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㉘ エスト・ハーウッド「飼いならされた幸福 エンド(後)」


 「さて、交渉と行きたいのだけれど。貴方からこちらへ、何か確認したい事はあるかしら」


 「私からは、なにもございません。ですが――」


 本当は、聞きたいことなど山のようにある。


 なぜヴァルデン家が、ここまで我が家に肩入れしてくれるのか。

 この“聖遺物の指輪”を装備して何か特殊な力を発揮したか。

 マティルダ様という令嬢が、どこまで“先”を見通しているのか――。


 だが、この場でそれらを“意見”として口にできるほど、私は愚かではない。


 それよりも先に――

 これから受けるであろう“恩”、

 すなわち、こちらを大きく助けてくれる代わりに背負わされる“負債”に対して。


 こちらから差し出せるものを、早めに提示しておく必要がある。


 大恩というものは、ときに自分を縛る鎖にも、

 爆弾にもなりえる“厄介な代物”なのだ。


(なにより、ここでしくじれば――ハーウッド家は崩壊する。しっかりせねば)


 そう自分に言い聞かせ、私は重い口を開いた。


「鉱石の交渉の前に――我がハーウッド家としましては、

 先ほど提示された大恩に、まずは報いたい所存です」


 言葉を選びながら、続ける。


「私としては、差し出がましいようで誠に恐縮ではございますが――

 我が“渾身の作品”を、いくつかご献上いたしたく存じます。

 それ以外にも、なにかお困りごとがあれば……」


 令嬢は、一瞬だけぽかんとした表情をして、

 それから小さく息を吐き、手を口にあてて笑みを隠した。


「いい心掛けね」


 楽しげな声音だった。


「そうねえ。でも、私は“恩を物で返される”っていうのは、あまり好きではないの」


 そう言いながら、じっとこちらを見据える。


「貴方の献上品とやらにも興味はあるけれど――

 それでは、傍から見るとまるで私が難癖付けて“献上しろと催促した”みたいでしょ? それは少し、癪だわ」


 だから、と小さく肩をすくめる。


「だから――“三つ”、貴方に“依頼”をするわね」


「お、仕事……でございますか?」


「ええ、そんなところよ」


「“対価としての仕事”を受けてもらう方が、気分がいいの」


 そこまで言ってから、言葉を区切る。


「一つ目――」


 蒼色の瞳が細められ、

 私の指先、その奥にある“鍛冶師としての部分”を測るような視線が走る。


「ハーウッド家では、自分たちで作っている装飾品や宝石以外にも、

 ダンジョンの宝物や、他の職人が作ったものも売っているのよね」


「はい、その通りでございます。

 ダンジョンの遺物の買取りなんかも、日常的に行っております」


「その遺物や宝物の中で――」


 令嬢は、はめている指輪を軽く撫でながら続けた。


「“貴方の目”で見て、“これだ”というものを鑑定してほしいの。

 そして、その品は“適正価格に色を付けた金額”で、こちらが買い取るわ」


「す、全てでございますか……? そうすると、金額が……」


 ダンジョンの遺物や宝物で、本当に価値のあるものは、

 目玉が飛び出るような額になる。


 そう易々と手が出せるものではないはずだ――そう思った、その時。


「貴方たちに負担させるのも大変でしょうし、そうねえ。先に“小切手”を渡しておくわね」


 差し出された紙片を受け取り、視線を落とした瞬間――

 思考が、一瞬止まった。


 見たこともない“桁”が並んでいた。


 ゼロが多すぎて、頭の処理が追いつかない。

 途中から、ただの“模様”に見えてくる。


「それが小切手の“上限額”なのよね。全く、実に不便でならないわ」


 マティルダ様は、心底つまらなそうに言った。


