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㉙エスト・ハーウッド 後日談Ⅲ


 後日、ハーウッド家が「夫婦揃って」ヴァルデン家を訪ねてきた。

 目的は、私が依頼していた品と、父が依頼していた品の納品と聖遺物の鑑定である。


 本来なら、こうした場には母上もぜひ同席したがるところだが――


 今回はあらかじめ「母が家を空けている日」に合わせて、日程を設定しておいた。


 もちろん、そのための情報統制は完璧に行った。

 母の耳に「ハーウッド家来訪日」の情報が入る頃には、

 すでに“スケジュールの変更が物理的に不可能”な、絶妙なタイミングになるよう調整したのだ。


 それでも、あとから「他の日にしろ」と滅茶苦茶に文句は言われたが――

「ハーウッド家が後日来る」という情報自体は、かなり前から伝えていたし、

 こちらにもこちらの事情がある、と押し切った。


 なぜここまでして母を遠ざけたのかというと、今回、

 商会の“顔役”でもあるハーウッド代表の奥方に、色々と聞きたいことがあったからだ。


 そのため、二人でじっくり話ができる状況を整えるべく――

 エストの方には、あらかじめ“大量の鑑定品”を押しつけておき、

「彼の鑑定は一見の価値がある」と父上に吹き込んで、父をそちらへと誘導した。


 たぶん、延べ数時間は彼をそちらに拘束できるだろう。

 その鑑定をしている間に、奥方から可能な限り情報を引き出す必要がある。


 そして――

 攻略対象である“エリオ”という男の話も、少し聞いておきたい。


(さて、と)

 軽くひとつ背伸びをしてから、私は客間へと足を進めた。


 ◇ ◇ ◇


「お初にお目にかかります。リーズ・ハーウッドと申します。

 お目にかかることができて、誠に光栄の極みですわ」


 完璧な礼をしたその女性は――

 しかし、身に纏っているのはドレスではなかった。


 男性が着るスーツを、女性向けに美しくアレンジしたような服装。

 普通なら「礼装としてどうなのか」と眉をひそめられてもおかしくない装いだが――

 彼女自身の纏う品格と、その仕立ての良さがあまりにも自然に調和していて、


 ――失礼、というよりはむしろ。

「これこそが正装だ」と言いたくなるような、そんな出で立ちであった。


『うわー、めっちゃくちゃ美人だ』


 頭の中で、リカが素直な感想を漏らす。


『なんか、品格がカンストしてるというか、立ち振る舞いが完璧すぎるというか。

 あと、エリオ君の顔の大部分は母親似だね。目元だけ父親似かな?』


『でも、エストさんとこの人が結婚しているって、すごい違和感ある。

 美女と野獣……いや、この世界風に言うと美女と魔獣って言ったほうがいいのかな』


 だいぶ酷い言い分かと思うが、たしかに――


(不釣り合いだと言いたいリカの気持ちは、よく分かるわね)


 エストの、いかにも“中年男性”という風体を脳裏に浮かべつつも。


 完璧な彼女に対応するべく――

 こちらも“完璧な淑女”を演じる。


「マティルダ・ヴァルデンです。

 こちらこそ、ハーウッド商会には色々とお世話になっていますわ」


 形式通りの挨拶と謝意を述べる。


 その後しばし、

 ・ヴァルデン家を“贔屓商会”にしてくれたことへのお礼

 ・エストワール製品の品質についての感想と評価

 ・今後の取引拡大の余地や、新たな商品展開の可能性について


 など、ごく表向きの話題で会話と軽い歓談を交わした。


 ――十分に場が温まったところで。


(そろそろ、“本題”に踏み込んでもいい頃かしらね)


