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㉙エスト・ハーウッド 後日談Ⅰ


 ハーウッド家との交渉を終えてから、しばらく経った、とある朝のこと。

 自身で料理で使う調味料の調合をしていると


「で、マティ。わざわざ呼びつけて、なんの用なの?」


 コンコンというノック音など一切なく、

 私の自室の扉は、勢いよく開かれた。


 続けざまに、母上の声が飛んでくる。


「また何か、とんでもないことをやらかしてしまったのかしら」


(開幕それなのね)


 全く――。

 私には「淑女らしくしなさい」「令嬢らしく振る舞いなさい」「大貴族としての誇りを持ちなさい」と散々言うくせに、

 自分はノックもなく娘の部屋に平気で突撃してくるような、大分ガサツな人間なのだ。


「私も成長していますわ。そんな昔のようなトラブルは、もう起こしませんわ」


 できるだけ殊勝な顔でそう言ってみせると、

 母上はじとりとした視線を向けてきた。


「確かに、色々な部分で“成長”はしているわね」


 そこまでは、褒め言葉のようにも聞こえたのだが――。


「でもマティ。あなたの、“隠蔽”とか“工作”とか“口封じ”とか、そういう“悪知恵スキル”も、ものすごく上がってしまっているのよね」


「お母様の娘ですもの」


「悪いところだけを真似するのは辞めなさい」


 即座に切り返された。


「あと、何かの実験するのはいいけど――

 被害が周りに出ないように“地下室”で行いなさい」


「いいえお母様、今行っているのは“料理の研究”ですわ」


「マティが料理!!!?」


 母上は、心底信じられないものを見た、という顔で固まった。


「どうしたの急に。変なものに憑りつかれちゃっているんじゃないの?」


 そう言いながら、私の体のあちこちを、ぺたぺたと触り始めた。


(……偶然かしらね。母にはリカのことは話していないのだけれど)


 妙に勘だけは鋭い。


「民たちに、美味しいものを食べさせたくて」


 できるだけ柔らかい笑みを浮かべてそう言うと、

 母上は腕を組み、半眼になった。


「また、何か良からぬことでも考えているんじゃないでしょうね?

 “善良な領民たちで人体実験”とか」


「お母様は、私をなんだと思っているのですか?」


「普通はね、“料理”にビーカーとか薬品は使わないのよ」


 母上の視線の先には――

 机の上に並んだ、大小さまざまなガラス器具や、

 粉末や抽出液が入った小瓶の群れがある。


「そして、なによこの種類の干した草とか、豆とか、種とか」


「それは“スパイス”ですわ。そしてここの機材は“調合用”の――」


「普通、そういう“怪しい道具一式”を自室に置かないの!

 どう見ても、“毒や劇薬を調合しているヤバい現場”にしか見えないのよ!」


「失礼ですわね。これは純粋に、“香辛料の配合実験”です」


「だったらなおさら、“専用の部屋”を使いなさい。

 火を使うものや、匂いの強いものは、換気設備の整った部屋でやる。これは基本よ」


 ぴしっと指差しで叱られる。


(そこらへんは全部、魔法で対応済みなのだけれど)


