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㉘エスト・ハーウッド「飼いならされた幸福 エンド(前)」


「お客さん!!ヴァルデン領にも着きましたよ。さっさと降りてくんな」


 がなり立てるような声に、はっと目を覚ます。


 どうやら、ヴァルデン領までの長い馬車旅の疲れで、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 ここは、ヴァルデン領の外れにある、比較的大きな交易町だ。


 本来であれば、ハーウッド家の自宅から自前の馬車を仕立て、

 そのまま伯爵家の屋敷まで直行するのが“筋”なのだろうが――

 それには、なかなか馬鹿にならない金がかかる。


 そんな贅沢に金を使うくらいであれば、

 我が子らに、少しでも良い食事や服を与えてやりたい。


 だから今回は、乗り合わせの定期馬車でこの交易町まで来て、

 ここから先――伯爵家の屋敷までは、必要最低限の“仕立て馬車”を使うことで節約を図ったのだ。


 ハーウッド家の財政的に、あまり派手なことは出来ないという事情もあるし、

 何より――この方法であれば、私の外出記録は残らない

 

 何故こんなにコソコソしているかと言うと、私が“妻の許可なく”外出したと知れば、

 彼女はとても不機嫌になるのだ。

  

「一人にしてしまうと、好き放題食べ歩いてしまうでしょう」


 と、何とも言えない理由で。

 この前も娘のプレゼントを買いに一人で少し遠出をしただけで、物凄い剣幕で問い詰められたのだ。


(まったく……私は子供ではないというのに)


 そう思いつつも――前科が多すぎて、反論しづらいのも事実である。


 だが、今回は決して、自分の食欲に負けて外出したわけではない。


 これは、当主として、そして鍛冶師として、

 “受けざるを得ない呼び出し”だからだ。


 物理的にも重い体を起こし、「よっこいせ」と心の中で呟きながら馬車から降りると、

 春から夏へと移ろうこの季節にしか吹かない、柔らかな風が体を抜けていった。


 鼻先に、少し湿った土と、見慣れぬ土地の匂いが混ざって届く。


(思えば、こうして“ひとりで”遠出をするのは、随分と久しぶりだな)


 今までは、当主として直々に呼び出されるような場面にも、

 妻はいつも当然の顔でついて来てくれていた。


 私の“交渉技能が壊滅的に低い”ことが、その大きな理由だが――

 それ以上に、妻が“そういった才能”にあまりにも恵まれていたからだ。


 相手の心を見透かしたように。

 相手の自尊心をくすぐり、欲を上手く煽り、

 思考の流れを、いつの間にか“こちらに有利な方向”へと変えていく。


 毎回、近くでそれを見ていて――

 その手際の鮮やかさには、ただただ舌を巻くばかりだった。


 そんな彼女のいない交渉の場、これから向かうのは最上位の格を持つ大貴族様――

 胸の奥が、嫌な汗でじっとりと湿ってくる。


(……まあ、やるしかないか)


 題目通りの交渉だけであれば、妻が戻って来る前に家にギリギリ帰れるだろう

 そして、もしもの時は…………


 私は小さく深呼吸をし、

 交易町へと一歩を踏み出した。


 ◇ ◇ ◇


 ヴァルデン領内に入ってからというもの、

 馬車が立ち寄った街はどこも綺麗に整備されており、

 行商人や仕事人、冒険者や領民たちで道は賑わっていた。


 人々の顔には、疲労はあっても、諦めや荒みは見えず――

 むしろ、なにかしらの“希望”に満ちあふれているようにすら感じられた。


 まさに、“繁栄している領地”の姿だった。


 これらは、智将と名高いヴァルデン伯爵の手腕が、

 治世において十二分に発揮されている証拠なのだろう。


 ――中でも、交通網と区画整備は見事と言うほかない。


 本来、町と町を結ぶ街道というものは、

 曲がりくねり、分かれ道も多く、

 案内役がいなければ満足に移動することは難しいものだ。


 だが、ヴァルデン領の主要街道は――

 まるで“血管”のように整理され、

 どの街へ向かうにも、最短で、分かりやすく道が延びている。


 交易町で仲良くなり、目的地も一緒であったため、ついでという形で馬車に載せてあげた男達の話では


「ほら、あそこに立ってる“案内板”見えるだろ。

 文字が読めりゃ誰でも迷わずに進める仕組みになってんだ」


 とのことだった。


 さらに。


「魔物が街道に入って来ねぇようにする“仕掛け”も施されてるしな。

 街道警備のスケジュールも、領軍がきっちり回してる。

 少なくとも、ヴァルデン領内の“主要街道”は、他と比べりゃ抜群に安全だぜ」


 と、妙に誇らしげに語っていた。


 そこまでは――まだ、理解できる。


 智将と呼ばれる伯爵が長年かけて整えた、と言われれば納得もいく。


 ――だが。話に入ってきた別の男の発した


「これを計画したのは“伯爵”ではなく、その“ご令嬢”って話だ」


 その一言で、馬車内の空気が変わった。


(ご令嬢は――ついこの間、十四歳になられたばかりだったはず)


 息子と同い年だということで、特に印象に残っていた部分だ。

 記憶違いということは、あり得ない。


 この規模の街道網を敷設し、

 案内板や魔除けの仕掛け、警備体制の再構築にまで手を入れるには――

 どう考えても“年単位”の準備と実行期間が必要だ。


 それを計画したのが14歳の少女というのは――

 正直、眉唾ものの話に聞こえる。


(伯爵が“箔をつける”ために、わざと手柄を譲った……?)