 私は、どうしても気になっていたことを――

 さりげない風を装いながら、口にすることにした。


「ところで、リーズ殿に少しお聞きしたいことがありますわ」


「なんでしょう。何なりとお聞きください」


「“エストワール”というブランドに関して――

 もう少し詳しく教えてくださるかしら」


 あえて、真正面から、はっきりと口にする。


『ええ。エリオ君のこと聞くんじゃないの?』


 リカの呆れ混じりのツッコミは、ひとまず無視する。


 今は、それ以上に気になるのだ。

 ――あの“ファンタジーじみた武勇伝”が、どこまで本当なのかが。


「当然、私は“エストワール=エスト代表”ということは知っているわ。

 そのことを踏まえた上で、お話してもらえるかしら」


 エスト=エストワール、という関係は――


 王をも差し置いてエストワールを買い漁っている母ですら知らなかった情報だ。

 私自身も、当の本人がうっかり口を滑らせるまでは把握していなかった。

 恐らく、かなり厳重に秘匿されている話なのだろう。


 それを、ここで容赦なくテーブルに叩きつける。


 一瞬、リーズは逡巡したような顔をした。

 だが、次の瞬間には――

 完璧な笑顔を、ぱたりと顔に貼り付ける。


「もちろん、お話させていただきます」


 柔らかいが、芯のある声だった。


「ですが――私共からご意見差し上げるのは大変無礼とは承知の上でのお願いなのですが」


 そこで、ほんの少しだけうつむき、

 それから静かにこちらを見上げてきた。


「本件は、くれぐれも“ご内密”にお願いいたします」


「それはもちろん承知しているわ」


 私は、あっさりと頷く。


「エストワールというブランドの価値は、私も十分理解しているつもりよ」


 ちらりと、わざと意地悪く笑ってみせると――

 リーズは、ふっと肩をすくめた。


「心得ました」


 と、いかにも“仕事人”といった調子でそう言ってから、リーズは口を開いた。


 ◇ ◇ ◇


 本来は、「どこまでが真実か」を確認するために聞いたはずの話だったのだが――

 そこから先に語られた内容は、さらに“有り得ない情報”のオンパレードであった。


 まず、この目の前のリーズという人物。

 元は、エストが幼い頃から仕えていた“専属の使用人”であり、

 彼の身の回りの世話をすることを主な役割としていたという。


 ……いや、そういった存在に対して、


「お手付きした」とか「愛人のように囲っている」といった醜聞は、

 貴族社会でもたまに耳にする。

 だが――あろうことか、“正式に結婚している”というのは、前代未聞である。


 そして、専属使用人というものは本来――

 主の身辺の雑事をこなす術だけ教えられ、

 必要最低限以上の教育は与えられないのが“世の常”だ。


 他所で生きるための知識や技術は与えられず、

 “一生屋敷で飼い殺しにされる”。


 そういった管理をされるのが一般的であるにもかかわらず――

 このリーズという人物は、“商会の顔役”にまでなっている。


(……どこから知識や教養、マナーの学を得たのかしらね、いやそもそも、この話自体が常識から外れすぎているわね)


 さらに、貴族との婚約破棄は「事実」であり、

 その相手側の貴族の家名も、私は聞き覚えがあった。


 しかし――

 “平民に婚約破棄をされた”などという事実は、

 家の名誉に深い傷がつく。


 そのため、多額の賠償と引き換えに、あちらの家が必死に情報統制を行い――

 結果として、その醜聞はほとんど“揉み消された”のだとか。


(……婚約破棄よりも、

 “エストと結婚したいという貴族がいた”という方が、とんでもない奇跡だと言いたいわね)


 本音を言えば、その部分に関しては盛大に彼女にツッコミを入れたかった。


 だが――


 あまりにも誇らしげに、幸福そうに、

 エストのことを語る彼女を前にしては。

 それを投げつけることは、さすがの私にも出来なかった。


 話をいったん終えた彼女に、私はカップを置きながら言う。


「詳しい説明、感謝するわ。しかし――エストワールの話が“ほとんど事実”とは驚いたわね」


 もちろん、後で裏取りは必須だ。

 だが、今この場で疑いを前面に出して接するメリットはない。

 ことの真偽は、あとでブランド戦略を練るときにでも整理すればいい。


「ご褒めにあずかり、光栄でございます。

 ですが、本件の真実を他者にお伝えするのは初めてでしたので……

 所々拙い説明になってしまったことを、お詫び申し上げます」


 言葉の上では殊勝だが――

 語っている最中の彼女の声色は、どこか楽しげで、嬉しそうだった。


 彼女にとって、それは“良い思い出”なのだろう。

 であれば――次の質問は、そこから派生させるのが自然だ。


「リーズ殿。話を聞いていて思ったのだけど――」


 私は、あえて真正面から口にする。


「貴方側からも、エストのことを“気に入っている”のね。

 彼に好意を持ったのは、いつなのかしら?」


 リーズは、明らかに意表を突かれた顔をした。


 私は最初、てっきり――

 “エストが美人な使用人に一目惚れして、半ば強引に結婚した”のだと思っていたのだが。

 先ほどの説明を聞く限り、それでは話が成立しない。


 リーズ側の好意と協力、なにより”結婚したい”という意思ががなければ、

 婚約破棄からの結婚という流れにするのは難しい。


 だからこそ、あえて聞いてみたのだ。


 彼女は、少しだけ顔を赤らめてから――


「えっと、それはですね……」


 軽い咳払いをしたあと


「…………すいません。私も、“彼のことが大好き”だと、人から指摘されるのは初めてで……

 少し、動揺してしまいました。

 皆様、私が彼のことを好いていると言っても、あまり信じてはくださいませんので」


 と、苦笑まじりに言った。


「好きになった“きっかけ”ですか」


 と、自分に問いかけるように呟く。


「……そうですね。“彼のことが気になるようになった”のは――


 “目のすごさ”に気づいた時、ですかね」


「確かに、目利きとしては優れているわね」


「はい。それはもう、職人としても、鑑定士としても、誇れる部分だと思っています」


 リーズは、少しだけ誇らしげに言う。


「ですが、彼の“優れた目”は――それだけではありません」


 そこで、視線を私から外し、少し遠くを見るような目になる。


「彼は、石や金属を見るときと同じ目で――


 “人の表に出さない感情の機微”を、感じ取ることができるのです」


「……感情、ねえ」


「幼少期の話になりますが――」


 リーズは、静かに続けた。


「私が“完璧な使用人”として彼に仕えていた頃、

 私は決して、自分の感情を表には出さないようにしていました。

 嬉しくても、悲しくても、不満があっても、それを表情や態度に出さないよう、徹底していました」


「ですが、彼は――」


 そこで、ほんの少しだけ目元が和らぐ。


「“絶対に表に出していないはず”の、私の感情を――


 どういうわけか、察知していたのです」


「その時に思ったのです。

 “この人は、一体何者なのだろう”って」


「それが、“気になり始めたきっかけ”というわけね」


「はい」


 こくりと頷く。


(つづく)

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