「貴方も、“一桁欲しい”と思うでしょう?」


「い、いえ。このような金額は、見たこともなくて……」


 ようやく数値の重みを理解した瞬間、

 思わず手が震えてしまった。


「恐らく、これだけあれば、“ある程度の遺物の買い占め”は可能かと……」


 そう答えると、なぜか令嬢は軽く眉をひそめ、

 耳に手を当てて、まるで耳元で羽虫がうるさく飛んでいる音を聞いたかのような、

 不快そうな表情を一瞬だけ覗かせた。


「――遺物の情報は、こちらでも少し持っているわ」


 と、何事もなかったかのように言葉を続ける。


「後で、その情報をまとめて渡すから――

 “その遺物”については、積極的に確保してもらってもいいかしら?」


「了解しました」


 私は、小切手を丁寧に懐へしまい込みながら頭を下げる。


 続けて、令嬢は指を二本立てた。


「二つ目――ハーウッド家が今後関わる、“武具と鉱石の流通”について」


「……!」


「こちらの“指定するルート”と“優先順位”に従ってもらうこと。

 これは、あなた一人だけでなく、“家として”の依頼になるわね」


「承知いたしました」


(……鉱石や武器は、まだ“試作段階”のはずだが)


 心の中で冷や汗をかく。


 どこからこの情報を掴んだのかは分からないが――

 どちらも、近いうちに販売を予定している息子エリオの発案による、新たな商材だ。


 本来であれば、彼にはもっと“自由に商売をやらせてみたかった”。


 だが、武器に関して――

 妻の“ヴァルデン領での失態”もある以上、ここで余計な交渉を試みるわけにはいかなかった。


「そして三つ目――」


 令嬢の雰囲気が、わずかに変わる。


 恐らく、これが“本命”なのだろう。


「これは“依頼”というよりは、“命令”ね」


 蒼色の瞳が、射抜くようにこちらを見つめる。


「貴方ひとりでの、貴族や富豪との交流を――“禁止”するわ」


「き、禁止、ですとっ!?」


 思わず、少し荒い口調で返答してしまった。


「貴方の奥方の方には、そういった縛りは設けないわ」


 令嬢はさらりと言う。


「けれど、“貴方が交渉の場に出るとき”は――

 必ず、ヴァルデン家の手の者も“同席”させなさい。

 これは、“社交パーティー”への参加も同様にね」


「り、理由をお聞きしても……?」


「まず、“情報の拡散防止”ね」


 マティルダ様は、指輪を軽く弾きながら続ける。


「私が“聖遺物と呼ばれている指輪”を持っていることや、

 ダンジョンの遺物を“買いあさっている”という情報は――

 悪用しようと思えば、いくらでも悪用できるわ」


「…………」


「貴方のことは、現時点では“信頼できる”と思っているけれど――

 それだけで、すべてを判断してしまうほど、私は愚かではないの」


 淡々としているが、一切の甘さがない言葉だった。


「次に、“エストワールというブランドイメージ”を守るため、ね」


「ブランドイメージ……でございますか」


「“天才職人”というのは、その存在が“秘匿されている”方が、価値は高まるものよ」


 令嬢は、まるで当たり前の理屈を述べるように言う。


「そして、秘匿されていれば――

 その名前を、“優秀な職人たちで使い回す”こともできる」


 その発想は、私にはなかった。


「なにより、失礼な言い方だけれど――」


 そこで一度、じっとこちらを見据えた。


「貴方の見た目は、“天才職人”には見えないわね」


「……っ」


 胸が、ぐさりと刺さる。


「裕福な旅商人――という印象よ。

 ブランドというのは、“誰が作ったか”と、“どういった歴史や理念があるか”が重要なの。

 それを“背負う顔”としては、少し役不足だわ」


(……妻と、全く同じことを言うのだな)


