝石の留め方、金属の曲線の滑らかさ、全体のバランス。
どれを取っても、“一切の妥協”が見当たらない。
表から裏へと、角度を変えながら観察していると――
ふと、金具の内側に打たれた小さな刻印が目に入った。
そこには、”エストワール”ではなく“エスト”の刻印が刻まれていた。
その瞬間、頭の中に直感めいたものが閃く。
(……“エストワール”というブランドは――
彼女が、“エストの刻印を、自分だけのものにするため”に発明したのではないかしら)
エストの名を刻んだ品を、他の誰かの手に渡したくなくて。
“エストの作品は、エストワールとしてしか世に出さない”――
そう決めて、ブランドという形にまとめ上げたのではないか、と。
そんな“説”が、私の中で浮上する。
――が。
(いや、ないでしょうね)
私は、すぐさま自分の思考を否定した。
……否定はしたのだが。
私の直感は、まるで別の物語を語り始める。
すなわち――目の前のこの女性こそエストが好きすぎるがあまり、
・幼い頃から、エストが“自分に好意を持つように”、さりげなく誘導し続け、
・貴族との婚約が“破棄されるよう”に、周囲を巧妙に仕向け、
・結婚後、ハーウッド家を“実質的に乗っ取り”、
・エストをほとんど“自分の庭の中”から出さないようにしている――
そういった筋書きだ。
その前提で、これまでの“全部の話”を組み立て直すと――
不思議なほど、辻褄が合ってしまう気さえしてくる。
(……いや、そんなわけはないでしょう)
頭の中で、自分自身にツッコミを入れる。
そもそも、配役が違う。
どう考えても、エストはそこまでの好意を一身に向けられるような“魔性の男”ではないし、
家を“乗っ取った”あとも、彼女はハーウッド家のために、自分のすべてを捧げている。
報告によれば――
自分の贅沢はほとんどせず、支出の大半を
組織のための費用に回しているという。
そんな人物が、私利私欲だけで、それほどのことを“しでかす”だろうか。
(しかし、このリーズという人物――どこか、母に似ているのよね)
柔らかな笑みの下に、何かとんでもない“狂気”を隠し持っているような。
そんな、得体の知れない気配を、どうしても感じてしまうのだ。
――だからだろうか。
この後に続いた、いくつもの“イベント”に対しても、どこか上の空だった。
例えば――雑談の流れで話題に出した、“唐揚げラーメン”を潰すための施策。
食べ過ぎが健康に与える悪影響を、数字と症例でまとめたレポートを見せたところ、
リーズが、目を輝かせて物凄い勢いで食いついてきた。
そこから話題は自然と派生し、
彼らの息子――“エリオ”という人物についての話になり
・稀少な“魔力適性”を持っていること
・ヴァルデン家の武器に、彼が装飾を施し、“宝飾武具”として売り出したい構想があること
・鉱石を“原石のまま”市場に流すのではなく、
ハーウッド家の工房で一次加工を施した“半製品”として売り出す計画が進んでいること
さらには別室で行なわせていた聖遺物の鑑定結果や、
その後に――
何故かエストが、廊下に飾られていた私の祖父の肖像画を目にした瞬間、
“信じられないくらい深々と頭を下げていた”件や。
我が母が、本来ならもっと時間をかけて詰めるべき、大事な会談を、
半ば強引に切り上げさせ、乱入してきたりと
様々な出来事が、立て続けに起きていたのだが。
(……いまいち、身が入らなかったのよね)
どれも重要で、後々の戦略にも関わる話ばかりのはずなのに――
私の頭には、ずっとエストと“リーズという人物”という不可思議な関係性の事をずっと考えていた。