 そうも考えた。


 しかし、ヴァルデン家には“男児”もいると聞く。

 家の看板として箔を付けるなら、そちらに功績を回すのが自然だ。


 にもかかわらず、“令嬢”の名だけが出てくる。


 何とも不可解な話だ。


 令嬢の話をもう少し聞こうと、それとなくそのお名前を口にした――

 次の瞬間、近く男は私の口元をがしっと手で押さえ、


「あんた旅商人だろ、いい事を教えてやる」

「――ヴァルデン領で、そのお方の名前を“安易に”口にするな」


 と、低い声で警告してきたのだ。

 その目は、冗談ではなかった。


 これから会いに行く令嬢が、

 “そんな評価”をされていると知り、全身に冷や汗が流れた。


 なんとか情報を得ようと、金貨を男の掌に握らせようとしたが――

 男は頑なに首を振り、


「これ以上は、この話はしねえ」


 と、固く口を閉ざしてしまった。


 そこまでされると、もはや無理に聞き出すべきではないだろう。


(いったい、どんなお方なんだ――“マティルダ様”という人は)


 得体の知れない不安で胸が押しつぶされそうになった。


 ◇ ◇ ◇


 男たちと別れ、たどり着いたヴァルデン家の屋敷は――

 屋敷というよりは、“城”、いや、“要塞”と表現した方が正しい代物だった。


 高くそびえ立つ石壁にぐるりと囲われ、その外周には深い堀まで掘られている。


 荘厳と言えば荘厳だが、どこか“禍々しい”ような、そんな印象も受けた。


 屈強そうな門番に恐る恐る声を掛け、

 身分証を確認され、招待状を提示し――

 出てきた使用人に案内される形で、ようやく中へ入ることを許される。


 だが、一歩中へ足を踏み入れた瞬間――

 そこは、外観とはまるで違う“世界”だった。


 一面に広がる庭園は、屋敷内とは思えないほど広大で、

 区画ごとに趣の異なる草花や樹木が、信じられないほど丁寧に配置されている。


 道端の小さな花壇に至るまで、

 どこか“意思”のようなものを感じるほど、細部まで手が込んでいた。


 これまで、貴族の屋敷には何度も出入りしてきたが――

 それらと比べても、ここヴァルデン家の庭園は、まさに“別次元”であった。


 この庭園を歩いているあいだだけは、

 胸の中で膨らみ続けていた不安が、ほんの少しだけ薄らぐような気がした。


 ――とはいえ。


(……しかし、まあ、広いこと)