 心の中で、乾いた笑いが漏れる。


 そんなに駄目だろうか――と、少しだけ肩が落ちた。


「最後に――」


 マティルダ様は、淡々と続ける。


「貴方には、“交渉ごと”をするよりも、“目利き”や“鍛冶”に専念するべき。そう判断したの」


「な、なぜ――そう思ったのでしょうか」


 問わずにはいられなかった。


 すると令嬢は、ほんの少しだけ、目を細めて言った。


「貴方は“目利き”としては優秀だけれど――あまりにも正直すぎて、“腹芸”には向いていないわ」


「……っ」


「あと――その手袋」


 視線が、私の両手へと落ちる。


「それ、“鑑定用”の手袋じゃなくて、“鍛冶用”のやつでしょう?」


 そう言って、じっと私の手元を見る。


 鉱石を鑑定したときにはめていたこの手袋は、

 妻が作ってくれた、鍛冶作業用の手袋だ。


 使用感にすっかり慣れてしまい、

 他の手袋がどうにも馴染まなくなってしまったため――

 今でも、何処へ行くにも持ち歩いている。


 本来であれば、こうした“正式な場”で、

 鍛冶用の手袋をそのまま使うのは、ドレスコード的に見れば無礼にあたる。


 だが――普通の令嬢が、“鍛冶作業用と鑑定用の手袋の違い”など分かるはずもないと、

 どこかで油断しており、完全に頭から抜け落ちていた。


「その手袋の“等級”は「A」。だけれど――“貴方の専用の装備”、って感じがするわね」


(……目利きまで出来るのか、この令嬢は)


 改めて戦慄する。


(しかし、どこか――“誰かの受け売り”を話しているような気もするが)


 気のせいだろうか。


「そして、私には――その手袋がどうにも“貴方に使われたがっている”ように見えるのよ」


「っ!」


「なんて言ったらいいのかしらね。

 貴方が鉱石を鑑定している時――“昔みたいに使ってほしい”って、

 訴えてきているような、そんな気配を感じたのよね」


 思わず、息を呑んだ。


 この手袋は、補強や再生魔法を駆使して、ずっと使い続けてきたものだ。

 手入れも欠かしていないうえに、最近は鍛冶作業よりも鑑定や、

 妻と共に謝罪や交渉で各地を飛び回ることが多く――

 あまり使用していなかったため、見た目だけなら“新品同然”に見えるだろう。


 それを――見抜いたうえでの台詞だ。


 その上で――“頑張れ”とでも言うように。


(……ああ、また“頑張る時”が来たのだな)


 自然と、そんな感情が胸の奥から湧き上がってきた。


「そういう事でしたら――マティルダ様の“三つのご依頼”、謹んでお受けいたします」


 気づけば、言葉が口をついて出ていた。


「今後は、私の“得意な領域”でヴァルデン家へ尽くすことで、頂いた恩に報いたいと思います」


 そう言いながら、思わず椅子から立ち上がり――

 片膝をついて頭を垂れていた。


「あら。随分とスッキリとした顔になったわね。

 そういう顔は――嫌いじゃないわ」


 マティルダ様は、どこか楽しげに微笑んだ。


「けれど、本題の“鉱石の交渉”の話をしたいから――テーブルに座ってくれるかしら?」


「は、はい」


 慌てて席に戻る。


 令嬢の目は、相変わらず“捕食者”のそれだったが――

 その狙いは、どうやら“私自身”ではなく。


 “私を上手く動かして生まれる利益”の方へと向けられているのだと、

 なんとなく理解できた。


 だけども――


(……やはり、怖いものは怖い…………)


 しかし、これが“最後の交渉”となるのだ。

 最後くらいビシッと決めようと――

 なんとか自分を奮い立たせて、話に集中することにした。


 ◇ ◇ ◇


 ――とはいえ、その後も。


 グラム単位で換算すると金より高いメルティア鉱石が、

 巨大な木箱にぎっしりと詰められた状態で、何箱も何箱も運び込まれてきたり。


「これって聖遺物なのかしら?」


 などと、何気ない風を装って、

 “とんでもない神力”を持つ品を、ぽん、とテーブルの上に置いてきたり。


 「後の話は二人でよろしく」としれっと言い放ち銀行の総帥と二人で今後の事を打合せをしたり。

 交渉そのものとは別の次元で、その“スケールの大きさ”に、

 何度も心臓を縮み上がらせられた。


 それでも――


(大方、上手くいった……と見てよいのだろう)


 面会を終えて部屋を辞したとき、

 私は久しぶりに、胸の奥に“わずかな達成感”と、“とてつもない疲労”を同時に覚えていたのだった。


【ハーウッド視点終了】

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