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㉙エスト・ハーウッド 後日談Ⅱ


 エストワールは、紛れもない“天才職人”だった。


 もっとも、その天才は、生まれながらの才だけではない。


 たしかに、元々の素質も大きかったが――

 何よりも、その技は“努力”によって磨かれたものでもあった。


 そして、その努力の源となっていたのが、

 いつも彼を信じ、応援し続けていた“ある娘”の存在だった。


 彼は、胸の内に秘めた想いを抱えながら、

 その娘の期待に応えようと、必死にハンマーを振るった。


 ――その結果として。


 エストワールは見事に、“天才としての才”を開花させた。


 両者の想いは、当然のように同じだった。


 才を開花させ、職人としての地位を固めたエストワールは、

 やがて彼女との結婚を真剣に計画するようになる。


 ところが――そんな最中。


 彼の絶対的な才能の噂が、大陸中に広まってしまった。


 そして、その噂は、ある一人の“貴族”の耳にも届く。


 その貴族は、家が落ちぶれ始めており、

 何とかして再興の糸口を掴もうともがいていた。


 そこで目をつけたのが――エストワールとの“血縁関係”だった。


 彼は、“自分の娘”とエストワールを結婚させれば、

 将来にわたって莫大な利益と名誉が得られると踏み、

 あらゆるコネと権力を総動員して、二人の仲を引き裂いた。


 周囲の貴族たちも、家同士の格やしがらみを理由にして、

 彼と“想い人”の関係を、残酷なまでに断ち切ろうとした。


 ――エストワールは、絶望した。


 だが、それでも。


「もう一度、彼女に会いたい」という一心だけは、決して消えなかった。


 彼は、その想いだけを胸に――

 ひたすらに、ハンマーを振るい始めた。


 その名声は、やがて王の耳にまで届き、

 ついには「王家への献上品を作る」話へと繋がっていった。


 そして、王はその品を目にし、大いに喜んだ。


「望む褒美を与えよう」と、エストワールに問うた。


 そこで彼は――


「彼女と、もう一度会いたい」


 と、ただひとつだけ、強く願った。


 ――その願いは、叶えられた。


 ◇ ◇ ◇


 再会した二人は、その場でお互いの想いを確かめ合い、

 ほとんど“その場の勢い”で、結婚の約束を交わしてしまった。


 その後。


 エストワールは、自分の腕と、王の威光を巧みに利用し――

 処刑覚悟で、貴族との婚約を一方的に破棄した。


 当然、貴族側は激怒したが――

 王が「それを許す」と明言した以上、誰も逆らうことはできない。


 結果として。


 二人は、正式に、誰からも認められる形で結婚することになった。


 ◇ ◇ ◇


「エストワールはね」


 話を締めくくるように、母は言った。


「“周囲の反対”を押し切ってでも、“真実の愛”を押し通したのよ」


 その声音には――

 少しだけ羨望と、そして誇りが滲んでいた。


 ……が。


 話が長かったこともあり、私は途中から、頭の中で

 “エストワール(空想)”と、“エスト・ハーウッド(現実)”を、延々と比較していた。


(おそらく、何か“元になった出来事”はあったのだろうけれど)


 あまりにも話を“物語として”誇張しすぎているせいで、

 どこからどこまでが真実なのかが、よく分からない。


 まず、エストは“商人の家系”であるハーウッド家の代表だ。


 普通であれば――

 婚姻を申し込むのは“商人側”であり、

 貴族の方から「ぜひうちの娘と結婚を」と話を持ちかけてくることなど、そうそう無い。


 いくら落ちぶれているとはいえ、貴族は貴族。

 よほどの人物の厄介払いでもない限り、“貴族側から”商人へ婚姻話を持ちかけるのはないであろう。


 加えて、王や大貴族ともなれば――

 身の回りは“素晴らしい物”で溢れ返っている。


 一介の職人がいかに渾身の品を作ろうと、

 彼らを本気で“感動させる”のは、相当難しいはずだ。


 仮に、本当に王が“心から喜ぶ品”を献上できたとしても――

 せいぜい、立派な“感謝状”と、金貨数枚が渡されて終わりだろう。


 どう頑張っても、

 『望む褒美を与えよう』

 などという、絵本のような台詞が出てくる展開には、なりにくい。


 さらに言えば。


 たとえ、形式上とはいえ“婚姻”が既に結ばれているのなら――

 政略に慣れた貴族側が、その状況を黙って見ているとは考えづらい。


 むしろ、“手柄”は自分たちのものだとするために、

 根回しや情報操作に全力を尽くすだろう。


(なにより、“婚約破棄”という結末が、どうにも納得いかないのよね)