 まったく――朝から本当に元気なこと。


「で、一体なんの用かしら?」


 改めて、母上がじっとこちらを見据えてくる。


「お母様が大好きな“エストワール”の品を、私宛てでいくつか献上されたので――」


 一呼吸置き。


「私は要らないから、あげようかと」


「その一言が余計って、何度言えばわかるの」


 母上は即座に食いついてきた。


「それを言うことで、それは“プレゼント”じゃなくなって、“不用品処分”になるの。欲しくなくなってしまうわ」


「じゃあ、要らないのですか?」


「“要らない”とは言ってないわよ。ただ、“言い方”で色々と変わるって話」


 少し、からかいすぎたか。


 このあと、母は二十分ほど、「贈り物の作法と言葉選び」について説教をしてきた。


「で、その“献上された”って品は、どれなの」


 私が机の上に置いてあるジュエリーを指さすと――

 母は、ほとんど残像も残さず、私の前から消え、その場へと移動していた。


「これって……」


 母はじっくりとそれを眺めたあとに、目を細める。


「ホンモノじゃないの、これ。最近は贋作しか出回っていないというのに」


 それから、ひゅっと息を吸い込んで目を見開いた。


「しかもこれは、“唯一無二の至高アブソリュート”じゃない」


「あぶ……? なんですかそれは」


 思わず、素の声が出てしまう。


「“アブソリュート”はね、エストワールの中でも“至高”とされる一品にだけ刻まれる刻印よ」


 母は、石座の影に刻まれた小さな文字を指し示した。


「“これ以上のものは作れません”っていう、職人からの宣言みたいなもの。

 要するに、“この世で一番のもの”って意味よ」


「でもお母様。こっちにあるジュエリーにも、その“アブ何とか”の刻印はありますわ」


「色々なタイプのジュエリーの、それぞれに“唯一無二の至高アブソリュート”は存在しているの」


 そんなことを言いつつも母は、そこに並べられた品々をひとつひとつ見て、顔色を変える。


「というより、なんでこんな“量”のエストワールの商品を献上されたの?」


「……」


 いや、欲しいと一言も言っていないのだが――

 製作者本人であるエストから、交渉後に“大量に”送られてきたのだ。


 名目としては、「メルティア鉱石の代金替わり」とのことだった。


 この前の交渉で、廃鉱山から引き上げた大量のメルティア鉱石を見せた際、

 エストがあまりにも欲しそうな顔をしていたので「タダであげる」と言ったら、

 さすがに「ご厚意には甘えられない」と断ってきたので――


『貴方への先行投資でもあるわ。それがどうしても気に入らないのであれば、あなたの作ったものと交換という形でもいいわ』


 と告げた結果、こうなった。


 メルティア鉱石の相場と、彼の作品の相場を計算すると――

 “多め”に送られてきている。


 ヴァルデン家の“お抱え商人”にしたことへの恩返しという意味も、

 恐らく込められているのだろう。


「お母様、“ハーウッド家”ってご存じですか?」


「もちろん知っているわよ。エストワールは、“あそこ”でしか手に入らないんだから」


「この前、そのハーウッド家をヴァルデン家のお抱え商人にした時に――

 色々と便宜を図ったので、“お礼に”という形で届きました」


 メルティア鉱石と交換した、という情報を母に渡すのは得策ではない。


 なので、そこは適当に“ごまかして”おく。


 ――まあ、完全な嘘でもない。


「マティ?」


 母は、じろりと私を見た。


「脅して手に入れたわけではないでしょうね」


「……」


「“家を潰されたくなかったら、よこしなさい”みたいなことはしていないわよね」


 ……近いことはしたが、そのカードは切っていない。


「まったく、お母様は、私をなんだと思っているのですか」


「私の娘よ。だからこそ油断はならないわ」


 即答である。


 さすが、冒険者としての肩書が、

 “全てを奪うもの《ワールドイーター》”、

 “殺戮の使徒デス・メッセンジャー”、

 “精肉工場ブラッドファクトリー”なだけはある。


 S級冒険者としての実績や功績は山ほどあるのに、

 ついている二つ名は、どれも物騒なものばかり。


 だが――何をやってそうなったのかは、誰も口にしない。


 母上も母上で相当“やらかしている”はずなのに、

 その“口封じ”の手腕があまりにも見事なのであろう。


「本当に、何もしていませんわ。

 今度、ハーウッド家の代表と、その奥方が来訪しますから――その時に確認してください」


「えっ。ハーウッド家って、代表は“女の人”って聞いていたんだけど」


「その方は、代表の“奥様”らしいですわ。

 けどまあ、商会の顔役は、そちらのようですね。

 私が依頼したものと、父が依頼したものの納品に、二人で来るそうです」


「え、レイモンドが、ハーウッド家から“買い物”!?」


 母上の眉が、ぴくりと跳ねた。


「何でも、母上へのプレゼントと、私へのドレスの仕立て直しを依頼したそうです」


「……マティルダ。そういうのは“報告しなくていい”の」


 心底ガッカリしたように、そう告げられた。


「その情報は、貴方が独自に調べて分かったのよね」


 黙って頷くと、母上は深々とため息をついた。


「レイは、きっとサプライズで渡すことを計画していたでしょうに……それが台無しになったわ」


 少し落ち込んだかと思うと――


「まだまだ、貴方は“学ばないといけないこと”がたくさんありそうね」


 と、がしっと私の肩を掴んできた。


(……そういえば、ちょうどいい機会ね)


 聞きたいことが、ひとつあった。


「であれば、“エストワール”のことを教えてください」


 そう言うと、母は少し呆れたように目を細め――

 それでも、その名を口にする時だけは、どこか楽しげな色を滲ませた。


「エストワールというのは――“真実の愛”のために、その腕を振るった職人の名前よ」


「真実の、愛」


「そう。彼の過去は、半ばおとぎ話みたいに語られているけれど――」


 母は軽く息を吐き、語り始めた。


 


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