 使用人の案内で面会室まで歩いただけで、

 すでに足は重く、息も少し上がっていた。


 ただでさえ太り気味の体には、なかなか堪える距離である。


 程なくして、ノックの音とともに――その“令嬢”は現れた。


 絵画から出てきたような美貌、雪のように白い肌。

 少し高めの頬骨が印象的な、完璧に整った顔立ち。


 “絶世の美少女”という言葉が、これほど似合う人間を、私は見たことがなかった。


 だが、


 容姿以上に――彼女の纏う“品格”と“圧”が、常識外れだった。

 その圧力たるや、昔、一度だけ見た“巨大な竜”を思い出させるほどだった。


 目の前に立っているのは、ただの一人の少女のはずなのに――

 背後に、巨大な何かが口を開けているかのような錯覚すら覚える。


 その気配に圧倒されて、私の心臓は早鐘を打ち、

 脳が“最大限の警鐘”を鳴らす。


 ――これは、敵対したら命がない。


 そんな直感が、全身を支配していた。


 そのせいか、私はすっかり硬くなってしまい、

 挨拶ひとつすら、満足に出来なかった。


 しかも、この令嬢――

 言葉遣いや態度は、どこからどう見ても完璧な礼節を保っているのに。


 その蒼く吸い込まれそうな瞳だけは、

 “獲物”を見るような目で、私を捉え続けていた。


 恐らく、こちらの“弱み”を何かしら既に握っているのだろう。

 「とって食ってやる」とでも言いたげな――

 全てを奪い尽くす捕食者の目をしていた。


 そんな令嬢におびえつつもなんとか、

 散々無礼は働いてしまったがなんとか

 自己紹介は落命せずに終えたところで、


 彼女は、私の“目利き能力が本物かどうか”を試してきた。


 さすがは大貴族様というべきか――

 多少石が見分けられる程度では、たちどころに騙されてしまうような、

 ひねりの利いた仕掛けが、いくつも混ぜ込まれていた。


 だが――腐っても私は“代表”であり、

 世間からは一応、“天才職人”とも評されている身だ。


 石を見る目に関してだけは、誰にも負けない自負がある。

 そんな“トラップ”に、そうやすやすと引っかかってやるほど、

 私は安い鍛冶師ではない――


 震える手を抑えながら、私は高級品の鉱石の入った箱を覗き込む。


 その中には最高級品であるメルティア鉱石の原石や、

 今は価値が急騰しており――石ひとつ売れば“一生遊んで暮らせる”ほどの値がつくクリムゾンルビーが、まるで河原の石ころのように“雑に箱に放り込まれていた”

 それにはさすがに意見をしようかと迷ったほどだ。

 

 だが、


(価値が分かっていない……というわけでは、ないな)


 ちらりと令嬢の様子を伺う限り、

 メルティア鉱石もルビーも、その価値自体はきちんと理解している表情だった。


 しかし――とりわけメルティア鉱石に対しては、

 どういうわけか“邪険に扱う”ような視線を向けていた。


 そう、それはまるで――


(“処分に困ってます”と言わんばかりだな)


 とにかく厄介で、邪魔であるが、

 だがあまりにも価値があるがゆえに、下手に捨てることもできない――

 そんな相手に向けるような目だった。


 ◇ ◇ ◇


 そして、その後に目に入った“令嬢の指輪”には、心底驚かされた。


 ダンジョンの出土品――いわゆる“Sクラス指輪”であることは間違いない。

 問題は、その指輪が“纏っているオーラ”だ。


 協会の聖遺物の中でも、ごく稀に存在する、

 我々の業界でいうところの“ホンモノ”と評価される類のもの。


 聖遺物とは、“神がこの世にもたらした遺物”と定義されているが――

 実際のところ、そのほとんどは

 「人の手で作られた、高度で珍しいもの」か、

「ダンジョン由来の、純粋に出来の良い魔道具」である。


 つまり、“ただの素晴らしい品”に、後から“聖遺物”という称号が与えられているだけだ。


 しかし、“ホンモノ”には――ただならぬ気配がある。


 そう言ったものを多数抱えている教会から聖遺物の鑑定を依頼される時、

 大抵は「これは本当に聖遺物か、そうでないか」の識別が主な仕事だ。


 もっとも、正直に「これは偽物です」と言い切ってしまうと、

 後々色々と面倒なことになるため――


 我々鑑定する側は「神力」という何とも曖昧なステータスを用意し、

 偽物は“低めに”、ホンモノは“高めに”評価する、という形を取っている。


 加えて、そう言ったものを真に識別できる人物は少なく、目利きの延長として適当に評価を下してしまっている場合が殆どである。


 さらに厄介なのは――

 この“聖遺物”というものは、“適合者”にしか真価を発揮しない、という点だ。

 

 つまり。


 こちらが「これは本物だ」と言おうが、

 あるいは「これはただのガラクタだと」と言おうが――


 “適当者に効果を発揮させた時”にしか、その真偽は分からないため”その評価”で通ってしまう。


 そのため、

 適当に評した“神力”の評価が独り歩きしてしまい、

 持ち主が変わるたび、鑑定を受けるたびに、その評価が勝手に釣り上がっていき――


 どう見ても粗悪な贋作にしか見えないものですら、

 「これは神力の強い聖遺物です」と評されて市場に溢れかえっているのが、現状である。


 結果として、教会も困り果て、

 「これって本当にホンモノなんですか?」という形で、

 私のところへ“再鑑定”の依頼が回ってくるのだ。


 ――そんな訳で。


 こういった類の品の“目利き”には、私はそれなりに“慣れている”。


 そして、その経験から断言できる。


 あの令嬢の指輪に宿っているのは――

 間違いなく、“本物の上位存在が関与した”気配だ、と。


 さらに、直感ではあるが――

 令嬢とその指輪は、“適合”しているようにも見えた。


 だが、それ以上に、私を戦慄させたものがある。


 聖遺物の分類や、適合という概念――

 そういった話を、私は令嬢に一通り説明した。


 彼女は、そのすべてをきちんと理解している様子で、

  むしろ補足を求めるような鋭い問いまで返してきた。


 ――にもかかわらず。


 その“意味”を聞かされても、

 自分の指輪が「神の残滓を帯びたホンモノの可能性が高い」と知らされても――


 表情ひとつ、まるで動かなかったのだ。


 驚きも、恐れも、戸惑いも、喜びも――

 そういった感情の揺れが、一切無い。


 ただ、“一つの情報”として、静かに受け取り、

 書類でも読むかのように頭の中へ仕舞い込んだだけ――そんな風に見えた。


(……やはり、この令嬢は“ただならない存在”だな)


 その時、私は改めてそう再認識したのだった。



(つづく)


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