 破棄する必要は、本当にあったのだろうか。


 “婚約破棄された”などという事実が公になれば、

 それだけで家の名誉には深い傷がつく。


 だからこそ、普通の貴族なら――

 ・書類上は貴族令嬢が正妻。

 ・しかし実際に家を支え、共にいるのは“幼馴染み”。

 ・子どもが出来たら、それを“庶子”としてうまく取り込む。


 そういった、どこまでも灰色な妥協案を、

 政略に長けた貴族たちは、好んで選ぶはずだ。


(……エストワールの物語は、綺麗すぎる)


 だからこそ――

「真実の愛を押し通した職人」という“物語”になっているのだろう。


 けれど、“現実のエスト”と問われれば、

 正直なところ、首を傾げざるを得ない。


(まあ、“物語”として消費されている時点で――

 真実より、“そうであってほしい理想”が優先されているのでしょうけれど)


「美しい話でしょう?」


 母が、どこか満足げにそう言った。


「お母様、絵本の読み聞かせにはまだ時間が早すぎますわ。あと私は、そういう歳でもありません」


「このロマンスは、マティにはまだ早いようね」


 母上は紅茶を一口含み、わざとらしく息をつく。


「題材が違いますわ。その話はロマンスではなく“ファンタジー”です」


 と、私は物語のファンタジー部分に、淡々とツッコミを入れていく。

 ――が、その訴えも虚しく。


「マティはまだ子供ね」


 その一言で、話はきれいに締めくくられてしまった。


 しかし、仮にだが、この話が“すべて真実”であったとしても――

 この話を“広めている”のが当の幼馴染――いえ、今の奥方だというのは、

 どう聞いても、ただの惚気話を周囲に吹聴しているようにしか思えない。


 そんなことをぼんやりと考えていると――


 紅茶の入ったカップを見ていた母上が、悲鳴に近い声を上げた。


「このカップもエストワールじゃない。しかも“唯一無二の至高アブソリュート”!」


 今使っているティーセットも、エストからの献上品である。


 「何か欲しいものがあれば作る」と言われたので、

 しいて言うのなら――と、ティーセットを希望したところ、

 後日、まとめて送られてきたのだ。


「そうですわね。何でも、私むけの特別仕様で作成してくれたようですわ」


 私の髪色や目の色、肌の色に合わせて、デザインを調整したらしい。


「なにそれ、羨まし……じゃなくて」


 母上の声が、途中であからさまに軌道修正される。


「あなた、この品の価値を分かって言っているのかしら」


 単品として見れば、メルティア鉱石三個分。

 そこに“特別仕様”と、さきほどから母が騒いでいる“変な称号”――

 “唯一無二の至高アブソリュート”を加味すれば、九個分といったところであろうか。


 今後、エストワールというブランドの価値を上げる戦略を取っていけば、

 最終的には、その五倍から十倍程度の価値までは跳ね上がることもかのであろう。


「決して割らないようにと、侍女には言いつけていますわ。

 おおよその額を話したら、最初は手が震えて持てなかったんですよ」


 私は、部屋の隅で控えている侍女の方をちらりと見やりながら言った。


「そういう話をしているんじゃありません」


 母上は、こめかみを押さえながら続ける。


「このティーセットの“金額的な価値”と、“文化的価値”を考えたら――

 どう考えても、普段使いするものではなく、“飾っておくもの”でしょう」


 まあ、母の言いたいことは分かる。

 だがしかし――。


「優秀が故に、“飾られるだけの存在”というのは、なんとも可哀そうと思いまして。

 どこか“他人事とは思えなかった”のですわ」


 そう言って、私はカップの縁を指先でそっと撫でる。


「マティのどこが“飾られるだけ”の存在なのよ」


 母は、心底不思議そうに言う。


「あなたは大魔法で封印しても、それを内側から軽々とぶち破って出てくるじゃない。

 悪質さだけで比較したら、邪神や大悪魔を凌駕しているわよ」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」


 そこから少し言い合いをしたが――

 最終的に、「あなたが持つには勿体ない」と結論づけられ、

 献上されていたエストワールの品は、“全てを奪うもの(ワールドイーター)”の二つ名どおりに、

 母によって、綺麗さっぱりと“全て奪われてしまった”。


 あのティーセットで淹れた紅茶は、好きだったのに。


(今度、エストワール本人に、また作ってもらおうかしら)


 そう思い、依頼をしたのだが――

 その前に、母が“恐ろしい量”の製作依頼をエストに送っており、

 すぐには製作出来ないという連絡が届いた。


 しかも、なんとも悪質なことに、母は自身の貴族としての立場や、

 冒険者としての名声や権力を総動員し――


 「自分の品の製作がすべて終わるまでは、他の者の依頼を受けるな」


 という内容の、“独占契約”に近い依頼を出していたらしい。


 その徹底ぶりは容赦がなく、ベテランの冒険者や腕利きの使用人に命じて監視までさせて、

 王からの依頼ですら、スケジュールの後ろに回されてしまっているという。


 ――全てを奪う者。


 私は、ワールドイーターの恐ろしさを、改めて思い知ったのだった。


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